42、心理学で読み解くアニメの世界
ユング心理学で読むアニメの世界
「妄想代理人」
第二話 金の靴
一、鯛良優一(タイラユウイチ)
第二話の主人公は小学6年生の鯛良優一である。彼は学業やスポーツなどで優秀な成績を収めていて、自分のことをエリート小学生だと思っている。さらに学校内では自分が一番の人気者だと固く信じている。
ある日優一が学校へ行くと、みんなの様子がおかしいと感じる。彼が下駄箱のふたを開けると、そこには「おまえが少年バットだ」というメッセージがあり、ふと最近ニュースで話題になっている「少年バット」についての情報が、自分を連想させることに気づき「なるほど」と理解する。
優一は児童会選挙に立候補しているのだが、一学期の終わりごろに引越してきた牛山尚吾(ウシヤマショウゴ)という同級生が、最近選挙で自分に挑戦してきたことに不満を感じ、彼が変な噂を流しているのではないかと疑うようになる。
優一が教室に入ると、彼の机に「おまえが犯人」などといういたずら書きを見つける。優一は動揺し、牛山尚吾への激しい憎悪を抱くようになる。
二、鷺月子の勤め先にて
「あなたのですね、確かにあなたが落としたもの(マロミ柄のハンドタオル)だと川津が…、あなたを追い回していて事件に遭遇したそうですね、ところが、肝心の犯人についちゃ、とっさのことで良く見えなかったときた、あなたはどうなんですか、鷺さん、犯人の姿を見なかった」
刑事の問いかけに曖昧な返事を繰り返す月子が「大丈夫ですか、川津さんの容態」と尋ねると、刑事は「命に別状はないそうです」と答える。
三、蝶野晴美(チョウノハルミ)
優一は友達からシカトされたり、陰口を言われていると錯覚し、自分のポジションを牛山に奪われたと一方的に思い込んでいる。帰宅後優一は家庭教師の蝶野晴美に、いじめを受けていると相談する。
勉強途中、母親がお茶を持ってくるが、その際いじめの話は伏せられ、優一の誕生パーティーが来週の日曜日にあるので、蝶野に来てほしいことを伝える。
母親が部屋を出た後、蝶野は「学校の先生は?私から話してあげようか?」と優一に伝えるが、彼は部外者の蝶野に介入されるのを避けたいと思い「大丈夫です、先生のそのお気持ちだけで、ぼく、自分で何とかします」と彼女に告げる。
四、体育館の裏
休み時間に体育館の裏に呼び出された牛山は、優一からあらぬ疑い(優一の思い込み)をかけられ責められる。
「おまえだろ、とぼけんなよ、おれの靴箱に怪文書入れたり、この俺が少年バットだなんてふざけた噂を流したのは、おまえだろって聞いてるんだ! 選挙でまともに戦っても勝ち目がないから、この俺の評判を落とそうとした、どうだ図星だろ、えぇ!」その様子を何者かが撮影している。(※誰が?)
授業を受けていると、優一の元に一通のメールが届く。すると他の生徒の元にも続々とメールが送信されてくる。優一へのメールには、体育館の裏で優一が牛山を攻めている様子の写真が添付されている。(他の生徒に送られてきたメールがどのようなものなのかは良く分らない)
牛山は「先生、鯛良優一君がいじめにあっています、だれ、こんなひどいいたずらをしたのは、このままだと鯛良くんが一人ぼっちになってしまいます」
“こっ、こいつ最悪!”優一は心の中で叫ぶ。
五、聞き込み
刑事による聞き込み捜査によって、少年バットは小学生で、くの字に曲がった金色の金属バットを持っているなどの噂が巷に広がり始める。靴もバットも金色という証言から、優一は刑事の聴取を受けることになる(優一は金色のローラーブレードを持っている)。
聴取によって優一は月子との接点が無いことがはっきりする。そのことが有利に働くと考えた優一は、今の状況の巻き返しを図ろうとするが、しかし聴取は裏目に出る。警察に疑われた優一の誕生日には、蝶野晴美以外友達は誰一人として来なかった。
優一は金色のローラーブレードを夜のゴミ捨て場に捨てる。優一は元気を失い孤立する。
六、牛山尚吾襲撃事件
学校からの帰り道、一人で歩いている優一に牛山が声をかける。
「イッチー、この間のことなら、俺、気にしてないから」
なぜか分らないが、ヤシの木を抱えている牛山に“なんでヤシの木なんだよ、このデブ”と優一はイラつく。
「犯人が捕まって、早くほとぼりが冷めるといいね、俺分るんだ、イッチーの気持ち、俺も、前の学校でいじめられてたから」
優一は激しく反発し“一緒にすんな!”と心の中で叫ぶ。
「引越してきたのも、それが理由なんだ、カウンセラーの先生には、新しい学校では、何事にも積極的に挑戦しなさいって言われた」
“こいつがやられればいいんだ”
「だから思い切って、選挙にも立候補したんだ」
“おまえが少年バットにやられれば、やられろ、そうすれば俺が…”
優一は少年バットを捕まえて英雄になる妄想に捉われる。するとすぐ横を何者かが駆け抜け、牛山を襲う。驚いた優一はその先に少年バットの姿を見つける。「ラッキー!」と言って喜ぶ優一は、牛山に視線を向けたり、彼を介抱することもなく少年バットを追いかける。
『捕まえてやる、絶対に、捕まえてやる』
振り返る少年バットに自分の姿を見た優一は、一瞬ハッとする。逃げる少年バットをなおも追いかけるが、彼は捕まえることができない。
『待て、待ってくれぇぇぇ!』
事件のニュースを見る月子は「あたし、やっぱり前にあの子と会ったような気がする」と呟く。
「思い過ごしだよ」
「マロミも覚えてるでしょ、あの時…」
「考えすぎだってば、だってあれは随分昔のことじゃないか、あの子があの時のままだなんて、変だよ、おかしいよ、そんなことより月ちゃんも、おっかしい、あんな昔のことなんか、関係ないよ、悪いのは少年バットなんだよ、にゃ」
牛山を見舞った刑事二人が病院を去る時、地面に書いてある難しい方程式の答えが「=1」となっている。(※イッチーのことか?)
七、登校拒否
登校拒否になった優一は、自室でかつて人気者だったころのビデオを観ている。すると母親がドアをノックする。
「学校はどうしたの、ゆうちゃん、今日は児童会選挙の日なんでしょ、遅刻してもいいの、聞こえてるの、ゆうちゃん、ゆうちゃん」
「牛山がやられて俺がその場にいた、俺があいつのこと嫌ってたのもみんな知っていた、俺は黒だ、真っ黒だ、今日学校なんかに行ったりしたら…」
優一は歪んだ世界を認識し始める。
『ほ~ら、少年バットよ…卑怯者…最低…人殺し…やっぱりお前か…』
混乱した優一の前に少年バットが現れる。
『みんな、少年バットだ!本物の少年バットだよ!少年バットだよ!』
バットでたたかれる音がする。
第二話 まとめ
一、鯛良優一
第二話の主人公は、小学六年生の鯛良優一である。彼は自分が人気者で成績優秀だと固く信じている。確かにそれまでの人生はそうだったのかもしれないが、牛山尚吾が引っ越ししてきてから、様子が変わり始める。
次第に、そして確実に優一の日常が壊れていく。靴箱の手紙や同級生へのメールが、どのような経緯で準備されたのか、その詳細は分らないままだが、不思議な力によって優一の日常が貶められていくことになる。
さて、ここで名前の意味を深読みしてみたい。彼の苗字は鯛良(タイラ)である。タイラが意味することころは「平(タイラ)」、すなわち平凡であることだろうか。それにも関わらず名前は優一(ユウイチ)、つまり優れて一番であることを意味している。
彼は凡庸であることと優秀であることとの葛藤に苦しんでいくのだが、実際は自分に都合のいい妄想と自力では操作できない現実との対比の中で、次第に自分を見失っていく様子が描かれている。彼の中の精神的限界点を越えたところで、少年バットが現れているといえるのではないだろうか。
二、牛山尚吾
牛山君はこの物語の中で、自分を取り戻そうとしている正直な人物として描かれているように思われる。従って、彼は本当の意味での被害者と言えるのではないだろうか。彼の葛藤は新しい環境で友達が出来るだろうか、みんなとうまくやっていけるだろうかという不安と期待であろう。そう考えると、比較的順調であった牛山君が襲われることに、どのような意味があるのだろうか。
第一話のまとめでも述べたのだが「誰が得をするか」という視点で見てみると、面白いことに気がつく。先ず牛山君であるが、彼は襲われる理由など無く、ただ単に、優一にとって都合の悪い存在でしかない。牛山君が襲われて得をするのは優一である。つまりライバルを退けたことで優一が優位になるからである。
しかしこの事件によって、優一自身が不利益を被ることとなった。事件の状況から、牛山君を襲ったのは優一以外考えられないというものである。優一は自分が疑われることに耐えられず、少年バットを呼んでしまったといえるのかもしれない。自身の中に渦巻く激しい葛藤の中、優一も襲われることになる。
三、重なる構図
第二話の登場人物を第一話の登場人物に重ね合わせてみると、月子は優一、川津は牛山と、どことなく立ち位置が似ているような気がする。月子、優一は激しい葛藤に苦しみ、川津、牛山が少年バットに襲われることで月子と優一の葛藤が癒される、という構図である。
優一はその後精神的に追い込まれることで、自ら少年バットを呼びよせているが、それは月子が少年バットを引き寄せたことと、ほぼ同じような理由によるものと考えられるだろう。優一は襲われることで、自らの潔白を証明できるのである。ただ、これまでの構図と似てはいるが、見立てが正しいかどうかはまだ分らない。
四、蝶野晴美
鯛良優一の家庭教師として登場しているが、次回、第三話での主人公となる。
第一話、第二話を通じて、何やら激しい葛藤が何かを呼び込んでいるのではないかと想像できるストーリー展開となっている。では次回、蝶野晴美のストーリーを見ていきたい。彼女はどのような問題を抱えているのだろうか。