58、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「魔女の旅々」

 

 

第四話 民なき国の王女

 

 

<プロローグ>

 

『これは、恋のお話です、とある国の王女様が、恋に落ちました、王女が恋をしたのは、お城の料理人でした、それは身分違いの恋だったのです、どうでもいいですが、なぜ恋は“落ちる”というのでしょうね、落とし穴のように、予期せず突然にはまってしまうからなのでしょうか、知りませんけど、二人は密かに愛を育み、やがて彼女は身籠りました、そう、いわゆる愛の結晶です』

 

 

一、城

 

雪の降る旅の途中、イレイナはある城下町に立ち寄る。しかしその町には人の気配もなく、一面に荒廃した町並みが続く、それはそれはとても悲しげな町である。薄暗くなり、凍えてしまいそうな寒さの中、イレイナは次の町へ向かうのをあきらめ、一番まともそうな建物、つまりお城に向かう。一瞬「結界」を感じたイレイナであったが、彼女はそのまま城の中に入って行く。

 

「非常に不本意ではありますが、背に腹は代えられません、おじゃまします」

 

城の中に入り、王族と思しき肖像画を眺めていると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「あなた、だれ」

 

 

二、記憶喪失

 

イレイナは、女主人に誘われて食事を共にする。

「生き返ります」

「外は寒かったでしょう」

「えぇ、それにしても、人が住んでいるとは思いもしませんでした」

「わたしも、人が来るとは思いもしなかったわ、あなたはどこから来たのかしら」

 

「遠い遠い、果ての国から来ました、旅人なんです、わたし」

「名前を聞いても」

「イレイナです」

「わたしはミラロゼよ、よろしく」

 

イレイナが不思議に思い、この町に何が起こったのかを訪ねると、ミラロゼは「分らないわ」と答える。イレイナは「分らないとは?」とさらに問いかけると、ミラロゼは事の次第を話し始める。

 

ミラロゼは目が覚めると滅んだ国にいて、なぜここに居るのか思い出せないという。記憶喪失のようだが、自分に宛てられた手紙があったので最低限の状況は理解できたらしい。その手紙によると…。

 

『これを読んでいるあなたは王女ミラロゼだ、どうしてここにいるのか、どうして国は滅んでいるのか、どうして記憶がないのか、少しばかり解説させていただく、死にたくなければ読め、ところでそちらは夜だろうか、ならば窓の外を見てもらいたい』

 

イレイナは窓辺に立つと、その外に大きな怪物が暴れているのを見る。

「何ですか、あれは」

「続きを読んで」

 

『その化け物が国を滅ぼした悪魔であり、記憶喪失の原因だ、化け物の名前はジャヴァリエ、日没とともに目覚め、日の出まで国を壊しつくす、ジャヴァリエの目的は、この国の人々を皆殺しにすることだ、最後の一人を探して暴れ続ける、つまりあなただ』

 

手紙は最後に『頼みがある、ジャヴァリエを殺して欲しい、魔女であるあなたの魔法があれば、ジャヴァリエなどたやすく倒せるはずだ、どうか私たちの為に、あなたが生きるために、不幸にも殺されてしまった者の為に』と結ばれている。

 

イレイナが「でもその手紙、結局分らないことだらけですね」と問いかけると、ミラロゼは「でもわたしは王女で、この国はあの化け物によって滅ぼされた、ならばわたしはあれを倒す使命がある、そう思わない?」と答える。

 

目覚めて一週間、魔法の使い方を思い出してきたミラロゼは「明日の夜戦う」と決意を述べる。その言葉に対してイレイナは「頑張って下さい、わたしは安全なところから、応援していますから」と応じる。

 

「あら、手伝ってはくれないのね」

「手伝って、わたしに何か得がありますか?」

「そのバカみたいに正直なところ、キライじゃないわよ」

「それはどうも」

 

 

三、依頼

 

翌日、イレイナはいい匂いに誘われて目を覚ます。ミラロゼは何故だか分らないが、食事作りを体が覚えているという。二人は朝食のテーブルに着くと、ミラロゼが「食べながら聞いてくれる、今夜のことなんだけど」と口火を切る。

 

「ジャヴァリエと戦うんですよね」

「その準備を手伝って欲しいのよ」

 

「泊めてもらって、朝ごはんもいただいたんですから、準備ぐらい手伝いますよ」

「じゃ、ジャヴァリエを倒すのは?」

「それはちょっと…」

 

手紙の信憑性に疑問を感じるイレイナであったが、ミラロゼは手紙の主の想いが分るらしい。「感じるのよ、ジャヴァリエが恨めしくて、殺してやりたい、そんな怨念を、そして、なぜかわたしも同じ気持ちよ」と心情を吐露する。

 

 

四、準備

 

イレイナは、ミラロゼが考えた計画に従って準備を始める。町の広場に大きな穴を掘り、そこにジャヴァリエをおびき出し、身動きの取れないジャヴァリエに対して魔法攻撃を与える計画らしい。イレイナは夜までに大きな穴を掘ることとなる。

 

 

五、戦い

 

城に残る予定だったイレイナだが、なぜか戦場となる広場に来てしまう。

“不思議なものです、昨日会ったばかりの人だというのに、彼女には生きていて欲しいと思ってしまうのですから、だから、わたしも一緒に戦います、死なない程度に”

 

ミラロゼは計画通り、ジャヴァリエを広場に誘い出し、穴に落とすことに成功する。魔法の力で一方的に攻撃しているうちに、あたり一面火の海となる。その様子を眺めていると「そうだったのね」といって、彼女は失ったはずの記憶を取り戻す。

 

ミラロゼはさらに劔の雨をジャヴァリエに浴びせる。「どう、わたしの絶望が、分ったかしら、さようなら、お父様」そういうと、彼女はジャヴァリエの首をはねる。

 

「思い出したのよ、取り戻したのよ、全部ね」

ミラロゼは、笑いながらジャヴァリエの首にさらに攻撃を加える。

 

 

六、記憶

 

『彼女は、料理人の子を身籠ったことを、父である国王に話しました、国王はこう言いました、「処刑する」と、身分違いの恋を、国王は許さなかったのです、料理人はひどい拷問を受け、彼女の目の前で火あぶりにされたのです』

 

「そしてこの子も…、わたしは誓ったわ、すべて殺すと、先ずはこの城を安全な場所にするために、魔法使いだけを通す結界を張ったわ、そしてわたし自身に手紙を残し、父に化け物になる呪いをかけた、代償としてわたしは記憶を失った」

 

「お父様は、ジャヴァリエは国を破壊し、国民を…、えぇ、自らが食らったのよ、しかも王としての意識があるままに、あの化け物は父の意思とは関係なく国民たちを…、これで父にも理解できたでしょう、大切なものを奪われるのがどういう気持ちかを、絶望を」

 

 

七、旅立ちの朝

 

翌日、いつものようにミラロゼは朝食の準備をする。しかしそこにイレイナの姿はない。

 

『こうしてすべて彼女の計画通りに進んだ恋のお話は、幕を閉じました、民なき国の王女となった、彼女自身の手によって』

 

 

物語の考察

 

この物語が内包している検討すべき問題は、大きく二つあるように感じられる。一つは、自分に加えられた理不尽な裁定とその執行に対して、あり得ないほど強力な報復により対抗するということと、その手段を問わない報復によって「多数(国民)の命」を顧みない態度が許されるのかという道徳的な問題であろう。

 

前者はこの物語の基本的な要旨であり、人間の社会において良く起きる家族問題を神話的なオブラードに包みながらも、明確に提示されているように思われる。それに対して後者は、この投稿でも最初の頃に提示した「炎上」についての一つのパターンを表しているといえよう。王と王女の確執の解消に、多くの国民の生命がその代償として支払われるという道徳的理不尽さについてである。

 

 

一、ミラロゼの物語

 

冒頭、イレイナによって語られるプロローグは昔話風、あるいはおとぎ話風であるが、実はこれは現在進行形のミラロゼの物語である。昔話といえば、それを聞かせる子供たちに対する人生教育としての役割があるだろう。その社会の一員としての生き方であったり、誰もが躓くような問題に対する一定の回答のような性格を有しているといえる。

 

長い歴史の中で、かつての困難な状況をどうやって乗り越えてきたのかを、分りやすく親しみを込めた物語として後世に伝えることで、先人たちはその知恵を伝承として残してきた。従ってそこには、教育の一環としての教訓が詰め込まれているものだ。

 

例えば、この物語の教訓をミラロゼ側から見れば、どんな状況でもあきらめず知恵と勇気と実行力をもってすれば、チャンスをつかみ望みは叶えられる(ここでは報復だが)ということになるだろう。

 

一方、王さま側からみれば状況は一変する。王は、身分違いの結婚など許すことができない。ここで王は、娘に起こった「不祥事」を無かったことにしようと、娘の相手と胎内の子を殺してしまう。すなわち王は、王あるいは父親としての娘の不祥事、あるいは王にとって認められない現実を権力によってねじ曲げようとしたのであり、結果として、その報いを受けなければならい状況を自ら招いているということになる。因果応報である。

 

しかしそれは王(父親)の問題であり、娘の相手の問題ではない。特に現代的な感覚でいえば、王の態度は全く受け入れられないだろう。娘の相手が殺されなければならない理由がどのようなものなのか、多くの視聴者はきっと、王はそれ相応の罰を負わねばならないと考えることだろう。

 

最近のホットな話題として、眞子内親王の御結婚問題があることはご存知のとおりだ。「国民から祝福されるような形」を模索しておられた秋篠宮殿下ではあるが、皇室の儀式などは行わない形での御結婚となりそうだ。これは何よりも、眞子さまご本人の気持ちを大切にされてのことであることは明白であろう。

 

確かに昔は、王や父親の一存で決められたことも多かったのは事実ではあるが、今日、そういったことはハラスメントといわれるようになった。考えてみれば当たり前のことなのだが、本人の自由が認められなかった時代が長かったのも事実だ。秋篠宮さまのご判断は、まさに現代感覚に合致しているといえる。

 

決して同列に比べられることではないのだが、現代の風潮を良く表しているように感じられる。ミラロゼは救われなかったが、眞子内親王は救われたことになるのかもしれない。

 

 

二、ミラロゼの呪い

 

さて、ミラロゼは魔法使いとして父王に呪いをかける。しかし魔法は無尽蔵にかけられるものではなく、その代償を払わなければならないものとして設定されている。何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならないというわけだ。ここでは「記憶を失う」ことが代償として求められている。すなわちかけた呪いの理由を、その後忘れてしまうというわけだ。

 

何も覚えていられないのに、呪いをかける意味があるのかと感じてしまうが、それでも呪いたいという気持ちを優先してかけるものが「呪い」ということなのだろう。ミラロゼは自分の記憶を失うという代償を払ってでも、王への復讐を選択することになる。

 

では、王への復讐とはどのような内容だったのか、ミラロゼの言葉をここでもう一度確認してみたい。

 

『わたしは誓ったわ、すべて殺すと、先ずはこの城を安全な場所にするために、魔法使いだけを通す結界を張ったわ、そしてわたし自身に手紙を残し、父に化け物になる呪いをかけた、代償としてわたしは記憶を失った』

 

『お父様は、ジャヴァリエは国を破壊し、国民を…、えぇ、自らが食らったのよ、しかも王としての意識があるままに、あの化け物は父の意思とは関係なく国民たちを…、これで父にも理解できたでしょう、大切なものを奪われるのがどういう気持ちかを、絶望を』

 

なかなか恐ろしいものであるし、実行に向けて入念に計画されたことが伺える。つまりこれがミラロゼの復讐劇というわけだ。

 

ミラロゼは、自分が払う代償(記憶喪失)については手紙を残すことで準備をしているが、ジャヴァリエが国民を食らうこと(国民消失)についてはその代替案を持ち合わせていない。つまり国民皆殺しを前提とした復讐劇なのである。

 

 

三、イレイナの行動原理

 

一宿一飯の恩義を感じたイレイナは、状況がよく分ってはいないが、ミラロゼにとって必要な事だと判断して、彼女がやろうとしていることに協力する。その結果全ては明らかとなり、イレイナは大変な復讐劇の目撃者となるのである。

 

炎上のポイントは、やはりこの一見すると行き過ぎた行為にあるように見えるが、ここでも「トロッコ問題」を用いて考えることができるだろう。すなわち、国民側を5人の作業員とし、ミラロゼの相手を1人の作業員とする見方である。

 

ただし、ここではすでに結果が出てしまっているので、イレイナはミラロゼに対してジャッジするようなことは避けている。話を聞いて、翌日静かに城を去っている。王ジャヴァリエを批判もせず、またミラロゼの復讐を責めることもしていない。ただ現実の出来事を直視し、静かにその場を去っているのみである。

 

 

さて、「魔女の旅々」は不思議と人の注意を惹きつける作品である。その理由は何といっても、炎上する程のダークな物語の中にある。そういった過酷な物語に遭遇した時、それを見る私たちの心は激しく揺さぶられ、その辛さから脱しようとする。当然のことである。だがそのやり方や感じ方は人それぞれであろう。

 

炎上に加担するような人は、何かしら心の奥に深い闇を抱えていたりするのかもしれないが、その辛さを何とか克服し、押さえきれない欲求を書き込まなくてもいいように、ネガティブケイパビリティという感性を育てることができるといいのではないかと思ったりもするのだが、皆様はどのように感じられたであろうか。

 

では、また。