61,心理学で読み解くアニメの世界
心理学で読み解くアニメの世界
「灰羽連盟」
第一話 繭 空を落ちる夢 オールドホーム
<プロローグ>
薄暗い空間を真っ逆さまに女の子は落ちてゆく。カラスの声で意識を戻すが、目はうつろなまま。『ここは…、わたし、空を、落ちてるんだ、不思議、なんで怖くないんだろう』
女の子へ語りかけるようにカラスが声を上げる。『わたしのこと、心配してくれるの、ここ、どこなんだろう、ふわふわして、暖かくて、でも胸がチリチリする、怖くないけど、心臓が冷たい』
カラスは落ちてゆく女の子の服の裾をくわえ、助けようとするかに見える。『無理だよ、でもありがとう』
やがて街が眼前に迫ってくると、女の子は始めて恐怖を感じる。
一、繭玉
大荷物を抱えたレキが、古びた建物の廊下を歩いている。何かに導かれるように、ある部屋のドアを開ける。するとレキはその中に大きな繭玉を見つける。
レキは「こりゃ、大変だ」と言うと、たばこの火を踏み消して、仲間を集め始める。
レキの仲間たちは、繭玉から新しい仲間が生まれてくるのを迎えるために、その部屋の片づけを始める。彼女たちがいろいろ準備をしていると、やがて繭玉から音がしてヒビが入り、中の水がそこから噴き出す。新しい仲間の誕生である。
二、命名
女の子がベッドの上で目を覚ます。彼女は自分の今の状況が理解できず、周りを見回す。すると程なく、レキと仲間たちがその部屋にやってくる。女の子は、自分が丸一日寝ていたらしいことを聞く。みんなは女の子に一斉に話しかけるが、彼女が混乱してしまうと感じたレキは、みんなを制し話始める。
「順を追って説明するね、たばこ、いい? …じゃ~、まず、あなたの見た夢を話して」
女の子:「なにか、すごく高い所から、まっすぐすっと落ちていく夢」
クウ:「わ~、あたしと同じだ~」
ヒカリ:「どうしよう、かぶっちゃうね」
クウ:「わたしの時は、ふわふわ漂ってるみたいな夢だったんだ、だからクウ(空)って名前」
ヒカリ:「灰羽は、繭の中で見た夢を名前にするの、わたしは真っ白な光の中にいる夢、だからヒカリ」
カナ:「わたしは河の中を魚みたいに漂っている夢、だから河の魚って書いてカナ、こっちは夢の中でも寝ていた、筋金入りの寝坊助のネム」
ネム:「ぶつわよ」
レキ:「その他には…、何かなかった?」
女の子:「何かを見た気がするんだけど…、思い出せない」
レキ:「う~ん」
たばこの灰が落ちるところから霊感を得たレキは「じゃぁ、落っこちるのラッカ(落下)にしよう、あなたの名前は、ラッカ」
ラッカ:「名前って、あっ、あれ、わたしの名前…」
レキ:「あなたが何者であったのか、もうだれも知らない、もちろん、あなた自身も…」
そう言うとレキは、ヒカリに声をかけて光輪の準備をさせる。
ヒカリ:「うん…、同士ラッカ、あなたの灰羽としての未来への標となるように、この光輪を授けます」
ヒカリは出来立ての光輪をラッカの頭上に配する。しかしすぐに落ちてしまう。仕方なく、光輪に補助を付ける。
三、灰羽
午後を知らせる鐘がなる。仕事の合間を縫ってやってきた仲間達は、それぞれの職場へ帰ってゆき、ラッカはレキと二人になる。
「やっと静かになった、大勢だとなかなか話が進まないからね、さて、何から話そうか」
「あっ、あのう、ここどこなんですか、灰羽って…」
レキは自分の背中についている羽を動かしてみせる。
「あっ、本物!」
「あなたにもじき生える、背中に違和感は?」
「すこし…、どっか寝違えたのかと思ってたけど」
「見せて」
熱っぽくなっているラッカの背中の様子を確認すると、レキは氷の用意を始める。羽の成長が思いのほか早いらしく、この世界について、事前に詳しく話す時間があまりない。
「あたしたち、人間じゃないの?」
「あたしたちが何者なのかは、誰にも分らない、とりあえず、灰羽って呼んでる」
「家に、帰りたい!」
「灰羽はこの街から出ることはできないんだよ、それに、この世界のどこかに、もしあなたの家族がいても、今のあなたを見て、あなただと思わないと思う」
「どうして」
「あなたが、あなたのいた世界を思い出せないように、この世界の誰もあなたのことを覚えていないの、ここは、そういう世界」
「なんであたしなの、あたし、なんの取りえもない、普通の女の子だったはずなのに」
「どうしてだろう、理由は誰も覚えていない」
「はぁっ!あぁぁっ」
激痛と共にラッカの背中に灰羽が生える。
「レキ、いるの? 何をしてるの?」
「あんたの羽を、きれいにしてる」
「ずっとしてる?」
「時間がかかるんだよ、血と油をきれいに落とさないとシミになっちゃう」
「きれいな羽だよ、白くも黒くもない、きれいな灰色」
四、オールドホーム
翌日、すっかり熱も収まり、ラッカは髪にブラシをかける。しかしラッカの髪は何故だかはねてしまう。意気消沈するラッカだが、彼女は自分の羽がふわふわしていることに気づく。
「レキ、もしかして、わたしが寝ちゃった後もずっと羽をきれいにしてくれてたの」
「あぁ、もちろん、きれいになってるでしょ」
「ありがとう」
「どういたしまして…、そしてようこそ、わたしたちのオールドホームへ」
第一話 まとめ ラッカの転生
物語はある女の子が真っ逆さまに落ちてくるところから始まる。印象的な導入部分であり「この子はどうなるのだろうか」と、我々視聴者は一気に不思議な世界へと引き込まれていくことになる。そして彼女と共に登場する「カラス」も印象的だ。カラスの行動にはどのような意味があるのだろうか。今後カラスについても、何度となく考察することになる。
一、落下のイメージ
冒頭、主人公の女の子は真っ逆さまに落ちていく。そしてそれを阻止するかのようにカラスが登場する。カラスは本当に落下する女の子を助けようとしているのだろうか…。
ここで「落下のイメージ」という小タイトルを付けたので、このイメージについて少し触れておきたい。「落ちる」という言葉に対して、肯定的な印象を持たれる方はあまりいないように感じられるのだが、いかかだろう。
「落ちる」とは、上から下へ自然に降下することを意味する。しかし、他にも様々な意味がある。リストから外れるという意味で落ちるという言葉を使うし、試験に躓くことも落ちると言う。他にも左遷されることを、都落ちなどと言ったりすることはご存じのとおりだ。
逆に多少なりともポジティブな表現を探すならば、清めるという意味で、憑いていたものが落ちるであったり、合点するという意味で、腑に落ちると言ったりもする。
ネガティブな意味の中でも、その最たるものが「地獄へ落ちる」ではないだろうか。より下位の世界、奈落の底や地の底へ「落ちる」のである。文字もまた「落ちる」「堕ちる」「墜ちる」というように、どことなく心が不安になるような形に見えてきはしないだろうか…。
「落ちる夢」を見た女の子を冒頭に登場させることで、この物語が何か良くないことをきっかけとして始まることを予感させるのだが、この予感は、落ちる夢だけがそう思わせている訳ではない。セリフに「ふわふわして、暖かくて、でも胸がチリチリする、怖くないけど、心臓が冷たい」とあるように、“心臓が冷たい”のである。
また「ふわふわして、暖かくて、でも胸がチリチリする」という表現なども、魂あるいは心が漂っているかのようである。女の子は死後の世界に送られてしまったのだろうか…。
別の見方をすることも出来るだろう。深層心理学的に見れば、より深い自分の内面への降下であり、普段意識することの無いような最深部への探求であるとする見方である。物語のその先を見つめる時、ここでは自分の心へのダイブだと考える方が、死後の世界と考えるよりも、もう少し前向きになれるのではないだろうか。
会ったことも無い人々と出会い、訪れたことの無い街で生きることで、自分に不足する心的に未成熟な部分を再認識し、それを補償、あるいは修正することで、次のステージをより生きやすくするなどのレベルアップを図るために、自身の無意識があたかも“意思を持つが如く”自らに課した試練とも考えられよう。
いずれにしても、この知らない世界で生きなくてはならないという理不尽さは、現実の世界で生きている私たちの所に降りかかる理不尽さと似ている。避けられない出来事に対してどのように関わっていけばいいのか…。
ただ一つ言えるのは、以前のうっすらとした記憶があるにも関わらず、その世界との関係が断たれ、この世界の住人として生きなければならないという違和感が、女の子の中にはっきりと存在しているということだ。
それはどこかに何かを忘れてきてしまったような空虚感ともいえるだろうか。そういった気だるさと共に、どのようなきっかけでこの世界にたどり着いたのかという、永遠の謎を抱えたまま、灰羽達はこの世界を生きなくてはならない。
ラッカと他の灰羽達、さらにこの街で生きる人々との交流の中から、それらを見つめる私たちの中にどのような心の変化が訪れるのか。たえず自問自答しながら見続けることで、きっと何かを学ぶことができるのではないだろうか。
二、繭玉(まゆだま)から生まれるということ
女の子は、何が起こっているのか分らないまま、気がつくと水で満たされ繭玉の中にいる。うっすらと聞こえる外の声に促されるように、繭玉の内壁をつかみ取ると、やがてその場所から水が外に漏れだし繭玉が割れる。この世界への転生を描いた印象的な場面だ。
このあたりの描写をご覧になって、どのような印象を持たれるだろうか。筆者は繭玉を子宮、繭玉の中の水を羊水に重ねてしまうのだが、そういった印象を持たれる方は筆者だけではないだろう。
また、あえて言うなら、ラッカ自身が落下後に繭玉に入り込むという表現は、人間の生殖による生命誕生のプロセスをも連想させる。この場面は「繭玉」というファンタジーを借りながらも、一人の人間の誕生を象徴的に表しているかのようである。
ところで、作者は灰羽たちが赤ん坊として生まれてくるのではなく、大きな繭の中からすでに子供、青少年、あるいは成人として生まれてくる方法を選択している。この世界に転生する前に、すでに夢を認識できる年齢に到達しているということなのだろうか。
そう考えると、灰羽達は全員前世の記憶が絶たれたことになる。逆に言えば、前世の記憶を断つことによって、初めてこの世界に生きる権利を得たとも言えるだろう。
「灰羽連盟」は謎の多い物語であり、謎の多くは解明されることはない。繭玉から生まれることにどのような意味があるのかも、明確な説明はなされない。ただ、起こっていることを受け入れるしかない。そこにどのような意味を見つけるかは、人それぞれであろうが、その過程こそが、この物語の最大の楽しみの一つと言えるのでなないだろうか。
三、灰羽とは(灰色であること)
ここでは最後に「灰羽」について少し触れておきたい。灰羽とはその名の通り灰色をした羽のことなのだが、同時に灰羽を持つ人々のことをも意味する。灰羽がこの世界にとってどのような存在なのかは、物語の先を見なければ分らないのだが、今のところ彼女たちの言葉を借りて検討してみる以外に方法はないだろう。以下にいくつかの印象的なセリフを挙げてみる。
1,灰羽は、繭の中で見た夢を名前にする
2,あなたが何者であったのか、もうだれも知らない、もちろん、あなた自身も…
3、あたしたちが何者なのかは、誰にも分らない、とりあえず、灰羽って呼んでる
4,灰羽はこの街から出ることはできないんだ
5,あなたが、あなたのいた世界を思い出せないように、この世界の誰もあなたのことを覚えていないの、ここは、そういう世界
灰羽がどのような存在なのかは、現時点では全く分からないが、自分についての記憶を失った状態で、この世界に転生してきたことははっきりしている。夢にちなんだ名前が命名され、この街であらたな人生を生きていくことになるらしい。
「灰羽」という存在は、この世界でどのような意味を持っているのだろうか。また、どのような行動が期待されているのだろうか。灰羽という概念は、きっと全編を通して考察していくことのなるのだろうが、小タイトルの括弧内にも書いたように、灰色であることに何らかの意味があるようにも感じられる。
「きれいな羽だよ、白くも黒くもない、きれいな灰色」
白を善なるもの、黒を邪悪なものと考えると、灰色とはその中間に位置する存在で、どちらの要素も兼ね備えた、いわゆる「普通の人間」として生きることが期待されているかのようである。どちらかに偏っているのではなく、あくまでも中庸な存在ということになるのかもしれない。
さて、全編を通して「灰羽」という存在について今後検討していくことになるが、何らかの結論を得たいわけではない。ただ様々な視点からこの物語を見つめていきたいと思っているので、よろしければぜひ最後までお付き合い願いたい。
では、今回はこのあたりで…。