71,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第十一話 別離 心の闇 かけがえのないもの

 

ラッカのモノローグ

『冬が深まるにつれて、いろんなことが変わってしまった、クウの旅立ち、罪憑きという病、鳥の死、私は繭の夢を取り戻し、仕事を得た、だけどレキは、罪憑きの呪いを受けたまま、取り戻すことのできない夢を、ただ探し続けている』

 

年少組のダイが廃工場へ行く日、オールドホームの中庭でみんなが彼を見送る。レキが「ダイ!元気でな」と言うと、ダイは「あったりまえだ」と言いながら、元気に駆け出す。

 

ラッカがダイを連れて街中を歩いていると、ダイは暑苦しそうにマフラーの首元を緩める。「熱いの?」とラッカが尋ねると「レキがさぁ、風邪ひくからって無理やり着せんだもん」と答える。

 

「レキと離れてさみしくない」

「平気に決まってんじゃん、たったの半月だし、でもさぁ、レキは平気じゃないのかな、なんか元気無いんだ、ぼーっとしてさ」

 

「さみしいのかもね、レキも」

「調子狂っちゃうんだよな、そんな遠くに行くわけでもないのにさ」

 

「あぁ」ラッカは声にならない声を上げる。

 

 

一、廃工場とミドリ

 

ラッカとダイは、フェンスに空いた穴から敷地の中に入り、工場へと向かう。途中、爆竹で手荒に迎えられるが、その音を聞いたミドリたち女子三人が、ラッカたちの元に駆け寄る。ミドリたちは、ラッカが持ってきたお菓子の入った籠を見ると「うわぁ、ありがとう」「かえって悪いみたいね」「これ、あなたが作ったの」と声をかける。

 

「ううん、これはヒカリが…」女の子たちの会話が始まる。すると廃工場から降りてきたヒョウコは、ダイにスケートボードを渡しながら「やってみ」と声をかける。ヒョウコとダイは男同士、スケボーに興じる。

 

ミドリが「怒ってる、ヒョウコのこと」と尋ねると、ラッカは「ううん、まさか」と答える。それを聞いてミドリは「良かった」と言ってホッとする。

 

彼女たちとの会話から、ラッカはオールドホームと廃工場とは「例のごたごた」のせいで縁遠くなったらしいことを知る。詳しいことは分からないが、ラッカはダイを引き渡すと、廃工場を後にする。

 

ラッカが歩いていると、ミドリが慌てた様子で後を追いかけてくる。

「ねぇ、待ってよ、うっかりしてた、これ、レキに渡して、借りてたの…、相変わらずよね、レキのお節介は、あのさ、本当に何も知らないの」

「えっ…、えっと、前に、ここでレキとあなたたちが言い争っているのを見たの、噂を聞いたの、レキは廃工場のヒョウコ、さんと…」

 

「ふん、駆け落ちしたってんでしょ、笑わせないでよ」

「違うの」

 

「レキがヒョウコを巻き込んだのよ、自分の我がままでさ、ヒョウコは、危うく死ぬとこだったんだから」

「レキは、レキはそんなひどいことはしない」

 

「あなたはレキのこと、何もわかってないのよ、何も…」

 

 

二、回廊の幻影

 

ラッカのモノローグ

『レキが誰かを傷つけるなんて…、レキはどんな時も優しかった、自分が辛くても、いつも周りに心を配って…、だけど、わたしはそのことにずっと気づけなかった、クウが行ってしまった時も、私が罪憑きになった時も、本当はレキの方が苦しんでいたんだ、なのに私、いつもレキに頼ってばかりいて…』

 

壁の中の回廊で仕事をしているとき、ラッカはレキのことについて思いを巡らせるが、うっかり小舟から手を放してしまう。慌てたラッカは、流れゆく小舟を追いかけ何とか飛び乗ることに成功する。

 

小舟はそのまま流れてゆき、やがてその先にある札の前にたどり着く。ラッカはそこに書かれている文字を辿ると、見慣れた文字が書いてあるように感じる。同時に、どこからともなく人の笑い声のような幻聴が聞こえてくる。

 

仕事を終え、寺院の中庭にやってくると、ラッカは話師に仕事が終わったことを伝える。すると話師は「レキが迎えに来ていた、お前を心配しているようだ」と告げる。

 

寺院からの帰り道、話師とラッカはレキのことについて会話を交わす。

 

「レキは、最近少し神経質になっているみたいです」

「レキは、自分に巣立ちの日が訪れないことを気に病んでいる、同時に巣立ちの日が訪れなければいいとも思っている」

 

「私も、苦しむレキを見るのはつらいです、でもレキには行ってほしくない」

「レキはまだ迷っている…、ラッカ、お前には鳥が訪れ、記憶のかけらを埋めることができたが、レキにはそれが無い、自分一人で、自分の心の闇と向き合わねばならない、それはつらい試練だ」

 

「レキはずっと、自分の夢の情景を描いていました、私も一度見せてもらったけど、何が描かれているのか、分かりませんでした、レキにも、よく、分からないみたい」

「レキにはもう、それほど時間は残されていない」

 

ラッカがハッとして立ち止まると、前を歩く話師も立ち止まる。振り返りながら話師が続ける。

 

「それがいつになるかは分からない、だが、この冬が明けるころには結論が出ているはずだ、その時、レキに迷いが残っているなら、レキはここに留まるだろう」

「留まることなんてできるんですか」

 

「ごく稀にそうなるものもある、だが、そのものは、もう灰羽とは呼ばれない、羽と光輪を失い、人とも灰羽とも交わることなく暮らし、やがて老いて死ぬ、それは静かで平穏だが、孤独な生活だ、私は、いや灰羽連盟灰羽達が無事に巣立つことを願う、だが今のレキは私を拒んでいる、私の言葉はいつも、レキの心を頑なにしてしまう」

 

「私、レキの力になりたい、レキはずっと苦しんでいたのに、それを隠して私を助けてくれた、だから、今度は、私がレキを助けなきゃ」

 

「レキを救うということは、レキに別れを告げるということだ、レキがこの地を去れば、二度とまみえることはないかもしれない、その覚悟はあるか」

 

 

寺院から帰ってきたラッカはレキと出会い、ミドリから預かった傘を渡す。レキのスクーターでオールドホームに向かう途中、ラッカはレキに話しかける。

 

「友達?」

「友達だった、昔はね、何かひどいこと言われた?」

 

「うっ、ううん、何も」

「怒らないでやって、憎まれ口叩くけど、本当はいい子なんだ…、もう五年か…、やれやれ、意地っ張り同士、とうとう仲直りできなかったなぁ」

 

「…レキ、あたし頑張るから」

「頑張りな、何か辛気臭い仕事だけど、やっぱ働いてこそ、一人前の灰羽だからね」

 

 

三、空っぽの笑顔

 

オールドホームの朝、ネムは風邪をひいて、欠勤の知らせをスクーターを持っているレキに頼もうと考えていたが、レキはここ最近絵を描くことに集中しているらしく、みんなと顔を合わせていない。代わりにカナに頼もうとするが、すでに時間ぎりぎりのようである。

 

ラッカが「私行くよ、時間あるし」と名乗りを上げると、ネムは「ほんと、悪いわね」と感謝を伝える。するとラッカは「平気、カナが乗せてくれるから」と付け加える。

 

ラッカは図書館の責任者へネムのことを伝えると、そこでたまたまお腹の大きいスミカと出会う。ネムが欠勤であることを告げると「あら残念」と応じる。

 

その後図書館の展示物を見ながらスミカが「はぁ、本の化石か」と声を上げると、「本当は何なのかわからないけど、昔、西の森の奥に遺跡があって、その石の中に、これが埋まってたんだって、まるで何かの力で石に変えられたみたいでしょ」

 

「何て書いてあるんですか」

「分からない、ほら、模様みたいなものが彫ってあるでしょう、文字とも原始の絵画ともいわれているけど、もし絵だとしたら、人の“手”かな」

 

図書館を後にしたラッカは、川辺でスケボーの練習をしているヒョウコとダイの様子を見ているレキの姿を見かける。思わずレキの名前を呼ぼうとしたが、一瞬「あなたはレキのこと、何も分かってないのよ」というミドリの言葉が頭をよぎる。しかしラッカは勇気をもってレキに声をかける。

 

ラッカは、レキとオールドホームに帰る途中、他愛のない会話に笑うレキの様子を見て苦しい気持ちになる。

『空っぽの笑顔を張り付けて、私たちは歩く、どんな時でもレキは優しい、誰にも心配かけたくないから、誰にも頼りたくないから、レキは笑う、どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう、私はずっと、レキの一番近くにいたのに』

 

「明日が来なければいいのに」

「何、突然」

 

「今日の次は今日なの、次の日も、その次の日も、ずっと今日ならいいのに、そしたらずっと、レキといられる」

「永遠なんて、ありえないよ、何もかもが、いつかは終わる、だからいいんだ、今が今しかないから、この瞬間が、こんなにも、大事なんだ」

 

「うん、そっか、そうだね」

 

灰羽寺院へ行く分かれ道で、ラッカはレキと別れる。

 

「あぁ、仕事か、頑張りな」

「レキも」

 

ラッカは寺院に向かって走り出すが、やがて彼女の眼には涙が溢れ出す。

「泣いちゃダメだ、私がレキを助けるんだ、笑え、ラッカ、笑え」

 

レキはオールドホームに帰ると、ゲストルームのベッドで寝ているネムの額に、水で濡らしたタオルを置き直す。するとレキはベッドに寄り添い、ネムの手を取り、寝ている彼女に話しかける。

 

ネム、長い間ありがとう、もしいつか、クラモリに会ったら伝えて、ごめんなさい、ありがとうって、あたしは、そっちへは、行けそうもないから」

 

そういうと、レキはゲストルームのドアを閉め、部屋を去る。

その音を聞いてネムはうっすらと目を開け「レキ」と呟く。

 

「もう、終わりにしよう」

そういうと、レキは自室のアトリエの中に消えていく。

 

 

第十一話 まとめ

 

 

一、助力者

 

灰羽達の住まいがオールドホーム以外にもあることは、何度となく説明されていたが、今回は年少組のダイを二週間程里帰りさせるために、ラッカが付き添いをして廃工場を訪れる。そこではミドリやヒョウコを中心とした、もう一つのコミュニティーが営まれている。

 

廃工場から帰る途中、ラッカはミドリと二人きりで話す機会があり、そこでレキの人物像ついてミドリから思いもよらない言葉を聞く。詳しい出来事までは聞かされなかったが、ラッカはレキが自分の本心を隠し、何かに苦しんでいることを察する。

 

『レキが誰かを傷つけるなんて…』

ここでラッカは、レキが誰にも言えないような深い苦悩を心の奥に抱えていることを理解する。近くにいただけに、気づけなかった自分を恥ずかしいとさえ感じているようだ。

 

「私の言葉はいつも、レキの心を頑なにしてしまう」という話師の言葉に「私、レキの力になりたい、レキはずっと苦しんでいたのに、それを隠して私を助けてくれた、だから、今度は、私がレキを助けなきゃ」と答える。

 

ラッカはここで、自分に助力してくれた鳥のように、今度はレキが旅立つために彼女の鳥となることを心に決める。ラッカがこの街で「人のために尽くそう」と考え始めた瞬間である。

 

 

二、罪憑きであることの意味

 

クラモリと別れ、クウと別れ、話師からは「お前が灰羽としてここにいられるのはあとわずかだ、心構えをしておくがいい」と諭される。罪憑きに苦しんだラッカは自らの力で罪憑きを克服し、本来なら旅立ちの日を迎えられるネムが、自分よりもレキのことを気にかけているという話師の話を聞いて、レキの心は荒んでいく。

 

『空っぽの笑顔を張り付けて、私たちは歩く、どんな時でもレキは優しい、誰にも心配かけたくないから、誰にも頼りたくないから、レキは笑う、どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう、私はずっと、レキの一番近くにいたのに』

 

レキが何かに苦しんでいることに気づいたラッカは「明日が来なければいいのに」続けて「今日の次は今日なの、次の日も、その次の日も、ずっと今日ならいいのに、そしたらずっと、“レキといられる”」とレキに伝える。

 

ラッカは心に感じた自分の本心を告げているが、レキは「永遠なんて、ありえないよ、何もかもが、いつかは終わる、だからいいんだ、今が今しかないから、この瞬間が、こんなにも、大事なんだ」と答えるが“ラッカといつまでもいたい、ラッカは大切な人だ”とは答えない。

 

この後ラッカが泣いたのは、レキが自分の心を深く閉ざしているのを感じたからではないだろうか。ラッカはきっと“ラッカは一緒にいたい大切な人だ”と答えて欲しかったに違いない。ラッカとレキの間には、まだまだ遠い距離があるようだ。

 

風邪をひいて寝込んでいるネムに対しても「ネム、長い間ありがとう、もしいつか、クラモリに会ったら伝えて、ごめんなさい、ありがとうって、あたしは、そっちへは、行けそうもないから」と言って、あきらめの心情を吐露している。

 

「もう、終わりにしよう」というセリフからは、レキが自分の心を永遠に閉ざす決心をしたようにも見える。レキは何処へ行こうとしているのだろうか。