67,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第七話 傷跡 病 冬の到来

 

西の森から帰る途中、ラッカは体を震わせている。

 

「ラッカ…」カナが語りかける。

「ラッカ、いつまでも泣いてたら、クウだって安心して旅立てないよ」ネムが言葉をかける。

「ラッカ、きっとまた会えるよ、そう信じよう、クウは私たちより少し、先に行っただけなんだって」ヒカリもやさしくラッカに語りかける。

 

「行こう」そういうとレキは、ラッカの手を取り、先を急ぐ。

 

 

一、クウの部屋

 

『ベッドを探さなきゃ、冬が来たよ、クウ…、泣いちゃ、ダメなんだ』

ラッカがベッド代わりの長椅子から起き上がる時、黒いシミの付いた羽が一つ落ちる。

 

ラッカはクウの部屋にやってくる。

『おはよう、クウ』

 

ラッカはクウの部屋を掃除する。

『あれからもう、一月も経つんだね、グリの街にもとうとう冬が来たよ、でも、クウが教えてくれたから、風邪引かなかったよ、クウは元気、クウの今いる所って、どんな所、グリの街みたいに、いい人ばっかりだといいね、オールドホームのみんなは、みんな元気にやってるよ、あたしは…』

 

ラッカは顔を押さえて悲しむ。

『ごめん、あたしみんなみたいにクウを祝ってあげられない、だってあたし、もっとクウと一緒にいたかったもの、一緒に買い物したり、ご飯を食べたり、たくさん話がしたかった、クウに教えてもらいたいこと、まだいっぱいあったのに…』

 

ラッカは、窓辺に置いてあるカエルの置物に目を留める。オールドホームのみんなの名前が書いてあるその置物の中から、ラッカの名前が書いてあるカエルの置物を軽くはじく。

 

自分の部屋に戻ったラッカは、洗面台で手を洗いながら、鏡に映った自分の姿を見つめる。すると、羽に黒いシミがあるのを見つけて驚き、その羽を一つだけそっと抜く。

 

 

二、外食

 

ラッカは、街の料理店で豆のスープを注文する。すると店主がラッカに話しかけてくる。

 

「そうだ、最近坊主を見ないなぁ、知らない? 君よりかちょい背の低い、元気な坊主」

「…クウ」

 

「あ~、そうそう、そんな名前、あっ、女の子か、坊主坊主言って悪かったな、あやまっといてよ」

「クウは、もう行ってしまったんです」

 

「えっ、じゃぁ、もういないの」

ラッカはうなずく。

 

「へ~、あぁ、灰羽ってのは、そういうもんらしいね、そうか、あっ、テイクアウトだよね」

灰羽手帳で支払いをしようとするが、店主は“おごり”といってサービスしてくれる。

 

『街の人にとっては、クウがいなくなったのは、たいしたことじゃないんだ、きっとクウがいたことだって、すぐに忘れてしまう、クウ、クウはそれでも平気?』

 

ベンチでスープを食べているラッカの元へ、スケボーに乗ったヒョウコが話しかける。

 

「俺、東地区の…」

「ヒョコさん?」

「ヒョウコだよヒョウコ、氷に湖」

 

「あのさ、ひと月ぐらい前の嵐の日にさ、西の森が光ったの知ってるか」

ヒョウコの話によると、灰羽が壁を越える時、そういうことがあるらしいのだが、自分たちの仲間はみんないるので、オールドホームの誰かではないかという話になっているという。

 

「もしかして、…レキか?」

ラッカは首を横に振る。

 

「な~んだ、良かった」

「いいわけないでしょ、友達がいなくなったのに」

 

いたたまれなくなって立ち上がったラッカは、その時テイクアウトのスープを服にこぼしてしまう。その場を走り去るラッカに驚いたヒョウコは、彼女の後ろ姿をただ見送ることしかできない。

 

夕暮れのオールドホームに戻って、ラッカが玄関先の名札を見ると、やはりそこにクウの名札は無い。クウの名札がかかっていた場所をじっと見つめていると、近くの木に止まっていたカラスが何かを告げるように鳴き声をあげる。ラッカはカラスが自分を見つめているように感じるが、程なくカラスは飛び立っていく。

 

 

三、ラッカの不安

 

オールドホームでみんなが食事の用意をしていると、ネムがラッカのことをみんなに尋ねる。ヒカリの話によると、ラッカは最近みんなと食事をしていないらしい。またカナによると、ラッカは一人で街に食べに出ているらしいことが告げられる。

 

クウがいなくなって一番落ち込んでいたから、一人でいたいのかもしれないと、カナも知っていることをみんなに話す。すると、それらの話を聞いてネムは、ラッカがクウの部屋の掃除をしていることを、改めてみんなに告げる。

 

「あぁ、あれ、ラッカか」カナが答える。

「カナもクウの部屋に行ったの」レキが尋ねる。

「一度だけ…」

 

カナは、クウいなくなったことを十分理解しているようだが、ラッカはクウのことを忘れることができないでいる。そのことは、みんな良く分っている。

 

「何か力になれたらいいんだけど…、そうだ、あのね…」そういうと、ヒカリは何かを思いつく。

 

一方ラッカは、汚してしまった服をどうしたものかと思案している。洗面台で自分の姿を眺めていると、朝より大きい黒い斑点が羽にあることに気づき、思わず近くにあったハサミで切ってしまう。

 

翌日、ヒカリがラッカの部屋を訪ねる。

「久しぶりにさ、みんなでご飯食べようと思って…」

「うん、でもわたし…、支度できたら行く、先に行ってて」

 

しばらくすると、みんなのいるゲストルームにラッカがやってくる。その姿を見て、みんなホッとする。ヒカリのアイデアは、みんなで羽袋を作ろうというものだった。ヒカリはラッカの羽の寸法を取ろうと、ラッカの羽に目をやる。

 

「あれ、どうしたの、羽、痛んでるよ、ちゃんと手入れしてる?」

「あっ、あんまり」

「でしょ、だめだよ、女の子なんだから」

 

その様子を見ていたレキが、慌ててラッカの羽の状態を確認する。すると、みるみる黒い斑点が現れてくる。

 

「ラッカ、これ…」

「あの、ソファーが固くて、寝てるときに痛めちゃったのかも」

 

ヒカリが「あっ、そうだ、クウの部屋のベット使ったらどうかな」と提案すると、ネムも「クウなら、きっといいって言うと思うよ」とヒカリに賛同する。

 

「それはそうかもしれないけど…」ラッカが躊躇している間に、ラッカの羽に黒い斑点が現れ大きくなっていく。レキは「ラッカ!」と言いながら彼女に近寄るが、ラッカは怯えるようにその場から走り去る。

 

「どうしよう、わたし悪いこと言っちゃったみたい」

不安なヒカリに「いや、ヒカリが悪いんじゃない」と言い残すと、レキはラッカの後を追いかける。

 

「ラッカ、開けるよ」そう言いながら、レキはラッカの部屋に入る。ラッカが自分の羽に現れた黒い斑点を、ハサミで切り落としている様子が見て取れたので、レキはゆっくりとラッカに近づく。

 

「なんてこと…」

「来ないで!」

 

レキは、ハサミに手を伸ばそうとしているラッカを強く抱きしめるが、ラッカの羽の黒い斑点は、さらに広がっていく。叫ぶラッカの手元から、レキはそっとハサミを取り上げる。

 

「大丈夫」

「どんどん増えてく…、こわい」

 

「大丈夫だから」

「わたし、病気なの…」

 

「違う、病気なんかじゃない、ラッカは、ラッカは何も悪くないから」

 

 

四、罪憑き

 

レキは自分の部屋で、老人の樹(雪鱗木)から取った染料をラッカの羽に処方する。黒い斑点の治療効果があるわけではないが、目立たなくするらしい。壁の近くにだけ生えていること、でも壁に近づいてはいけないことをラッカに伝える。

 

「レキ、どうしてそんな特別な薬持ってるの、そんなこと、どこで知ったの」

返事が無かったので、ラッカはレキの方を振り向く。するとレキはゆっくり話し始める。

 

「この街は灰羽のためにあるんだ、壁は灰羽を守るためにあり、いい灰羽は、この街で幸せに暮らし、時期が来たら壁を越える、でも時々、街の祝福を受けられない灰羽が生まれる、その灰羽は、繭の夢を正しく思い出すことも出来ず、巣立ちの日も訪れない、祝福の無い灰羽にとって、壁は逃げ場を奪う檻になる、そういう灰羽を、罪憑きという」

 

「あたし…」

 

「ラッカは違う…、あたしがラッカの繭を見つけて、あたしが羽から血を洗い落とした、ラッカの羽は、きれいな灰色だった、ラッカはいい灰羽だよ、あたしとは違う」

 

ラッカは体を向き直して「レキ、レキだって何も…」と語りかける。

 

「あたしの背中を破って生えてきたのは、黒い斑の羽だった、あたしは最初から罪憑きだったんだ、わたしは繭の夢をうまく思い出せなかった、黒い羽のせいで、みんなあたしを怖がった、ネムでさえ、最初はわたしを避けてた、クラモリがいてくれなかったら、あたしはずっと一人ぼっちだったと思う」

 

「クラモリ?」

レキはすっと立ち上がり、クラモリの絵を見せる。

「あぁ、きれいなひと」

 

「うん、チビどもの親代わりで、わたしとネムのいい先生だった、体が弱いのに、あたしのために、薬を森の奥に取りに行ってくれた、ゲストルームだって、あたしとネムと三人で暮らせるようにって、クラモリが用意してくれた部屋なんだ、クラモリは、わたしを怖がらなかった、いつもそばにいてくれた、同情じゃなくて、ただ、いてくれたんだ」

 

「いい人だったんだね、でも、わたし、レキもいい灰羽だと思うよ」

 

「あたしは罪人なんだよ、五年前にクラモリは行ってしまった、その頃、巣立ちの日なんて知らなかったから、あたしは見捨てられたと思った、ネムは心配して、図書館で古い言い伝えを調べて、巣立ちの日のことを教えてくれた、でも、あたしは信じなかった、周りが見えなくなってたんだね、いろんなものを憎み、ネムにもひどいことを随分言った気がする、あたしは、オールドホームを逃げ出した、逃げた先でも同じような間違いを繰り返した、最後には自警団に捕まって、灰羽連盟から、罰を受けた、でもラッカは、罰を受けるようなことは何もしていない、だから、これは何かの間違いで、きっとすぐに良くなるよ」

 

「レキは、繭の夢を覚えていないの」

 

「不完全なんだ、思い出そうとして、ずっと絵に描いてる、この街に来てから、ずっと悪い夢を見るんだ、とても寒い夜で、赤い月が浮かんでいる、あたしは一人ぼっちで、石ころだらけの道を歩いている、そこで良くないことが起こる、思い出せないけど、とても恐ろしい何か…、わたしは悲鳴を上げて目を覚ます、ずっとその繰り返し、あたしには何も分らない、どうしていい灰羽と、呪われた灰羽がいるのか、どうしてわたしが罪憑きとして生まれてきたのか」

 

 

五、羽袋

 

翌日、ラッカの部屋のドアノブに羽袋が掛かっている。手に取ると、そこには手紙が添えられている。

 

“ごめんね”

 

『わたしはずっと、この街は楽園なのだと思っていた、でも、みんなこんなにも優しく、誰かのために精一杯生きているのに、悲しいことは起こる、呪いを受け、苦しむ者もいる、灰羽って、なんだろう』

 

 

第七話 まとめ 罪憑き

 

第七話では、冒頭からクウを失った悲しみに、自分自身を見失っているラッカの様子が事細かに描かれている。西の森から帰る途中、ラッカが体を震わせている様子に始まり、クウの部屋を掃除して気分を紛らわしている様子などは、見ていて心が痛い。ちなみに、とても短いのだが、ラッカがクウの部屋でカエルの置物を観察する場面がある。少し意識して見てみると面白いことに気づく。

 

ひげを生やしてシルクハットを被ったカエルに「れき」、卒業帽(モルタルボードハット)を被り、鞄を持っているカエルに「ひかり」、エプロン姿のカエルに「ねむ」、お気楽そうに寝転んでいるカエルには「かな」、そしてリボンを付けて体を伸ばしているカエルに「くう」、カエルらしくちょこんと座っている方には「らっか」と書かれている。

 

ここでは、クウなりの見立てによる家族の形が表現されている。クウにとって、ラッカは同じリボンを着けた姉妹であり、とても近い関係にあると考えているようだ。同じように、ラッカもとても近い存在としてクウを見ていたのだろう。それだけに、二度と会えないと思われる旅立ちの日が突然やってきたことが、口惜しかったに違いない。

 

その後ラッカは、おもむろに「らっか」と書かれたカエルを指先で転がしてしまう。自己否定してしまう瞬間であるとも考えられる。

 

実はカエルを転がすより先に、ラッカの羽が黒く表現されている場面がある。ラッカ自身のモノローグにあるように、概ね一か月ほど悲しみに暮れて、一人内にこもった生活をしていたようだが、カエルの置物を転がした当日の朝には、すでにラッカの羽に斑点ができ始めている。罪憑きという状態がそうさせたのかもしれない。

 

いずれにしろ、カエルを転がしてからラッカは自分の羽の斑点をかなり認識するようになっている。

 

 

一、罪憑き

 

では、罪憑きとは何なのだろう。レキの言葉を借りれば以下のようなことだろう。

 

「この街は灰羽のためにあるんだ、壁は灰羽を守るためにあり、いい灰羽は、この街で幸せに暮らし、時期が来たら壁を越える、でも時々、街の祝福を受けられない灰羽が生まれる、その灰羽は、繭の夢を正しく思い出すことも出来ず、巣立ちの日も訪れない、祝福の無い灰羽にとって、壁は逃げ場を奪う檻になる、そういう灰羽を、罪憑きという」

 

その後レキは、自分は生まれながらの罪憑きであることを告白する。そしてレキを守ってくれたクラモリという人物のことを話す。

 

「…、クラモリは、わたしを怖がらなかった、いつもそばにいてくれた、同情じゃなくて、ただ、いてくれたんだ」

 

クラモリという人物はどのような行動をし、レキやネムにどのような影響を与えたのだろうか。「罪憑き」という何とも忌まわしい名称ではあるが、この現象は今まさに始まったばかりなので、この先改めて検討することになる。この物語の中心的テーマの一つと考えられる。

 

 

二、グリの街 もう一つの見方

 

グリの街について、第五話でグリという音から日本語検索でいくつかの単語を元に、その意味について考えてみた。つまりグリ(guri)という綴りからイメージできる言葉たちを検討したのだが、実は海外向けの英語字幕では「the town of Glie」と表現されている。つまり「guri」ではなく、「Glie」なのである。

 

では「Glie」とはどのような意味があるのだろうか。これも検索をかけると、フランス語、イタリア語で神経膠(しんけいこう)、英語ではこのような綴りではなく「Glia」という単語が同じ意味を持っているらしいことが分かる。ではこの「Glie 、Glia」が意味する「神経膠」とは何なのだろうか。

 

心理学を学ぶと人体の脳についても学ぶのだが、その構造については認知神経科学、あるいは生理学といった分野でさらに詳しく学ぶことになる。この中で例えば神経細胞、軸索(じくさく)、樹状突起(じゅじょうとっき)などといった用語とともに「グリア細胞」という単語も登場する。このグリア細胞のグリアという名称こそ、グリの街の名前の由来ではないかと思っている。

 

ではここで、先の用語も踏まえて脳の構造について簡単に触れておきたい。まず、脳が神経細胞からできていることは想像に難くないだろう。人体が刺激を受けると、その情報は樹状突起から細胞体へと送られる。細胞体はその情報を他の細胞へ伝えるかどうかを判断し、伝える場合は軸索(長さに幅があり数ミリから数10㎝程度のものもある)を通して次の細胞へと送ることになる。この一連の機能を包括しているのが神経細胞ニューロン)である。

 

しかし脳は神経細胞だけで構成されているわけではない。数の上ではその10倍程あるとされるグリア細胞とともに存在している。グリア細胞神経細胞の周りを取り囲み、適切な位置、機能が得られるよう、神経細胞を支える重要な役割を持つ。またエネルギーの供給や不要な物質の取り込みなども行っている。

 

つまりグリア細胞で構成された脳の中で、神経細胞がアリの巣のようにネットワークを形成していると言えば分かりやすいかもしれない。グリア細胞神経細胞を支え、エネルギーを供給し、生命維持のために大変重要な機能を果たしていることになる。

 

神経膠の膠とは「にかわ」という意味があり、動物の骨や内臓、皮などを煮詰めたゼラチン状の物質を乾かしたものである。神経細胞をある位置に「固定」するという表現から、この膠という言葉が用いられているようだが、確かになるほどと感心させられる。ちなみに接着剤のことを英語でグルーと言ったりもするのだが、お察しの通り語源はグリアからきている。

 

さて、ここまで説明してくると、何となく分かっていただけるのではないだろうか。グリの街とは、あたかも人の脳のように大事な神経細胞を支え、エネルギーを供給しているグリア細胞のようである。言ってみれば神経細胞のために“ただ存在している”のである。

 

グリア細胞をグリの街とそこで暮らす人々に重ね合わせると、灰羽は自ずと神経細胞に対応する存在として浮かび上がってくるのではないだろうか。

 

“グリの街は灰羽を支えるためにあり、灰羽はその役目を果たすためにいる”

 

第五話のまとめでも紹介した「ハイバネ大辞典」に、地名については“諸説存在”とあり、それを調べることはあまり意味のないことなのかもしれないが、グリの街という名称についてあれこれ思いを巡らせてみると、単純だがそういった一文が頭に浮かんでくる。

 

グリの街は、灰羽が何らかの課題あるいは義務を果たすために用意されたゆりかごなのかもしれない。だがその役割が何なのかは、灰羽それぞれが見つけなくてはならない。そのヒントとなるのが夢に由来する名前であり、灰羽達は名前の課題を見出していくことになるのだろう。

 

以上、英語字幕の「Glie」という単語から検索を重ね、つらつらと思うところを書いてみた。次回、ラッカは「罪憑き」という課題に、さらに深く取り組むことになる。引き続きラッカの様子を見つめていく。

 

では。