29、心理学で読み解くアニメの世界
ユング心理学で読むアニメの世界
<プロローグ>
甲板で思い思いの運動に励む観測隊員たち。その近くで、シラセ達も帰りの長縄跳び大会に向けて練習している。するとギンが花を持って通り過ぎるのを四人は見かける。見送る四人のところへ一人の隊員がやってきて、シラセに向かって「あの、好きなんです!」と告げる。
一、財前敏夫のメンタリティー
話をよく聞くと、隊員・財前敏夫(ざいぜんとしお・以下トシオ)は隊長・ギンのことが好きで、シラセ達四人の中に、ギンと古くからの知り合いがいると聞いて、何か情報を聞き出したいらしい。
シラセは「でも、お母さんの知り合いってだけで、そんな話もしてないし…」と呟く。
その様子を見ていたヒナタは「これだ!これだよ!隊員の恋の行方を私たちのリポートに入れたら盛り上がるよ」
ユヅキ:「なるほど、それはいいかもですね、あまり今までにない切り口ですし」
シラセ:「下品じゃない?」
ヒナタ:「いいんだよ、最近再生数減ったって言われたばっかなんだから」
キマリ:「みんな見てくれるかな」
ユヅキ:「見ます見ます、みんなそういうの、なんだかんだって大好きですから」
トシオ:「つまり俺と隊長の恋が、ネットを通して全世界に配信!」
ヒナタ:「いえ、財前さんは部屋に戻ってください、私たちがやっておくんで」
二、シラセとギン
四人は場所を移す。キマリ達はギンのことについてシラセに尋ねるが、語られる思い出はちょっとトンチンカンなものだった。
ヒナタ:「で、恋愛の方は?」
シラセ:「分るわけないでしょ、わたしそのころ幼稚園児よ」
ヒナタ:「じゃ~、直接聞くしかないか」
シラセ:「直接?」
ユヅキ:「インタビュー装って、それとなくそっちの方に話振って聞くんです」
キマリ:「なんか芸能人の記者会見みたいだね」
シラセ:「待って、それ誰が聞きに行くの?」
出港前の夜、甲板でギンとシラセが話している様子を見たヒナタ達三人は、仲が良さそうだと感じた。だからシラセにインタビューさせようとするが、シラセは「あれは偶然だったから」と言ってお茶を濁す。
一方カナエは、ギンへのインタビューについてギンと話している。
カナエ:「前、甲板で二人で話してたでしょう」
ギン:「見てたの?」
カナエ:「仲良さそうに見えたけど」
ギンも話下手で、シラセとうまく話すことができないでいる。
カナエ:「話しておかなくていいの? タカコのこと、彼女、お母さんが待ってるって言ってるのよ」
するとそこへヒナタ、キマリ、ユヅキの三人がやってくる。
カナエ:「お待たせ、入っていいわよ」
ギン:「えっ?」
シラセが不参加だが、私生活も含めたギンへのインタビューが始まる。
三、雲みたいな人
≪思い出の中で≫
タカコ:「大きな雲だね」
シラセ:「うん」
ギン:「曇ってすごいよね、つかめないのに、上見るといつもそこにある」
****************
「つまりどういうこと?」トシオはイメージできないらしいが、シラセ、ユミコ、ヒナタは「何となく分るけどね」
ギンが操舵室にやってくると、艦長から「インタビューはどうでしたか?」と聞かれる。「隊長と小淵沢さんの娘さんは、仲がいいんですか?」という問いに、ギンは「たぶん、許してないんだと思います、あたしのこと」と答える。
すると「それは問題ですね、隊長として、きちんと隊員と話して確かめないと」と艦長は応じる。
船内放送:本日、0800より1200まで、艦上体育許可
それぞれが、思い思いに体を動かしていると、シラセ、ギンが流氷の上にペンギンを見つけ、甲板の手すりに近寄る。二人はお互いが隣同士にいることに気づき、ふと顔を見合わせる。
ギンはシラセに自分のことをどう思うかを尋ねる。するとシラセは憎んでいないことを伝える。南極は危険なところだということを母から何度となく聞かされていたことなどを話す。
「でも、あたしが隊長だった」という言葉に「落ち度があったんですか」と切り返される。
「ああするしかなかった」
「じゃ、それでいいじゃないですか」
「分った、一つだけ聞かせて、それは本心?本当にそう思ってるのね?」
「…分りません、だから話すのが嫌だったんです、どう思っているかなんて、全然わからない、ただ、ただお母さんは帰ってこない、わたしの毎日は変わらないのに…、帰ってくるのを待っていた毎日と、ずっと一緒で、何も変わらない、毎日毎日思うんです、まるで帰ってくるのを待っているみたいだって…、変えるには行くしかないんです、お母さんがいる、宇宙より遠い場所に」
船は定着氷にぶつかり、一旦停止する。
四、ざまあ見ろ
大陸周辺の定着氷に乗り上げた船は、前進、後退を繰り返しゆっくり進む。第二次世界大戦後、日本に割り当てられた南極の観測地に向けて、ペンギン饅頭号は突き進む。何度も何度も。
やがて船はタラップを降ろす。カナエに「降りるだけよ、半径5メートルまで」と言われて、四人は階段を下りていく。シラセに先を譲ろうとするが、シラセはみんなと手を繋ぎ、一斉にその地に飛び降りる。
「ざまあ見ろ、ざまあ見ろ、ざまあ見ろ、ざまあ見ろ、あんたたちがバカにして鼻で笑ってもわたしは信じた、絶対無理だって裏切られてもわたしはあきらめなかった、その結果がこれよ!どう、わたしは南極に着いた、ざまあ見ろ、ざまあ見ろ、ざまあ見ろ、ざまあ見ろ!」
四人:「ざまあ見ろ、ざまあ見ろ、ざまあ見ろ」
ギン:「せーの」
『ざまあ見ろ!』
STAGE 09 まとめ
一、ギンとシラセ
ここでは船内における洋上生活に焦点があてられるのだが、観測船ということで乗組員たちは単調な日常生活が強いられることになる。シラセ達はそんな船内でのレポートに変化を与えるべく、財前敏夫のエピソードから隊長であるギンにスポットをあてたレポート制作を思いつく。そのレポート制作が一つのキッカケとなって、シラセとギンの避けて通れない儀式のような対話が行われる。
シラセもギンも口下手である。うまく自分の気持ちを相手に伝えられないでいる。それはお互い理解し合うための一つ障害となっているが、しかしいずれかの時には、語らなければならないことでもあるだろう。
ギンへのインタビューを一つのキッカケとして、艦長は「それは問題ですね、隊長として、きちんと隊員と話して確かめないと」とギンに伝える。艦長の言葉はシラセとギンの関係を見透かしていると同時に、隊員の士気に関わる合理的アドバイスでもある。この一言が、ギンに言葉を尽くすことの重要さを認識させるのである。
ギンはシラセに“自分を恨んでいるか”と問いかける。それに対してシラセは“恨んではいない”と答える。しかしそんなことを言われても、シラセは自分の気持ちが良く分らない。それを確認するために南極へ向かっているのだから。
シラセもギンも、感情をうまく言葉で伝えることに難しさを感じているという点で、二人はいわゆる“コントローラー”といえるのではないだろうか。双方ともに感情表現が苦手なのだ。しかし統率し、目的達成のための突破力は他を寄せつけない、似た者同士といえるだろう。
そう考えてみると、シラセ、ヒナタ、キマリの関係がギン、カナエ、貴子の関係と似ていることに気がつく。
二、プロモーター
ギンの“コントローラー”という特徴をしっかりと受け止めていたのが、シラセの母貴子でありカナエである。特にカナエは副隊長をつとめていて、事実上のナンバーツーである。カナエは全体を見回し、それぞれの隊員に気を配るなど、まさに“ファシリテーター”の役割を果たしている。つまりシラセとヒナタはギンとカナエの関係と重なり合っているのだ。
これと同じように、キマリは貴子と重なるのではないだろう。貴子はギンを誘い南極への道を開いた。また天文台を建設するなどの様々なアイデアを提供している。いわゆる興行・企画(イベント)を立ち上げる、イベントクリエーターのようなことを手掛けているといえるだろう。すなわち“プロモーター”なのである。
「足跡付けるの好きなんだよね~」と言って喜ぶ貴子の姿は、まさに子供のようであり、楽しいことに一心不乱に取り組んでいくことは、プロモーターの特徴でもある。こういった様子は、とにかく楽しいことに集中するキマリの性質と重なる。楽しそうなことがあると「じゃぁ、やろうよ!」というキマリの声が聞こえてきそうだ。なんとなく引っ込み思案だったキマリは、この旅で一気にプロモーターとしての特徴を開花させているように見えるのだが、いかがだろう。
三、財前敏夫
さて、今回は冒頭から、一見すると不思議な登場人物、財前敏夫のエピソードで笑わされる。かなりピントがずれているという印象があるから、笑いに持っていくことができるのだが、トシオは本当にピントがずれているのだろうか。
ソーシャルスタイルで言うと、トシオはどのようなタイプになるだろう。恐らくほとんどの方は“アナライザー”と答えるのではないだろうか。それも“究極のアナライザー”である。他者が感じる、あるいは発するセンシティブな感情表現を、トシオは理解することが難しい。
“雲みたいな人”というイメージに対して「上層雲か、中層雲か、下層雲かで違うし…」などと、トンチンカンなことを言っているように感じられるが、当の本人は、極めて真面目に考えているのも事実であろう。
実は、このトシオの系譜がユヅキにつながっていると筆者は思うのだが、みなさんはどのように感じられるだろう。トシオもユヅキも、まず頭で理解したいタイプなのである。
四、変えるには行くしかないんです!
最後に、シラセのセリフを少し検討しておきたい。
「…分りません、だから話すのが嫌だったんです、どう思っているかなんて、全然わからない、ただ、ただお母さんは帰ってこない、わたしの毎日は変わらないのに…、帰ってくるのを待っていた毎日と、ずっと一緒で、何も変わらない、毎日毎日思うんです、まるで帰ってくるのを待っているみたいだって…、変えるには行くしかないんです、お母さんがいる、宇宙より遠い場所に」
セリフをそっくり引用したが、ここではっきりしているのは“変えるには行くしかない”ということだ。シラセは“他に方法がない”と断言している。他の三人とは、目的がはっきり違っていることが分るだろう。ユヅキの仕事と似ているかもしれないが、シラセにとっては“人生をかけてでも、行かなければならない”のである。
しかしこの後、シラセは不安になる。“行って何をするのか”が分らない。何をどう受けとめればいいのか、どのように悲しめばいいのか、その後で自分の気持ちがどのように変化するのか、しないのか。“その場所”が近づけば近づくほど不安な気持ちになる。“行かなければならない”というプレッシャーがあるために、逆に何も変わらなければ“途方に暮れるしかない”のである。
シラセの正念場が近づいている。