44、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「妄想代理人

 

 

第四話 男道

 

一、蛭川雅美(ヒルカワマサミ)

 

場面は第三話、蝶野晴美が少年バットに襲われた直後から始まる。ホテルから出てきたカップルが、倒れている蝶野晴美を発見する。男が声をかけるが答えが無いので、こちらを向けると気味の悪い化粧の女の顔が見える。ハッとして身を引く男の傍らから女が覗き込むと、女も驚いて叫び声をあげる。

 

少年バットの事件を詳しく報道する街頭テレビを鷺月子が見つめる。

 

警察官(班長)蛭川雅美は電車の中で被害者蝶野晴美とマリアとの関係を知る。(蛭川はマリアの常連客である)

 

刑事二人は蛭川が勤務する交番で捜査の協力を依頼する。二人の帰り際、蛭川は一人刑事猪狩慶一(イカリケイイチ)に声をかける。二人は入魂の仲(じっこんのなか)である。二人は捜査について、また蛭川の近況(新築を建てる)などについて話をする。

 

 

二、ゆすりたかり

 

警察官の顔をしながら裏社会との接点を持つ蛭川は、半田興業に出入りしている。蛭川は蝶野晴美がマリアとして風俗で働いていたことなどについて証言していないことなどを親分に伝える。蛭川はここで小遣いと、風俗嬢を要求する。

 

「う~ん、まぁ、しょうがないだろ、俺にはもう家族しかいないんだから、係長、お前と違い、今更出世も望めん、せめて女房子供くらいは守ってやらにゃぁ」

「ハハハ、俺も少しは見習わんとな、娘さん、いくつになった」

「もう十七だ、生意気の真っ盛りだよ

「早いもんだ、前に会った時は小学生だったのに」

「あっと言う間さ、瞬きしてる間に大きくなっちまう、まっ、男一匹はぐれ星、せいぜい地道に働いて、男の務めを全うするさ」

セリフのわりに、やくざへのゆすりたかりに明け暮れる姿が描かれている。

 

コンビニで、漫画「男道」と思われる本を読んでいると蛭川の携帯に電話がかかってくる。半田興業の親分のさらに上の人物、真壁に呼び出される。

 

 

三、友達

 

「蛭川先生にはいつもうちの半田の面倒を見てもらっちゃってて」

「いえ、そんな、こっちこそ、半田君とは、まぁ仲のいい友達みたいなもんで」

「友達、えぇ、聞いてますよ」

 

半田の婚約祝いに、友達から一律200万円集金していると聞かされた蛭川は驚く。

 

「夢のマイホーム資金、半田が結構出したそうじゃない、あんまし友達甲斐の無いこと言ってると、家燃やしちゃうよ」

 

「それじゃ三日後、集金に伺いますから」

蛭川は途方に暮れる。

 

 

四、強盗

 

蛭川は銀行からお金を降ろした高齢者の後をつける。警察官の制服からジャージに着替え、さらにピンクの覆面を付けて自転車に乗り坂道を駆け下りる。

 

蛭川は100万円を真壁に渡す。しかし、半田がケガで入院したということで、100万円追加し、200万円を要求される。

 

漫画「男道」のセリフ:「後戻りはできない、それが男の道」

 

警察の制服にピンクのマスクを身に着けた蛭川は、パラソルを差す女の後をつける。近づくとそれはマリアだったという白日夢を見る。蛭川は追い込まれつつある。

 

漫画「男道」のセリフ:「切った張ったのこの渡世、どうせおいらの行く道は、泣く子も黙る男道、恋と涙と命まで、掛けた星空男が吠えて、男一匹はぐれ星、風に吹かれて流されて、男の命は赤く散る、どうせ散るなら男花、夢の実らぬ花だけど、流浪の果てにわが命、咲かせて見せましょう、赤い花」

「アニキ」

「男の道筋はつけるつもりだ」

 

漫画のセリフを妄想しながらも、実際に行動していることは盗みである。蛭川は真壁に払うために戻れぬ道を進む。

 

蛭川は真壁に呼び出される。車内のラジオでは、最近話題になっている強盗の犯人像について語られている。同様の姿をした蛭川が真壁にさらに脅される。別れ際、真壁はカプセル薬を手渡す。

 

「弱気の虫が逃げていきますよ」

 

蛭川はさらに犯行を重ねる。団地に侵入して娘のいる家庭に強盗に入る。そして事を終え、近くの公園で余韻に浸っていると、帰宅途中の猪狩刑事に声をかけられる。

 

 

五、居酒屋

 

蛭川が持っている学生鞄を見て、猪狩が「娘さんの忘れ物か」と問うと「あぁ、塾に置いてきたから取ってきてだとさ」と答える。

 

二人は旧友としての時間を過ごす。猪狩は「理由の無い犯罪、それ事態が目的となってしまった犯罪、いくら関連性や意味を求めても、そこには何もない、そういう時代になってしまったのかもしれん」とぼやく。しかし続けて「だからこそ俺は星を挙げて見せる、時代に食らいついて行ってやる」

 

漫画「男道」のセリフ:「もう誰にも止められないぜ」

 

 

六、犯人確保

 

千鳥足で自宅へ向かう蛭川は「止めてくれ、止めてくれよ!」と叫びながら、その場に倒れ込む。落とした学生鞄から札束と覆面が飛び出している。慌てて仕舞い込むが、犯罪の記憶が走馬灯のように浮かんでくる。彼は思わず「止めてくれ!」と絶叫する。

 

「もうだめだ」蛭川は何とか起き上がる。「誰か、俺を止めてくれ!」蛭川が叫ぶと背後から何者かが近づき、蛭川を襲う。彼はその場に倒れ込むが「いってー、なにすんだこらー」と言って立ち上がる。犯人が慌てて逃げようとするが、蛭川は「まてー、こらー」と言って、靴を投げる。

 

犯人に追いついた蛭川は「コノヤロー、コノヤロー」と言いながら踏みつける。

 

翌日、蛭川は一躍時の人となって、テレビのインタビューを受ける。一方、二人の刑事は犯人の取り調べを始める。

 

 

第四話 まとめ

 

一、蛭川雅美

 

第四話の主人公は、蛭川雅美という中年の警察官である。彼は誰もが憧れる新築の家を手に入れる寸前に、少年バットの被害者となる。家を新築するにはかなりの資金が必要とされるが、蛭川は裏社会との取引でその資金を捻出していたことが赤裸々に描かれている。

 

半田興業などのグループをまとめているリーダーの真壁が登場するまでは、蛭川は半田とうまくやっていたと考えているようだ。情報を提供し、報酬を受け取るという関係が、お互いにウィンウィンだと感じていたようだが、実際はどうでもいい情報の押し売りに、半田は半ばあきれていたのである。蛭川つぶしが始まる。

 

蛭川は、ゆすりたかりが度を越していたため真壁から吊し上げられ、犯罪に手を染めていくことになる。仕方なく窃盗を繰り返すうちに元の生活には戻れなくなっていく。警察官としての平穏な生活はもうできないし、かといって真壁の子分になることも出来ないだろう。要求された金額を払うこと無しには終わらないことを、蛭川は知っている。無限連鎖地獄にはまったと言えるだろう。

 

ちなみに、蛭川(ヒルカワ)という名前からどのようなイメージが喚起されるだろう。ここでも名前の由来を深読みしてみたいと思ったのだが、蛭川の「蛭」という字は、そのままヒルという吸血性の虫を意味しているので、彼の役割は概ね他人に寄生しその栄養分を横取りするような存在として構想されているのだろう。雌雄同体であるらしい。

 

 

二、少年バット確保

 

そんな中、蛭川は少年バットに襲われるのだが、しかし彼は少年バットを確保することになる。少年バットについては目撃証言が少なく、刑事が持ち歩いているイラスト程度の情報しかなかっただけに、蛭川が現行犯を確保したことで大きなニュースとなる。しかし確保した少年が、前回までに起こった五件の事件に関わる容疑者(少年バット)と、本当に同じ人物であると考えることができるのかはまだ分らない。

 

 

三、蛭川の葛藤

 

ここでも、被害に遭った蛭川は極めて厳しい状況にあり、激しい葛藤と戦っている。裏社会をうまく利用して、自らの生活を維持していたのが、今度は裏社会からのしっぺ返しを食らうことになり、大金を巻き上げられる。それだけでなく、社会的制裁を受ける可能性もあるため、彼はギリギリの状況に突き落とされる。

 

今までの事件では、少年バットの一撃で被害者は気を失うのであるが、なぜか蛭川は気絶することなく容疑者を捕まえる。一体なぜそんなことができるのだろうか。蛭川を襲った犯人と他の事件の犯人とは何か決定的に違うものがあるのだろうか。

 

ただ一つ言えることがある。それは蛭川の行為はゆすりたかりであり、彼には最初から「悪意」があったということだろう。他の被害者の場合、無意識的な行為がいつの間にか自分を追い込んでしまったのに対して、蛭川はゆすりたかりの裏返しとして逆襲を受けているに過ぎない。つまり自業自得なのであり、単純に報いを受けているだけといえなくもない。

 

 

四、六被害者

 

さて、第五話から物語は不思議な展開を見せる。当初のリアルな展開から、アニメならではの世界観へと移行していく。そのあたりからより深く、人間の深層意識の中へ入っていくようだ。いずれ全体を通して、事件をもう少し細やかに見ていきたいと思うが、ここで五件の事件と蛭川の事件について、少し振り返っておきたい。

 

第一被害者:鷺月子

新キャラクター制作に行き詰まり、プレゼンの直前に被害に遭う。この事件により、精神的葛藤から一時解放される。

 

第二被害者:川津明雄

交通事故により被害者親族から補償を求められていたが、払うことができないでいる。鷺月子の事件に興味を持ちスクープを狙うが、鷺月子からは取材協力が得られず、彼女に付きまとっていたところを少年バットに襲われる。この事件により川津が解放されたというより、鷺月子が解放されたとも考えられる。しかし第三話のまとめにも書いたように、川津は少年バットによる被害者のグループに入っている。

 

第三被害者:牛山尚吾

牛山は、いじめ被害によって引っ越しを余儀なくされ、積極的生活を心がけていたのだが、その行動が鯛良優一には自分への挑戦に見えた。優一の一方的な思い込みの中、牛山は少年バットに襲われる。牛山にとっては理不尽な被害であるが、優一にとっては都合のいい事件に思われた。が、自分が疑われることになり、優一は苦しむ。

 

第四被害者:鯛良優一

優一は全てにおいて自分はナンバーワンであると強く思っている。そんな中、牛山尚吾の積極的な行動に不満を感じるようになり、やがて彼に激しい嫌悪を感じるようになる。牛山の事件によって彼の気持ちは一時解放されるが、程なく自分が牛山を襲ったに違いないと疑われることを確信し、登校拒否となる。不安により意識が朦朧となる中、少年バットに襲われる。彼は自分が被害者となったことで、一連の葛藤から解放される。

 

第五被害者:蝶野晴美

鯛良優一の家庭教師。二重人格障害に悩まされている。結婚を機に第二人格が消滅したかに見えたが、むしろ報復的な言動に苦しめられる。混乱の中少年バットに襲われる。この事件で、蝶野は精神的に解放されているように見える。

 

 

第六被害者:蛭川雅美

裏社会とつながっている中年警察官。本稿で指摘した通り、現実と裏社会とのはざまで激しい葛藤に苦しむ。少年バットにより襲われるが、彼はその場で現犯人を確保する。

 

「解放」という言葉から、鷺月子➾川津明雄➾鯛良優一➾蝶野晴美を「解放の系統」と考えることができるだろうか。またこれとは別に、牛山➾蛭川雅美はその本筋とは何かが違うようだ。

 

 

では次回またお会いしましょう。

 

 


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