3、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

           「色づく世界の明日から」

 

第三話 No Rain, No Rainbow

 

一、約束

 

重たい鞄を持って学校へ通うヒトミ。校門の近くでクルミ、アサギと出会う。彼女らによると、もうすぐ部活紹介のイベントがあるらしい。クルミは「待ってるよ」とヒトミに告げる。

 

ヒトミのモノローグ①:色が分らないのに、写真美術部に入るなんて…

 

「うちもイベントやるから、良かったら見に来てよ、ヒトミちゃん」とクルミ。最後に「葵もいるしね」の言葉でヒトミの心が動く。

 

ヒトミのモノローグ②:「そういえば私、約束しちゃったんだ、また魔法を見せるって」

 

ヒトミは屋上でユイトと交わした言葉を思い出す。

 

まほう屋では、コハクの母が星砂と呼ばれている魔法の砂を制作している。その様子をぼーっと見ているヒトミに、コハクの母は話しかける。

「あら、どうしたの?」

「あっ、いえ、別に」

「そう」

 

「あっ、あの、魔法って、どうやったらうまくなれますか?」

 

コハクの母の指導で、マグカップを浮かせるところから練習をするが、ヒトミにはうまくいかない。母は近くにあったポッキーを使って更に指導すると、やがてマグカップが倒れる。ご褒美に「食べていいわよ」と言われて、「あれェ、餌付けされてる?※注1)」とヒトミは一人呟く。

 

 

二、入部体験 美術部編

 

部活紹介イベントの日の午後、ヒトミは写真美術部の部室を尋ねる。部屋のドアを開けると、そこにユイトの絵が展示してあり、ヒトミはその絵の中に色を認める。

 

入り口のすぐ横にはユイトがいて、覗き込むヒトミに「あのぅ…」と声をかける。ヒトミは驚くが、ユイトは「来たんだ」と言って、受付にクラスや名前を記載するよう求める。

 

「月白(つ・き・し・ろ)さん、うちは写真美術部だけど、どっちがやりたいとか、希望ある?」

「どっちも、です」

「美術も?」

「はい」

 

ユイトの美術魂を刺激してしまったヒトミは、引っ込みがつかなくなる。美術体験と称して、ヒトミは自由に絵を描かされることになる。

 

ヒトミのモノローグ③:絵なんて描けないけど、あの絵を見ていたい、色を見たい、もっと…、クリムゾンレッド、プルシアンブルー、サップグリーン、マゼンタ、イエローオーカー、バーントシェンナー、

 

絵が出来上がり、二人でその絵を見ていると…、

「すごいね、色使い」

「すっ、すみません」

「大胆っていうか、意外な」

「ごっ、ごめんなさい」

「いや、面白いと思うよ」

「え~」

 

「ただいま~」クルミたち写真部員が部室に戻る。クルミ、ショウ、アサギ、チグサの四名は、ヒトミが来てくれたことを喜び、訪問を歓迎する。美術体験を済ませたことを聞いたショウは、ヒトミに改めて写真部の活動について説明する。その後ショウたちは、他の部の活動を撮影しに行くことになっていて、ヒトミもその撮影に同行する。

 

 

三、入部体験 写真部編

 

仮装をしたり、チラシなどを配りつつ、新入部員の獲得に余念がないショウたち写真部の面々。彼らはこの後、撮影体験イベントを企画しているらしい。ヒトミも誘われ、参加することになる。

 

撮影体験はプールサイドで行われる。入部希望者に撮影体験をしてもらうのが目的であるが、いろいろと予定が変わり、部長であるショウの代わりをアサギが勤め、ヒトミが撮影体験イベントのモデルとなり、クルミが撮影会の司会を務めることになる。

 

しかしヒトミは、自分がモデルになることなど、受け入れることができない。モーレツに拒否をするが、代わりにクルミから司会を務めるように頼まれる。司会など、モデルより無理だと言うヒトミに対して、ユイトが「モデルっていっても歩くだけだし、月白さんにもできると思うよ、うちの部に入る気があるなら、撮られる側もいい経験になるんじゃない、無理にとは言わないけど」とヒトミの背中を押す。

 

会場の準備が進められて撮影会が始まる。司会のクルミが「では、これから撮影を始めます、プールにフォグ(霧)を流して、幻想的な写真を撮ろうというのが今回のテーマです、それでは、モデルに登場してもらいましょう、我が部のニューホープ、2年7組の月白瞳美ちゃん」とアナウンスする。

 

打ち合わせでは、星砂をまいて水の上を歩くことになっているのだが、“水色の星砂で、ガラス容器のラベルが剥がれているもの”がヒトミには分らない。星砂の色が見えないのである。ヒトミは思わず、ラベルの無いピンクの星砂を選んでしまう。

 

準備をして、ヒトミはピンクの星砂をまく。そしてゆっくりとプールの水の上を歩く。しかしクルミは、ヒトミがピンクの星砂を選んだように思い、不思議に思う。幻想的な雰囲気の中、ヒトミはゆっくりと水の上を歩き始めると、周りの参加者達がヒトミの写真を撮り始める。

 

「見間違いだったのかな~」というクルミの呟きを聞いたユイトは「えっ、何?」と返す。腑に落ちないクルミは、ヒトミがまいた星砂の瓶を手に取り、残っている砂の色を確認すると、その色はピンクだった。「でも、歩いてる」ユイトや他の参加者がヒトミを見つめていると、やがて空から雪がひらひらと落ちてくる。打ち合わせと違う星砂を使ったことに気づいたクルミは、ヒトミに引き返るように声をかける。

 

「ヒトミちゃん、戻って、この瓶は、水の上を歩ける魔法じゃない!」

「えっ」気を抜いた瞬間、ヒトミは水の中に落ちる。

 

 

四、色の無い世界

 

ヒトミが更衣室から出てくると、そこにはユイトがいる。写真部の部員は、他の部の撮影に行っているらしい。

 

「俺だけで悪いけど…、ほんと、迷惑かけちゃって、この間無理強いして、困らせたばかりだったのに」

「やっぱり、ちゃんと断れば良かったですね、私こそ、すみませんでした」

 

「もしかして、分んなかった」

「えっ」

「色」

「あぁっ、どうして」

「見てたら、そうかなって、部室で描いた絵の色使いとか、星砂の色、間違えたこととか、絵を描くときにも、困ってたみたいに見えたし」

 

「…私、色が見えないんです、灰色の世界にいる、みたいな」

「虹見ても白黒に見えるってこと」

「…誰にも言わないで、誰にも知られないように、見つからないように、しようって」

「なんで」

 

「怖いから、なんて言っていいか、私も分んないし、何も知らない方が、お互いに楽だから…、でも、あの絵を見て、私にも、こんな世界があったんだって、慣れないことしようとしたのがいけなかったの、ありがとうございました、私に、色を思い出させてくれて、それじゃ」

ヒトミは急ぎ足でその場を立ち去る。その姿を黙ってユイトは見送る。

 

ユイトのモノローグ:色の無い世界なんて、うまく想像できないよ

 

 

五、仲間

 

翌日、ヒトミは写真美術部のメンバーと顔を合わせることに居心地の悪さを感じてしまい、距離を置くようになる。しかし、このままではいけないと感じている。

 

ヒトミのモノローグ④:ちゃんと顔を合わせて、ちゃんと話をしなきゃだめ、魔法と一緒、思い込みが肝心

 

決心したヒトミは、思い切って写真美術部のドアを開ける。と、そこには<瞳美ちゃん、プールにいます!>のメッセージ。ヒトミはプールへ向かう。

 

「プール掃除、ですか?」

「罰当番、使用許可はもらってたけど、水に入るなって言われてたんだ」とヒトミには内緒のことを、チグサはあっさり話してしまう。

 

ヒトミ「ごっ、ごめんなさい」

クルミ「違う、これは頼んだ私たちの責任、あなたが謝る必要なんてないのよ」

ショウ「そうそう、悪かったのは俺たちだから」

アサギ「気にしないで、ヒトミちゃん」

チグサ、ユイトも優しい目でヒトミを見ている。

ヒトミ「そんな、私こそ、…プール掃除、わたしもやります!」

 

入部の話を言い出せないクルミとアサギ。するとユイトがショウに話しかける。「そういえばショウ、お前の写真、モノクロだよな」「何を今さら」

 

「モノクロ、ですか」

「それなら、月白さんにもできるんじゃない」

 

「入部させてください!」

モノクロの世界に生きるヒトミは、自分にもできると直感したのだろうか。

 

「ありがとう、これからよろしくね」

「よろしくお願いします」

 

喜ぶショウの姿を見るアサギの顔が少し曇る。

 

 

第三話 まとめ

 

第三話では、ヒトミが写真美術部に入部を決めるまでのいきさつについて語られている。ヒトミが生きる本来の世界(2078年)では、ヒトミはこれほど積極的に、他者との関わりを持つことはなかっただろう。第一話の中に、4人のクラスメートが登場するが、ヒトミはどこかよそよそしい態度をとっている。ヒトミは一人、自分の世界に閉じこもっていたのだ。では、2018年の世界ではどうだろうか? 

 

一人で生きなきゃ…という思いとは裏腹に、写真美術部のメンバーたちは濃密にヒトミの世界に関わってくる。ヒトミが星砂の色を間違えたことで、撮影会イベントは始末書ものとなってしまい、その後部員たちとも気まずい雰囲気となる。しかしその仲間たちに受け止められながら、ヒトミは次第に自分の心を開いてゆく。

 

 

さて、社会心理学の中で、集団への参加に際し、以下のような傾向(認知的不協和理論)があることが実験によって知られているので紹介しよう。この理論は社会心理学の中でも良く知られたもので、主要テーマの一つとなっている。

 

実験に参加したのは、ある生物学の性に関する研究グループが部員を募集するという呼びかけで集まった女子学生である。募集する際、入部のための試験を課すグループと、何も試験をしないグループに分けると、試験を課したグループの方が、入部後の退部者数が少なかったし、活動に熱心だったというものである。

 

ちなみにこの試験で行われた内容は、生物の性に関する研究をするので、性に関しての発言が出来ないようでは研究が進まないことを理由に、みんなの前で、男女の営みについての文章(エッチな本)を朗読するというものだった。

 

なかなか高いハードルで、死ぬほど恥ずかしいこの難関をくぐり抜けた新入部員たちは、入部後の活動で聴く「昆虫の交尾に関する専門家によるマジでつまらない討論」の音声テープが“面白くてためになった”と評価したという。

アメリカで行われた実験内容をかなり単純化して分りやすくした)

 

これほど恥ずかしい思いをして入部したのだから、この集まりは魅力を有していなければならず、仮に魅力の無いサークルであることが分ってしまうと、自分の中で認知的不協和(後悔や何ともいえない違和感、虚脱感)が起こってしまう。

 

この認知的不協和を感じなくても済むように、私たちは無意識的に、そのサークルが魅力あるものだと強く信じることになる。なぜなら、恥ずかしい思いをしたという“事実”や、入部した“事実”は変えることができないので、その代りに“認知”を都合よく“面白い活動である”などと変えることの方が合理的だからである。

 

よく、入会金が高かったとか、入会資格が厳しかったなどという話を聞くことがある。また新興宗教などは、大金を寄進して入信することもあるようで、かなりハードルが高く設定されているらしいことも聞く。しかし、そうすることで、入会後の脱退を抑止できるメリットがあるのも事実であろう。入会の儀式はとても重要だということである。

 

さてヒトミは、モノクロ写真の世界(自分のイメージが通用する世界)があるということ、それからユイトという存在が関わっていること、そして、部員みんなに受け入れられていると実感できるからこそ、入部を決意した。

 

ヒトミにとってこの部は確かに魅力的であって、入部するに値する価値がある。

別の言い方をすれば、この部はヒトミにとって、入部する価値を有していなければならないことにもなる。いずれにしても、今のヒトミにとって写真美術部の面々は“必要”な人達なのだろう。

 

ヒトミの判断が間違っていたのか、そうではなかったのか。ヒトミの無意識が必要と感じたのは、どのような理由であったのか。この物語をさらに先へと進んで行けば、自ずとその答えが見えてくるのではないだろうか。

 

 


Iroduku Sekai no Ashita kara Episode 3 English Subbed

 

 

※注1)ここでヒトミが体験しているのは“トークンエコノミー法”と呼ばれる報酬を用いた指導方法ではあるが、もちろん餌付けとは違うものである。餌付けとは野生動物、あるいは野生由来の動物に人為的な餌を食べるように仕向ける、あるいはそれに慣れさせることである。目的は餌を与えることそのものか、それによって人間に対する警戒をゆるめさせることにある。(出典:ウィキペディアより)

 

ところで「餌付けされてる?」というセリフは、笑いを取るために用いられているのだが、確かにトークンエコノミー法はフィーディング(餌付け)と揶揄されることもある。トークン(報酬)を与えなくなると、それまで学習してきた効果が失われ、場合によっては指導前よりも効率が落ちるのも事実と言われている。しかし、障害をお持ちで意思疎通のできないような方たちに、より人間味溢れる営みや生活態度を習得していただくために“こんなことも出来るね“とお互いに喜びを分かち合うなどの報酬を用いるトークンエコノミー法は、これからも有用な指導法であることには変わりがない。