10、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

           「色づく世界の明日から」

 

第十話 モノクロのクレヨン

 

一、アサギとヒトミ

 

朝、級友たちとあいさつを交わしながら、ヒトミとコハクが教室に入ってくる。ヒトミはアサギを見つけ声をかけるが、アサギはそっけない態度をとる。

 

ヒトミがオフリーを買って教室に帰る途中、たまたまアサギと鉢合わせて「今日、天気、良くないね」と、気にしたことも無い天気について尋ねている自分に気がつき、嫌な気分になる。

 

「バカみたい、あたし、ヒトミちゃんは悪くないのに」アサギは一人、ヒトミとの関係に心を痛める。

 

 部室でショウが何かを書いている。コハクが尋ねると、文化祭の企画書だという。それを聞いてコハクは、魔法部としても何かやりたいと思うようになる。

 

部室にやってきたアサギは、今日は外で撮影すると告げて、部室を出ていく。部室にいたヒトミは「じゃ、じゃ~私も」と言って、アサギの後を追う。するとショウが「あの二人、何かあったのか」と問うと、クルミとコハクが「この男」と言ってイラッとする。

 

学校の外で、前を歩くアサギにヒトミが声かける。「アサギちゃん、あの、ごめん、声かけていいのか分らないけど、なんか、このままじゃいけないって、自分勝手なの分ってる、でも、アサギちゃんと話したい、アサギちゃんは、こっちに来て、初めてできた、大切な友達だから」

 

それを聞いたアサギはゆっくり振り返り「甘い物、食べに行きませんか?」そう言って、ヒトミを誘う。

 

公園にある石造りのベンチに腰掛け、アサギはショウに対する思いをヒトミに語りかける。ショウがヒトミを見ていると気づいたとき悔しかったこと、私じゃないんだって気づいたこと、でも私は何もしてこなかったこと、怖くて踏み出せないこと、嫉妬する資格なんてないことなど。

 

「ごめんなさい」

「ううん、私も、相談に乗ってくれてありがとう、うれしかった」

「私も、追いかけてきてくれて、本当は嬉しくて」お互いに涙を流しながらも、わだかまりが消えてゆく。

 

「カラオケ、カラオケに行きたいです」

「うん、カラオケ?」

「行ったことないんですか?」

女子四人、カラオケで熱唱する。

 

 

二、魔法部イベント

 

コハクは写真部や美術部の作品集や展示のようなイベントやりたいと考えて、絵の中にお客さんを招待する魔法イベントを発表する。そこで、部員が体験するための絵の制作をユイトに依頼する。

 

部員それぞれが思い思いのイメージをユイトに伝えるが「意見バラバラじゃん」というユイトに、クルミが「いっそのこと、全部入れて、一枚の絵にしちゃおう」と提案する。

 

学校からの帰り道、コハクはヒトミに「あのイベントね、ヒトミの話がきっかけで思いついたんだ」と告げる。ヒトミがユイトの絵の中に入ったことが、実はちょっと面白そうだと思ったという。

 

「そうなんだ、怖いところもあったけど、きれいで、まぶしくて、楽しかった」

「絵の中なら、ヒトミもみんなと同じ景色を見られるよ」とコハクが言うと、ヒトミはハッとする。すかさず「ワクワクしてこない」とコハクが言うと「うん、ドキドキする」と答える。

 

「その魔法、私にも使えるかな」

「何言ってるの、ヒトミがメインにやるのよ」

「えっ~、そんなの無理!」

「絵の中のものを取り出すのは私にも出来るけど、絵の中に入る魔法は難しいんだよ、描いた人の心に触れる力が必要だとも言われてる、きっとヒトミは、これ系の魔法が得意なんだと思う」

 

ヒトミの手を取り「一緒にがんばろう」とコハクが言うと「うん」と言いながらヒトミも手を添える。

 

ショウはアサギとヒトミの関係が以前のように戻ったことを喜んで、そのことをアサギに伝えるが、アサギはショウのピントの外れた鋭さにあきれる。

 

ヒトミはコハクの指導で魔法イベントのために特訓している。紙飛行機を絵の中に入れて三分後に帰ってくるものらしい。が、なかなかうまくいかない。お母さんに励まされ、何度も練習するヒトミ。 一方、ユイトの絵も順調に描かれている。練習を重ねると次第に魔法ができるようになり、やがて成功する。

 

コハクは“星砂時計”の制作を請け負ってくれるところを探していたが、柳堂魔法古書店の紹介で見つける。

 

部室のスクリーンに投影機でユイトの絵を映す。優しい色使いのユイトの絵を見て、ヒトミや部員たちはテンションが上がってくる。

 

「それでは、いよいよ、みなさんを絵の中へご招待します…」コハクの言葉に一同気分はマックスとなる。そして時間が経つと魔法が消えるので安全であることを伝え、ヒトミとコハクは魔法をかける。

 

一瞬まばゆい光に包まれたかと思うと、やがて雲の合間から絵の世界がみんなの前に現れる。「みんな~、じっとしてたらもったいないよ~、いろいろ見てみなよ~」そう言いながら、コハクが絵の中の世界へ入っていくと、みんなも後について絵の世界に入っていく。「俺たちも行こうか」ユイトが言うと「はい」とヒトミが答える。

 

自由気ままにそれぞれが絵の世界を楽しむ中、ユイトとヒトミは森の中を歩きながら話をする。

 

「楽しいですね、ユイトさんの絵、すごいです」

「こんな風に絵の中に入れる方がすごいだろ」

「そう…、ですか」

「きっと、たくさん見に来るよ、そう思うと、ちょっと恥ずかしいけど」

「見てもらいたいです、この世界を、私に、世界には色が溢れてるって思い出させてくれたユイトさんの絵を、もっと」

 

 

三、ヒトミの部屋

 

二人が歩く森の小道の先に、金色のサカナが現れる。二人は一瞬顔を見合わせるが、サカナに引き寄せられるようにその後を追う。

 

暗い空間にやってきたユイトは、いつの間にかヒトミの姿を見失う。「ヒトミ!」と呼びかけるが返事はない。ふと前を見ると、そこにはヒトミの石像があり、その横には大きな扉がある。ユイトは、その重い扉を開け中に入る。

 

ユイトの目の前には、暗く冷たい部屋の中で一心に絵を描く小さなヒトミの姿が現れる。ユイトは近づいてヒトミの傍らに座って語りかける。

 

「お姫さまかな?」返事は無い。

「そっちは女王様?」返事は無い。

「会えないの」とヒトミ。

「会えないの」ともう一度。

 

ヒトミが描く絵の中では、お姫さまと女王さまの間を黒い川が分断している。お姫さまは泣いていないが、女王さまは涙を流している。ユイトは紙を見つけて一緒に絵を描く。その川を「渡れるよ」と言って、船の絵を川の上に重ねるが、しかしヒトミは船の絵をどける。鳥の絵を重ねてみるが、やはりその絵をどける。虹の橋の絵を重ねるが、今度は体ごとそっぽを向いてしまう

 

「いらない」

「どうして? 渡ってもいいのに」

「だめ」

「どうして?」

「分んない」

 

スケッチブックから一枚切り取ると、ヒトミはその紙をユイトに渡す。

「描いていいの?」

ヒトミはうなずく。

「じゃぁ、一緒に描こうか」

 

ハッとして、ユイトは部室に戻っていることに気づく。他の部員も元の世界に戻っていて絵の中の話をしている。ユイトがふと傍らを見ると、ヒトミがボーっと立っている。

 

「ヒトミ、良かった」

ユイトさん、私…」

そう言うと、ヒトミの目から頬をつたって涙が流れ落ちる。

「あれ、えっ、どうして」

「俺、ヒトミに会ったよ、小さなころの、一人ぼっちのヒトミに」

 

 

四、母の記憶

 

夕方、港の見える高台の公園でユイトとヒトミが話をしている。

「母は魔法が使えませんでした、代々続く月白家で初めてのことだって、親戚の誰かが言っていた気がします、だけど私は使えて、ある日突然、母は出ていきました、どうしていなくなったのか、なんで私を連れて行ってくれなかったのか、理由は分りません、きっと罰なんだと思います、魔法が使えた自分にうかれて、母の気持ちにも気づけなかったから」

 

「そんなの、小さな子供には無理でしょ」

「それでも、やっぱり私のせいなんです、魔法なんてなければ…」

「違うよ、魔法のせいじゃない、ヒトミのせいでもない、なのに、なのになんでそんな風に責任を感じなきゃいけないんだ」

 

「やめてください」

「おかあさんのこと好きだからって、ヒトミが耐えなきゃいけないのは、間違ってる」

「やめて」

「何があったのか知らない、知らないけど、ヒトミのお母さんだって…」

「やめてください!」

 

「いいよ、ヒトミはもっと怒っていい」

「私、頑張ったんです、お母さんに喜んで欲しくて、でも、間違ってて、お母さんはそれが嫌で、一人で苦しんで、一人で決めて、一人で出て行って、追いかければいいのにできなくって、お母さんのバカって言えば良かったのに、あたしのバカ!あたしのバカ!」

 

「あの、ありがとうございました」

「えっ」

「なんか、すっきりしました」

「そうか」

 

ヒトミのモノローグ:魔法なんて大キライ、お母さんを奪ったものだと思ったから、ずっとずっと、キライだった、でも…

 

「どうしたの?」

「いえ、何でもないです」

 

~私は何をしに、ここへ来たんだろう、私が来た意味~

 

 

第十話 まとめ

 

魔法イベントはヒトミが変わる大きなキッカケの一つであり、ヒトミの隠れた能力である“人の心の内面へ入る力”の可能性を引き出したといえる。このイベントを企画したのはコハクであり、ここでもコハクは賢人としての役割(道を示す役割)を担っている。

 

さて、第十話でテーマにしたいことは大きく二つある。一つはユイトが迷い込んだヒトミの世界であり、もう一つはヒトミの母の問題(魔法家系)である。ここでは、物語全体を通して描かれるヒトミの色覚障害について、魔法家系と幼児決断に触れつつ記述したい。幼少期の記憶(ヒトミの世界)については次回考察する。

 

まず、以前にも触れた「魔法使いの家系」ということについて述べてみたい。お気づきの方もおられるだろうが“魔法”は他の何かを象徴しているのであって、魔法でなくても良いという視点を持つことで、魔法の持つ意味が大きく広がることを確認したい。筆者はここで、魔法を何らかの職業に置き換えてみたいと思う。あるいは特別な才能、能力でもいいだろう。

 

例えば、ある家系が先祖代々特別な能力を持っている場合、その家の子供も、当然その能力を持っているのではないかと、多くの人達は推測するだろう。幸いなことに、その子供が才能に恵まれ、また性格的にも、その特殊な能力を活用し、家のために尽くすことに何らためらいを持っていないとしたら、それはその家系、あるいは同時代を生きる家族にとって、極めて喜ばしいことであろう。

 

しかしその子供が、特別な能力を持ち合わせていないような場合、あるいは、その特殊な能力に興味、関心が持てなくて、家系の維持のために尽くすよりも、自らの人生に、より大きな価値を見出しているような場合、家族やその周辺の人々にとって、極めて重大かつ深刻な心理的葛藤を引き起こすことになる。

 

かつては、個人的な好き嫌いなどはほとんど考慮されず、その家に生まれた者は、ほぼ強制的にある一定の役割を与えられて、その家系のために生涯を捧げることを要求された。しかし個性を尊重する現代的な社会の中では、そういった半強制的な抑圧は起こりにくくなっている。だが、そういう時代にあっても、一個人の考えを押し通すことは、未だに難しいことでもある。

 

医師、弁護士、教授などの学者であったり、旅館、菓子店や飲食店などの老舗と言われるような歴史あるお店の店主であったり、さらに、音楽家、芸術家、または伝統芸能の後継者など、途絶えることがその家系にとって極めて重大な事態を引き起こすような職業、職種がいくつか挙げられるだろう。

 

さて、ヒトミの母は魔法使いの家系に生まれたが、魔法を使うことができなかった。それだけでも、家庭内でどれほどの緊張が走っただろうか。家系を維持、存続させたい者たちが内包している、自分たちと違った感性に対する違和感から、無意識的ではあっても、一種の抑圧や迫害のようなことを受けていたのかもしれない。その結果として、ヒトミの母は月白家を出て行った。

 

母親が子供を置いて家を出るなどという事は、通常起こり得る出来事ではないことが、多くの人たちには理解されるであろう。ヒトミは普通の人たちが経験すること以上の、困難な出来事を体験したのである。この体験が彼女に多大な影響を与えたことは明らかであろうが、では、このような体験をした者には、全て色を失う症状が発生するのだろうか。

 

それではここで、先に触れた再決断療法の考えを援用しながら考えを進めてみたい。例えば母親はこのように考えたかもしれない。すなわち「私は魔法が使えない落ちこぼれだ、そのような私はこの家に居る資格が無いし居場所も無い、だから家を出る」というものだ。そうした母親の態度に接して、ヒトミに出来ることはどのような事だったのだろう。

 

まだ幼い子供にとって、母親を失う(捨てられる)理由は自分に何か悪いところがあったからだと考えることは、自然なことではないだろうか。子供にとって大好きな母親が悪いことをするはずがないから、悪いのは常に自分でなければならない。そう考えると次の言葉が浮かんでくる。

 

「私は母親と同じ血を受けついでいるが、魔法を使える点ではっきりと違う。母が私を捨てたのは魔法が使えるからだと思うので、これから私は魔法を使わない人生を歩む」さらに「魔法を使う私は母親に嫌われる(疎まれる)に十分な存在である、私を捨てるぐらいだから、魔法はきっと悪いもので、その悪い魔法を使う私は悪い人間である、だから、私には母に愛される資格など無い、私には幸せに生きる資格など無い、だから、色が見える豊かで幸せな人生を生きることなどしてはいけないんだ、母親に好かれるためには、そうしなければならない、だから私は 母親に愛される人生を獲得するために、生涯色のある生活(幸せ)と魔法を捨てて生きることを決断した」といえるのではないだろうか。

 

従って、ヒトミにとっての幼児決断は、「母からの愛情を獲得するために、色(幸せ)と魔法を捨てて生きること」といえる。しかし、ヒトミは60年前の世界でユイトの絵と出合い、また、決して魔法は人を不幸にするものではないことを、コハクや写真美術部の仲間たちと過ごす日常の中で知っていくのである。捨てたはずの世界が、全くの逆のイメージでヒトミのこころを大きく変えていったのである。

 

この先ヒトミは、色のある世界(幸せのある世界)で生き、魔法を受け入れ、人々の幸せのために使うことを「再決断」することになるだろう。しかしその先には、さらに越えなければならない大きな壁がある。母娘関係の再構築であり、祖母コハクも含めた、魔法使い家系三人の関係を修復することだ。

 

さいころ、自分で自分に課した強い信念(決断であり同時に“魔法”でもある)。つまり幼児決断することで、初めてヒトミは自分のこころ(精神状態)を正常に保つことができたと考えられるが、その決断はいつか破たんすることも容易に想像することができる。ヒトミの“その時”が迫っている。

 

 


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