50、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「妄想代理人

 

 

第十話 マロミまどろみ

 

 **************

自分の才能に自信を無くした主人公の野球少年が川辺に佇む。少年がバットを川に投げようとすると、マロミが声をかける。驚く少年の手からバットが転げ落ち、そのまま川に落ちてしまう。マロミが“ごめんね”というと、少年は“もう僕には意味のないものだしね”と答える。

 

「ぼくには才能がないんだ」

「そんなことないよ、きっと君は疲れてるんだよ」

 

「休みなよ、休みなよ、休みなよ…」

『マロミまどろみのアニメ映像』

 **************

 

 

一、撮影現場

 

「はい、ここまで」

 

アニメ制作の現場で、声優によるパイロット版の制作が進められている。この物語の主人公、制作進行の猿田直行(サルタナオユキ)と音響監督・高峰明弘(タカミネアキヒロ)、プロデューサー・平沼芳雄(ヒラヌマヨシオ)が紹介される。打ち合わせになると、いつも猿田は眠気に襲われる。

 

気がつくと猿田は、大型低気圧接近中の首都高を運転中である。携帯が鳴り、放送まで30分を切っているとの連絡に「大丈夫です、任せてください」と太鼓判を押す。猿田は、マロミまどろみの第一回本放送用のビデオテープをテレビ局へ輸送途中である。

 

「世界が俺に期待している、俺が運命を握ってるんだ」

だがやがて猿田はまどろんでしまう。

 

 

二、7:05

 

気がつくと、猿田はアニメ制作会社の中にいる。電話に出た平沼プロデューサーによるとライターが入院したらしい。スタッフはいつものことのように慌ててはいないが、撮影監督の龍田慎一郎(タツタシンイチロウ)が「逃げたんじゃない」と言うと、一同固まる。

 

制作デスク・織田伸長(オダノブナガ)は「スケジュールが合えば、確実にやってくれる人もいますから…」と言うと、猿田は「全部断られたって言ってたじゃないですか」と言って、織田のメンツを潰す。

 

そこへ「M&Fの鳩村です」と言って、月子の会社の上司・鳩村真祐(ハトムラマサヒロ)がマロミの新商品を持ってやって来る。新商品は「マロミ抱き枕」である。猿田は抱き枕を抱えてまどろんでしまう。

 

 

三、7:10

 

気がつくと、猿田は運転中である。後ろを走るトラックにクラクションを鳴らされ、機嫌が悪い。

 

「俺に何かあったらどうするんだ、俺は業界の明日を握ってるんだぜ!」

 

しかし眠気に襲われ、必死に自分の頬を自分で叩いてみる。思いっきり叩くと会社で転んだ時の記憶が戻てくる。

 

 

四、電源喪失

 

「いった~」

猿田はコンピューター電源に足を引っかけ転んでしまう。

「さ~るた、謝罪ひとつも無いのかよ!」

 

演出の鰐淵良宏(ワニブチヨシヒロ)はパソコンの電源が失われて激怒している。お互いにやり合っている所に、デスクの織田が買い物から帰ってくる。

 

「またお前は…」織田は猿田を罵るが、猿田も負けてはいない。お互いにまたやり合っていると携帯が鳴る。

 

「えっと、平沼さんが事故った」

一同は驚いて振り向く。

 

しかし猿田は一人、物置部屋でうっぷんを晴らすべく、柄の長いほうきを振り回している。手元が狂いブレーカを直撃すると、あたりは真っ暗になる。

 

「さるた~!」

 

 

五、少年バット

 

気がつくと、猿田は運転中である。一瞬操作を誤り、車体を側壁にぶつけるが難を逃れる。おもむろにラジオをつけると少年バットの話題が流れてくる。

 

「少年バットなんぞにやられる蛆虫どもめが、俺様は不死身だ!」そう言うと、彼はチャンネルを変える。ふとルームミラーを覗くと、そこに少年バットが追いかけて来るのが見える。

 

迫ってくる少年バットに襲われた気がして彼は身構えるが、程なくそれが気のせいだったことが分りホッとする。

 

 

六、7:15

 

「もう始まってますよ、代わりの番組が…」

「僕のせいじゃない」

「あったりまえでしょ、放送に穴を開けるなんて大事故、あなたごときに責任が取れるわけないでしょ!」

 

「僕のせいじゃない、僕のせいじゃない!」

猿田は自分のアイデンティティが失われていく恐怖を感じ、我に返る。

 

気がつくと、猿田は運転中である。

「俺様がドジなんて踏むもんか」

 

 

七、7:16

 

「少年バットにやられたんですって」

 

色彩設計・鹿山里子(シカヤマサトコ)が織田に尋ねると「少年バットも、どうせなら使えないやつをやってくれれば良かったんですけどね」と答える。

 

「あっと、そうそう、鰐淵さんが持ってたカットってどうしたの」

「全部作監の蟹江さんに渡しましたけど」

 

鹿山の話によると、作監からのカットが届いていないらしいが、織田は思い当たることがあり猿田を問いただす。織田はスケジュール通りに進めるよう猿田に厳しく言い渡し、カットを取りに蟹江の自宅へと向かうよう指示する。

 

呼び論を鳴らしドアを開けると、猿田は蟹江の部屋に入る。彼は部屋に散乱するカットを集めるが、作画監督の蟹江瞳(カニエヒトミ)が死んでいることに気づいてはいない。「じゃ、失礼します」そう言うと、猿田は蟹江宅を後にする。

 

気がつくと、猿田は運転中である。

 

「織田のヤロウ、普通は寝てると思うだろ、俺は人の生き死にが分らねえほど馬鹿じゃねえ、今に見てろよ」

 

風音を感じ助手席を見てみると窓が開いている。座席シートに置いてあるビデオのケースに雨があたって濡れているのに気づいた猿田は、慌ててそれを持ち上げ濡れた水分を拭きとる。

 

ふとルームミラーを覗き込むと、そこに少年バットが追いかけて来る様子が映っている。

 

 

八、7:20

 

「あっ、熊倉さん、どうですか」

 

美術監督・熊倉武則(クマクラタケノリ)は、制作した原画を猿田に渡すが、彼はその原画を折ってしまう。

 

その様子を見た織田が、猿田の頭を抑え込み「なあ、猿田、もうやめろとは言わねえ、死ね、死んでくれ、頼む」と吐き捨てる。

 

猿田が運転する車の後を少年バットが追いかける。猿田はアクセルを踏むが、なぜかラジオがなり始める。一瞬ルームミラーに目を移すが、そこに少年バットの姿は見えない。ホッとするのもつかの間、少年バットは運転席のガラスをノックする。

 

 

九、7:25

 

「は~、そんなスケジュール聞いてないよ」

「あっ、でも今日挙がらないと納品が間に合わないんです」

「無理に決まってるでしょ!」

 

「織田君!」

「なんですか」

「今、今日がアップ日だって聞いたんだけど」

 

織田の鉄拳が飛ぶ。

 

運転中の猿田は少年バットから逃れようとしている。

 

 

十、7:28

 

朝、鹿山里子が倒れている。

 

織田は猿田に「クビだ」と告げる。

 

猿田は運転中である。リアシーには少年バットが座っている。少年バットは猿田の肩を叩く。猿田の絶叫が聞こえ、彼の乗った車は放送局前で事故を起こす。

 

 

十一、放送局

 

襲われた龍田が持っているビデオを織田が拾い上げ「後はこのベーカムさえ届ければ…」と言って携帯をかけようとすると、織田は猿田に襲われる。折り返し放送局の担当者佐藤道子(サトウミチコ)からの呼びかけに、猿田は「最後に笑うのは俺様だ」と告げる。

 

猿田は放送局前で事故を起こす(少年バットに襲われる)。

 

「無事か」

「はい、大丈夫です」

 

ビデオが回収される。

 

 

 **************

「ぼくには才能がないんだ」

「そんなことないよ、きっと君は疲れてるんだよ」

 

「休みなよ、休みなよ、休みなよ…」

 **************

 

 

第十話 まとめ

 

一、猿田直行

 

第十話は、人気となったマロミのアニメ制作過程が描かれている。この回の主人公は猿田である。内容を見れば分ると思うが、彼は妙に自信家で、自分程の者はいないと考えている。しかし要領が悪く、連絡事務や実施すべきことを把握しておらず、いつも織田や他のスタッフから叱責を受けている。しかし一番の特徴は「謝ることができない」という点であろうか。

 

猿田の無神経さや失敗の数々には枚挙に暇がない。例えば、ライター確保のために必死に奔走している織田に向かって、猿田は「全部断られたって言ってたじゃないですか」と言って、みんなの前でバラしてしまう。彼のメンツを潰していることに気づいてもいないのである。

 

また、パソコンの電源を喪失した一件も相当強烈なものだ。織田に「謝れ」と言われても、絶対に自分の責任を認めようとはしない。さらには叱責に腹を立て、倉庫室でほうきを振り回し、全室の電源を喪失するなどの行為は子供じみていて、彼の幼稚さや未熟さがひときわ強調された出来事である。

 

その他にも、作画監督からのカットが欲しいと鹿山が織田に要請した時にも、そこに猿田が絡んでいることを知り、織田は彼を叱責する。その後すぐ作監の蟹江宅にカットを取りに行くのだが、その時もお互いに挨拶を交わすなどを怠ったがために、蟹江が死んでいることにも気がつくことができなかった。そのことについても織田から叱責を受けている。

 

熊倉が猿田に原画の配送を依頼する時にも、彼は無神経に作画を折りたたんでいるし、果てには色彩設計の鹿山に、作業アップの日程も伝えていなかったことが明るみに出て、織田からは「死ね」とまで言われている。

 

とにかく、驚くほどの無神経さやいい加減さに気づくこともなく、異様なまでの頑なさが彼の歪んだ思考回路を強固に構築しているように感じられる。分りやすく言えば「用事の足りないないわがままな子供」ということだろうか。

 

さて、少年バットが登場するシチュエーションがどのようなものであるのかは大体お分かりだと思う。プライドを傷つけられて、極限までイラついているような時ある。この回の中でそのポイントがどこかというと、それは「死んでくれ」と織田に叱責された時ではないだろうか。このポイントを過ぎると、猿田は暴走を始める。

 

それまではイヤイヤながらも織田の指示で仕事をしているが、完成ビデオを放送局へ届ける際、猿田は織田をバットで襲う。従って猿田が運転している場面は、織田を襲った後、ビデオを放送局へ運んでいる途中の様子を描いていることになる。

 

 

二、そして誰もいなくなった

 

猿田は少年バットの幻影を見たのだろう。だが他のスタッフがそうだったのかは実は良く分らない。個別に葛藤を抱えていたのかもしれないが、物語の中ではあまりそのようには感じられない。むしろ、猿田の葛藤がそれぞれの事件を引き寄せているとも考えられる。

 

猿田が織田を襲う場面では、猿田をシルエットで描き、一瞬あたかも少年バットに襲われたかのように演出がなされている。以前老人が鏡に映って二人が一つであるという場面があったのを覚えておいでだろうか。つまり猿田の中に、少年バットがすでに存在しているということを連想させるのである。

 

猿田と少年バットを同一視すると面白いことに気がつく。第九話の脚本家(ライター)鴨原(※注1)から、平沼、鰐淵、蟹江、熊倉、鹿山、龍田、織田というように、アニメ制作に関わるスタッフが入院、あるいは死亡している。

 

細かく見てみると、鴨原は制作会社社員ではないようなので入院で済んでいるのだろう。音響監督の高峰もこの会社の社員ではないようだ。だがそれ以降のメンバーは全員死んでいるように表現されている。猿田と濃密に関わっている会社のスタッフは、全員死んでいるのである。

 

ただ一人被害を受けていないのが高峰であるが、その理由は判然としない。単純に猿田と深く関わることもなく、少年バットを引き寄せるような葛藤などがなかったのかもしれない。いずれにしても、本編に出てくるホワイトボード上に書かれた順番通りにスタッフが倒れていくのである。

 

最後には猿田も事故によりケガをする、というより少年バットによって襲われたといった方がいいかもしれない。頭部から血を流し倒れてしまうのだ。制作会社スタッフが全員被害者となったのである。…このようなストーリー、どこかで見聞きしたことはないだろうか。

 

かなり有名な物語に、アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」という推理小説がある。似ていると思うのは筆者だけだろうか。

 

 

≪年齢職業に関係なく、8人の男女がある孤島に招待される。しかし、彼らは理由も分らず一人ずつ殺害されていく。最後に残った者も、精神に異常をきたし自殺を遂げ…、そして誰もいなくなった。≫

 

今敏は往年の名画を大変リスペクトしていた。その作品群は、洋の東西を問わず多岐に渡っていた。国内の名作を散りばめた「千年女優」は、以前このブログで取り上げている。また「東京ゴッドファーザーズ」は、アメリカ映画「三人の名付け親」をベースにしている。それぞれの作品を是非ご確認願いたい。

 

この第十話についても「そして誰もいなくなった」をベースにして創作しているように感じられる。双方とも、殺人という異常な行動の原因を、何とも意味不明で不条理な心の闇に求めていて気持ち悪い。他作品の優れたアイデアを借用することで、表現の幅が広がっている良い例ではないだろうか。

 

さて、オムニバスストーリーはここでいったん終わる。少年バット事件の本筋に戻り、もうしばらく事の顛末を見ていくことになる。

 

 

では、また次回。

 

 


www.youtube.com

 

 

(※注1):物語後半に鹿山が織田に作監上がりのカットがあればすぐに欲しいと依頼する場面がある。その背景のホワイトボードに「マロミまどろみ」の製作スタッフが列挙してあり、冒頭に「ライター鴨原」とある。一瞬なので見落としてしまいがちだが、鴨原は第九話に登場する美栄子の夫ということになろう。鴨原の夫は「マロミまどろみ」第一話のライターであり、腕、指が動かせないといって入院している人物である。彼も少年バットの犠牲者ということになる。