21、心理学で読み解くアニメの世界
ユング心理学で読むアニメの世界
STAGE 01 青春しゃくまんえん
<プロローグ>
“澱んだ水が溜まっている、それが一気に流れていくのが好きだった、決壊し、解放され、走りだす、澱みの中で蓄えた力が爆発して、すべてが…動き出す”
そんな夢から目覚めた玉木マリ(たまきまり・以下キマリ)は“高校に入ったらしたいこと”が何もできていないことに気がつく。
・日記をつける
・一度だけ学校をサボる
・あてのない旅に出る
・青春、する
らしい
一、あてのない旅
キマリは、幼馴染の高橋めぐみ(たかはしめぐみ・以下めぐっちゃん)と一緒に多々良西高校に通う高校二年生である。高校に入ったらやりたいことがあったはずなのに、何もできていないことに気づいてしまう。そこで、学校をサボり、あてのない旅に出ることを決心する。
翌日、着替えを詰め込んだ大きなバッグを抱えて、少し早めに家を出る。“私は旅に出る、トイレで着替え、学校と反対方向の電車に乗り、いつもの学校から私一人だけが飛び出して、あてのない旅に出る、まだ、見たことの無い場所へ”…のはずだったが…
「いや~、雨だし…っていうか、ずる休みはいけないかな~というか…」行かなかった理由をめぐっちゃんに問い詰められると、キマリは“怖くなった”と答える。
「ほら、わたしいつもそうじゃん、部活入る時も、習い事する時も、受験でいい学校チャレンジしようって時も、全部直前まで来ると怖くなって、やったことないこと始めて、うまくいかなかったらどうしようって、失敗したら嫌だなって、後悔するだろうなって、ぎりぎりになる、といつも…」
「まっ、それは悪いことじゃないとは思うけどな」
「でも、わたしはキライ、わたしのそういうところ、大キライ」
夕方、キマリとめぐっちゃんは駅で別れる。キマリが帰りのホームへ向かう途中、全力疾走の女の子がキマリの傍らを追い越していく。女の子のバッグから封筒が落ちるのを見たキマリは、急いでその封筒を拾い、後を追う。階段を駆け上がるが間に合わず、女の子を乗せた電車は走り去ってしまう。残されたキマリが封筒の中を確認すると、なんと一万円札の束だった。
二、百万円の落とし主
翌日、キマリは百万円入りの封筒を学校に持ってくる。キマリの記憶では、落とし主の女の子はキマリと同じ高校の制服だったらしい。キマリとめぐっちゃんは自力で落とし主を探す。
二人はそれぞれの探し方で落とし主を探すが、傍らを通り過ぎる時のかすかな匂いを頼りに、キマリは髪の長い女の子の後を追い、女子トイレに向かう。キマリはそこで小淵沢報瀬(こぶちざわしらせ・以下シラセ)と出会う。
百万円の落とし主、シラセの話によると、南極観測隊員だったシラセの母親は、数年前の探検の時から行方不明になっていて、手元にはかつて出版した「宇宙よりも遠い場所」という書籍はあるが、遺品というようなものはなにも無いらしい。だからシラセは「私が行って見つけるの」と主張する。
キマリは「南極に?行けるの?」と尋ねるが、シラセは「みんなそう言う、ばあちゃんも、友達も、先生も、先輩も近所の人も、子どもが行けると思っているのかって、いくらかかると思っているんだって」
「それで百万円?」
「うん、ずっとバイトしてね…、私は行く、絶対に行って、無理だって言った全員に、ざまー見ろって言ってやる、受験終わって高校は入った時に、そう決めたの」
その言葉を聞いて、キマリの何かが動き出す。
三、気になる南極
めぐっちゃんを相手に、シラセの事を話すキマリ。めぐっちゃんの情報によると、シラセは“友達も作らず、放課後ずーっとバイトして、お金貯めている”らしい。“だから変人って言われてるんでしょう”なのだそうだ。
そんな話を聞いてもなお、南極の事が気になるキマリ。放課後の図書館でシラセのお母さんが書いた本「宇宙よりも遠い場所」を見つけ、もう少し詳しく読んでみる。見たことも無い世界、考えたことも無い世界にキマリの心は動かされる。
窓からふと外を見ると、シラセが歩いているのを見つけ、キマリは急いで後を追う。すると、ガラの悪い上級生たちにシラセが絡まれそうになっている。キマリが機転を利かせシラセを救い、改めて二人で話をする機会を得る。
キマリは「私、あなたのこと応援してる」と自分の気持ちを伝える。
「私ね、高校に入ったら、何かしようって思ってた、今までしたことないこととか、何かすごいこととか、でも、何もできなくて、いざとなると、怖くなってやめちゃって、だから、あんなにみんなに言われて、バカにされても、行くって本気で頑張れるのって、すごいと思う」とキマリは続ける。
するとシラセは一瞬笑顔になるが、すぐに真面目な顔で「言いたい人には、言わせておけばいい、今に見てろって熱くなれるから、そっちの方が、ずっといい」と答える。
「何か手伝えることない、あったら言って」
「じゃ~、一緒に行く?」
「えっ」
「前にも何人か、そういうこと言ってくれた人がいた、でもみんなすぐいなくなるの、やっぱり無理だとか、友達に止められたとか、怖くなったとか、それが普通だと思う、だって高校生なんだし、学校行ってるんだし、友達もいるんだし」
「違うよ、私はそんな簡単な気持ちで言ったわけじゃなくて…」
シラセは一枚のチラシをキマリに渡す。
「船の下見、次の土曜ここにきて、そしたら本気だって信じる」
『砕氷艦しらせ、一般公開、広島…』
土曜早朝、キマリは広島へ向かう。
「私は、旅に出る、今度こそ、旅に出る、いつもと反対方向の電車に乗り、見たことの無い風景を見るために、怖いけど、止めちゃいたいけど、意味の無いことなのかもしれないけど、でも…」
STAGE 01 まとめ
一、物語の構造
印象的なオープニングから始まる。
「澱んだ水が溜まっている、それが一気に流れていくのが好きだった、決壊し、解放され、走りだす、澱みの中で蓄えた力が爆発して、すべてが…動き出す」
物語というのは、一般的には次々に出来事が起こり、その出来事の積み重ねによって進行するものだ。またある時点から、登場人物の心情に何らかの変化が起こることもあるだろう。その出来事によって喜んだり悲しんだり、自分の行動を顧みたり、将来に夢を見たりというように、喜怒哀楽の感じ方は人それぞれである。
いずれにしてもこのように感情が動き、心が満たされ、思わず何かをしたくなるような状態をエクステンドという。ちょうどコップに水を注ぐ様子をイメージすると分りやすい。すなわち、水が零れ落ちるまでの心の成熟過程である。
すると、次第にその出来事の意味を理解し、喜びに満たされた人であっても激しく打ちのめされた人であっても、機が熟し自然と背中を押されるように、一歩先のステージへと押し出されていくことがある。先ほどの例で言えば、コップの水が零れ落ちる瞬間を意味し、この現象をアドバンスという。つまりその場にとどまることができず、自然と先へ進んでしまうのである。
カウンセリングでは、クライアントの心情がエクステンドされて、自らの意思でアドバンスすることを促すことがとても大切である。多くのカウンセラーはそのようなカウンセリングを目指しているといえるのだろうが、実はそれがなかなか難しいことなのである。
この物語は上の意味でいう、キマリのエクステンドからアドバンス寸前、つまりすでに機が熟していて、何らかのきっかけで大きく一歩が踏み出せる状態から始まっている。冒頭のプロローグからも分るように、キマリは“蓄えた何か”を動かしたいと願っている。
ちょうどキマリが広島へ向かって旅立つことが、この物語の“第一のアドバンス”といえるだろう。
二、玉木マリ
ここでは、キマリのセリフについて少し考えてみたい。
「ほら、わたしいつもそうじゃん、部活入る時も、習い事する時も、受験でいい学校チャレンジしようって時も、全部直前まで来ると怖くなって、やったことないこと始めて、うまくいかなかったらどうしようって、失敗したら嫌だなって、後悔するだろうなって、ぎりぎりになる、といつも…」
何かいつもと違うことをしようとすると、引っ込み思案になってしまう。失敗したくない、後悔したくないなど、ネガティブな結果が怖くなって行動が出来なくなってしまう。多くの人はそういった経験が少なからずあるだろう。
再決断療法に登場する、再決断されるべき禁止令に次のようなものがある。自己(Identity)に関する禁止令で『するな(Don’t)』または『自分の人生を生きるな(Don’t be engaged in your own life)』というカテゴリーに含まれる『行動するな(心配性の親からの影響が大きいというケースが圧倒的に多い)』という禁止令決断である。
「これ、やっていいのかな、うまくいかなかったらどうしよう、ちゃんとやれなかったらどうしよう…」どうしたらいいかを考えているようなつもりでいるが、実はただ心配しているだけである。
考えには結論が出るが、心配には結論が出ない。消えない心配を押し切って行動するので、ものすごくエネルギーを消費してしまう。疲れてしまうのである。【私は動きます】という再決断をすることによって、疲れなくなることができるかもしれないし、自信を持って行動できるようになるかもしれない。
もう一つの面では、安全な人生を送ろうとすることがある。本当の自分の人生を選んでいないということだろう。だから『自分の人生を生きるな』という禁止令となっている。「本当にいいのか?」と親から言われ続けていると、本人の心には不安ばかりとなってしまう。不安は自分を守るために備わっているものではあるが、過剰となると行動できなくなってしまう。この禁止令は、不安を大きくして好奇心を消し去り、抑え込んでしまうのである。
同様に『決めるな』という禁止令も考えられる。自分が決めるのではなく、他者に決めてもらうことで、自分は責任を取らなくてもいい、傷つかなくてもいいということだ。自分の意思を重要視しないという点では、他者の人生を生きることになる。
キマリが「でも、わたしはキライ、わたしのそういうところ、大キライ」と言っているのは、自分の人生なのに、自分で決められないことにいら立ちを感じているからなのだろうか。彼女は、そういう自分に違和感を覚えている。
ところで『行動するな』の括弧の中に“心配性の親からの影響が大きいというケースが圧倒的に多い”と記述したが、実際は親との関係がこの物語の中ではほとんど語られていない。この後の話になるが、むしろめぐっちゃんとキマリの関係性の方がより詳細に示されている。仲の良い二人ではあるが、相互に大きな影響を与え合っていることが、幼少の頃の思い出に表現されている。
さて、再決断療法については当ブログの「8」、「9」投稿のあたりに書いたので参考にしていただければ幸いである。なお、もう一人の重要人物、小淵沢報瀬についてはSTAGE 04のところで触れてみたい。
では、最終STAGE 13までお付き合いいただきたい。