23、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

            「宇宙よりも遠い場所

 

 

STAGE 03 フォローバックが止まらない

 

<プロローグ>

 

白石結月が五月の熱い日曜日、群馬県の駅に現れる。暑さで額に汗が流れる。「ふ~、軽く死ねますね」と一言。

 

 

一、現役女子高生タレント

 

キマリとヒナタは、シラセの家で南極へ行くための方法を話し合っている。スマホで「南極、女子高生」をキーワードとして検索しているが、参考になるWebページを見つけることができない。

 

すると、ヒナタが「女子高生、南極へ行く!」と叫ぶ。

 

シラセ:「今年予定されている民間の南極観測隊に、取材班と共に女子高生が同行する!?」

 

キマリ:「同行するのはタレントの白石結月さん、南極への旅や昭和基地での生活などをネット中継でリポート…」

 

ショックを受けたシラセは、白石結月の事務所に電話をかけて一緒に行けないか交渉して欲しいとキマリ達に話す。自分ではそういうことが苦手であるらしい。

 

と、そこへ、白石結月(しらいしゆづき・以下ユヅキ)が現れる。

「私の代わりに南極に行きませんか、南極、行きたいんですよね」

 

新宿での親睦会にユズキも来ていて、シラセたちのことを聞いてここに来たらしい。シラセは念願だった南極への切符を手にしたかに見えたが…。

 

玄関の呼び鈴が鳴ると、ユヅキは慌ててその場を去ろうとするが、間に合わず、ユヅキの母、白石民子がその場に現れる。ユヅキは“南極に行きたくない”と言い、民子は仕事として“行かせたい”と思っている。驚きの展開だったが、ユヅキは母に連れられて帰っていく。

 

夕方のコンビニで、キマリとヒナタがバイトをしている。と、そこへシラセが駆け込んでくる。シラセの家に白石民子が現れて、ユヅキを説得して欲しいと頼まれたらしい。説得してくれたら三人も同行者として推薦することを約束したという。

 

シラセとヒナタが帰りの電車で話をする。ユヅキが行きたくないのは何か理由があるはずである。“端的に”という理由が何なのか、ユヅキに聞いてみることとなった。

 

シラセが自分の気持ちを何よりも優先していることを、シラセ自身が反省の気持ちをもってヒナタに告げると「“思いの強さとわがままは紙一重である”っていうだろ」とヒナタは答える。(ヒナタの名言2)

 

翌日三人は、この町のホテルで宿泊しているユヅキの元へ出かけ、偶然を装い話しかける。キッカケをつかんだ三人はユヅキと会話を重ねる。すると、ユヅキが南極へ行きたくない理由は、高校での友達作りを大切にしたいからであることが分る。今まで友達が出来なかったユヅキは、友達作りに真剣に取り組んでいた。キマリ達はそんなユヅキの話を聞いて、無理やり説得することができなくなる。

 

…その晩、ユヅキはキマリ達がユヅキを迎えに来る夢を見る…

 

日曜日に仕事で東京へ行くことになっていたユヅキの部屋に、キマリ達も一緒に行こうと早朝から誘いに来る。驚いたユヅキは思わず涙を流す。

 

 

二、四人の友達

 

「だから、三人と一緒だったら行くって言ってるの、一緒じゃなかったら行かないから」

 

四人は、東京の「国立極地研究所」に見学にやってきた。思い思いに施設の展示を楽しんだ後、オーロラの映像を見る。

 

キマリ:「本物はもっときれいなんだろうね」

シラセ:「もちろん、すごいきれいだって、涙出てくるって、お母さん言ってた」

 

ヒナタ:「でも、オーロラってなかなか見れないんじゃないのか」

ユズキ:「聞いたことあります」

 

キマリ:「じゃあ、もし本当に見ることができたら、南極でオーロラを見た世界で唯一の高校生になれるかも」

ユズキ:「そっか、そうなったら…、軽く死ねますね」

 

 

STAGE 03 まとめ

 

 

一、白石結月

 

この回では、四人目のメンバーとして登場する“白石結月”について語られる。ユヅキは高校一年生であるが、ヒナタに次いで一風変わった人物設定がされている。つまり彼女は、子役の頃から芸能界で仕事をしてきたアイドルなのである。

 

一見すると華やかな芸能界であるが、ユヅキは芸能人らしくない…、というより、あまり芸能人であることを快く思っていないように見受けられる。マネージャーである母民子の指示で、仕方なくアイドル活動をしているようだ。

 

さて、ユヅキは仕事として南極へ行くことになっていたのだが、歌舞伎町の懇親会でシラセのことを聞いて、また、行きたくない理由もあって、南極の仕事をシラセに譲ろうと考えた。直接伝えることで既成事実化するために群馬までやってきたのだろう。しかし、様子を察知した母民子によって阻止される。

 

その後、どうしても行くと言わないユヅキを説得するよう民子に頼まれたシラセは、キマリ、ヒナタと共にユヅキのもとを訪ねる。ゆっくり話す機会を得た四人は、ユヅキの想いを聞いて無理強いはできないと感じる。

 

分け隔てなく、目的に真っすぐ向かっている三人の気持ちに接して、ユヅキの心にわずかな変化が生じる。ヒナタが「嘘をついてない」といってシラセとキマリの関係を見ていたように、ユヅキも今までの友達とは違った雰囲気を三人の中に見たのだろうか。ユヅキの無意識に三人の姿が刻まれる。

 

ユヅキがホテルで眠りにつこうとしているとき、キマリ達のことを思い出して「友達って、あんな感じなのかな」という言葉を呟く場面がある。思春期は友達を作ることが発達課題の一つとされているだけに、とても切ないセリフである。

 

その後、ユヅキはいつの間にか眠りに落ちて夢を見る。

 

 

二、夢その一

 

夢という現象について一言で語ることはできない。リアルな夢を見る人もいれば、夢を見たという意識の乏しい人もいる。あるいはまったく見ないと主張する人もいる。しかし、夢が自分の心の何かを表しているのではないかと考える人が、それなりにいることもまた事実であろう。ここでは、夢についていろいろ考えてみたい。

 

まず、夢は無意識の願望が形を変えたものという考えがある。人には様々な願望がある。人に話せるものもあれば、話すことがはばかられるものまで千差万別である。そういった夢の数々を、何の遠慮も無く実行することは現実には不可能であろう。私たちは社会の一員として、社会規範や道徳的な自己規制等によって制限を受けているからだ。

 

特に道徳的な自己規制は、願望を抑圧する力が大きいといえる。強い願望であればあるほど、それを抑圧する力も強いことになる。例えば相手に対して「好き」という言葉が言えない状況を思い出していただければ分りやすいだろう。拒絶されるのではないかとか、道理として絶対言ってはいけない相手もあるだろう。しかし、願望はくすぶり続けるのである。

 

無自覚なまま、抑圧された願望が身体の弱いところに表出される現象を神経症と呼んだのはフロイトであるが、彼は神経症を治療するためには、無意識の願望を意識化することでその現象が消失すると考えた。いわゆるカタルシスという現象(精神的浄化作用)である。

 

夢も同じように、抑圧された願望が何かを表現しようとして現れるものなら、“夢を読む”ことで、内面にある無意識的な願望を認識することが可能だろう。そうすることで神経症を予防、あるいは治療することができるかもしれない。

 

しかし、抑圧された願望は、一見するとそれとは分らないような形に変化し、夢となって無意識下にその欲求を満たそうとして現れる。なぜなら願望そのままの夢を見ることは、著しく不道徳な自分を自覚してしまうからだ。正直、これは辛いことであろう。

 

従って、夢に登場する人物や出来事は、その原型にたどり着けないほどの変容を遂げている場合が多い。しかし良く観察することで、抑圧された願望が何なのかをある程度推測することもできるだろう。ただし深読みは要注意であることを付け加えておくが…(トンチンカンな方向に行ってしまうこともあるだろう)。

 

いずれにしても“夢を読む”ことで、内面的な願望、すなわち意識したくないような深い願望(欲望ともいえるような本心)を明確化できると考える。そうすることで、私たちは本来の自分を知り、内面と現実との乖離を解消し、精神的困難を乗り越えることができるのである。

 

 

三、夢その二

 

ではここで、もう一つの見方を紹介しよう。夢は無意識からのメッセージであるとする考え方である。

 

人は人生の節目節目に極めて大きな“人生の選択”を迫られる場合がある。そういう時には結構衝撃的な夢を見ることがあるだろう。確かに夢は無意識的な願望が現れているといえるかもしれないが、しかしだからといって無意識的な願望によって“この道を選んだ”と言い切ることができるだろうか?

 

つまり、個人的な願望なのではなく、夢自身があたかも意識を持って訴えるように自律的に動き出し、自分に向かってあるメッセージを投げかけていると考えることもできるだろう。

 

ユングは、今まで出会ったことも無い人が夢に現れ、聞いたことも無いようなことを自分に語る夢を見て、夢が自律的に動き出すことを認識した。つまり願望を越えて、必要とされる“自己の変容”を“夢が促している”と理解したのである。

 

さて、ここでユヅキの見た夢をもう一度確認しておきたい。ユヅキはホテルの窓を叩く音が気になり窓に近づく。カーテンを開けると、そこにハシゴに上ったキマリ達を見つける。「やっぱり、南極に行こう!」というキマリの言葉に対して「何やってるんです、怒られますよ!」と答える。

 

「手、伸ばして!」と言われて一瞬躊躇するが、ユヅキは手を伸ばす。するとキマリはしっかりその手を繋ぐ。一陣の風が吹いて、ユヅキはキマリ達とホテルの外に落ちていく…、というものであった。

 

読者の皆さんはこの夢をどのように解釈されるだろうか。もちろん正しい答えなど無いのだけれど、しかし、一定の解釈は存在するだろう。

 

例えば、キマリ達はホテルの窓から遠いところにいるのではなく、ハシゴを使って、まさにユヅキのいる部屋のすぐ“近く”にいるのである。ユヅキにとって三人は自分がいる空間の“すぐ近くまで迫っている”ことが表されているといえるだろう。

 

さらに、差し出された手をユヅキは躊躇しながらも、自分の意思で握ろうとしている。風の強いイメージにも関わらず、恐る恐るではあるが、キマリの手を握ろうとしている。そして不安は的中し、風にあおられ、彼女たちはホテルの外に落ちていくのである。

 

今まで説明したことを踏まえると“本心は行きたいのではないのか”といえるかもしれないが、行きたくない理由がしっかりあるので、むしろ“三人との関係が今後大切になっていく(友達になりたい)”と感じているのかもしれない。

 

あるいは、理由は分らないが三人と共に手をたずさえることが、今後の人生においてとても大切な“人生の選択”かもしれないと、夢がメッセージを送ってきているのかもしれない。

 

いずれにしても、ユヅキの無意識はキマリ、シラセ、ヒナタの三人を“最も気になる人物”として認識していることがここで表されているといえるだろう。そしてユヅキは、夢の中でしっかりとキマリの手を握っているのである。ユヅキもまた、自分が変化することを受け入れる時がやってきたといえるのではないだろうか。

 

 

四、二つ目のアドバンス

 

さて、ユヅキの気持ちに寄り添いたいと思ったキマリ達は、朝早い時間にユヅキの部屋を訪れる。一緒に東京に向かい、国立極地研究所を訪問する計画だ。あたかも、すでに決められていたかのように。

 

ユヅキにとっては、自分を説得するために会いに来たと思っていた三人が夢の中に現れ、今度は現実の世界でも自分に関わりを求めているのである。ユヅキはとても心が動かされ涙を流す。三人との関係を結び、南極行きを決めた瞬間でもある。

 

キマリがシラセと出会い、南極へ行こうと決心して広島へ向かう第一のアドバンスに次いで、四人一緒に南極へ行くことが決まった、第二のアドバンスといえるだろう。彼女たちは、この四人で次のステージへと向かうことになる。

 

 

五、ヒナタの名言その二

 

“思いの強さとわがままは紙一重である”

 

思いの強さとは、考えや感情が強く表されることといえるだろう。わがままとは人の言葉に耳を貸さない、ゴリ押しの自己主張を言うのだと思う。確かに似ている(?)が、コミュニケーションの有無が決定的に違うのではないだろうか。

 

“でもシラセはちゃんと人の話を聞くだろ”とヒナタは言っている、たぶん。