69,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第九話 井戸 再生 謎掛け

 

日が暮れて雪が吹き荒れる中、オールドホームの灰羽達がラッカを探している。

ヒカリ:「雪、ひどくならないといいけど…」

レキ:「大丈夫、きっとすぐ止むよ…、ラッカ…」

 

 

一、井戸の中

 

井戸に落ちたラッカの心には、様々な体験の記憶と言葉たちがこだまする。

「夢の中で、誰かが守ってくれた気がして…、私を守ってくれた誰か、お父さん、お母さん、わからないよ…」

 

すると井戸の近くに人影が現れる。トーガである。しかしラッカがいる場所からは認識できない。

 

「誰、あの、どなたですか、梯子が折れて登れないんです、私は街はずれのオールドホームに住んでいる灰羽のラッカといいます、街の方ですか…」

 

人影は、ふっとその場を離れる。ラッカは慌てて「待って、登れないんです、助けて!」と叫ぶ。ラッカは、改めて井戸の底から這いあがろうとするが登ることができない。

 

「助けて~!」

 

程なく、再び人影が現れるが今度は二人いる。一人は水桶にランタンを入れてラッカの元に降ろすと、もう一人は梯子を降りてくる。降りてきたトーガは手話を用いてラッカに語りかけるが、ラッカはその手話がわからない。彼は後ろを向くとその場にしゃがんで、自分の肩をポンと叩く。肩に足をかけて登れというジェスチャーである。

 

ラッカはサンダルを脱ぎ捨て、トーガの肩に足をかけると梯子を登り井戸の外に出る。井戸の上のトーガが水桶に入ったランタンを巻き上げ、もう一人のトーガが梯子を登りきると、ラッカは二人に礼を述べる。

 

「あっ、ありがとうございました、助かりました…」すると二人は何も言わず、その場を立ち去ろうとするので、ラッカは思わず「あっ」と声を上げる。

 

「待って、クウという灰羽の女の子が壁を越えたんです、私の友達なんです、ご存じありませんか」

 

一瞬二人のトーガは立ち止まり、顔を見合わせる。

 

「ごめんなさい、話しちゃいけないのは、わかってるんです、だけどクウは友達なの、私は壁の向こうのこと、何も知らないから心配なんです、クウは無事ですか」

 

トーガは何もなかったように歩き出す。ラッカは後を追いかけるが、足を取られて転んでしまう。

 

「話せないなら、せめてクウを見たならうなずいてください、それぐらい、いいでしょ…」

 

その場に取り残されたラッカは、暗い夜の道を素足で歩き始める。しばらく森をさ迷った後、やがてラッカは壁のすぐ前に出てしまう。するとどこからか聞こえてくる楽しげな声の幻覚に誘われるように、ラッカは壁に近づきつい耳をあてようとしてその壁に触れてしまう。

 

「冷たい!」

 

 

二、話師

 

「何をしている、壁に触れてはならない、この森に入るなと言われなかったか」

ふっと現れた話師がラッカに語りかけるが、ラッカは足をくじいてふらついてしまう。

 

「足をくじいているのか」という話師の問いに、ラッカはゆっくりうなずく。すると話師は「これを使いなさい」と言って、杖を貸し与える。

 

「オールドホームの灰羽だな、名前はラッカ、事情は後で聞く、歩けないならここにいなさい、人を呼んでこよう」歩き出した話師に「平気です」とラッカは話しかける。

 

二人はゆっくりと森の出口に向かって歩き始める。

 

「井戸から助けられたことは止むを得んが、トーガとは接触してはならない、それは話師の資格を持つ者にしか許されていない」

 

「クウが、友達が壁を越えたんです、それでトーガなら、何か知ってるんじゃないかと思って…、そうだ、クウの声を聴いたんです、壁の中から」

 

「それはお前の心が生んだ幻だ、巣立った仲間を思うお前の気持ちを、壁が鏡のようにお前に見せたに過ぎない…、壁を越えたものは、外で暮らす準備が整ったと認められたものだ、だから心配はいらない…、それよりもなぜ井戸を調べようと…」

 

「井戸の底で鳥が死んでいるのを見つけたんです」

 

「それが危険を冒して井戸に降りた理由なのか」

 

ラッカは歩みを止めて話師の問いかけに答える。

「私、この街に来てからずっと、鳥が、私のことを呼んでいた気がしてたんです、うまく言えないけど、あの鳥は、私のせいで死んでしまったような気がして…」

 

話師も立ち止まる。

「鳥は壁を超えることを許されている唯一の生き物だ、故に、忘れてしまったものを運んでくるといわれる」

 

話師はラッカの方を向くと「鳥の躯(むくろ)を見たとき、お前は恐れを感じたか」と問う。

 

「いいえ」

 

「ならばその躯は、お前が知るべきことを知ったことの証、使命を果たしたことを誇りに思って、お前に躯を見せたのだ」

 

話師はラッカに背を向け歩き出し「悲しむことはない」と告げる。しかしラッカはその場を動くことが出来ず、杖を手放してしまう。杖が倒れた音を聞いて、話師は再び振り返る。

 

「鳥が私に伝えてくれたのは、私が繭の中で見た夢の本当の意味なんです、井戸の底で夢を見ました、あの鳥は、私が知っていた誰かなんです、あたしのこと心配してくれてた、なのに私、それを分かろうともしないで…」

 

ラッカは両手で顔を覆うと肩を揺らし悲しむ。

 

「思い出せない誰かのことを、なぜそれほどまでに悲しむ」

 

「分からない、でも私、誰かを傷つけてしまった…」

 

話師は杖を拾うとラッカに持たせ、近くの木の根に腰を下すように促す。

「座りなさい、そしてゆっくりと話しなさい、それはとても大事なことだからだ」

 

 

三、謎掛け

 

「ここじゃない、どこか知らない場所で、私はずっと独りぼっちなんだと思い込んでいました、自分がいなくなっても、誰も気にもしてくれないって、だから私、消えてしまいたいと思ったんです、そしたら空の上にいる夢を見て、でも思い出したんです、夢の中に鳥がいました、鳥の姿になって、私を呼び戻そうとしていた、私は独りぼっちじゃなかった、なのに…私…」

 

「そんな風に考えることではない、お前の羽と光輪は、この世界で償うべき罪が無いことの証だ」

 

「でも私は、私の羽は…」

 

「…罪憑きか…、薬で羽黒を染めて罪の気をかすませているな、その方法を誰に聞いた」

 

ラッカは口ごもる。

 

「そうか」

 

「罪憑きって何なんですか、私は罪人なんですか、私が見た夢は、本当のことなんですか」

 

「それを確かめる術はない、繭の夢の中で失ったものは取り戻せない、誰かを傷つけたとしても、その者と再びまみえることはない」

 

「私、どうすれば…、私が罪人で、本当はここにいちゃいけないのなら、どこか、私のいるべきところへ連れて行ってください、ここは、この街は私には幸せ過ぎます、みんなやさしくて、誰からも大事にされて…、いたたまれないんです、もし私の見た夢が本当のことなら、私帰りたい、帰って謝らなきゃ」

 

話師はラッカの頭を優しくなでる。

 

「罪を知る者に罪はない、これは罪の輪という謎かけだ、考えてみなさい、罪を知る者に罪はない、では汝に問う、汝は罪びとなりや」

 

「私は、繭の夢がもし本当ならば、やはり罪人だと思います」

 

「では、お前は罪を知る者か」

 

「だとしたら、私の罪は消えるのですか」

 

「ならばもう一度問う、罪を知る者に罪はない、汝は罪びとなりや」

 

「罪が無いと思ったら、今度は罪人になってしまう」

 

「恐らくそれが、罪に憑かれるということなのであろう、罪の在りかを求めて同じ輪の中を回り続け、いつか出口を見失う」

 

「どう答えたればいいんですか」

 

「考えなさい、答えは、自分で見つけなければならない、さあ…」

 

話師に促されて歩き出したラッカは、やがて街との境までたどり着く。

「私がついてやれるのはここまでだ、杖を貸すから、気をつけて帰りなさい」

 

「また会ってくれますか」

「杖を返してもらわなければならないからな」

 

森の中へ戻っていく話師に向かってラッカは「ありがとうございました」と礼を述べる。

 

 

四、罪憑き

 

ラッカは街に向かってゆっくり降りていく。すると程なくスクーターに乗ったレキがラッカを見つける。レキは駆け寄ると「ラッカ、ラッカ、良かった」と言ってラッカを抱きしめる。「痛い、レキ痛いよ」とラッカは答える。

 

ラッカが森の中で井戸に落ちたことをレキに伝えていると、遠くからネム、カナ、ヒカリが声をかけてくる。それにこたえてラッカが杖を振っているのを見て、レキが「それっ」と言ってラッカに尋ねる。ラッカは森の中で話師と出会ったことを伝える。

 

話師に対してあまりいい感情を持っていないレキは、ラッカの手足が異常に冷たいことに気づき「もしかして、壁に触った?」と尋ねる。ラッカが「うん」と答えると、レキの表情が変わる。

 

レキが急いでラッカを連れ帰ろうとする様子を見たカナは「何だよ、血相変えて」と尋ねる。「ラッカが、壁に触った」とレキが答えるとカナも驚く。

 

倒れたスクーターを起こしてレキとラッカを待っていたヒカリは「何、どうしたの、一体どうしたの」と尋ねるが、レキは何も言わずスクーターを走らせ一足先にオールドホームへ向かう。

 

オールドホームに到着すると、レキはラッカをベッドに寝かせ、介抱するための準備を始める。

「壁は危険なんだ、特に西の森や、沼のあたりの壁は…、危ないってあれほど言ったのに…」

 

「ごめんなさい」

 

ベッドの横で介抱を始めようとすると、ラッカは疲れ切って眠ってしまう。レキはラッカの身の回りの世話をして、片方となった羽袋を外すと、そこには罪憑きの黒い斑点はもうなくなっている。

 

「消えてる、薬のせいじゃない、なんで…」

 

するとそこへ、ネムたちが帰ってくる。

「ラッカ、平気」

「眠ったの」

 

レキはカナに街へ行って解熱剤を買ってくるよう頼む。ヒカリはラッカが冷え切っていることをレキに告げるが、レキは「多分、夜中過ぎには熱を出す」と言って一人で考え事をしている。

 

ヒカリは「レキ、どうして分かるの、ねえ」と言って、レキを問いただそうとするが、ネムが気を利かせて「レキ、寮母のおばさんに見つかったって知らせた」と尋ねると、ヒカリを連れて「子供たちの見回りもしないとね」と言って、その場を離れる。

 

「ありがとう、お願い」

 

レキがラッカの身の回りの世話をしていると、不意にラッカが目を覚ます。少し言葉を交した後、ラッカが「何か、羽の生えた夜みたい」と言うと、「そういや、そうだね」と応じる。

 

「いつもレキが看病してくれる」

「お節介なんだ、昔からそう」

 

「レキの手、あったかい」

「あんたの手が冷たいんだよ、凍りつきそう」

 

「体がどんどん軽くなって、私、ちゃんとここにいる?」

「大丈夫、ちゃんとここにいるよ」

 

「私、消えたくない」

「消えたりしない、大丈夫だから」

 

「ここにいたいの、私どこにも行きたくない、ここにいて、いいよね」

「もちろん、ラッカは、ここにいていいんだよ、ラッカは祝福された灰羽なんだから」

 

「レキは、ずっと私を助けてくれた」

ラッカはまた、ふと眠りにつく。

 

「ラッカ、ラッカには…、もう…」

 

 

五、看病

 

ネムとヒカリが部屋に戻ってくると、レキは煙草をくわえる。ラッカの状態が今は安定しているが、しばらくすると熱を出すかもしれないということをレキがネムに説明していると、ヒカリが「レキ! レキは物知りだし、一人で何でもできるのかもしれないけど、けどね、全部背負い込むことはないと思うの、手伝えることは何でも言って、仲間なんだから…」と堰を切ったように話しかける。

 

「うん、悪かった、交代で看病しよう、しばらく見ててもらえる」レキが応じると、「もちろん」とヒカリが笑顔で答える。

 

「ありがとう、すこし仮眠する、何かあったら呼んで」そう言うと、レキは煙草に火をつけ部屋を出ていく。

 

自室に戻ると、レキは置物に向かって話しかける。

「ラッカも、あたしの助けはいらないってさ…、落ち込むことはないさ、良かったじゃないか、ラッカが罪憑きじゃなくなって」

 

そう言うと、レキはアトリエのドアを開け「一人になるのは慣れている、この七年間、ずっとその繰り返しだったじゃないか…」とつぶやき、ゆっくりと部屋の中に消える。

 

 

第九話 まとめ

 

 

一、語らないトーガ

 

井戸の底でカラスの遺骸を埋葬したラッカは、自分自身が井戸から出られなくなってしまう。するとそこへ、どこからともなくトーガが現れる。彼らは一言も話すことなく、ラッカを助けた後姿を消す。ではトーガとは一体、どのような存在なのであろうか。

 

以前グリの街は、灰羽という存在をただ支えるための街に過ぎず、街の人々は灰羽と深く関わることはないと指摘した。トーガは街の外界との連絡役であり、街の人々よりさらに灰羽とは縁遠い存在である。グリの街はトーガによって支えられているのである。

 

第七話のまとめ「二、グリの街 もう一つの見方」のところで、グリア細胞についてお話したことを覚えておられるだろう。灰羽神経細胞、グリの街をグリア細胞に当てはめることが出来るのではないかということだが、そう考えると、トーガはグリの街を支えるエネルギー供給者といえるだろう。

 

トーガの役割は、グリの街とそこに住む灰羽の生活を守ることである。しかし、その理由は、レキの言葉を借りれば「誰も知らない」ということなのだろう。つまりトーガは物言わぬエネルギー供給者であり、それ以上の役割は与えられていないのである。

 

 

二、話師とは

 

では、話師とはどのような存在なのだろうか。トーガと意思疎通できる唯一の存在ということになっているのだが、彼らは手話を使ってコミュニケーションをとっている。その手話を知る者は、話師以外この街にはいない。

 

深層心理学的に言えば、話師はまさに賢者と言えるだろう。現実的な知恵やヒントは与えるが、そこから先は自力での解決を促す。見守ると同時に突き放すのである。

 

よく語られる例え話にこんなものがある。魚を捕るためには釣り道具が必要だが、いつでも賢者が貸し与えては、人は賢者に依存することになる。しかし釣り道具の作り方を覚えれば、人は賢者に頼らなくても自力で魚を得ることが出来る。ちょっとしたヒントを元に、自力で解決できる能力を身についけることが大切だ、ということだ。話師はそういう視点を持って灰羽達に向き合っているといえるだろう。

 

 

三、謎掛け

 

「罪を知るものに罪はない、これは罪の輪という謎掛けだ、考えてみなさい、罪を知るものに罪はない、では汝に問う、汝は罪びとなりや」

 

さて、みなさんはこの問いに何と答えるだろう。本編の中でも「謎掛け」と呼んでいるように、そもそもこの問いに対する答えがあるのだろうか。

 

精神的な辛さを抱える人の特徴に、考え方の偏りがあると言われている。例えば仕事や学業でうまく行かなかったとしよう。多くの人は「確かに少し怠けていたかもしれない」と思うかもしれないが、同時に他の理由も考えられるだろう。「家族の問題で時間を忙殺された」「体調がすぐれない」「とても深い悩みがあって集中できない」などである。何か他に理由を求めることが出来れば、精神的にはかなり楽になるだろう。

 

しかし、うまくいかなかった理由が、すべて自分にあると考えるとどうなるだろう。「家族の問題を解決できないのは自分にその能力がないからだ」「体調がすぐれないのは、自分の体調管理が悪いせいだ」「悩みに気を取られてしまうのは自分の精神力が弱いからだ」などである。

 

自分を省みることは大切なことであるが、すべての問題が自分にあると考えると辛くなるものだ。「私は何をやってもダメなんです…」。こういった考えは、当人を不健康にしてしまう。ダメな一面は否定しないが、他にも何か理由が思いつかないだろうか。

 

「何をやってもダメなんです」に対応するには「何をやってもダメではない」ことを一つひとつ見つけるしかないだろう。自分に対する全否定から脱却するには、全否定することが不合理であることを証明すればいい。一つでも見つけられれば全否定できなくなる。つまり、何かいい点を『自分の力で発見する』ということだ。

 

例えば目の前の人に「あなたは今の問題を解決しようとそのお話をされました。ダメな人が取るべき行動ではなく、これはあなたが前向きな判断のできる人であることを示していると思うのです」などと伝えれば、本人は反論しづらくなるだろう。

 

認知療法では「全か無か思考」というものを想定している。先の例で言うと「すべてがダメなのか、あるいはすべてが良いのか」という両極端な思考パターンといえば分かりやすいだろう。

 

すべてがダメ、すべてが良いなどという人はいないし、そのような状況など、この世には存在しないということすらも考えられなくなるというのは、実に辛いものだ。両極端な考え方をしている間は、この「罪の輪」から抜け出すことはできないのである。

 

全か無か、0か100か、白か黒か、上か下か。誰もがはっきりした答えを欲しているが、実はそのようなものなど殆どない。世の中にはその中間的なもので満ち溢れている。有るような、でも無いようなもの、20や54、89といった中間的な数値であったり、黒に近いグレー、多少見上げるような高さといった、はっきりしないレベルのもので満ちているといえるだろう。

 

罪の輪の謎掛けの場合、どのような回答が考えられるだろうか。答えはそれぞれが出していただきたいので、ここでその例を挙げることは差し控えるが、ここまで読んでいただいた方なら、自ずと導き出せるのではないかと思う。当然ながら、答えが一つではないことはご想像いただけるものと思う。

 

さて、今回はこの辺で終わりにしたい。

 

…では。