24、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

            「宇宙よりも遠い場所

 

 

STAGE 04 四匹のイモムシ

 

<プロローグ>

 

夢じゃない、嘘じゃない、間違いでもない、毎日確認しては思う、学校で、家で、バイト先で、何度も何度も口にする

 

「南極に行くんだ!」

 

 

一、南極への条件

 

「本当なんですねェ」

 

教員室で先生と南極へ行くための長期欠席について話している。シラセは保護者の承諾書を用意しているが、キマリはまだ親に話していない。

 

帰宅後、妹リンと母親の様子を観察するキマリ。南極行きの話をするタイミングがなく、ぎりぎりになったことでなおさら話しづらくなってしまった。が、その後、シッカリ納得してもったようだ。赤点を取ったら行けなくなるらしい。

 

翌日の放課後、バイトに行くキマリにめぐっちゃんは「無理しすぎないようにな、それ以上頑張ってダメだったら、すごい後悔するだろうから」と言うと、キマリは「うん、行ってきます!」と言って帰っていく。

 

 

二、特別訓練

 

週末からの四日間、高地での実習をすることになっているキマリ達は、カナエが運転する車で訓練の場所へと向かう。キマリ達は観測隊の車や車内に無造作に置かれた資料の山などを見て、観測隊は本当に南極に行けるのだろうかと心配になってくる。するとカナエは「行くための費用を多く取っているから、その分、削れることころは徹底的に削っているだけ」と告げる。

 

高原の宿に着くと、早速南極と南極基地についての講義を受ける。概要をカナエが説明した後、観測隊隊長、藤堂吟(とうどうぎん・以下ギン)によって隊員のいろはを学ぶ。

 

翌日、キマリ達はコンパスやGPSを駆使してルート工作の訓練を始める。何度も何度も繰り返し、安全のための精度を高めていく。

 

さらに、夜間のテント泊を体験するが、キマリはテンションが上がっていて眠れない。ユヅキに「うるかにしてください!」と言われて笑いがこみ上げてくる。

 

キマリ:「シラセちゃんは寝ちゃった?聞こうと思ってたんだけど、シラセちゃんてさ、隊長さんと知り合いなの?」

 

シラセ:「どうして?」

キマリ:「なんとなく」

 

シラセ:「あの人は、お母さんが高校の頃の知り合い、お母さんと一緒に南極に行った人、あの人は帰ってきて、お母さんだけが帰ってこなかった、それだけ」

 

キマリ、ヒナタ、ユヅキの三人は、テントの外に出て満点の星を眺める。南極星がここから見えないかと尋ねるキマリに“空にある星がすべてと思うなかれ”(ヒナタの名言3)とヒナタが答える。すると、本部から八時の定時交信があり、ヒナタがそれに対応する。「ご安全に」

 

翌朝、キマリは早く起きてしまう。一人テントの外に出ると、遠くの岩の上に人影を見つける。近づき見上げるとそこにはギンがいた。「あの、何が見えますか?」

 

ギンはキマリを岩の上に引き上げる。するとそこには夜明け前の雲海が見える。

 

「シラセちゃんのお母さんって、どんな人だったんですか?」

「どんなと聞かれると、変な人って答えしか出てこないわね」

 

「シラセちゃんに似てます?」

「さあ、私は娘のことまでは良く知らないから…、ただ、あのしつこさと思い込みの強さはそっくりね、めんどくさい」

 

「いいですよね、めんどくさいの」

「南極向きの性格ね、あなたは」

 

「ほんとうですか」

「どうして南極に? あの子に誘われた?」

 

「はい、でも決めたのは私です、一緒に行きたいって、このまま高校生活が終わるのいやだって、ここじゃないどこかに行きたいって」

「そう」

 

「でも、ヒナタちゃんと知り合って、ユヅキちゃんと知り合って、観測隊の人の気持ちを知って、隊長とシラセちゃんのことを聞いて思いました、どこかじゃない、南極だって、わたし、みんなと南極に行って…、うォ~」

 

朝日が差し始める。

 

キマリはみんなを起こし、岩の上へと誘う。朝日が山並みを赤く照らす。

 

「わたし、みんなと行きたい、みんなと一緒に南極星見つけて、オーロラ見て、かき氷食べて、ペンギンと記念写真撮りたい、絶対行こう」

 

シラセ、ヒナタ、ユズキは笑顔で答える。

 

 

STAGE 04 まとめ

 

 

一、小淵沢報瀬

 

「よりもい」の主人公はもちろんキマリ達四人であるが、キマリとシラセの出会いがあって物語が動き出している点を考えると、この二人がより重要であるといえるだろう。中でも、南極に特別な執念を燃やすシラセという存在がなければ、そもそもこの物語は存在しない。

 

STAGE 01 からSTAGE 03までに、それぞれキマリ、ヒナタ、ユヅキを取り上げてきた。この回で初めて四人での活動が始まるのであるが、遅ればせながらここで改めてシラセについて少し触れておきたい。

 

情報通のめぐっちゃんによると、シラセは「友達も作らず、放課後ずーっとバイトして、お金貯めている、だから変人って言われてるんでしょう」なのだそうだ。

 

しかしシラセがなぜそれほどまでに南極へこだわっているのかについては、周りの友達はあまり詳しく聞かされてはいないらしい。かつて話したことのある友達でも“みんな離れていった”ことをシラセはキマリに話している。

 

たまたまキマリと知り合い「応援している」と言ってもらったことで、シラセはキマリを南極へ誘う。今までの友達とは少し違う感性を持つキマリと出会い、二人の無意識が動き出す。準備された心にのみ準備された出会いが訪れるのである。

 

さて、これまでの行動から、シラセの一風変わった性格が表現されているのがお分かりいただけるだろう。一言で言うと「思い込んだら一直線」なところだ。

 

南極へ行くことを決心したり、そのためにバイトをしてお金を貯めたり、さらにバイトのために友達を作ることをあきらめていたことなど、シラセの行動は単純明快である。

 

自分にとって大切だと感じることは、何があっても妥協しないという姿勢がシラセの一番の特徴であろう。多少周りを巻き込んで「ちょっとめんどくさい」と言われても、シラセの突破力は大変力強いものがある。方向を決めて突き進む力、すなわちシラセは『コントローラー』なのである。

 

なお“コントローラー”という言葉については、ヒナタの“ファシリテーター”と共にSTAGE 06のまとめのところで説明したい。

 

 

二、藤堂 吟

 

「よりもい」は主人公四人の冒険と成長の物語であるが、他にもいくつかのストーリーを持っている。中でも一番重要となるのがギンとシラセの関係だろう。ギンは、シラセにとっては母貴子の古くからの知り合いで、シラセが子供の頃から面識はあるものの、打ち解けて話すことのできない“何となく苦手な人”である。

 

しかしこのツアーが始まると、お互いを避けて通ることはできない。つまり観測隊のメンバーとして深く関わることになるのだ。お互いに、裸で向き合わざるを得ない状況の中で、相手を思いやり、少しずつわだかまりを解消するしかない。

 

南極は陸の孤島といえるだろう。数か月にわたる観測活動は、そういった意味で閉ざされた集団生活としての性格を有している。ファミリーの一員となって生きていくしかない。シラセ達はそういう道を選んだのである。

 

ところで、先ほど“何となく苦手な人”と書いたが、ユング心理学では“同性の何となく苦手な人”を「シャドー(影)」と呼んだりする。何かしら自分との共通点はあるものの“決定的に自分に無いものを持っているような人”のことをそう言うのだろう。

 

ポジティブなものを持っていれば“憧れの存在”になるだろうが、自分にとってのネガティブなものを持っている場合は“拒絶の対象”となる。シャドーとは、どうしても好きになれない、何となく避けてしまう、嫉妬心を感じてしまうなど、様々な葛藤を引き起こす要素を持っている“同性の何となく苦手な人”なのである。

 

例えばこのような創作事例があるので紹介したい。

 

ある女性の看護師がカウンセラーの元を訪ねるのだが、彼女は「最近仕事についてイライラを感じている」という悩みを打ち明ける。聞くところによると、最近入ってきた新入りの看護師が妙に派手で、化粧をしたり患者さんとも良くしゃべったり、休日などはアウトドアのレジャーを思いっきり楽しんでいるらしいのだが、そういった様子を見聞きするたびにイライラが募るという。

 

看護の仕事は“神聖”なものだと考えている相談者は、匂いが悪影響を与えないように化粧もせず、休日には看護の勉強をし、患者さんのことを第一に考え無駄なおしゃべりなどは慎んできた。にもかかわらず…“私よりも10歳以上若いとはいえ”…、新入り看護師の態度は、相談者にとっては受け入れられないものだった。

 

仕事に対するイライラについてカウンセリングを重ねるうち、彼女は新人看護師との関係が大きな問題であることに気づいていく。

 

しかし次第に、若い看護師は仕事をおろそかにしている訳ではないこと、休み明けに体験した出来事を楽しそうに語ることで患者さんが笑顔になっていること、職場の雰囲気が明るくなっていることなどを、彼女は少しずつ認められるようになっていく。

 

やがて、自分は仕事を優先するあまり、休日を楽しく過ごすことができていなかったことに気づき、むしろ楽しく過ごすことで、仕事にいい影響が出るのではないかと考えるようになった。さらに、さりげなくおしゃれすることにも抵抗がなくなっていく。

 

仕事へのイライラを見つめているうちに、苦手だった新入り看護師との関係を見直し、その生き方を認め受け入れることで、自分が少しずつ変化していくことを感じた相談者は、仕事へのイライラ感がだんだん消滅してゆき、カウンセリングが集結する、というものである。

 

いささかうまくいき過ぎているように感じられるかもしれないが、新入り看護師に何か影響を与えようとしても反発されるだけである。ここでは、相談者であるベテラン看護師が“自分に無いもの”をもっている新人看護師の生き方に一定の理解を示し、その考えを取り入れ自分の中で統合を試みることが大切なのだろう。

 

言葉では簡単に言えるかもしれないが、それを実行することはなかなか難しい。シラセにとってギンはまさにそういった苦手な存在なのだろうし、逆にギンにとってもシラセは苦手な存在であるといえるだろう。

 

さて、シラセについてはギンと共にこの後様々なエピソードが語られるので、その都度彼女達の人となりの検討を試みる。それぞれの目的の違いが、この後の態度や言動にどのように現れてくるのか、この二人の行く末にも引き続き注視していきたい。

 

 

三、ヒナタの名言その三

 

キマリ、ヒナタ、ユヅキの三人がテントの外に出て、満点の星を眺める場面がある。“南極星がここから見えないか”と尋ねるキマリに“空にある星がすべてと思うなかれ”とヒナタが答えるところである。

 

南極星は地球の自転軸の南側延長線上を示す極星を意味するが、実際には北極星のように極方向をピンポイントに示してはいない。極付近の一番明るい恒星をそう呼んでいるらしい。北半球からはもちろん見えない。

 

そもそも“空にある星がすべてである”と思う人はいないだろう。四人はまだ南半球の星々を知らないという点で、ヒナタの名言は正しいといえる。当たり前のことを言っているようであるが「見たことの無い世界がまだ沢山ある」という事実を分りやすく伝えているという点で、これはなかなかの『名言』といえるのではないか。

 

和歌、俳句、格言、名言は短文であるからこそ、頭の中でそれを補おうとする。湧き上がるイマジネーションこそが短文鑑賞の源泉といえるだろう。和歌は難しいかもしれないが、名言なら誰でも残せるような気がしなくもない。