11、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

           「色づく世界の明日から」

 

第十一話 欠けていく月

 

一、時のあわい

 

コハクは魔法写真美術部の活動として、写真と作品集の展示と、芸術体験型アトラクションとしてのイベント「マジカルアートイリュージョン」を行うことを教師にアピールする。

 

ユイトは自分の描いた絵(みんなで体験したイベントの絵)について、部員のみんなに意見を仰ぐ。チグサやクルミが、そんなことは初めてだと言うと、ユイトはこれはイベント用だし、絵をやっていくって決めたからとユイトが答える。

 

ショウが「変わったな、ユイトも」と言うと、コハクは「このイベント、絶対成功するね」アサギは「きっと大行列になっちゃいますよ」チグサは「待ってる間は、展示とか見て、楽しんでもらえばいいじゃん」と応じる。

 

するとショウが「そうだ、そこで一緒に、アサギのポストカードも販売したら」と付け加える。「えっ、むっ、無理…あっ、じゃなくて、私も、頑張ります、せっかくの文化祭ですし」とアサギが答える。それぞれが、思い思いの準備に余念がない。

 

ヒトミは展示用にペンギンの写真を用意するらしい、それを聞いたユイトは絵の中にペンギンの姿も描きいれる。するとヒトミが「私、この絵もすごい好きです」とユイトに伝えと、ユイトは笑って答える。

 

「そろそろ帰るぞ」というショウの言葉を聞いて、ヒトミは暗室に備品を戻すために入る。後を追って入るアサギは、先に入ったはずのヒトミの姿がどこにも見当たらないことに驚く。

 

アサギが不思議がって暗室の外を探していると、クルミやチグサ、コハクがやってくる。アサギが「突然いなくなっちゃったんです」と言うと、コハクはハッとする。クルミが改めて暗室を探すと、そこにヒトミが立っている。

 

アサギとチグサも暗室でヒトミの姿を見つける。コハクは少し遅れて暗室に入り「ヒトミ!」と言って近づくと、ヒトミは「あれ、あたし何してたんだっけ?」と呟く。ショウやユイトも暗室の前に来て中を覗き込む。「一瞬、時間が飛んじゃったみたい、変なの」その傍らでコハクが何かを考えている。

 

下校時刻となり帰路に着く部員たち。ヒトミとコハクはまほう屋の前まで来るが、コハクのスマホにメッセージが入ると、コハクは急ぎ足で出かける。“時のあわい”という言葉を見つけて「ちょっと出かけてくる」そう言うと急ぎ足で出かける。

 

閉店直前の柳堂魔法古書店。コハクは息を切らせながら、星砂時計の完成を急いでほしいと伝える。コハクが留学していた魔法学校の先生によると、時間魔法は歴史修正力の影響を受けて、旅人を時のあわいに引き込む形で現れるらしい。家族にその兆候が見えることをコハクは店主に伝える。

 

「出来るだけ早く、元の時間に戻してあげたいんだね」と店主。

「でもあたし、大きな時間魔法なんて使ったことないんです、あたしがやらなきゃいけない、ヒトミを助けてあげたいのに、出来るかどうか、不安で」

 

「やり方が分ってるんなら、後は魔法力の問題だと思うよ、君の魔法力が足りないのなら、他の魔法使いと協力し合うとか」

「そうなんですか」

「うん、それと、時間魔法を成功させるためには、出来るだけ純度の高い星砂を使う方がいいよ」

「分りました」

 

「そういうわけだから、未来に帰る気持ちの準備をしておいてほしいんだ」

「帰るって、いつ」

「できれば、早い方がいいて」

「そんな急に、みんなとお別れだなんて」

「気持ちは分かるよ、でも早くしないと、ヒトミがどうなるか」

 

「戻ったら、もう、色を見られることもないのかな」

「ねえ、ヒトミ、私の話聞いてた、このままだと、ヒトミが危ないの、時のあわいから戻れなくなって、消えちゃうかもしれないんだよ、あたしは絶対そんなの嫌だから、絶対に」

 

ヒトミのモノローグ:やっと友達もできて、ユイトさんの絵に、色も見えて、それに…

 

コハクが浜辺で呪文を唱えると、星砂の原料が光り出す。父がいくつか持ってくると「ありがとう」と言って受け取るが「これじゃ、全然足りない」と一人呟く。

 

翌日の部室、大風接近で雨脚が強くなり「早めに帰った方が良さそうだな」とショウがみんなに語りかける。

 

「この傘見ると、思い出すんです、あの雨の日、これから、雨が降るたびに、思い出すんだろうな、私、忘れない、ユイトさんのこ…」ヒトミが消える。

「えっ、あぁ、」ユイトはただ驚く。

 

「ヒトミが消えた!?」「どういうこと、葵」ユイトは下校前の部員たちに、ヒトミが突然消えたことを伝えると、ショウとクルミが答える。「よく分らないんだけど、そうとしか言いようがなくて、いきなり…」ユイトは目の前で起こったことを、そのままみんなに伝える。

 

「ごめん、みんな、ヒトミにかけられた時間魔法が、ほころび始めてる、早くしないと、ヒトミが時のあわいに引き込まれて、二度と戻ってこれなくなるかもしれない」コハクの言葉を聞いた部員たちは、みんなでヒトミを探し始める。それぞれが学校やその周りを探し始めるが、しばらくすると一か所に集まり話し合う。

 

「あっ、昨日ヒトミが消えた時は、同じ場所に、また立ってたんだよな、もしかしたら、消えた時と、また同じ場所に…」ユイトがそう言うと、消えた場所にみんなが戻る。そこにヒトミが横たわっている。コハクとユイトは「ヒトミ!」と叫びながら近づき「大丈夫、眠っているだけみたい」コハクはヒトミの安全を確認する。

 

ヒトミの部屋で、コハクは心配そうに眠っているヒトミを眺めていると、おばあちゃんが入ってくる。「未来のコハクが、あなたに任せたってことは、必ず何か確信があるはずよ、大魔法使いからのご指名なんて、光栄じゃない」そう言ってコハクを勇気づける。

 

翌朝、ヒトミが目を覚ますとコハクが傍らで寝ている。昨日の事を覚えていないヒトミに、コハクは「大事な話があるの」と告げる。

 

台風が抜けて、部員たちは校舎の屋上へ出る踊り場で話をしている。

「ヒトミを未来に返す時が来たんだと思う、こんなことが続いたら、危な過ぎるでしょ、ヒトミにも話したけど、まだ、気持ちの整理がつかないみたい」

「でも、返すってどうやって」

 

「時間魔法、できるかどうかは、やってみないと分らない…、私だって、出来るかどうか不安でたまらないの、でも、ヒトミが時のあわいに消えちゃうのは、絶対にイヤ、私がやるしかない」

「俺たちに出来ることは、ヒトミのためだろ、手伝うよ」

 

「みんなにお願いがあるの、ヒトミを元のところへ戻すためには、60年分の月の光を浴びた、星砂が必要なの、集めるのを手伝ってくれる」星砂の力を最大限に生かせるのは新月の夜であるとコハクが言うと「それって、いつ?」とショウが尋ねる。「明後日、後夜祭の夜」とコハクが答える。

 

重苦しい雰囲気の部員たち。

歯車がかみ合わない。

 

日が暮れて、ヒトミがリビングにやってくると、お母さんは夕食をあまり食べなかったヒトミのために、おにぎりを用意している。

 

「文化祭では、コハクと一緒に魔法を使うんでしょ、魔法は人を幸せにするものなの、使う人が元気じゃなきゃ、しあわせになんかできないじゃない」

 

「食べ終わったら、車で送っていくよ、コハクのとこ、みんな来てるなら、会いたいよね」お父さんがヒトミに話しかける。

 

浜辺でコハクたちは星砂を集めている。以前父親と来た時と違い、台風の影響で多くの星砂が光っている。遅れて、アサギが母親の車で送ってきてもらい、みんなと合流する。ギクシャクしたチグサと仲直りして、みんな一緒に星砂を集める。

 

「みんなも、ヒトミちゃんのことが大好きだから、無事に帰したいんですよね」アサギがそう言うと、みんながお互いにいい思い出になるように頑張ろうと誓い合う。

 

その様子を遠くからヒトミが見ている。「分らない、まだ、どうしたらいいのか、みんなが笑ってくれても、私、まだ、全然…、新月が、来なければいいのに」ヒトミはまだ心の整理ができないでいる。

 

コハクは集めた星砂を瓶に入れて古書店の店主に渡す。店主の話によると、星砂時計の制作は、明後日、文化祭二日目には間に合うらしい。

「よろしくお願いします」

「ぼくも成功を祈ってるよ」

 

 

第十一話 まとめ

 

第十一話では、ヒトミにかけられた時間魔法のほころびについて語られる。時間魔法は、自然に起こる修正力によって、旅人を元の時代に戻す力が働くという。

 

この世界での経験によって得られた内面的な成熟とは関係なく、外的要因、すなわち、時間的な制約によっても、ヒトミは元の時間への帰還を余儀なくされるらしい。ヒトミは自分の気持ちの整理がつかず、コハクも責任の重さを感じつつ、その重圧に押しつぶされそうである。

 

 

さて、一話戻るが第十話で触れることができなかった、小さなヒトミのお絵かき(ヒトミの世界)について述べたい。マジカルアートイリュージョンの予行演習として、部員みんなが体験した絵の中へのダイブは、とても幻想的で、それぞれの心に触れる貴重な経験であったが、そんな中、ヒトミにとっての事件が起こる。

 

ユイトの根源的な魂を象徴していると思われる“金色のサカナ”は、ユイトに大切なものを伝えようとしているのだが、同時に、ヒトミの世界にも、深く関わりを持とうとしている。絵の中で、ユイトとヒトミが森の中を歩いていると、どこからともなく金色のサカナが現れ、サカナは二人をある場所へと導くように進んで行く。

 

サカナは暗闇へと向かい、いつしかユイトは建物の広間らしきところへと導かれる。気がつくと、そこにはヒトミの石像があり、その横には大きくて重い扉がある。石像の役割は一体何なのだろうか。門番をしているように感じられるが、今まで訪問者はいたのだろうか。もしかするとユイトが初めての訪問者かもしれない。

 

重い扉を開けて中に入ると、そこには小さなヒトミが一人寂しく絵を描いている。絵の中で泣いているのは女王さまであって、お姫さまは努めて笑顔を保っている。ヒトミを映す鏡としてお姫さまを見た場合、悲しむ女王さまを慰めるために笑顔でいるとも考えられるが、一緒に悲しむこともできるだろう。二人は感情を共有、あるいは理解し合っているようには見えない。

 

ヒトミは女王さまとお姫様の間に、黒く太い川を描いている。ユイトはそれを“川”と理解したようだが、見方によっては二人を隔てる厚い壁のようにも見える。幾度となく繰り返して黒く塗りつぶす行為は、会いたいという気持ちの表れよりも、断絶したい思い、あるいは現実に存在する二人の距離を表しているのかもしれない。しかしさらに見方を変えると、目の前の障害を無かったものとして“消し去っている”行為ともいえるだろうか。

 

いずれにしても、ヒトミが繰り返す「会えないの」という言葉には、二人の距離が表れているのではないだろうか。ユイトが船や鳥、虹の橋の絵を描き「渡れるよ」と言ってもヒトミは渡らない。ユイトが「どうして」と聞いても、ヒトミは「だめ」「分んない」と答えるのみである。ヒトミは女王さま(母)に会いたい気持ちはあるのだろうが、どうしたらいいか分らない様子である。混乱しているか、あるいは会ってはいけないと思っているのだろうか。

 

さて、話は変わるが、フランツ・カフカの小説に「掟の門」という話がある。以下、短く紹介する。

 

ある目的を持って田舎からでてきた主人公は、恐ろしい門番に脅されて、どうしてもその門の中に入ることができないでいる。月日が流れ、体が衰え、最後には歩くこともままならなくなるのだが、それでも、入門の許可を待っている。ふと疑問を感じて彼は門番にこう尋ねる「私以外尋ねてくるものがいないがなぜか」すると門番は「この門はお前しか入ることはできない、他の誰も入ることができないのだ」と告げる。

 

手のひらサイズの文庫本で、ほんの4ページ程度の極めて短い物語ではあるが、そのインパクトはとてつもなく大きい。主人公にとって、門の中の世界は自分のためだけに用意されているのに、門番の妨害によって、その中に入ることができない。門番は、恐ろしいことを言うことはあっても、決して主人公に危害を加えてはいない。中から「入ってよろしい」という、あり得ない返事を一生待っている主人公の姿は、誰もが自分の人生を重ねることになるだろう。

 

 「掟の門」はカフカ短篇集冒頭に掲載

カフカ短篇集 (岩波文庫)

カフカ短篇集 (岩波文庫)

  • 作者:カフカ
  • 発売日: 1987/01/16
  • メディア: 文庫
 

 

 

ヒトミがお絵かきをしている部屋は、ヒトミ自身の心の奥の誰も入れない空間である。大事に、密やかに、誰の目にも触れないように、ヒトミ自身がしっかりと守ってきた。石像のヒトミは訪問者を監視しているのと同時に、部屋の外に出ることも許そうとしなかったのではないだろうか。

 

掟の門も、ヒトミの部屋の扉も、両方ともに本人だけの世界であって、他の誰も入ることができない。と同時に本人は出入りが自由なはずだ。しかし、掟の門の主人公は他人の意見に従って(結果的に自分の意思で)門をくぐることをやめ、ヒトミは自分の決断(思い込み)によってその扉を閉ざしている。

 

だとすれば、ユイトがヒトミの世界に入り、一緒に絵を描いて過ごしたことをどう考えれば良いのだろうか。

 

魔法は人を幸せにするためにあること、色のある幸せな世界が存在すること、そしてその二つとも、手に入れることができるのだという真実に気がつくことが、この旅(自分を見つめる旅)の目的だったのではないか。ヒトミがしばしば呟く“私が来た意味”とは、魔法と色(幸せ)を取り戻すことだったといえるだろう。

 

60年前の世界に戻って、部員たちと濃密に関わるようになり、ヒトミの心は少しずつ変化する。中でも、“色の見える絵”を描くユイトの存在は、ヒトミに“色のある懐かしい世界”を思い出させてくれた。しかし、同時に忘れてはならないのは、ユイトもヒトミと同じように苦しんでいたということだ。

 

グラバー園で、ヒトミがユイトの心の中へ入った時のことを覚えておいでだろう。黒い影のような存在が網を持って、サカナを捕まえようとしている場面だ。色を失い、無限渦の中に引きこまれそうなその姿は、ユイトの苦しみを表しているようにも見える。詳しく語られることはないが、ユイトの家には父親がいない。ユイトの絵が入賞したことを、心から喜んでくれた父親の喪失感が影響を与えているのかもしれない。

 

ヒトミについては、母親は家を出て、コハクおばあちゃんだけがヒトミの家族のように描かれている(実際には父がいて、二人別のところで住んでいるのだが)。ユイトとヒトミは二人とも、家族について(モデルとなるべき同性の親)、何らかの問題を抱えている存在として表現されている。そういったお互いの心の痛みが時代を越えて、二人を引き寄せるのであろう。

 

お絵かきの場面はとても暗くて寂しいが、しかし最後には“救い”の姿が見て取れる。ヒトミはスケッチブックから紙を一枚切り取り、ユイトに渡す。「描いていいの?」とユイトが問うと、ヒトミはうなずく。それ以上言葉を交わすことなく、ただ一緒に絵を描いているだけで、ヒトミの心は癒されていったのでないだろうか。

 

何も言わなくても一緒にいてくれる人。ヒトミにとってユイトは、同じような苦しみを抱えていながらも、一緒の時間を共有してくれる人であった。だからこそ、ユイトの心と触れ合うことができたともいえるだろう。現実に戻り、気がつくとヒトミは自覚が無いのにスーッと涙を流している。ユイトという訪問者と触れ合うことで初めて、小さな自分がとても寂しい思いをしていたことにヒトミは気づくことができたのである。

 

 


Irozuku Sekai no Ashita Kara Capitulo 11 Sub Español Nuevo Anime