51、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「妄想代理人

 

 

第十一話 進入禁止

 

一、病院

 

「家には、そんなお金…」

「あなたの命の問題ですよ」

 

病院の待合室で「マロミまどろみ」について月子がインタビューを受ける映像がテレビに流れる。その傍らを猪狩美佐江(イカリミサエ)が通り過ぎ、家路に急ぐ。同じ待合室の窓の外では、エンジのマントをまとった馬庭がいる。彼もまたその場を急ぎ足で去る。

 

「なんか、また出たらしいよ、少年バット」

「違うよ、もう少年じゃないんだってば」

「なんでも屈強な岩男なんですって」

「体中ゴツゴツで、でこぼこしてて」

「顔なんか、こんなにただれてて」

「人間というより、化け物なんえすって、バケモノ」

 

 

二、猪狩美佐江(イカリミサエ)

 

「あなたのことは知っています、どうしてここにいるのかも」

美佐江は自宅に帰り、彼女は少年バットと向かい合う。

「あたしが、あなたを呼んだのですね」

 

美佐江は、もう生きていたくない、手術してまで生き長らえたくないと考えていたが、それは間違っていたのだと少年バットに告げる。確かに一瞬でもそう考えたのだが、それでは主人を裏切ることになってしまうと告白する。

 

「あなたも主人を良く知っているはずです」

少年バットが周りを見回すと、猪狩慶一の名前を認める。

「そうです、私の主人は…」

 

猪狩は退職後、警備員として働いている。

 

「あなたは現実から逃れようとしている人達を見境なく襲っているそうですね、それで、その人達を楽にしてあげているとでも…、救済のつもりだとでも言いたいのですか、お座りなさい」

 

「人間はあなたが考えているほど、弱くも浅ましくもないということを話してあげます、そこへお座りなさい」

 

美佐江は、自分は生まれつき体が弱く、長くは生きられないだろう思っていた。だから結婚など考えたこともなかったのだが、慶一は「わたしのすべてを受け入れる」と言ってくれたという。

 

一緒になった彼らは幸せだった。だが母体が出産に耐えられないことが後に分ったことで、美佐江は絶望した。そんな彼女に慶一は「現実を受け入れよう」と言ったのだ。

 

「あんなにも気高く、崇高な人を、私は知りません」

 

猪狩は慣れない警備員の仕事に悪戦苦闘している。

 

「自分もこの人に恥じぬ女になろう、どこまでも尽していこうと」

 

でもいつのころからか、慶一は家を空けるようになったという。美佐江を疎ましく思ったのではないかと感じたのだ。病気の自分が重荷になっているのではないかという考えが、耐え難かったという。いっそのこと死んでしまいたいと…。

 

葛藤に苦しむ美佐江の姿に力を得た少年バットは、彼女に襲い掛かろうとする。しかし…。

 

「恥ずかしい!…主人は私のために身を粉にして働いてくれている、なのにこの私が主人を信じてあげられなくてどうするんでしょう」

 

「私は自分を恥じ、主人の帰りを待ちました、私の居場所があの人であるように、あの人の居場所もまた私なのだと、固くそう信じて」

 

猪狩は仕事を終え自宅へ帰る途中、偶然にマロミのキーホルダーを拾いそのまま持ち帰る。

 

朝、仕事場に向かうと、猪狩は先輩警備員と会話を交わす。先輩警備員は昔猪狩が逮捕した犬飼悟朗(イヌカイゴロウ)であった。彼らはお互いに相手を認識する。

 

「日ごろは顧みなくても、いずれは帰ってくることころ、疲れを癒し、安らぎを取り戻すところ、この家があの人にとって、そんな場所であるよう、私は努めて、妻であろうと心がけました」

少年バットは暴れる。

 

「そんなある日の出来事でした、主人と私が積み上げてきたものを、一瞬にして打ち砕いてしまう出来事が起きたのは…、そうです、あなたの事件です」

少年バットはニヤリと笑う。

 

猪狩と犬飼は旧友のように昔の話をする。

「もう、俺みたいな昔ながらの盗人はお呼びじゃありませんよ」

「お前は、昔から時代がかってたぜ」

「すっかり、時代が変わっちまった」

「どこも同じか…」

 

「そんな主人の信念を、あなたは踏みつけにし、あざ笑うようかのように次々と人を襲った」

 

「ある時主人に言われました、ホシを挙げるまで家に帰らないと、…私は承知しました、私たちは、二人であなたに立ち向かったのです…、なのに、それなのに…」

 

「クビですか」

「もう、昔ながらの俺みたいな刑事は、お呼びじゃないのさ」

「おれもあの事件はニュースで見ましたがね、年端もいかねえガキが、人を襲いまくるなんざ、正気の沙汰じゃねえんだ、ありゃ、時代が生んだ怪物ですぜ」

 

「負けました、私たちは“夫婦”として敗北しました、主人は職を失い、私たちにはもう何も残されてはいなかった」

少年バットはバットを振り上げる。

 

美佐江は少年バットを見あげてハッとする。少年バットはニヤリとしながらバットを振り下ろそうとするが、その瞬間美佐江は声をあげ笑い始める。

 

しかし、少年バットは構えたバットを振り下ろすと、美佐江の額に傷がつき血が流れる。

 

「それでも私たちは諦めなかった、…そう、私たちは新たな一歩を踏み出したのです」

 

猪狩が犬飼と仕事の片づけをしていると、その傍らを鷺月子が通る。

「あぁ、すいません、工事中なんで通用口の方へ、…鷺さん、これ良く見ると可愛いですね」月子は笑う。

 

「生活は苦しくなりました、…家計はますます火の車」

 

「ある時私は言いました、私さえいなければ、こんな苦しい思いをしないですむのに、そんな私にあの人は怖い目をしてこう言ったのです、二度とそんなことを言うんじゃない、お前はただ逃げようとしているだけだ、現実から逃げてはいけない、その場しのぎの救いなど、まやかしに過ぎない、どんなに苦しくても、目を背けず、一緒に乗り越えて行こう、毅然としてあの人はそう言ってくれました、あの人はそういう人なのです、気高く、強いお人なのです」

 

少年バットは体を震わせる。

 

「あなたは私の心の隙間につけ入り、ここへ現れた、私を殺すために、偽りの救済を与えるために、けれどももう惑わされません、死んでしまいたいなどと、二度と考えたりしません」

 

少年バットは歯を食いしばり、うめき声をあげる。

 

「そう、人間とはそういうものなのです、どんなに辛くても、その現実に立ち向かうことができるのです」

 

少年バットはテレビを投げつける。

 

「あなたにはそれが分らない、人間でないあなたには、ただ苦しんでいる人を傷つけ、あやめ、それで楽にしてあげたつもりでいる、こざかしい、あなたはそんなことで悦に入るのがせいぜいなのでしょう、あなたは存在そのものがまやかしなのです、そう、その場限りの安らぎで人を惑わす、このマロミとやらと同じなのです」

 

少年バットは絶叫する。

 

「私は手術を受けます」

 

 

三、紙芝居

 

「居酒屋つくも」で猪狩と犬飼は盃を交わす。

 

「そうだ、奥さんがいるじゃないですか」

「お陰様で生きているよ」

 

猪狩は語り始める。

 

「いつも俺の帰りを待って、雨が降っても布団はほす、断水の時にも空だきする、いつだったか急な出張で、一週間留守にした、帰ると一週間前のメシがそのままそこにあった、あいつはその前でずっと俺の帰りを待ってたんだ、長患いのせいで、あいつは心まで…、そんなあいつを支えるために今日まで頑張ってきたが…、もう限界かもしれん」

 

犬飼は「あの、クソいまいましい事件のせいっすよ、そんなもんはさっさと忘れて…」と猪狩を励ますが、猪狩は「正直、どうでもいい、あの事件も、少年バットも、もういいんだ、ただ一つはっきりしているのは、俺の時代はもう終わったってことだ」と答える。

 

猪狩は、かつて自分が子供の頃に憧れた警察官の姿について語るが、もうそんな風景は失われてしまったと嘆いている。「俺の居場所は、もうどこにもない」そう言うと、犬飼は「そうでしょうか」と答える。

 

「行きましょう」

 

「居酒屋つくも」を出ると、そこには猪狩がかつて憧れた昔の風景がある。

「これは…」

 

猪狩はその街角で、マロミのキーホルダーを拾う。

 

 

第十一話 まとめ

 

一、猪狩美佐江

 

第十一話の主人公は猪狩美佐江である。彼女はここで、自身の幼少期から現在に至る軌跡を率直に述べている。赤ん坊のことや自身の病気のことなど、生きる意味を失いかけた出来事と共に、それでも必死に生きる夫との関係を見直し、もう一度生き抜くための希望を見出していた。

 

美佐江はただ一人、少年バットの襲撃を回避した人物である。その方法はどのようなものだったのだろうか。彼女は何かに頼るわけでもなく、力でねじ伏せるわけでもない。彼女はただ心の迷いを解消したのである。葛藤からの解放を無条件に願ったのではなく、それを受け止め、自らの力で乗り越えようとしたのである。その強い意志が、少年バットを追いやることができたのであろう。

 

それに対して、夫である猪狩慶一はどのように表現されているのだろうか。美佐江が褒めると、それを否定するかのように情けない慶一の様子が映し出される。例えば、女の人の尻を見つめる表情だったり、美佐江が「気高く、崇高な人」と言えば、職場の先輩に厳しく指導され頭を下げている様子などが示される。美佐江が「尊敬に値する人」として語るのに対して、あえて「情けない慶一」の様子がクローズアップされているのである。

 

この対比は苦々しく感じられる人もあるかもしれないが、決して慶一をダメ人間として表現しているわけではないだろう。人が必死になって何かに打ち込むとき、その姿はときに滑稽に写ったりもするし情けなく見えたりもする。昔気質の不器用な生き方かもしれないが、今敏は猪狩を実直な人物として表現しようとしているのであろう。美佐江と慶一は響き合うように表現されている。

 

 

二、映像表現

 

「…あなたは存在そのものがまやかしなのです、そう、その場限りの安らぎで人を惑わす、このマロミとやらと同じなのです」美佐江がそう言うと少年バットが絶叫する場面がある。美佐江が少年バットに勝った瞬間である。

 

その後猪狩の家の壁が四方向に倒れ、虹の掛かった青空の下で美佐江が「私は手術を受けます」と宣言するのだが、それはこの第十一話の中でも特に印象的な場面である。

 

日本の映画監督に鈴木清順という人物がいた。彼の独特な映像表現は「清順美学」と言われ、彼は多くのカルト的な映画を作ってきた。その演出はとてもシュールで、歌舞伎的な表現様式を有しているように思われる。「私は手術を受けます」の場面は、まさにそのような演出がなされているように感じられるのだが、ご覧の諸氏はどのように感じられるだろうか。

 

その他にも、他の映画からのインスピレーションを元に構成されたのではないかと思わせるような場面が多々見受けられるが、それらはまたその場になったときに少し触れてみたい。

 

 

三、犬飼という道標(みちしるべ)

 

少年バット事件によってすっかりやる気をなくした猪狩は、時代に取り残されたような感じを覚え、昔を懐かしむようなる。職場で出会った犬飼と酒を酌み交わすうちに、その想いはさらに強くなる。犬飼は、昔猪狩が世話を焼いた窃盗犯で、猪狩と同時代を生きた「昔を良く知る者」である。

 

「居酒屋つくも」を出て、紙芝居の世界に猪狩を案内したのは犬飼である。猪狩は犬飼と出会い、自分の殻に閉じこもってしまうことになるのだが、この犬飼という人物はどのような役割を持っているのだろうか。

 

「俺の居場所はもうどこにもない」そう言って嘆く猪狩だが、それを聞いて犬飼は「行きましょう」と猪狩を誘う。どのような意図があったのかは分らないが、猪狩は懐かしさに溢れた紙芝居の世界に深く入って行く。このあたりの描写は「千と千尋の神隠し」を連想させるのだがいかがだろう。湯ばーばの世界と猪狩の紙芝居世界とは、何らかの共通点があるのではないかと感じさせる。

 

※)「千と千尋の神隠し」は2001年7月公開、「妄想代理人」は2004年2月にテレビ放映された。ちなみに、「千と千尋の神隠し」は宮崎が柏原幸子著「地下室からのふしぎな旅」という児童文学を読んで着想したといわれているが、内容は宮崎独自のものである。「地下室からのふしぎな旅」を映画化したものが2019年公開の「バースデーワンダーランド」である。

 

千と千尋の神隠し」では、不思議な道祖神の結界を越えてあの世界に入って行くのだが、丁度犬飼はゲートキーパー的な存在として考えることもできるだろう。そこに猪狩を閉じ込めようという悪意があったかどうかは分からないがしかし、猪狩が見たい世界を見せるのが犬飼の役割であろう。

 

湯ばーばの世界は過酷だが、猪狩の紙芝居世界は心地よい夢の世界である。夢の中に埋没するのか、再起をかけるのかは本人次第である。心を映す夢という内的な世界の中で、その夢見手はどのように夢と関わり合うのだろうか。

 

さて、「閉じこもってしまう」という言葉を書いたように、猪狩はこの世界からなかなか抜け出せなくなる。しかしそれは猪狩自身の問題であろう。やがてあるきっかけでこの世界から現実へと戻ることになるのだが、彼の心がどのように動いていくのかについては、次回以降で触れてみたいと思う。

 

 では、今回はこのあたりで。

 

 


www.youtube.com