43、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「妄想代理人

 

 

第三話 ダブルリップ(風俗店の名称)

 

一、留守番電話

 

仕事を終えた風俗嬢が、自宅電話へのメッセージを確認する。

「いつまでそんなこと続けるき」

 

自宅に戻り、改めて留守電を確認する。

 

「いつまでそんなことを続けるき」

「あたしは好きでやってるの、自分が何者かも分んないくせに、自分が被害者みたいな言い方、やめてくれる」

 

“わたしは誰、わたしは晴美、蝶野晴美”

彼女はカツラを取り、ほくろを取ってシャワーを浴びる。

 

「じゃー聞くけど、晴美ってなにもんよ」

「晴美はわたし、わたしはわたしよ」

「うっそ、それはあなたじゃない、晴美は偽物よ」

「もうやめて、こんな争いしたくない」

「始めたのはあなたでしょ」

「わたしは何もしてない、あなたが勝手に現れた、あなたこそ何者」

「あたしはマリア、ずっと前からここにいたわ」

「違う、そんなはずは…」

 

世間では第四の事件が報道されている。無秩序のような事件だが、担当刑事達は鷺月子関係、鯛良優一関係のつながりを模索している。

 

 

二、診察

 

蝶野晴美は解離性障害(二重人格)で医師の診察を受けている。

 

「マリアは少しずつ消えていく自分の存在を感じているそうです、でも消えることに対して恐怖は感じていない、だからこそ、今楽しんでいると言っていました、マリアは、あなたが安心できる居場所を見つけることを望んでいます、あなたが自分を取り戻してくれれば、マリアも安心できると、マリアの言葉をそのまま受け入れる必要はないと思いますが、彼女に頼まれたので、伝えておきます」

 

晴美はプロポーズを受ける。すると同じ時期に、マリアは「もう潮時かな」と言って、風俗嬢をやめることにする。

 

晴美は留守番電話にマリアからのメッセージが残されていないことから、マリアが消滅したと考え、クローゼットの中のマリアの衣類や、彼女の化粧品などを鞄に詰めて仕舞い込む。

 

 

三、デート

 

晴美は婚約者とボートに乗ってデートを楽しむ。すると晴美の携帯に電話がかかってくる。電話の内容から、どうやら風俗嬢をやめたはずのマリアが、やめることをやめたらしい。

 

自宅へ戻った晴美は、片づけたはずのマリアの持ち物が、元の場所に戻っていることに驚愕する。留守番電話にメッセージが残っていることに気づき、再生すると「ちょっと、勝手すぎるんじゃないの、そんな結婚するからってさ、都合よくあたしが消えてなくなると思ったわけぇ、あたしのもの全部隠したりして、絶対に許さないからね」というメッセージが流れる。

 

程なく、ダブルリップからの携帯が鳴る。

「はい、もしもし」マリアが答える。

 

 

四、ブライダル

 

晴美と婚約者は結婚式の形をとるのではなく、記念のために写真撮影することを選びその打ち合わせを行うが、それと並行してマリアも自分の活動を再開させる。

 

「逃がさない、自分だけ逃げようとしたって無理、逃がさないんだから」

「しっかりして、目を覚まして、マリアなんていない、結婚するのよ」

「バッかじゃないの、偽物はあんた、っていうか早く消えてよ!」

 

婚約者はハート型のペンダントを晴美にプレゼントする。

「わ~素敵、ありがとう」

「リングが出来るまで、それで我慢してください」

やがて二人はその日を迎え、結婚式の衣装を着て記念写真を撮る。

 

医師との面談の折、医師は晴美が婚約者に対して解離性障害のことを隠し続けることは困難であることを告げる。…ふと目を覚ますと、晴美は鯛良優一の病室にいることに気づく。

 

「どうしたの優一君、どこか痛いの、先生を呼んできましょうか?」

「蝶野先生の方が、先生の方がお医者さんが必要みたいだ」

「あっ」

 

 

五、処分

 

晴美はマリアの荷物をまとめ、タクシーを使って町の外れのゴミ処分場にその荷物を投棄する。晴美として処分したのだが、タクシー運転手に「お客さ~ん、まだかかりそうっすか」という問いに「は~い、いますぐいっきま~す」とマリアとなって答える。

 

その後、婚約者との関わりの中でもマリアが現れたらしく「マリアって誰なんですか、昨日の電話、酔ってたんですか」と問われる。しかし晴美はその問いに答えることができず、逃げるようにその場を去る。(この時晴美は、マリアがお客と一緒に撮った写真を手に持っているようだ)

 

タクシーに乗って自宅へ向かう途中、運転手から「あれ、お客さん、前にも乗せませんでしたっけ」と尋ねられる。(運転手はマリアと一緒に映っている男のようである)

 

クローゼットの中にはマリアの持ち物はあるが、晴美の持ち物は無くなっている。ゴミ処分場に向かい、投棄した場所で荷物を確認すると、そこには晴美の持ち物や、婚約者からプレゼントされたネックレスが捨ててある。

 

「あれだけ言ったのに、あたしの持ち物全部捨てたでしょ、もう絶対許さないんだから、覚悟はできてる、絶対逃がさない、逃がさない…」

「やめて…」

 

 

六、第五の事件

 

「先生、蝶野先生、蝶野先生、大丈夫、ですか」

「ごめんなさい、お見舞いに来てるのはこっちなのに、なんだか元気そうね、前よりも大人っぽくなったみたい」

 

「うん、だって証明されたから」

「えっ」

「僕が犯人じゃないって、そうでしょ、僕被害者なんだもの、少年バットが解放してくれたんです」

 

『あたしも…』

 

「解放された~い、分るでしょ、解放されたいのよあたしも、いい加減認めちゃいなさいよ、偽物はあなただって」

「分るでしょ、解放されたいの」

「分るでしょ」

「分る…」

「…」

 

晴美は電話機を床に叩きつける。すると携帯が鳴る。「あ・た・し、早く認めちゃいなさい、あなたが偽物だってこと」

 

晴美は携帯を投げつけ、鏡に映る自分の姿にマリアの影を見る。彼女は混乱し、内なるマリアと晴美とが争いながらマンションの屋外へ出る。

 

「いや、離して」

「とっとと歩きなさいよ」

「いや~、お願い」

「ぎゃ~ぎゃ~うるさいわよ」

「痛い、やめて」

「むかつくのよ、態度」

 

「起きなさいよ」

「もうやめて、お願い」

「よく言うわよ、せいぜい苦しみな、今その苦しみから解放してあげる」

 

“少年バットが解放してくれたんです”

 

ローラーブレードの音に続いて殴打の音が響く。

 

 

七、解放

 

晴美が病院で目を覚ますと、そこには婚約者がいる。

「はるっ、晴美さん!良かった」

 

その様子を二人の刑事が見ている。二人は鯛良優一との関連を確かめるべく、その場を離れる。

 

「彼女もホッとした様子でしたね、鷺月子に川津、鯛良優一に蝶野晴美、みんな通り魔に襲われてどこかホッとしているように見える」

「大丈夫か、お前」

病院の廊下に老人がいたずら書きをしている。

「とり…かえる…さかな…ちょう」

 

その後退院した蝶野晴美は、婚約者と一緒に生活を始める。朝のニュースを見ていると、通り魔が逮捕されたという報道を目にする。

 

同じころ、鷺月子もそのニュースに接する。マロミは「月ちゃん、よかたね」と声をかける。しかし月子は腑に落ちない顔をして「うん」と答える。

 

 

第三話 まとめ

 

一、蝶野晴美

 

第三話では解離性同一性障害が扱われている。主人公蝶野晴美は、第二話の鯛良優一の家庭教師というつながりを持って登場している。彼女が障害に悩まされるようになったのがいつの頃なのかは分らないが、鯛良優一が少年バットに襲われるよりかなり以前から、マリアという人格が存在しているようである。というのも、マリアにはなじみの客がいたからである。

 

ちなみに、解離性同一性障害とは多重人格を指し、いくつかの人格状態が入れ替わり現れてくる状態をいう。原因としては、幼少期の心的外傷や虐待などの体験が関連しているとされ、生活史において身体的、あるいは精神的ストレスが加わることによって発症するものと考えられている。

 

この障害は比較的重く、長期にわたって影響を及ぼすものと考えられ、治療に際しては安心、安全な信頼関係が欠かせない。時間をかけ、それぞれのパーソナリティを統合していくことで、症状の改善がみられるという。

 

 

二、告知

 

さて、晴美はどのような葛藤を抱えていたのだろう。当然のことながら、先ず取り上げなければならないのは多重人格(ここでは二重人格)の障害である。確かに、晴美はマリアに翻弄され疲れ果てている。しかしそれ以外の葛藤も抱えている。婚約者に自分の障害についてどのように伝えるべきか、あるいは伝えることを避けるべきなのかという告知の問題である。

 

告知をすれば婚約が破たんするかもしれないし、協力してくれるかもしれない。しかしこれは一種のカケである。結果に確信が持てないので晴美は苦しんでいるのだ。また、障害が良くなればわざわざ告知する必要もなくなる。どちらの問題がより重くのしかかっているのかは分らないが、これらが複合的に彼女を追いつめているのであろう。

 

彼女が取るべき道とは…。

 

 

三、いたずら書き

 

ここまでで五件の傷害事件を見てきた。そして五人の被害者について少し細かく検討してきたつもりなのだがいかがだっただろう。それぞれが抱えているものは共通点もあるが、当てはまらないものもあるように感じる。そこで、アニメ映像から一つ言えそうなことがあるので指摘しておこう。

 

蝶野晴美が病室で目覚めた後、二人の刑事が病院のエレベーターに乗る場面がある。そこで老人が床にいたずら書きをしているのだが、その絵を良く見ていただきたい。とり、カエル、さかな、ちょうという順番に老人は絵を描いている。連想ゲームのようだが、何かに思い当たるはずだ。

 

それぞれ「とり」は「サギ月子」、「カエル」は「カワヅ明雄」、「さかな」は「タイ良優一」、「ちょう」は「チョウ野晴美」を意味しているのではないか。一、二、三話と被害者についていろいろ検討してきたが、今敏は老人に少年バットの被害者を明確に提示させているのである。そう考えると牛山が例外となることが分る。

 

 では次回以降、この事件がどのように進展していくのかを見ていこう。

 


www.youtube.com