63,心理学で読み解くアニメの世界
心理学で読み解くアニメの世界
「灰羽連盟」
第三話 寺院 話師 パンケーキ
一、レキの悪夢
朝、ラッカは朝食に来なかったレキの部屋を訪ねようと、彼女の部屋に向かう。
「うわぁ、人が住んでないとこは、本当にお化け屋敷みたい」
階段を上がり、物を引きずった跡がある部屋の入り口で、ドアをノックしようとすると「うわぁ!」とレキの大声が聞こえてくる。慌てたラッカは「レキ!」と叫びながらドアを開ける。
しかしそこに人影は無く、中には右の部屋へと通じるドアがあり、ラッカは恐る恐るそのドアを開ける。するとそこに布団をかぶったレキが息を切らせてしゃがみ込んでいる。
「ごめんね、すごい物音がしたから勝手に入っちゃった」
「そりゃ、お騒がせ、寝相が悪くてさ、また落ちた」
「ごめん、散らかってて、元々は、アトリエとして使ってたんだけど、ガラクタを整理するのが大変でさ」
「絵を描いてるの」
「まあ、まあ、真似事だけ」
「見ていい?」
「だめだめ、描きかけだし、ろくなもんじゃないよ」
「ふ~ん、アトリエってこっち?」
「だめ!…そっちは、ホントに散らかってるから」
「あっ、ごめん、そっ、そうだ、朝食、レキだけ来ないから…、それで呼びに来たの」
「うん…、後で食べる」
「そう、じゃ、わたし行くね、灰羽連盟の寺院に呼ばれているの」
「寺院に? 一人で?」
「ううん、ヒカリが一緒に行ってくれるって」
「あぁ、じゃ、気をつけて」
ラッカは部屋を後にする。
『また同じ夢』レキは呟く。
二、寺院
ラッカは、思わずレキの部屋に入ってしまったことを気にして、ヒカリやネムにそのことを話す。しかし思い過ごしであると告げられる。ネムと別れ、ラッカとヒカリは街はずれの寺院に向かう。
人里を離れ細いつり橋を渡り、崖に沿った道を抜けるとようやく寺院が見えてくる。寺院の中では許可があるまで話してはいけない規則となっていることを、ヒカリから知らされる。
「灰羽だな」
「何用できた?」
「一人は光輪の鋳型を返しに来た、もう一人は私が呼んだ新生子だ、そうだな、庭園の中へ」
「新生子、名は何という、名前はラッカ、そうだな、…羽がきちんと体の一部になるように心がけなさい、同志ラッカよ、我々は今日よりお前を、同志として迎える、これがその証となる、それがお前の日々の暮らしの補償となる、引き換えにお前はこの街で働く、自分のため、自分たちの住み家のため、幼い同志のため、お前は良い灰羽であらねばならない、我々はここにいる、困ったことがあったら来なさい、…他に何かあるか」
寺院からの帰り道、丘の上にある風車の近くで、ラッカはクウの姿を見つける。しかしヒカリには見えなかったようである。ネムと別れた石橋のたもとで、今度はヒカリが仕事に向かうためにラッカと別れる。
「じゃぁ、また夕方ね」
「うん、ありがとう」
そう言うと、ラッカはオールドホームに向かう。ホームが近づくと、レキが年少組の子たちを追いかけている。レキはラッカを迎えると、年少組の食事の続きをするという。ラッカは「わたしも手伝うよ、灰羽は働かなきゃダメなんでしょ」とレキに告げる。
食事の付け合わせのニンジンが不評で、子どもたちは食事を終わらせることができない。ラッカが手本を見せるがうまくいかない。レキが「ニンジンお化けが来るぞ」と脅すと、女の子がラッカの横に逃げ込む。すると女の子が「ケーキの匂いがする」と声を上げる。
男の子が「パンケーキ食いてえ」と叫んだあと「ケーキ!ケーキ!」とみんなが大合唱するので「昼ご飯を残さず食べた者だけ、おやつはパンケーキ」と寮母の婆さんが宣言する。すると子供たちは全力でニンジンを食べる。
その後、ラッカはヒカリのパン屋へ買い物に向かう。
三、クウの道案内
途中、脱走した年少組の子供達と再会すると「今すぐ謝りにいかないと、おやつ抜きだってよ」とラッカは告げる。すると子供たちは急いでホームへと向かう。
パン屋へ向かうラッカを見つけたクウが声をかける。
「ラッカだ、どこ行くの?」
「ちょっとパン屋まで、あっ、そうだクウ、ヒカリの働いているパン屋ってどこだか分る?」
「えぇ、知らないの、じゃぁ、クウがガイドするよ」
二人は自転車で町へ向かう。
「朝、風の丘を歩いてたでしょ」
「えぇ、うん、街にこれを買いに行ったんだ」
そういうと、クウは帽子に手をやる。
「へぇ、似会うよ」
「パサパサ、ポンコツ自転車号、離陸します!」
「ホントに飛べたらいいのにね」
「飛べるよ、信じていれば、いつか必ず飛べるよ、クウはそう信じてるんだ」
「うん、そうかもね」
「こないだ、あそこのカフェで、掃除の手伝いをして、角砂糖をもらったんだ」
「クウも働いているんだ、えらいね」
「えへへ、だってラッカが来たから、あたしもう先輩だもんね、あたしね、年長組で一番チビだから、…えっと、怒んないでね…、ホントは、ラッカが妹だといいなって思ったんだ、でもね、考えたら、あたしよりチビだったら年少組に行っちゃうから、だからラッカは、わたしより大きくて良かったんだ、だって、一緒にいられるもんね」
「ホントにそうだね、あたしもクウみたいな先輩がいて良かった」
「カナはカラスのことを“ゴミあさり”っていうんだよね、でもあたしは、カラスはわたしたちと友達になりたいんだと思う、あたしたちにはゴミでも、カラスにとっては食べ物なんだよね、だから友達になって、分けてもらいたいんだと思う、わたしは灰羽で、言葉がしゃべれるから、カフェのおじさんと友達になって、角砂糖がもらえたよ、でもカラスはカーカーとしか言えないし、真っ黒で怖い顔をしてるから、クレープはもらえないし、カナにほうきで追いかけられるんだ、なんか不公平、カラスと話ができたらいいのにね」
「うん」
四、ヒカリのパン屋
クウの話によると、ヒカリが働いているパン屋は、灰羽が働ける街でただ一つのパン屋らしい。
二人はパン屋に到着すると、お店の人に案内されて厨房へと向かう。忙しい雰囲気の中、子供たちにおやつのパンを買いに来たことを告げると「いいよ、どれでも選んで」とヒカリは答える。
お店の人:「ほれ、これはヒカリのアイデアで作ったもんだ、熱いから気をつけてな」
ラッカ:「あっ、ありがとうございます、ヒカリすごい!」
お店の人:「この間ヒカリが面白いフライパン持ってきて、いろいろ試してなぁ」
ラッカ:「ヒカリ!」
クウ:「まさか!」
ヒカリ:「あはは、ばれた…」
クウ:「どうりで自分から輪っか係に立候補したわけだ、ヒカリあったまいい!」
ラッカ:「ヒーカーリー」
ヒカリ:「だって、あれ見たらすっごいやってみたくなっちゃって」
ラッカ:「ほんとにそんなことやる人なんていないわよ!」
ヒカリ:「ちゃんと洗ったのよ」
ラッカ:「そういう問題じゃない!」
五、パンケーキ
二人はホームに戻り、やがておやつが振る舞われる。
レキもニンジンが苦手なのだが、そんなレキに寮母の婆さんが「おまえだってニンジン食えんくせに」とぼやく。するとレキは「あっ、わたしは目つぶれば食えるんだって」と答える。
「そういうのは食えるとは言わん、まったくお前は背だけ伸びて、中身は全然変わらんな」
「ちぇ、今日のニンジンはチビたちじゃなくて、わたしに説教するためか」
「まっ、脱走せんだけ成長したか…」
「当たり前だっての」
ゲストルームでヒカリ、クウ、カナ、ネムがおやつを一緒に食べようとラッカを待っている。
ヒカリ:「ラッカ、ごめんね」
ラッカ:「いいよ、もう」
ラッカは光輪を洗うが、髪の毛が跳ねるのを止めることができない。
第三話 まとめ それぞれの日常
第三話では、オールドホームの灰羽達のそれぞれの日常が描かれている。冒頭、レキが「悪夢」にうなされて、ベッドから落ちる場面は印象的だ。『また同じ夢』と呟いているように、何度となく同じ悪夢に苦しめられていることが示される。
その後ラッカは、ヒカリと一緒に初めて灰羽寺院に向かい、灰羽達に課せられた独特の決まりごとに直面する。話師との面会では言葉を発してはならず、話師から許可を得てから発言することになっているらしい。この世界で生きる灰羽達の独特の決まり事に戸惑うのである。
さて今回は、特に大きな出来事が起こるわけではないが、レキが子供の世話を仕事として捉えていること、ヒカリがパン屋で働いていることなどが話題となっている。また、はっきりとした仕事として描かれているわけではないが、クウが街のカフェで掃除の手伝いをしていることが、本人の口から語られている。
一、クウというキャラクター
ラッカがヒカリのパン屋へ行こうとするとき、オールドホームの外でクウと出会う場面がある。「朝、風の丘を歩いてたでしょ」というラッカの問いに「街にこれを買いに行ったんだ」と言って、飛行機乗りが被るような帽子を示す。
空を飛ぶしぐさをするクウに、ラッカが「ホントに飛べたらいいのにね」と語りかけると「飛べるよ、信じていれば、いつか必ず飛べるよ、クウはそう信じてるんだ」と答えている。
この後、自分が街のカフェで掃除の手伝いをして角砂糖をもらった話、ラッカという年上の後輩が出来てうれしいという話、そしてカラスと話せたら良かったという話をする。
それらの話は、ラッカにとってどれも感心するような内容だったようだ。小さいのに働くことの大切さを知っていること、後輩のラッカがむしろ年上だったから友達になれて良かったと感じていること、そして嫌われ者のカラスであっても、話すことが出来れば仲良くなれそうだと考えていることなど、どれも前向きであることが、ラッカには気持ち良く感じられたようである。
また「クウ」という名前が、当初は「かぶっちゃうね」と言われていたように、空(そら)という空間を通して、ラッカとの類似性を暗示しているようにも感じられる。ラッカはクウに対してとても好感を持っていて、深いつながりを感じているのである。
二、灰羽寺院と話師
この物語には、灰羽を取り巻く不可解な決まり事や不思議な登場人物がいる。第三話では、ラッカが灰羽寺院で話師と面会するが、その際にも奇妙な決まりごとに緊張を強いられる。“はい”か“いいえ”を言葉ではなく態度で示すというのだ。また許可なく話してはいけないという決まりは、全編を通して続くことになる。
さて、ラッカはここで灰羽手帳を受け取り、名実ともに灰羽の一員となるのだが、同時に話師と深く関わるようになる。では話師とはどのような存在なのだろうか。以下に話師について語られたセリフを三つ挙げてみる。
1、カナ:「街の住人は、トーガと話しちゃいけないし、触れたりしてもいけないんだ、トーガもあたしらには絶対近寄らないし、街にいる間は、声は使えない、トーガと話ができるのは、灰羽連盟の話師だけなんだ」
2,ヒカリ:「しゃべる代わりに、ああして、指の形を作って、それで話してるんだって、あたしのはデタラメ、あの人たちにしか分からない言葉なの」
3,ネム:「つまり、灰羽連盟(話師)は、トーガと、街の交易の仲介役ってとこね、で、その利益の一部がオールドホームの光熱費とか、年少組の養育費に当てられてるの」
これらから読み取れるのは“街の人はトーガと呼ばれる交易商とは接触できない”が、仲介役としての話師を通して“街に利益がもたらされている”ことと、その一部が“灰羽連盟の運営費”になっているらしいということだろう。
つまり街の人は、唯一の情報源であるトーガと直接接触できないため、事実上外界と断絶されているのである。話師だけが彼らと意思疎通できることになっている。大事な点は、街の人々は外部の者と接触することが禁止されているのである。何故だろうか…。
一つの見方として、それはその情報が役に立たない、あるいはむしろ邪魔なものだからではないだろうか。つまり街の人あるいは灰羽達が、外界の情報に触れることが“良くないこと”として設定されているのである。
ではなぜそのような設定が成されているのだろうか。もちろん制作側のスタッフでなければ、そのような詳細を知ることはないのだろうけれど、一視聴者としては疑問に思うところである。
三、密閉容器
灰羽達の生活はこの街で完結している。つまり大きな世界は必要ないということだ。ありふれた日常、ありふれた関係の中にこそ、人が人として生きる知恵であったり勇気であったり、また信念といったものが存在しているのだという考えが、この物語の根底にあるからなのかもしれない。
カウンセリングという行為に対して、それを錬金術に例えることがある。いわゆる圧力釜のようなものの中で、クライアント(変容を望む者)はカウンセラーという触媒とともに一定の時間過ごすことになる。その際、圧力が決して抜けない状態を維持することで、実は二人がともに変化していくのである。
圧力とは二人の関係を緊密にさせる環境を表しているが、例えば、落ち着いた空間、時間に面会することは大変重要であるし、カウンセラーを信頼していなければ自分の問題を語りたくはないだろう。秘密が守られること、つまり外界から完全に切り離されている特別な環境こそが、カウンセリングに必要なのだということを言い表しているのである。
そういった環境の中だからこそ、AであったものがA+、あるいはBという別の性質を持ち始めるのである。そのためには気密性の高い“圧力釜”が必要であり、この物語の“街”がまさにその圧力釜となっているのではないだろうか。
外界と閉ざされた街(圧力釜あるいは密閉容器)で灰羽達は“話師”を触媒として、日々の生活を営んでいく。その生活はありふれたものだが、それを箱庭として外界から客観的に眺めると、極めて濃密であることが分かる。話師との関係はとにかく“特別”なのであり、灰羽達は変容を余儀なくされているのである。
では次回以降、そういった関係にも注意を向けつつ、物語の推移を見つめてみたい。