41、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「妄想代理人

 

 

第一話 少年バット参上

 

東京の夏、忙しく動き回る人々の日常が描かれる。入院中と思われる老人が難しい計算式を地面に書いていると、何かに気づいたようにはっとする。老人はそのままゆっくり顔を上げ、バスに乗っている女の子を凝視する。しばらくすると女の子もこちらに視線を向けるが、程なくバスは走り出す。バスが去ると、奥の塀に「少年バット参上!!」の文字が現れる。

 

 

一、鷺 月子(サギツキコ)

 

月子は職場で新しいマスコットキャラクターのデザインをしている。彼女はヒットキャラクター「マロミ」に続く新キャラクター作りに取り組んでいる。職場のチーフからは「みんなが待ってるのよ、月ちゃんの次の魔法を」と言われ、思わず「欲しいです…、魔法」とひとり呟く。

 

マロミ発表からかなりの時間が経っているらしく、月子にはヒットするような新キャラクターを制作しなくてはならない無言の圧力がかかっている。新キャラクターについて取引先からの催促の電話に、チーフは「来週の月曜日」と約束をしてしまう。月子は重い足取りで家路につく。

 

「魔法、魔法、魔法、ねェマロミ、魔法ちょうだい」

 

家に帰る途中、背の低い老婆が電柱に置いてあるいくつものゴミ袋を物色している。月子は急いでその場を立ち去るが、振り向くともうその老婆はいない。

 

何となく不安な気持ちになって月子は走り出すが、駐車場の中で転んでしまい、膝をすりむく。カバンの中のマロミやデザイン画も散乱してしまったので、彼女はマロミを拾い上げ抱きしめてから、ゆっくりとデザイン画を拾い始める。

 

車の下に入ってしまったデザイン画を拾うことができず、無理をして手を伸ばすことでようやくつかみ取る。しかし、起き上がる時に洋服が車の角に引っかかり、右腕を怪我してしまう。

 

悲しみと不安で月子は泣き出してしまう。するとどこからか「少年の影」が現れ月子は襲われる。

 

 

二、事件

 

翌日、月子の事件はテレビで報道されるなど、職場は騒然とする。月子は入院し、刑事による事情聴取が行われる。

 

月子の証言は曖昧ではっきりしない。だがやがて呟くようにキーワードとなる言葉が出始める。

 

「金色、たぶんバット」

「他には何か覚えてないかな?」

「小さかった、五年とか六年」

 

「小学生!」

 

月子の目が震え、やがて耳をふさぐように両手で頭を抱える。

 

 

三、川津 明雄(カワヅ アキオ)

 

「週間噂マガジン」のライター川津は、車で引いてしまった老人の親族に、入院費と慰謝料が払えず叱責される。月子が入院している同じ病院内で老人の親族と別れた後、月子の事件を捜査している刑事猪狩慶一(イカリケイイチ)、馬庭光弘(マニワミツヒロ)と出会う。川津は事件の情報を得ようとするが軽くあしらわれる。しかしあきらめず、情報屋のやり方で看護師から捜査対象の部屋番号を聞き出し独自に調べ始める。

 

月子の証言に疑いを持つ猪狩は、以前にもあった通り魔の狂言事件を思い出す。月子が描いた「バットを持つ少年」の絵を見つめる猪狩。捜査を終え、車を走らせるとプロローグに登場した老人が書いた式の答えが510となっている。510は月子の部屋番号である。

 

川津はネット検索サービスを使って月子の勤め先、株式会社M&Fを調べ訪問する。

 

 

四、犯人捜査

 

テレビでは、月子を襲った犯人像が話題となっている。犯人像の情報は巷を駆け巡り、噂は一気に広がっていく。その頃、猪狩と馬庭は背の低い老婆の情報をつかみ、二人はホームレスとなっている老婆を訪ねる。

 

二人が老婆の小屋に声をかけると、そこから川津が出てくる。驚いた二人に、川津は「ここの婆さん、事件直後からいなくなったって話ですよ」と伝える。

 

退院した月子は、自身のネット掲示板にある書き込みを読んでいる。お見舞いのメッセージなどを読み進むうちに、ネガティブな書き込みも多いことに気がつく。「すぐばれるウソ」「ウソツキ!」「自作自演」など、次から次へと悪口が書かれていて、それを見た月子は呼吸が荒くなっていく。

 

手元からマロミが床に落ちる。するとマロミは動き出し、月子に語りかける。

 

「気にしちゃだめだよ、…みんなね、妬んでるんだよ、月ちゃんのこと」

「どうして?」

「月ちゃんは、変わってるから」

「普通だと思うけど」

「大丈夫、月ちゃんは悪くないよ、悪いのは…」

「うん、でも」

「思い過ごしだってば」

 

杖を突いて月子は出勤するが、目の前に川津が現れ、彼は通り魔事件について月子に尋ねる。月子は軽く会釈をしてその場を去ろうとするが、川津は月子が駐車場で拾おうとしていたデザイン画を示し「鷺さん、これ」と声をかける。

 

カフェのテラスで二人は話し始める。

 

「現場の近くにホームレスの婆さんが住んでましてね、そのネグラで見つけたんですよ(デザイン画を見ながら)、やけにタッパの低い婆さんだったそうで、私、今回の事件に興味がありましてね、近所に聞き込みをして廻ったんですが、目撃者が一人もいない、おかしいですよね、特に深夜でもなかったんだし」

 

「あたし見ました」

「だから是非詳しく」

「よく覚えてません」

「そのお婆さんなら何か知ってると思ったんですがね、これが消えちゃったんですわ、事件の直後に、奇妙な偶然の一致ってやつでしょうかね」

 

「ところで鷺さん、正社員?それとも契約? マロミちゃんの○C(マルシー・著作権)とかどうなってんの? 権利持ってたら、半端じゃないでしょ」

 

「あんた同僚に、えらく嫌われてるね」

 

「思わぬ成功と名声、周囲の嫉妬と期待、次回作にかかるプレッシャー、分りますよ、私だったら逃げ出したいくらいだ、(デザイン画を示して)まだできてねえんだろ」

 

月子の呼吸が荒くなる。

 

「いたの?」

「えっ」

「本当にいたの、通り魔」

 

月子の目が左右に素早く動き、背後を若者がローラーブレードで走り抜ける瞬間、事件の記憶がよみがえり、月子は思わず身構えてしまう。

 

 

五、少年バット

 

犯人の記憶(イメージ)が以前よりはっきりしたので、月子はその情報を警察に伝える。それらは瞬く間にニュースとなって、金色のローラーブレード、子ども、半ズボンに野球帽、くの字に曲がったバット、バットを振り下ろす時ニヤっと笑うなどの情報が巷に広まっていく。いつしか犯人は『少年バット』と呼ばれるようになる。

 

エレベーターが開き、自宅前にしつこく川津がいるのを見た月子は、そのままエレベーターで建物の下へ向かう。月子は足早に建物から離れようとするが、杖を突いているので、思うように歩けない。するとつい躓いて、杖のにぎり部分をカバーしていたマロミの絵がプリントされたハンドタオルを水たまりに落としてしまう。

 

川津はゆっくりとした足取りで月子を追いかけ「鷺さん、待ってよ、俺の話を聞いた方が、あんたのためにもなるんだからさ」と声をかける。月子は起き上がって逃げるが、川津は「ねー、鷺さん、俺のこと助けると思ってさ」と続ける。

 

川津が水たまりに落ちたマロミのハンドタオルを拾おうとしてしゃがんでいる時、少年バットは川津を襲う。

 

月子が歩道の階段部分でバッグを落とし息を切らせていると、目の前に少年バットが現れる。

 

「ただいま」そう言うと、少年バットは去っていく。

 

翌日の新聞記事「金属バット通り魔 第二の犯行 襲われた男性重傷」

 

 

第一話 まとめ

 

 

一、鷺月子

 

鷺月子は、この一連の物語を構成する上で一番重要な登場人物である。各話にもそれぞれの主人公がいるのだが、彼女は物語のキッカケをつくり、その影響を各主人公に及ぼしている。それぞれの主人公は「月子が産み落とした残像」から逃れることができないのだが、それは一体なぜなのだろうか。ここでは先ず「鷺月子」という人物について考えてみたい。

 

鷺月子(サギツキコ)という名前についてなのだが、音だけを意識してみると“サギ”からは“嘘(ウソ)”、ツキコからは“嘘をつく子(ツクコ・ツキコ)”というニュアンスが思い起こされる。作者は主人公鷺月子に「嘘をつかなければならない子」という役割を与えているようだ。

 

月子は「マロミ」というキャラクターをヒットさせて、一躍有名デザイナーとして周囲の期待を集めることになるのだが、そうなると当然、次に続く新キャラクターの発表が期待されるようになる。しかし彼女はなかなか新キャラクターを生み出すことができずに行き詰まっている。そして事件が起こるのだ。それも月子にとって都合のいいカタチで…。

 

事件によって入院した月子は、スポンサーへの新キャラクター発表の時期を先送りすることができた。まさに願ったり叶ったりである。しかしそのことで、月子の周りがザワつき始める。つまり“誰に襲われたのか”が注目され、犯人探しが始まることになる。

 

月子を襲ったのは一体誰なのか。この謎を解くために二人の刑事(後に各話の主人公となる)が捜査を開始するのだが、もう一人雑誌記者の川津が関わることになる。彼は持ち前の嗅覚を働かせ、月子の証言の矛盾を問いただす。しかし執拗に月子を追い回すうちに、川津も二番目の被害者となってしまう。

 

 

二、川津 明雄

 

川津が置かれた状況というのは、どのようなものだったのだろうか。彼は交通事故を起こし、老人に被害を与えてしまったことで、その家族への賠償が求められている。しかし、なかなかスクープを得られず補償金を用意することができない。そんな中、たまたま月子の事件と遭遇することで、一獲千金を得ようと月子の周辺を探ることになる。

 

人としてどうかとは思うが、ジャーナリストとして川津はいいセンスをしているといえるかもしれない。彼は月子の証言からその矛盾を突き、月子を次第に追いつめていく。何度となく月子との接触を試みるが、やがて彼自身が少年バットによって襲われることになる。

 

 

三、被害者二人の共通点

 

ここで、月子が襲われることの意味を考えてみたい。結果として月子は、襲われることで被害者となり同情されている。これは病気利得とか、被害者利得といえるだろう。先にも述べたように、キャラクター発表の機会を先延ばしすることにもなり願ったり叶ったりであり、ケガという痛い思いをしてはいるが、名誉(立場)に関して損をしているようには見られない。

 

同じような視点で見てみると、川津が襲われることにどのような意味を見いだせるだろうか。川津は自身のトラブルで老人への補償を求められていた。しかし、そのような費用を用意することができず、月子事件のスクープで大穴を当てようとしていた。

 

先に「人としてどうか」と書いたように、追いつめられて困るようなタイプには見えない。しかし映像でも分るように、彼も老人の親族から補償金を支払うよう突き上げられている。襲われることで、川津は補償金の支払いが一定期間猶予される。従って月子のように一時的に解放されるのも事実であろう。

 

だが同時に、月子がつきまといから解放されるという考えも可能だ。「利益を得る者」という視点で見てみると「何か」がつながってくるのかもしれないが、第一話目ではまだ何ともはっきりとは見えてこない。

 

いずれにしても、全十三話を通じて、各話の主人公がどのように少年バットと関わっているのかを見ていくことになる。それぞれの登場人物が内面に抱えた様々な葛藤によって、少年バットに翻弄されていく様子を見ていくことにしたい。

 

 

四、その他の登場人

 

1、老人

 

ストーリーテラーとしての役割を持つ。各話のポイントを複雑な計算式によって解明している。彼の導く数式の解は、その話を読み解くうえでのヒントとなっている。老賢者としての一面も持っているように思われる。

 

2、老婆

 

鷺月子事件の目撃者として登場するが、すぐに行方不明となる。今後の役割がどのようなものなのかは今の時点では不明である。

 

3、刑事

 

捜査に当たる刑事は二名。この後、それぞれが主人公となり事件解明に深く関わることになる。

 

 

第一話では、先ず事件の発端が提起されるのだが、ここでは主要人物について紹介する程度のことしかできない。次回以降、登場人物の内的世界の葛藤などに注目しながら様々な検討を進めてみたい。

 

 


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