7、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

           「色づく世界の明日から」

 

第七話 ヴィーナスの重荷

 

一、夏休み

 

「あの時に見えた色は、またすぐに失ってしまった」

 

色が見えたキッカケが気になるコハクは、そのことをヒトミに尋ねる。しかし、ヒトミには思いあたることが浮かばない。するとコハクはヒトミを占うといい出す。

 

「今を楽しく受け入れましょう、そうすれば、色づく世界があなたを待っています」明日から夏休みだから、この占いはきっと当たるとコハクは太鼓判を押す。ヒトミは笑顔を取り戻す。

 

部室でクルミが嘆いている。模試の成績が悪かったようで、チグサにからかわれている。すると、ユイトとショウが部室にやってくる。ユイトとヒトミは挨拶を交わす。

 

ショウが夏休みの部活について説明する。それによると、夏は合宿が恒例で、次期部長が取り仕切ることになっている。これを機会に、アサギがその役目を引き受けてほしいことを告げる。

 

自信の無いアサギに「手伝えることがあれば言って、あたしも協力するから」とヒトミが言うと、コハクが「じゃ、副部長はヒトミってことで」と言って、役職が決まってしまう。

 

ヒトミはコハクのお父さんからヒトミ仕様のタブレットを借り受け、部員たちとメッセージの交換を始める。送られてきた写真の風景を見て「これ、青空、それとも夕焼け?」とコハクに尋ねる。

 

コハクは「夕焼け、きれいなアカネ色」と答えると、ヒトミは「おかしいよね、少し前までは、色が無いのが普通で、空が何色かなんてこと、気にしたことも無かったのに、今は、どんな風に見えてるのか、知りたい」と返す。

 

「みんなに聞いてみたら」

「今さら、何て言えばいいのかな、色が見えないこと、ずっと隠してたのに、もっと早く話しておけばよかった」

「うつむいてるだけじゃ、何も変わらないよ、大事なのは、これからだから」

 

クルミが公園で勉強していると、チグサが注文のアイスコーヒーを届けに来る。軽く言葉を交わした後、チグサはその場を離れる。すると入れ替わりで、父に代わってクルミのお姉さんがクルミを迎えに来る。チグサはその様子をちらと眺める。

 

車に乗る二人、帰り道で会話が弾む。パティシエになった姉は「好きなことやって、喜んでくれる人がいて、それだけで頑張れるもん」とクルミに語りかける。そんな姉の横顔を写真に収めると姉から、「なんで撮るの」と問われて、「いい顔してると思って」と答える。

 

クルミも好きなことやりなよ、お父さんが反対しても、私が味方するから」

「うん」

 

 

二、ワンデイ合宿

 

キャンプ場で受付を済ませて、サイトへ向かう部員たち。その中で、なぜかクルミは元気がない。

 

アサギとヒトミが合宿の開会を宣言すると、みんなでテントを設営し、料理を作り始める。炊事場でクルミとチグサが会話を交わす。

 

「そういや先輩、お姉さんなんていたのね」

「言ってなかったっけ」

「聞いてない、聞いてない、何してる人?」

「パティシエ、ムルチコロール注1)(multicolore)ってお店で働いてる」

 

「えっ、まじっ、そこ知ってる、うちのクラスにもファンの子いるし、ほら、今これが一番ウケてんでしょ」

「あ~、それ、お姉ちゃんが考えたやつだ」

「お~、すげェ」

 

「ほんとすごいよ、昔から何でもできて、今の時期には、もう将来の考えだって…、夢ちゃんと叶えて、憧れちゃう」

「へ~、自慢のお姉さんなんだ、いいよね、大人のお姉さん、モデル頼めない?」

「だめ、お姉ちゃん忙しいから」

 

「ちぇ~、しょうがないから、クルミっちでガマンしとこっかな、良く見たら似てるような、似てないような」

「似てないよ、全然、お姉ちゃんと違って、あたしは何も無いから」

 

 

三、バーベキュー

 

帰りの撮影予定が、夜の女神大橋から豪華客船を撮る予定であることをみんなで確認する。チグサが船をバックに女性を撮りたいと言うが、みんな拒否する。クルミにも再度お願いするが、きつく断られ、気まずい雰囲気になる。はっとしたクルミは気分を変えようと、いい焼き具合のお肉に手を伸ばす。

 

食事が終わり、クルミが一人、海に面した階段に腰を下ろしていると、ヒトミが近づき「元気ないように見えたので」とクルミに尋ねる。「まあね…、ごめんね、さっき、空気悪くしちゃったよね」と答える。

 

すると、クルミはショウとユイトの進路について話し始める。クルミは二人が最近すごく頑張っていることを感じていて「二人とも、なんかお姉ちゃんと同じ顔してる」とヒトミに告げる。

 

「お姉ちゃんですか?」

「うん、あたしの憧れ」

 

小高い見晴らし台の上では、ユイトが絵を描いている。と、そこへショウが現れる。二人は進路について語り合い、ショウが「いい作品作った方が勝ちだ」と告げる。

 

テントに戻ったクルミとヒトミは、お姉さんの話をしている。パワフルであることを、ヒトミが「コハクみたい」と言うと、クルミも「ちょっと似てるかも」と言ってお互いに笑う。

 

「好きだから、夢だからって、それだけで、どんどん前へ進んで行けるんだよね、そういうの羨ましい、いいよね、本気になれるって、私にはそこまで好きになれるものってないから」

 

写真はどうなのかとヒトミが尋ねると、クルミは「私のは、趣味で続ける程度の好きだよ」と答える。続けて「やりたいことないんだ、あたし、だから勉強も身が入らないのかもね、あ~、でもこの話、みんなには内緒ね、チグサとか、めっちゃくちゃいじってきそうだし」

 

「めっちゃ聞こえてるし」すぐ下の斜面でチグサが聞いている。

 

砂浜ではコハクが貝殻を探し、テント横ではショウがアサギに部長の仕事をレクチャーしている。チグサも斜面でスマホを一人いじっている。それぞれが、思い思いの時間を過ごす。

 

砂浜にいるコハクに近付き、ヒトミが語りかけるとコハクは“思い出を閉じ込める魔法”を仕込んだ小さな瓶をヒトミに渡す。「いつか、またみんなでこの星砂を使って、今日ことを鮮明に思い出せるように…、時間魔法の初歩中の初歩なんでって、ヒトミにもあげる、さ~て、みんなの分作るろっかな~」と言うと、その場から離れて貝殻を探し始める。

 

星砂を見つめながらヒトミは一人呟く「魔法、私も、いろんな魔法が使えたら、もっとクルミ先輩の力になれたのかな」そこへユイトが現れる。「何してるの、月白」

 

「あのさ、これ、やっと見せられるもの、出来たかなって」

「あぁ、うれしい」ヒトミの目に色鮮やかな色彩が飛び込んでくる。

「色が、たくさんの色が」

「月白のおかげだ」

「え」

 

「魔法効いた、ありがとう」

「そんな、また見せてください」

「うん、じゃぁ、先に戻るわ」

「あっ、あの、その絵、私に色を教えようとして下さったんですね、ありがとうございます」ヒトミが見上げると、見晴らし台にクルミがいる。

 

クルミ先輩、こんなところに来てたんですね」ヒトミはクルミの横に寄り添い、言葉を掛ける。「どうしたの」と返すクルミ

 

「星占いやりませんか?」

「えっ」

「先輩、何座ですか?」

「天分座だけど」

 

「丁度、南の空に見えてますね」呪文に続けて「なるほど、今を楽しく受け入れて、そうすれば、色づく世界があなたを待ってます」

「適当でしょ」

「分りますよね」クルミはヒトミぎゅっと抱きしめる。

 

「もう、後輩たちに気使わせちゃって、ホントだめだなぁ、あたし」

「せっ、先輩」

「うん、元気出た」二人は顔を見合わせて笑う。

 

 

四、女神大橋

 

最後の撮影場所、女神大橋へと向かうメンバーたち。チグサがスマホに残っているクルミの写真を編集して、本人に見せる。「何もなくてもいいんじゃない、こんだけいい顔できるんだから」「はぁっ」

 

遠くに汽笛が聞こえて、チグサは慌てて橋の上を目指す。予定よりも出港が早まったらしい。このままでは間に合わないので、チグサは荷物をその場に置き、橋の真ん中を目指して走り出す。コハク、ヒトミ、そしてクルミも走り出す。

 

「好きな度合いなんてみんな違うし、他にもっと好きなものできるかもしれないし、そんなの、今すぐ決めつけなくてもいいじゃん、焦んなくても、大丈夫っすよ、先輩なら、な~んてね、別にクルミっちの将来なんか、どうでもいいんですけど」

「盗み聞きなんて最低、でも、あたしも撮るよ、チグサよりいい写真撮る、今は写真が一番だから」

 

船のスピードは速く、あっという間に橋の下を通過してしまう。あきらめて座り込んでしまうチグサにクルミは「あんたの撮影会でしょ、さっきの決意、どうすんのよ」と声を荒げる。すると、チグサはクルミのキレかけた表情をスマホで撮影する。

 

「キレ顔もらいました、へへ、これでいいや」一同、あきれながらもグダグダな様子にホッとする。「つうか、俺の作品どうすんすか」チグサの問いに「別に他のもの考えたらいいでしょ」とクルミが返す。

 

すると「ここから見える景色も、充分きれいですよ」とアサギが提案する。一同、改めて橋の上からの景色を眺める。「いいじゃん、これ」そう言ってクルミは夜景を撮り始める。

 

みんなが見ている色のある景色と違い、色の無い景色を眺めているヒトミは、意を決してみんなに話しかける。

 

「あの、その夜景、今、みなさんにはどんな風に見えてるんですか、私、私、みなさんに話したいことがあるんです」

 

 

第七話 まとめ

 

第七話ではクルミの苦悩が描かれている。クルミは国立大学を目指して勉強している。しかし、忙しい日常を過ごしている姉との会話の中で「クルミも、好きなことやりなよ、お父さんが反対しても、私が味方するから」と言われ、勇気をもらったかに見えたが…。

 

話が進むにつれて、姉はクルミにとってあこがれの存在であることが明らかとなる。姉は自分と同じ年齢の頃には、はっきりとした目標を持っていて、国立に合格したにも関わらず、その後にやりたいことがあるからと、バイトでお金を稼いで海外留学も経験している。現在は有名パティスリーで人気の商品の開発も手掛けている。

 

それに引き換えこの私は…。クルミはそういった感情、つまりは、私には何も誇れるものも、自慢できるものがないと感じているのだろう。

 

よく「自分のやりたいようにすればいいんだよ」とか「好きなことをしていいんだよ」といって人を慰めたり、励ましたりする人がいるが、実はこのような励ましは本人にとって耐え難く、とても不愉快なメッセージである。

 

そもそも、やりたいことがあればとっくにやっているし、好きなことが分っていれば、言われなくてもやっているのである。行動を抑制している人がいれば、それは、行動できない根本的な理由があって、遠慮してやらないというわけではない。好きなこと、やりたいことを見つけられずにいる者にとって「好きなことやりなよ」という一言は、かなりむごい言葉でもある。

 

だからこそ、このバカっぽいけどある意味真実を言い当てているチグサの言葉が心に刺さるのではないだろうか。

 

「好きな度合いなんてみんな違うし、他にもっと好きなものできるかもしれないし、そんなの、今すぐ決めつけなくてもいいじゃん、焦んなくても、大丈夫っすよ、先輩なら、な~んてね、別にクルミっちの将来なんか、どうでもいいんですけど」

 

さて、クルミがしていたことは何だったのだろうか。例えば、一本の横線を描いたとしよう。その線の上にお姉さんのポジション、線の下にクルミのポジションを描いたとする。視覚的に姉は上でクルミは下である。しかし、このような比較が何の意味を持っているのだろうか。

 

姉の上にきっと誰かが位置づけられるし、クルミの下に誰かが位置づけられるだろう。それぞれがそのポジションを大事にすればいいのであって、姉と同じ位置、あるいはその場所を越えて上に行く必要があるのだろうか。

 

人と比較すると自分の位置が気になるものだ。自分を高めることは自分の色や大きさを豊かにすることであって、姉や他の誰かを押しのけて、上に位置づけることではない。オンリーワンとは言い古されている言葉かもしれないが、この言葉は多くの人々を勇気づける。

 

ここで、夫婦カウンセリングで用いられるピンポン効果(ping pong effect)を紹介しよう。例えば、夫婦の間でいさかいが起こり、相手からひどい言葉が投げかけられたとする。その時のポジションは、相手からおとしめられて線の下にいる状態である。では傷ついた自分は相手にどんな言葉を返すだろう。

 

先ほどの線の上にいるのが相手である。自分の価値を高めるために、相対的に相手より高い位置に登ろうとして、今度は自分が相手をおとしめるような言葉を放ってしまう。そうすることで相手より高い位置に上ったような気がするかもしれないが、そうではないことはお分かりいただけると思う。

 

このように、ピンポン効果はいい意味で用いられるわけではなく、エスカレートすることをよりわかりやすく説明しているに過ぎない。このプラットフォームに乗ってしまうと大ゲンカになるというわけだ。大切なことは、相手をおとしめて自分の位置を上げようとするのはなく、自分の位置が下がっていると感じたら、“元の場所”に戻る努力をすればいいのである。

 

例えば「うるさいなぁ」と攻撃的に話すのではなく「あのね、~したいからもう少し静かにしてもらえるとありがたいなぁ」などと丁寧に伝えれば、ほとんどの人は冷静に聞いてくれるだろう。特に“一緒にいることを選んだ二人”であれば、話し合うことでより理解が深まるのではないだろうか。

 

ちなみに、このあたりの話というのは、アドラー心理学の“優越コンプレックス・劣等コンプレックス”という考え方によるもので、ご興味のある方は是非成書で学んでいただきたい。

 

 


Irozuku Sekai no Ashita Kara Capitulo 7 Sub Español Nuevo Anime

 

 

 

注1)ムルチコロール(multicolore):英語ではマルチカラー。「多彩、多様な」という意味。織物や衣服のコーディネートなどで3色以上が同時に使われる多色配色を言う。 ルイ・ヴィトンのアクセサリーデザインで、モノグラムに様々な配色をしたマルチカラーデザインのグッズが人気となった。(ファッション・プレスより引用)