68,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第八話 鳥

 

一、形見分け

 

朝、ラッカは老人の樹の染料を洗面所で洗い流す。しばらくするとカナがドアをノックする。

 

「ラッカ、起きた、みんな、クウの部屋にいるから」

「うっ、うん、今行く」

 

ラッカがクウの部屋のドアを開けると、ヒカリが「気に入ってくれた」と羽袋について訊ねてくる。ラッカは「うん」と答えて、みんながいるクウの部屋に入る。

 

ネム:「みんな少しずつ、思い出になるものを分けてもらうの」

レキ:「ラッカは、ベッドでいい?他になにか…」

 

「あれ…」

そう言うと、ラッカはカエルの置物セットをもらう。レキはベッドをラッカの部屋に運ぶ。

 

レキがラッカに話しかけても、ラッカはどこか上の空である。ソファーに腰掛け「羽の具合はどう」と明るく話しかけるが、ラッカの声は暗い。

 

「ずっとこんな風に、薬を使ったり、羽を隠さないといけないの」

「冬は、壁の力が弱まるから、悪いものの影響を受けやすいんだ、だから冬の間は…」

 

「うん…、灰羽ってなんなんだろう、壁も、この街も灰羽のためにあるんだってみんな言う、でも、灰羽は突然生まれて、突然消えてしまう、あたし、自分がどうして灰羽になったのか分らない、何も思い出せないままここに来て、何も出来ないまま、いつか消えてしまうんだとしたら、わたしに、何の意味があるの?」

 

レキはタバコに火をつけた後、ラッカに話しかける。

「あたしもね、昔、同じことを思った、意味は、きっとあるよ、それを見つけられたら、きっと…」

 

 

二、年少組の冬支度

 

レキとラッカは、年少組の子供達を伴って街へ買い物に出かける。途中、風車が並ぶ草原に差し掛かるとレキが語りかける。

 

「この景色も、もう見納めだね、もうすぐ雪が降る、そうしたら、一面真っ白になるよ、雲の中にいるみたいに、真っ白、そうなる前に、冬支度しないとね」

 

「うん…、雲の中か…、繭の中で見た夢も、雲の中みたいだった」

「あぁ、空の夢だもんね」

 

「うん、あのね、わたしも、そこから先、覚えてないの、わたし、そこで、とても大切な何かに出会った気がするの…、時々、何かを思い出しそうになるんだけど、怖いの、まるで…」

 

「あんまり先行くなよ~」レキは大声で子供たちに呼びかける。

 

「あたしがそばにいるよ、…あたしはクラモリを失ったせいで、道を踏み外しちゃったけど、何があってもきっと、ラッカのそばにいるから…」

 

そう言うと、レキは子供たちの後を追いかけラッカの傍らから走り去る。残されたラッカがふと上を見上げると、電線に二羽のカラスを見つける。じっと見つめられているように感じたラッカは、急いでレキの後を追う。

 

年少組の子供達と街にやってきたのは、冬に備えてコートを購入するためである。店主の話によると、同じデザインのコートを子供の数だけ(10着)用意するのは大変だったらしい。しかし、その子に合わせて裾丈の調整が必要であり、寸法を取るのも大仕事である。

 

三、店主とラッカ

 

店主とレキが子供の寸法取りをしている間、ラッカは自身の冬服を選んでいる。ふと店主が現れて「街には慣れた?」とラッカに尋ねる。続けて「こっちの冬、早いんでびっくりしたでしょ」

 

ラッカは一着選ぶと店主に渡す。「靴も合わせようか」そう言うと店主は「これなんかどう?」と言って、一対のブーツをラッカに提示する。ラッカが躊躇していると「遠慮は無し、灰羽はいつも元気に、ニコニコしててくんなきゃ」と言う。

 

「どうして?」

「どうしてって…、なんていうかな、ガキの頃からおふくろに、灰羽は天の祝福を受けた者って教わってきたからさ、縁起物って言ったら失礼か、ハハハ」

 

「あたし、祝福なんて…」

「あぁ、そんなの気にすんなって、街の人間で、勝手に思い込んでるだけだからさ」

 

「でも、わたし、手帖、あと一枚しか…」

「あぁ、だからブーツは、そうだな、年越しのプレゼントって…、まだ早いか、ハハハ、…まっ、何があったのか知らないけど、そのうち風向きも変わるさ」

 

「だめなんです、わたし、出来損ないの、灰羽だから」

「えぇ?」

 

 

四、女性客と紳士

 

店のドアが開き、カップルが入ってくる。店主が男性客の相手をしていると、女性客がラッカの存在に気づき「灰羽ちゃんだ!」と言って、ラッカの近くに寄ってくる。

 

ひとしきりラッカの周りで様子を見ていた女性客は、ラッカの光輪に触れる。遠慮のない女性の行動に対して、ラッカは「触らないで!」と言い残し、店を出て走り去ってしまう。

 

一目散にラッカは街中を駆け抜けるが、途中転んでしまう。近くにいた紳士が「また派手に転んだね、お嬢さん」と言って手を差し伸べる。紳士がラッカの羽袋を拾うと、はらりと黒い斑点のある羽が一枚落ちる。何とも言えぬ罪の意識からラッカは礼を言うことも出来ず、羽袋を掴むと再び走り去る。

 

風車のある草原にたどり着いたラッカは、風車のすぐそばまでやってきてぽつりとささやく。「わたしの居場所なんて、どこにもない」そう言うと、声をあげて涙にくれる。

 

「あたしなんて、いなくなっちゃえば、いいんだ」

 

 

五、カラスと西の森

 

カラスの声が聞こえてラッカが振り返ると、そこに一羽のカラスがいる。「あたしを呼んでる」ラッカが呟く。カラスが飛び立つ方向を見て「あっちは西の森」そう言うと、ラッカは導かれるようにカラスの後を追う。

 

薄暗い森に入ると間もなく、オールドホームの鐘の音が聞こえてくる。ラッカはさらに奥へと進んで行く。しばらく進むと、その先でカラスが待っていたかのように一鳴きする。さらに森の奥へと飛んでいく。「やっぱり、呼んでるんだ」そういうとラッカはさらに奥へと進んで行く。するとやがて古びた井戸の前に出る。

 

「空気が、違うみたい」

 

数羽のカラスが見守る中、ラッカはそっと井戸の中を覗く。「なんだろう…、これを見せたかったの、そのために、わたしを呼んだの」一瞬躊躇するが、ラッカはその井戸の中へと入っていく。

 

 

六、井戸

 

ラッカは井戸の内側に突き出している鉄のはしごを下りていくが、錆びている下層の足場が砕けて、井戸の底に落ちてしまう。

 

(ドアの音や歩く音、そして水が流れる音あるいは雨の音が聞こえる)

『わたしなんて、いなくなっちゃえばいいんだ』

 

ラッカは落ちていく夢を見る。

『いつか、どこかで見た、夢、でも、寒い…』

手を広げるとそこにはカラスの黒い羽がある。

『そうだ、あの時』

 

落ちていくラッカを助けるかのように、カラスが服の裾をくわえている様子を思い出して『無理だよ、でも、ありがとう』と呟く。

 

ラッカは井戸の底へと落ちていくイメージの中で、意識を取り戻す。起き上がり、ぼうっとしながら手を広げると、そこには井戸の底の土がある。はっとして手の先を見ると、そこには一羽のカラスの遺骸がある。

 

井戸から出られなくなったラッカは、怖いはずなのに「あなたが、わたしを呼んだの」と語りかける。

 

「鳥の姿をしてるけど、ずっと昔、どこかでわたし、あなたを知っていた気がする」

 

 

七、埋葬

 

レキはオールドホームに戻ると、ラッカが帰宅していないことを知り不安になる。話し合いの結果、みんなは夜中になって慌てるより、探しに行くことにする。

 

ネム:「まさかラッカがこのまま家出しちゃうなんて、考えてたりしないわよね」

レキ:「ラッカは、あたしほどバカじゃないさ、でも、似てるんだ」

ネム:「あの時と…、あっ、ごめん」

レキ:「いいってば、行こう」

 

ラッカは、埋葬の為の穴を掘り、カラスの遺骸に話しかける。

「ごめんね、こんなことしかしてあげられなくて…、わたし、自分の名前も思い出せないの、灰羽はみんなそうなんだって、だからわたし、あなたが誰なのか思い出せない、ただ、大切な誰かとしか…、わたし、いつも一人ぼっちで、自分がいなくても、誰も悲しんだりしないって、思ってた、だから、消えてしまいたいって、思った、でも、あなたはそばにいてくれた、鳥になって、壁を越えて、わたしが、一人じゃなかったんだって、伝えようとしてくれたんだね…、あっ、あぁ」

 

ラッカが上を見上げると雪が降っている。

 

「わたし…」

 

 

第八話 まとめ 鳥について

 

第七話までは三つのタイトルが併存していたのだが、今回は「鳥」だけになっている。ストーリー全体が鳥に収斂(しゅうれん)されていく様子が分かるだろう。この物語では鳥が重要な役割を担っているのはご存じの通りだが、その意味するところは視聴する人によって様々だ。鳥が何を象徴しているのか、ここではその一端を紐解いてみたい。

 

第八話でも、ラッカはクウを失った悲しみを引きずっている。オールドホームの灰羽達は、ラッカのためにクウの持ち物の「形見分け」の機会を設けて、そこでラッカのためにベッドを割り当てることにする。

 

「他に何か…」というレキの声に促され、ラッカはカエルの置物セットを譲り受ける。カエルの置物セットは、クウがオールドホームのみんなを家族に見立てて名前を付けたもので、ラッカの名前もそこに書いてある。ラッカとクウが姉妹のように表現されているその置物は、クウとの思い出を投影できる大切なものであったに違いない。

 

 

一、灰羽とは

 

その後ラッカは、悶々とした苦悩の中からレキに対して疑問を投げがける。

 

「ずっとこんな風に、薬を使ったり、羽を隠さないといけないの」

「冬は、壁の力が弱まるから、悪いものの影響を受けやすいんだ、だから冬の間は…」

 

「うん…、灰羽ってなんなんだろう、壁も、この街も灰羽のためにあるんだってみんな言う、でも、灰羽は突然生まれて、突然消えてしまう、あたし、自分がどうして灰羽になったのか分らない、何も思い出せないままここに来て、何も出来ないまま、いつか消えてしまうんだとしたら、わたしに、何の意味があるの?」

 

「あたしもね、昔、同じことを思った、意味は、きっとあるよ、それを見つけられたら、きっと…」

 

レキ自身も答えを見つけられずにいるのである。その答えを見つけることが、灰羽としてこの世界に生きるということなのかもしれない。ラッカと共に、オールドホームの灰羽達みんなが抱えているとても大きな課題といえよう。

 

 

二、三つの出来事

 

1,天の祝福を受けた者

 

ラッカはレキと共に年少組の子供たちのために、街の古着屋へおそろいのコートを仕立てに行くことになる。そこで、古着屋の主人からこんなことを言われる。

 

灰羽はいつも元気に、ニコニコしててくんなきゃ」

 

「どうして?」というラッカの問いに、店主は「どうしてって…、なんていうかな、ガキの頃からおふくろに、灰羽は天の祝福を受けた者って教わってきたからさ、縁起物って言ったら失礼か、ハハハ」と答える。

 

 

2,灰羽ちゃんだ!

 

次は古着屋にやってきたカップルとのエピソードである。若い女性客がラッカの存在に気づき「灰羽ちゃんだ!」と言って、ラッカの近くに寄ってくる。ひとしきりラッカの様子を見ていた女性客は、最後にはラッカの光輪に触れる。するとその瞬間、ラッカはたまらず「触らないで!」と言って、古着屋から急ぎ足で出て行ってしまう。ラッカの気持ちが切れてしまった瞬間であろう。

 

 

3,紳士

 

女性客から逃げるように駆け出した後、ラッカは路上で大きく転んでしまう。近くにいた紳士が手を差し伸べるのだが、羽袋からはらりと黒い斑点のある羽が一枚落ちるのを見たラッカは、何とも言えぬ罪の意識に苛まれる。ラッカは礼を言うことも出来ず、羽袋を掴むと逃げるようにその場から走り去る。

 

さて、これら三つの場面を、みなさまはどのような心持でご覧になっただろうか。本来なら、それぞれあまり気にするようなことではいないように思われるのだが、ラッカは何か自分が悪いことでもしてしまったかような気分で、人々の視線から逃れようとしているように見える。

 

店主の言葉は、この街の住人の言葉(例えば店主の母親)を代弁しているに過ぎないし、若い女性も同じような言葉を聞いて育ったのだろう。紳士に至っては、ただ手助けをしたに過ぎない。ラッカにとって、自分を卑下するようなことなど何も無いにも関わらず、ラッカは何かから逃れようとしているかのようである。

 

 

三、いなくなっちゃえば、いいんだ

 

風車のある風の丘にたどり着いたラッカは「わたしの居場所なんて、どこにもない…、あたしなんて、いなくなっちゃえば、いいんだ」そう言うと、声をあげて涙にくれる。そんな時に鳥が現れる。ラッカは鳥に導かれ、西の森の井戸へと向かう。

 

鳥はなぜラッカを井戸へ呼び寄せたのか。井戸の中へ入っていくことに、どのような意味があるのだろうか。ラッカが井戸の底で鳥の骨を見つけたとき「あなたが、わたしを呼んだの…、鳥の姿をしてるけど、ずっと昔、どこかでわたし、あなたを知っていた気がする」と言っているように、鳥は誰かを暗示しているのだろうか。

 

深層心理学的には、下層世界への降下のイメージは、より深い部分にある自分の心への接触と考えられている。鳥が誰かを暗示しているというより、鳥が象徴する自分自身でも気づかなかった自分の別の側面との遭遇、と考える方が分かりやすいかもしれない。

 

物語冒頭のラッカの夢(落下のイメージ)をもう一度繰り返すように、井戸へと降下して行く場面の表現はきわめて重層的で、この街への転生と同じように井戸の中への探索もまた必然であったことが推察される。この街へ転生し、井戸の中でカラスを葬ることがラッカに要請されていたとも考えられよう。

 

ラッカにとってこの井戸は大切な場所であり、来なくてはならない場所である。自力で到達できる最も低い場所である井戸の底で、ラッカはもう一人の自分と出会い、ある種の「決着」をつける必要があったのかもしれない。この場所はそのために用意されているのではないだろうか。

 

 

四、埋葬が意味すること

 

さて、灰羽の羽が黒くなることを罪憑きといった。恐らく黒くなるという表面的なことではなく、そうなってしまう心のあり様が問われているのであろう。罪憑きとは心の病(停滞状態)である。

 

「三、いなくなっちゃえば、いいんだ」で触れたように、もし井戸の底のカラスがラッカの多面的側面の一つを象徴しているような存在であった場合、罪憑きという心理的危機が埋葬(処理)されたことになり、ラッカの罪が許されたと考えることもできそうだ。

 

かつては強力に自分を支えてくれた一つの手法(一側面)であったものが、自身の成長を経てもう不要になった場合、あるいは自分を苦しめるような手法となってしまった場合、新しい手法を獲得しなければならない。

 

例えば、自分が思っていることを素直に表現できる人がいる反面、どうしても言いたいことが言えない人もいる。幼少のころから自分の言うことに理解を示し、受け止めてくれる存在がいた場合、その人は言いたいことを表現することに抵抗は感じられないだろう。

 

だが、口にした言葉が否定され、罵倒され、嘲笑されるような体験を重ねた者は、どのような方略を身に付けるだろう。きっと「真実を語るな、語れば攻撃される」と考え、自分自身を守るために真実を語らない方略を選択するのではないだろうか。

 

場の雰囲気を読み、当たり障りのない言葉を選ぶことで、自分を攻撃の対象から回避させることができる。そうすることで幼い自分の心を守ることができるだろう。しかし大人になると、いつまでもそうことから逃げ続けることができなくなる。

 

誰しも傷つきたくはないが、全身でぶつかっていかないと、新しい方略はなかなか獲得するのが難しい。中途半端な取り組みでは身につかないものだ。実はここで取り上げた例えは、物語の核心的なテーマから連想した。すこし先の話になるのだが、どこか心に留めていただければと思う。

 

さて、少し話が逸れてしまったので話を戻そう。ラッカはカラスに懐かしさを覚え、以前に出会った親しい人々の面影を追想しているのだが、本編ではそれが誰なのか、あえて象徴的表現を避けているように感じられる。親なのか、大事な友達なのかは全く分からない。

 

カラスが誰なのかを想像することは自由なのだが、それではあまりに対象が広すぎるような気がするのは筆者だけではないだろう。それよりも、自分の中の「何か」と考えた方が理解しやすい気がする。

 

つまり自らの殻に閉じこもり、自分の思い込みの世界に飲み込まれているラッカに対して、かつての親友(ここでは鳥となったもう一人の自分であり、ラッカを助けてきた人生方略でもある)が、今の姿(無用となった不必要な方略)を見せることで、象徴的に自分が取り組むべき課題(新たな方略の獲得)を伝えていると理解することもできよう。

 

先にも述べたように、自分が生きる上で必要だった考え方、すなわち気持ちが落ち込んだ時は自分の殻に閉じこもり、他者からの援助を拒絶することで精神的な平安を保ってきた幼児的方略が、もはや自己成長には役に立たなくなってしまった、あるいはむしろ妨げとなり、自分を苦しめる元凶となってしまったと考えると、その古い考え方は変更されなくてはならない。

 

カラスは自分自身の遺骸を見せることで、不要となった自分を葬ることを求めてきたのかもしれない。そしてラッカは無意識にそれを受け入れ、かつての方略に別れを告げた。この井戸は、ラッカがその儀式を行うために用意された特別な場所であると考えることもできるだろう。

 

 

五、最後に

 

はっきりとは分からないが、井戸に水が満たされている時期の様子が描かれているのはご確認いただけるだろう。ドアの音、水の音、ラッカとこの井戸、あるいは水との関りが水面の映像と音によって表現されている。ひょっとするとラッカは、井戸あるいは水と深い関りがあるのかもしれない。

 

いずれにしても、ラッカはここでカラスを埋葬することができた。一つの決着をつけられたのかもしれないが、最下部の梯子が折れてしまっているために、井戸から脱出することができない。暗くなり雪も降り始めて途方に暮れる。もう一つの試練の時が訪れるのである。

 

では、この続きは第九話の中で。