70,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第十話 クラモリ 廃工場の灰羽達 ラッカの仕事

 

一、クラモリの思い出

 

レキはかつての記憶をたどる。

 

~レキは誰にも見守られることなく、一人でこの世界に生まれてきた。その時羽は血にまみれ、黒い模様に覆われていた。ネムに見つけられたレキは、やがてクラモリに保護された。

 

~クラモリはレキに光輪を授けると「元気になって良かった、私はクラモリ、ほらネム、挨拶は…」とネムに挨拶を促すが、ネムはそれを受け入れられなかった。オールドホームになじめないレキを、クラモリは気にかけた。

 

~程なく、クラモリはレキを連れて灰羽連盟の話師と対面した。話師に促されて、繭の夢についてレキが「あたしは、気づいたら、石ころだらけの道にいて、真っ暗で…」と語ると、話師が「それだけか」尋ねた。

 

~クラモリは思わず「治りますか」と言葉を放ってしまった。すると話師は「薬の処方を教えよう」とクラモリに答え「これからはレキと名乗りなさい、小石という意味だ」とレキに告げた。

 

~レキもラッカと同じように、自分の羽の黒い部分をハサミで切り落としていた。しかし、それをクラモリに見つかって叱られていた。「そばにいるから、私がそばにいるから…」そう言ってクラモリはレキを抱きしめた。

 

~薬の元となる野草を取りに、森へ向かったクラモリは帰りの途中、オールドホームのすぐ近くで倒れてしまった。その様子に気づいたネムとレキは、クラモリをベッドに寝かせ看病をする。

 

「あたしの、羽の薬を取りに行くって…」

「クラモリは体が弱いの、一人で森に行くなんて、無理なのよ、クラモリが死んじゃったら、あなたのせいだから」

 

~その夜、レキは夕食のためにパンを買ってきた。「食べ物買ってきた、お腹、減ってるかなって思って…」というレキの言葉にネムは「一緒に作ろう…、さっきはごめんね…」と答える。レキとネムは一緒にクラモリのそばで過ごした。

 

レキ:「いいのかな、ここ、あたしには広すぎるかも…」

クラモリ:「じゃ~、ゲストルームってことにしない、それでレキはここに住んで、新しく来た灰羽の世話をするの、それがレキの仕事」

 

レキ:「いいの…」

ネム:「いいんじゃない、手が空いてるときは、子供たちの世話をしてもいいし」

 

レキ:「あたし、頑張るよ」

クラモリ:「レキももう一人前だね」

 

…そんなことをぼんやりと思い出すと、レキは「クラモリ、消えないで、そばにいるって、約束したのに…」と呟く。その後、煙草に火をつけようとするが、思いのほか時間がたってしまったことに気づき、レキは慌ててラッカの元に戻る。

 

 

二、抗議

 

ラッカの看病をしていたカナから、ラッカの熱が引かないことを知ったレキは「すぐ戻る」と言って出かける。レキはスクーターを走らせ、灰羽連盟の寺院を訪れると、話師に詰め寄る。

 

「熱を出すと分かっていて、どうしてラッカを放り出すような真似を…」

「オールドホームにはお前がいるのでな、何かあればヒョウコの時のように、またお前がここに来るだろうと思った」

 

「ヒョウコの話なんていい、ラッカを治して、壁を汚したわけでもないのに、あんな…」

「壁は絶対だ、私にはどうすることもできない」

 

「壁は、良い灰羽を守るんじゃないの、ラッカは、もう罪憑きじゃないはずだ」

「例え良き灰羽であっても、壁に触れれば罰を受ける、確かにラッカは試練を乗り越えたが…」

 

「やっぱり、そうなんだ」

「ラッカには鳥という助力者がいた、いずれ、罪の輪から抜け出す道も見出すだろう」

 

「ラッカにも、あたしと同じ謎掛けを…、ラッカは、答えを見つけたの…」

「それは分からん、だが、鳥が許しを与え、故に罪憑きではなくなった」

 

「そう」

「お前が灰羽としてここにいられるのはあとわずかだ、心構えをしておくがいい」

 

「罪憑きには巣立ちの日は来ないんだろ、あたしはここにいるよ、チビどもの世話もあるし」

「それを決めるのはお前ではない、巣立つことができないまま時が来た灰羽がどうなるか、お前も知っているはずだ、お前はお前の試練に打ち勝つしかない、巣立ちの日は、良き灰羽の元に平等に訪れるものだ」

 

「どこが平等だ、クウは一番幼かったのに」

「だが壁を恐れていなかったし、自分が壁を越えれば、みなもすぐにやってくると思っていた、クウは皆の手本になることが夢だった」

 

「なぜ分かる?」

「私は何も知らない、お前が心の底で思っていることを口にしただけだ」

 

「じゃ、ネムは、ネムはいい灰羽だ、祝福されて巣立って行くのがふさわしい」

ネムはお前の巣立ちを見届けたいと思っている、決して口には出さないが、自分よりお前の身を案じている」

 

「あたしが、ネムの重荷になっていると…」

「そうではない、それはネムの問題で、お前の責任ではない…、だが、そういうことだ」

 

「もう行け、ラッカが待っている、必要な薬草は勝手に摘んでいけ、種類は分かっているはずだ…、お前は常にラッカの支えとなった、お前の振る舞いは正しい、だから、先へ行くラッカを妬んではいけない」

「妬む、あたしが、ふざけるな!」

 

オールドホームに戻ったレキは、薬草を煎じてラッカに飲ませる。苦い薬を飲むラッカの様子を見守りながら、ヒカリが「良くなるといいね」と言ってラッカを励ます。

 

 

三、壁に触れた咎による罰

 

オールドホームの入り口に、連盟からラッカへの通知が掲示される。

灰羽ラッカ、本日中に、灰羽連盟寺院へ来るように申し渡す、壁に触れた咎により、罰を与える」

 

レキは行かなくていいと主張するが、ラッカは「杖を返しに行くって約束したの、平気だよ、熱も引いたし、それに、何だか、羽が軽くなったみたい、レキの薬が効いたんだよ、ありがとう、みんなも心配かけてごめんね」と答える。ラッカはみんなに手を振り、一人灰羽連盟寺院へと向かう。

 

ラッカは寺院につくと、内部の深い場所へと案内される。途中、厚手のローブを着させられると、さらに奥へと導かれる。最後の鉄の扉を開けると、そこには水路に沿った回廊がある。

 

「ここは…」

「壁の中だ」

 

壁の中の水路を、小舟に乗って進んでいくと、そこにはいくつもの札(位牌)があり、その札の周りには光る箔が錆にように付着している。

 

「これは光箔という、お前たちの光輪の元になるものだ、お前はこの回廊を巡り箔を集め錆びた札を清めて廻る、それがこの街でのお前に仕事となる、重要な役目だ、できるか?」

「ひっ、一人でですか?」

 

話師が「怖いのか」と尋ねると、ラッカは首を横に振り「やります」と答える。

 

「後で迎えに来よう、何があってもそのローブを脱いではならない、もし何かが見えたり聞こえたとしても恐れることはない、それが何であれ、ローブを身に着けた者に触れることはできない」

 

「なっ、何か出るんですか?」

 

残されたラッカは、一人回廊の清掃を始め、札に付着した光箔を集める。

 

 

四、スープのワビ

 

雪の中、ヒョウコはミドリと一緒にオールドホームがある南地区へと向かう。訳があって、南地区へ入れないヒョウコは、ミドリに頼みごとをしている。するとそこで偶然二人はレキと出会う。

 

ミドリはレキに近づくと「あんたの所に変なクセッ毛の子がいるでしょ、ヒョウコがこれ渡してって」と言って手提げバックを渡す。「何これ」とレキが中を見ようとすると「あっ、開けちゃダメ!とにかく、黙って渡せばいいのよ」と声を荒げる。

 

別れ際、レキは「ミドリ、これ、風邪ひくよ」と言って傘を渡す。するとミドリは「レキ、たばこ止めなさいよ、バカみたいよ」と応じる。ミドリが「帰るわよ」と声をかけると、ヒョウコとレキは指を立ていがみ合う。

 

するとそこへラッカがやって来て「どうしたの」とレキに声をかける。レキは慌てて振り返ると「ごめん、迎えに行くつもりだったのに、バカに捕まって…、あぁ、そのバカが、これラッカにって…、あっ、そうだ、罰って、何だった、ひどいことされなかった」

 

「えぇっと、寺院の掃除、私の仕事だって」

「掃除! あ~ぁ、世の中バカばっかりだ」

 

オールドホームに戻ってバックの中を確認すると、オールドホームにいる全員分のお菓子が入っている。ラッカが中にあった手紙を見ると「スープのワビ」と書いてある。

 

ヒカリ:「ねぇ、なんかお返し考えなきゃ」

カナ:「いいんじゃねえの、お詫びって言ってんだから」

ヒカリ:「そんなのダメだよ」

 

ネム:「レキ、どうする」

レキ:「どうするって、あたしは別に…」

ネム:「それに、そろそろダイが廃工場に帰るんでしょ、挨拶しておいた方がいいんじゃない」

 

ラッカ:「何の話」

ネム:「廃工場では、面倒見られないから、小さい子はうちで預かってたの、で、年に何回か里帰りするわけ」

ラッカ:「そうなんだ」

 

レキ:「あたしは、廃工場には…」

ネム:「分かってる、挨拶は私たちで行くから」

ヒカリ:「あっ、あたし行きたい」

 

ネム:「言っとくけど、あそこの男の子たちはがさつよ」

ヒカリ:「え~」

カナ:「確かに」

 

ラッカ:「私行く」

ヒカリ:「じゃ、私、お菓子作る」

ネム:「それでいい?」

 

レキ:「任せるよ」

 

話はまとまり、それぞれが自分の部屋に帰っていく中、レキはネムに話しかける。

ネム、あたしのことなら、心配いらない、あたしは、一人でも大丈夫だから」

「何、何の話?」

 

「あたしは、ネムの足手まといにはなりたくないんだ」

「レキ、どうしたの」

 

レキは一人、足早にその場から去る。

「レキ!」

 

 

第十話 まとめ

 

 

今までレキの絵の中だけに登場していた、クラモリという人物のエピソードが描写される。レキ、ネムにとっては姉あるいは母親のような存在(レキの言葉を借りれば先生)だったこと、またレキにとっては「そばにいるから、私がそばにいるから…」と言って自分を温かく包み込んでくれる存在だったことが示される。

 

しかし「クラモリ、消えないで、そばにいるって、約束したのに…」というレキのセリフから、クラモリに巣立ちの日が来て、言葉を交わすことなく分かれてしまったことが示唆される。

 

回想から我に返ったレキは、ラッカの状態を確認した後灰羽寺院に向かう。

 

 

一、レキの課題

 

寺院に着いたレキはラッカの件で話師に抗議するが、逆にレキ自身の身の振り方を諭される。話師が語った重要なセリフは以下の通りだ。

 

1,「お前が灰羽としてここにいられるのはあとわずかだ、心構えをしておくがいい」

 

2,「ネムはお前の巣立ちを見届けたいと思っている、決して口には出さないが、自分よりお前の身を案じている」

 

3,「お前は常にラッカの支えとなった、お前の振る舞いは正しい、だから、先へ行くラッカを妬んではいけない」

 

特に第3のセリフに対して、レキは激しく苛立つ。レキ自身が感じていない、あるいは感じたくない感情の一つ、妬みについての指摘である。

 

さて、レキは本当にラッカに対して妬む気持ちがあるのだろうか。話師がレキの内面に対して意識を向けるように促したことは事実であろうが、その意識の先に妬みの感情があったのかというと定かではない。

 

妬みという感情は、自分が望んでもできないことを他人が成し遂げたときに生まれてくるものだ。特にその内容が、自分にとって避けられないほど重要であった場合に、その感情は激しくなる。

 

レキに妬みがあるならば、それは自分がまだ罪憑きから許されていないのに、ラッカがわずかの期間にその難問を克服したことに対して、うらやましいと感じているということだ。確かにそのような感情があったのかもしれないが、それよりも「取り残された」という感情の方が強いのではないだろうか。

 

クラモリが何も言わずに消えてしまったことは、レキの心に「取り残された」という感情を強く抱かせただろうし、幼いクウが壁を越えたこともレキにとっては「取り残された」という感情がより強く意識させられた出来事であったに違いない。

 

話師はあえて“妬み”という強い言葉を選んでレキに語りかけている。それはレキに対して「自身をもっと見つめよ」というメッセージだったのではないだろうか。これ以降、物語の奔流がラッカからレキの物語へと大きく移り変わっていくように感じられる。レキに残された時間は少ない。話師は容赦なく、期限付きの課題を投げかけるのである。

 

 

二、壁の中

 

オールドホームの灰羽達の看護によって、ラッカは体調を回復する。しかしラッカは壁に触れた罪により、灰羽連盟から処罰のために呼び出される。ラッカに与えられた処罰とは、壁に中の札(位牌のようなもの)の清掃であるが、罰というよりもラッカに与えられた仕事といった方がいいもしれない。

 

オールドホームの灰羽達は、どちらかというと街の一員としての仕事を担っている。レキは子供の世話をしているし、ネムは図書館、ヒカリはパン屋、カナは時計屋というように、一市民としての務めを果たしている。しかしラッカに与えられた仕事は、かなり特殊な仕事といえるだろう。

 

以前、井戸の底は自力で行けるこの街で一番深い場所と書いたが、壁の中はそれよりもさらに深遠で特別な場所ではないだろうか。また、会話する相手のいない場所でもある。ラッカに与えられた仕事の特殊性を考えると、話師はラッカに、さらに何かを期待しているかのようである。

 

光箔は灰羽だけに必要なものだ。その光箔を集め、札を清める仕事の意味は、やがて生まれてくる灰羽のための準備をすることであり、街の中で仕事をすることとは根本から違う。街の中での仕事が“魂の修行”という意味合いがあるのなら、ラッカの仕事はその段階を飛び越えたことを示しているのかもしれない。

 

灰羽を導く「リーダー養成コースへの編入」とでもいえば分かりやすいだろうか。ラッカという人物に備わっている「気質」を、話師は理解しているかのようである。

 

では、今回はこの辺で…。