39、心理学で読み解くアニメの世界

             映画と深層心理学

              「千年女優

 

 

編集後記

 

 

映画のストーリーに沿って、様々な視点から登場人物や出来事の意味について検討して参りましたが、みなさまはいかがお感じになられましたでしょうか。楽しんでいただけたのなら大変うれしく思います。

 

ところで、映画をしっかりご覧になった方ですと“あれっ”と思われるかもしれません。そうです、エンディングをあえて残しておきました。

 

この映画のエンディングは一瞬「えっ」と思うようなセリフで終わっています。この部分は賛否が分かれるようです。がっかりされる方もいらっしゃるようですが、筆者はこのセリフをとても重く受け止めています。

 

「編集後記」では、エンディングのセリフについて筆者が感じたことをお話ししたいと思いますので、先ずはエンディングへと続く最後のエピソードを追っていきましょう。

 

 

最後のエピソード

 

救急車のサイレンと建物(銀映撮影所)の解体とが重なる。立花はかつて「傷の男」から「鍵の君」が死んだことを聞いていた。だから千代子が、もういない人の影を追っていたことに気がついていた。

 

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病院にて…。千代子は「鍵」を手に入れたことで、またあの人の影を追っていくことを喜んでいた。

 

「悲しくしないで、だって、あたし、またあの人を追いかけていくんですもの、ほら、鍵もここにある、あなたのおかげね、この鍵はあの人の思い出を開けてくれたの、あなたにお話を聞いてもらっているうちに、あのころのあたしがよみがえってきたみたいだった」

 

「今度はきっと会えますね、あの人に」そう言うと「どうでしょう、でも、どっちでもいいのかもしれない、だってあたし…」そういって千代子は瞼を閉じた。

 

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千代子は宇宙船に乗って、あの人の元へ旅立っていく。(死出の旅路)

「…だってあたし、あの人を追いかけている、あたしが好きなんだもの」

 

********エンドロール********

 

 

先にも書いたように、最後のセリフはこの映画の賛否を大きく分けるようです。「な~んだ、自分大好きっ子のお話か」といって、この物語にがっかりされる方も多いようです。でも本当にそうなのでしょうか。自分のことが大好きで、一心不乱に自分のためだけの人生を駆け抜けた女の子の物語なのでしょうか。

 

筆者が考えるセリフの意味については、本ブログの“32投稿”で、“STAGE 12 宇宙よりも遠い場所”の中にあります。ちょうどシラセが最後の旅へ向かうにあたり、どうしたらいいかギンに尋ねる場面です。

 

 

「どんなに信じたくなくても、貴子が死んだ事実は動かない、意志だとか、生前の希望だとかいっても、それが本心なのか、本当に願っているのかは、誰にも分らない」

 

「じゃあなんで南極にもう一度来たんですか」

 

「あたしが来たかったから…貴子がそうして欲しいと思っていると、あたしが勝手に思い込んでいるから…結局、人なんて思い込みでしか行動できない、けど、思い込みだけが現実の理不尽を突破し、不可能を可能にし、自分を前に進める、あたしはそう思っている」

 

「人に委ねるなってことですか」

「そう、けど、ずっとそうしてきたんじゃないの、あなたは」

 

 

千代子は、最初は「鍵の君」への憧れから映画女優への道を歩み始めるのですが、次第に現実の世界の厳しさや理不尽さに直面し、心を痛めることになります。また、戦中戦後の困難な時代を生き抜くために、並々ならぬ体験をしてきたことでしょう。それでも彼女が生き続けられたのは「鍵の君」への一途な想いがあったからだったのではないでしょうか。

 

時代が進むにつれて、千代子も現実を直視するようになります。しかし「鍵の君」の顔さえ思い出せなくなると、もう会えないのではないかと考えるようになるのは、とても自然なことでしょう。しかしそれでも再会を信じ続けてこられたのは、なぜなのでしょうか。

 

ギンが言うように、いつしか千代子も“絶対に再会する”という強い思い込みによって人生を生き抜いてきたのかもしれません。そうやって生き抜く自分を“認め受け入れること”無しに、厳しい現実を突破することはできなかったのではないでしょうか。

 

再会を強く願う自分という存在を肯定的に認め受け入れるために、千代子は自分を心から愛することを、人生を通して“学んだ”と考えることはできませんでしょうか。逆に言えば、それほどの強い想いを持たざるを得ないほど、困難な人生を経験したのかもしれません。波乱万丈の人生を生き抜く知恵とでも言えばいいでしょうか。

 

さて、千代子にこの言葉を与えた今敏という人物は、きっと千代子と同じように自分を認め愛しているからこそ、試行錯誤しつつも自信を持って創作活動を続けてきたのではないでしょうか。アニメ制作にはいろいろな困難があるでしょうが、彼はそれらを乗り越え、今日の地位を築いて参りました。そのあたりは千代子との深い重なりを感じたりします。

 

2010年、今敏はガンによりこの世を去ります。しかし彼はきっと千代子のように、アニメを作る自分自身を心から愛し「だってアニメを作る自分がすきなんだもん」と言っているに違いありません。そうすることでようやく彼も46年という人生を駆け抜けることができたのではないでしょうか。

 

悲しい結末ではありますが、見終わった後不思議な爽快感があると思うのですがいかがでしょう。それはきっと「再会を強く願う自分という存在を肯定的に認め受け入れるために、千代子は自分を心から愛することを、人生を通して学んだ」ことによる『自己肯定感』がもたらすものなのかもしれません。

 

さて、千代子は語ることで人生を振り返り、新たなエネルギーを手に入れました。そしてその想いは、さらなる千年へと向かっていくことでしょう。この映画がみなさまの自己肯定感を、さらに醸成させるキッカケになれば大変うれしく思います。

 

ではでは、最後までお付き合い下さいまして本当にありがとうございました。また次の機会にお会いしたいと思います。

 

 

ありがとうございました。

Midnight Walker

 

 


千年女優 / Millennium actress