47、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「妄想代理人

 

 

第七話 Mhz

 

待機室で鷺月子が眠る。その傍らには猪狩、馬庭刑事が沈痛な面持ちでひかえている。程なく、警察のスタッフが現れ、二人に連絡事項を告げる。

「…病院に重傷者が運び込まれたと…、そのぉ…、頭部を殴打されており一連の事件と類似しているということで、念のため調書をまわしてほしいと…」

 

無線機を操作する映像が流れる。

 

 

一、台風一過

 

馬庭:「気がついた…、驚いたよ、急に」

月子:「来たんです…、少年バット」

 

同じころ、老婆も退院する。

 

猪狩は蛭川の娘を見舞うが、妙子は記憶喪失になっている。

 

馬庭は鷺月子の証言を猪狩に伝えるが、猪狩は「もう犯人は挙がっている」と答え、妙子の事件は管轄からも外れた事件だと言って取り合うことも無い。病院を引き上げる時、馬庭はたまたま病院内で鏡を見つめる老人と視線を交わす。老人は二人に見える。

 

 

二、悩み

 

狐塚への聴取が再開される。猪狩は鷺月子襲撃について狐塚を問いただすが、彼は答えることができない。なぜなら月子の事件は狂言(自作自演)だったからだ。猪狩は狐塚を「ただのちっぽけな模倣犯なんだよ!」と言って罵る。

 

「わざわざお呼びだてして、申し訳ありません」

「まだ何か」

 

馬庭は狐塚が自供したことを蝶野晴美に伝える。狐塚は「あのデブとおやじだけだ、後は僕じゃない、本当だよ、本当にぼくはやってないんだ」と言っていることも伝えると、晴美は「でも…」と答える。

 

馬庭は「一つ伺ってもいいですか、気を悪くしないで欲しいんですが、被害に遭われる前、何か個人的な悩みとかはありませんでしたか、何か、こう、精神的に、追い詰められるような」と尋ねる。

 

「どうして、そんなこと」晴美は体をこわばらせる。

 

馬庭は牛山宅にも訪れ、何か悩みが無かったかを彼に尋ねる。しかし牛山には思いあたるふしが無いようだ。

 

一連の聞き込みを終え、馬庭は事件について思う所を猪狩に伝える。

「牛山君と、蛭川班長しか襲っていないというあいつの供述、まんざら嘘じゃないんじゃないかって」

 

馬庭の話によると牛山だけ逸脱しているらしい。すなわち、他の被害者たちはどこか精神的に追い詰められた状態にあったという事らしい。

 

「鷺さんは次回作のプレッシャー、川津は損害賠償、鯛良優一はいじめ、蝶野晴美も…、でも牛山君にはそれが無かった…、彼には当時、何の悩みも無かったんです」

 

食堂で出された卵を割ると、中から二つの黄身が出てくる。馬庭は何かに思い当たる。

 

無線機を操作する映像が流れる。

 

 

三、分身

 

狐塚の証言が続く。

 

「すげえなって思ったんです、少年バット、ガキのクセにカッコイイって、だから僕もどうせ、どうせなら、する前に」

 

猪狩の尋問に狐塚は「信じてください、ぼくは川津さんの事件をテレビで見て…」と答えるが、猪狩はなおもたたみかける。

 

すると無線機を通したような声が馬庭に向けられる。

『刑事さん、老師、老師の元へ…』

 

いつの間にか馬庭は無線機に埋め尽くされた部屋にいて、その先に老人の姿を認める。気づくと老人と一緒にテーブルに着いている。

「お待たせしました、黒アゲハのソテーでございます」

 

今度は老人がステージで芸を披露する。「これより、壁抜けの妙技をご覧に入れます」そう言うと、老人は壁を抜ける。すると不思議な呪文を唱えて分身する。馬庭は二人の老人の姿を見て何かを感じる。

 

気がつくと馬庭は自室で目を覚ます。

 

 

四、狐塚襲撃

 

老人が難しい計算式を解いている。

 

馬庭は妙子の病室で父親への聞き取りを行う。すると蛭川班長の様子がおかしくなり、馬庭は蛭川親子に何か大きな問題があったことを確信する。

 

「蛭川さんの娘さんも何か悩みがあったんです、追いつめられていたんです、彼女も少年バットの被害者なんですよ、娘さんの携帯電話の履歴を調べました、父親との通話が途切れたのは、午後4時13分、ちょうど鷺さんが卒倒した時間帯です、つまり、二人同時に奴を呼び、奴は同時に現れた、奴め一人であって一人でない、追いつめられ行き場を無くした人間の所に、いつでもどこにでも現れることができる、奴は野放しです、少年バットはまだどこかにいるんです」

 

「馬庭、休め」

 

馬庭は確信する。

 

「追いつめられた人間、追いつめられた人間を特定できれば、奴を挙げることができる」

 

馬庭は、最も追いつめられて葛藤に苦しんでいるのは狐塚であることに気がつく。彼は急いで警察署に拘留されている狐塚の部屋に向かう。すると彼らは逃げる少年バットの残像と、傷ついた狐塚を発見する。

 

狐塚は自殺したとして処理され、数人の警察関係者が処分される。事件は被疑者死亡のまま書類送検されることとなる。

 

 

五、無線

 

「追いつめられた人間、追いつめられた人間を特定できれば、奴を挙げることができる」

 

馬庭は、自分が追いつめられていることを感じている。彼は自宅の無線機が置かれている部屋で通信を行っている。

 

「CQCQ、こちらは…、自殺じゃない、狐塚は殺されたんだ、奴は一人であって一人でない、追いつめられ行き場を無くした人間の所に、いつでもどこにでも現れることができる、奴は野放しだ、少年バットは、まだどこかにいる!」

 

 

第七話 まとめ

 

月子に始まり妙子の事件まで続いた一連の傷害事件は、ここで一つの終焉を迎える。容疑者である狐塚の死亡で、表面的には被疑者死亡のまま書類送検となり、さらには担当刑事としての責任も取らされ、猪狩は刑事を退職する。しかし壁を抜ける少年バットを目撃した馬庭は納得がいかない。

 

職にとどまり犯人を追い続ける馬庭は、狐塚が追いつめられ事件を引き寄せたことに気づいていた。だが馬庭は自分自身が追いつめられ、少年バットによる自分への襲撃があるのではないかと危機を感じ、少年バットに襲われる夢を見る。

 

第七話での印象的な場面は、鏡に映る老人の姿が二人に見えるところではないだろうか。またそれに続いて、卵を割ると黄身が二つ出てくるシーンもある。そこで馬庭は何かを直観するのだが、これはどのようなメッセージなのだろうか。他にも、老人とテーブルを囲う場面からステージで芸を披露する場面、客席の人々がみな老人の顔をしている場面など、象徴的な映像表現が続く。

 

馬庭の最後のセリフに以下のようなものがある。

 

「奴は一人であって一人でない、追いつめられ行き場を無くした人間の所に、いつでもどこにでも現れることができる、奴は野放しだ、少年バットは、まだどこかにいる!」

 

鏡に映る自分の姿は自分の容姿を反映しているが、しかし自分そのものではないだろう。平面的な自分の幻影でしかない。すこし哲学的な話になるかもしれないが、自分の感情や思考もまた自分を表す幻影でしかないだろう。しかし自分を表す一部分であることには変わりはない。

 

誰もが自分の中にもう一人の自分、あるいは出会ったことの無い自分がいるのではないだろうか。“日常的にほとんど意識しない自分”とでもいえばいいのかもしれない。そんな無意識下の自分が追いつめられ、行き場を無くした時にどこからともなく現れるのが少年バットなのだということなのだろう。彼は自分の中にいて『いつでもどこにでも現れることができる存在』といえるのかもしれない。

 

馬庭はそのことに気がつき、追いつめられた狐塚の様子を見に行くのだが手遅れとなる。少年バットを確保できずに狐塚を死に至らしめた責任から、馬庭は次第に追い込まれて彼自身が少年バットの夢を見て危機を感じる。しかし追いつめられ、激しい葛藤からの解放を願うときに少年バットが現れることを突き止めた馬庭は、電波を駆使して少年バットとの戦に挑むことになる。

 

馬庭は無線マニアであり、いわゆる「オタク」である。今敏は、オタクがこの危機を救うことができると考えているようだ。第五話のまとめの「二、馬庭光弘」のところでも書いたが、オタクはある分野に対して突き抜けた知識と熱意を持っている。その能力を全開させることで、この難局を突破できると信じているのだ。今敏にとって、マニアはヒーローなのである。

 

マニアこそがヒーローであるということが示されるようなエピソードがこの後起こることになる。なかなかマニアックなこと(第十二話・うさぎとダンスを参照)が起こるのだが、そのあたりに関しても、この後の投稿で確認してみてほしい。

 

 

さてこの後、第八話から第十話までは独立したストーリーとなっている。一旦このストーリーから外れるので、それぞれのショートストーリーを楽しんでいただきたい。続く第十一話から第十三話で、ようやくこの物語の結論を見ることになる。

 

では、今回はこのあたりで。

 

 


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