59、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「魔女の旅々」

 

 

第九話 遡る嘆き

 

注)この回の放送時、冒頭以下のような注意書きが表示されるので、そのまま掲載しておく。

 

<この作品には一部刺激的な表現が含まれています。

児童および青少年の視聴には十分ご注意ください。>

 

 

時計郷ロストルフの広場で、イレイナは路銀を使い果たし途方に暮れている。ベンチに座っていると、風に吹かれて彼女の足元に広告とみられる紙がからみつく。拾い上げてその紙に目を落とすと、以下のような文面が書かれている。

 

『超短期間働ける魔法使いを大募集、大金を稼ぐチャンスです、興味のある方は、今すぐ以下の住所まで…』

 

依頼人は…、薫衣(くんい)の魔女エステル」

 

 

一、薫衣の魔女エステル

 

「それでイレイナさん、わたしを訪ねてきたということは、働く気があるってことでいいんだよね」

 

イレイナは、仕事の報酬や内容についてエステルから説明を受ける。エステルからの成功報酬はかなりの大金なのだが、それを知ったイレイナは少し不安になる。だが、そんなイレイナにエステルはこう告げる。

 

「大丈夫だよ、イレイナさんには、わたしのお供をしてもらいたいだけだから」

「お供、どこに?」

 

エステルは続けて「その前に、二丁目殺人鬼の話は知ってる?」

「二丁目殺人鬼、穏やかではない響きですね」

「この国では、誰でも知っている有名な話だよ」

 

 

二、二丁目殺人鬼

 

エステルは二丁目殺人鬼の事件について、詳しく話し始める。

 

「今から十年前に、二丁目にある金持ちの家に強盗が入った、家にいた金持ちの夫婦は殺されてしまったが、セレナという一人娘は、買い物に出かけていて無事だった、その後、セレナは伯父に引き取られたが、そこでひどい虐待を受けて、心に闇を抱えて、人を、悲惨で救いのない世界を憎むようになってしまった、セレナは伯父を刺殺したんだ、メッタ刺しにね、そして姿を消した」

 

「もしかして、そのセレナという子が…」

「うん、二丁目殺人鬼」

 

「彼女は、わたしの幼馴染だったの、仲良しで、まるで本物の姉妹のようで、だけどわたしは魔法を学ぶため、別の国に留学することになった、そして留学を終えて戻ってきたときには、セレナはすでに…、人を殺す快楽を覚えてしまった彼女は、次から次へと殺人を繰り返し、今から三年前に、ようやく捕まって処刑された、…わたしが捕まえたんだ」

 

「あぁっ・・!」

「そして…、処刑した、この手で、首をはねた」

 

「本当は、助けてあげたかった、償うチャンスをあげたかった、だがわたしは国に使える身で、国王様の命令は絶対」

 

「おっほん、それでエステルさん、その話は、わたしがお供していく場所と、どのような関係があるのでしょうか」

 

「わたしはあの子を救ってあげたい、だから一緒に来てほしい」

「救うって、三年前に処刑されたっておっしゃいましたよね」

「そうよ、だから行くのよ、十年前にね」

 

 

三、依頼内容

 

「どうやって行くつもりですか、十年前に」

この問いにエステルは、セレナを処刑したあの日から、時を遡るための魔法を研究し続けてきたと答える。

 

十年前には、まだまともだったセレナがいるので、強盗が彼女の両親を殺すのを阻止することで、セレナの未来が救われるとエステルは固く信じている。そうすることで、やり直しができると信じているのである。

 

事情を理解したイレイナであったが、そのためにイレイナが果たす役割が理解できないとエステルに告げる。すると、彼女はその手段をゆっくり説明し始める。

 

話によると、過去へ戻るための魔法は気が遠くなるぐらいのエネルギーが必要とのことで、そのために彼女は自身の血液を貯め続けたという。それだけの代償(記憶や声など)が必要らしい。だが、まだ魔力の元が足りないらしい。

 

現在の魔力をすべて注ぐことで、一応過去へ戻れるが、そうするとエステルの魔力が尽きてしまうことになる。そこで、もう一人魔女を連れて行き、魔力を共有できるリングを用いることで問題に対処できるのだという。

 

「どう、やってくれる」

 

「わたし、旅人なものですから、十年前のこの国というものに、少しだけ興味があります」

 

 

四、過去への旅立ち

 

エステルの魔法は成功し、二人は十年前の世界の夕方五時に戻っている。エステルの魔力では滞在時間は一時間だという。二人はセレナの家へ向かう。

 

エステルの話によると、約二十分後、セレナの家に強盗が押し入るという。その前にセレナの両親を家から非難させ、強盗を待ち伏せて撃退するという計画らしい。

 

イレイナは、十年後の世界は「ずいぶんと違ったものになっている」のではないかと尋ねると、エステルはこう答える。

 

「過去に干渉したところで、わたしがセレナを殺した未来は変わらないんだ、つまり、わたしたちが戻るのは、元々いた世界だけど、殺人鬼が生まれなかったこの世界は、全く違う時間軸となって存在することになるの」

 

それを聞いたイレイナは、思わず「それって意味あるんですか」と尋ねてしまう。つまり十年後に戻っても、エステルがセレナを処刑した事実は変わらないのである。

 

するとエステルは「こうすることで私の気が晴れるもの、あの子が救われた未来がどこかにあるって思えるだけでも、十分でしょ」と答える。

 

「そういうものですかね」

「そういうものだよ」

 

 

五、セレナとの遭遇

 

二人がセレナの家へ向かう途中、エステルは街角で偶然セレナを見つけ、彼女の元へ向かう。そしてエステルは思わずセレナを抱きしめて声をかける。しかしセレナは「新手の宗教の勧誘かなにかですか」と答えると、彼女はエステルに薄気味悪さを感じてその場を立ち去る。

 

エステルの一方的な感情の高まりを、イレイナは冷静に見つめている。

 

一足早くセレナの家に到着した二人は、セレナの両親を救うべく、エステルが小さいころの自分の姉を演じ、両親を家から外出させることに成功する。その場に残ったイレイナは、強盗を待ち伏せするはずだったが…。

 

いつまでたっても強盗が現れないのをいぶかしく思っているところ、リングを通してエステルに魔力が吸い取られていくのをイレイナは感じる。エステルが強盗と戦っていると感じたイレイナは「魔女相手に強盗が勝てるはずがない」と高を括っていたのだが…。

 

リングに導かれるように、エステルの元に向かうイレイナ。だがそこに、彼女は衝撃的な状況を目にする。

 

 

六、惨劇

 

「お姉さん、この女と一緒にいた人ですよね」セレナはそういうと、血だらけのエステルの体を踏みつける。

 

「困ったな、どうしようかな、お姉さんも殺しておこうかなぁ、あたし、両親から虐待を受けてたんです、父にはいやらしいことをされ、嫉妬した母にはぶたれ、それなのに家の外では、仲のいい家族を演じるという、壊れた家でした、だから殺しちゃいました、これって許されますか、びっくりしちゃうよね、お姉さんたちがわたしの計画を邪魔しに来たタイミングに、本当に未来から来たんですか、ねえ、本当に未来からきたというのなら、教えてくれません、未来のわたしって何をしてます?」

 

「親友に殺されます」

 

「親友に? あたしに親友なんていませんが…、あぁ、はるほどなるほど、わたし分っちゃいました、これが未来のエステルですね、でもどうしてエステルに?(殺されるのか)」

 

「あなたが、殺人鬼になったから」

「なるほど、殺人鬼に、なるほど納得です」

「納得…」

「だって、人を殺すのって、こんなに、楽しいんだもの!」

 

笑いながら襲い掛かるセレナに、イレイナは一瞬躊躇するが、その様子に気づいたエステルが、セレナに攻撃魔法をたたみかける。

 

許さない、許さない、セレナ、わたしを、ずっとだましていたの、友達だと思っていたのに、友達だと思っていたのに、あなたがきっといい子に戻れると思っていたのに、ずっとずっとずっと、わたしをだましてたの、ねぇ! この悪魔」

 

「こ・の・人・殺・し」

 

エステルさん、待って下さい、待って、これは、これは、こんなことは…」イレイナはリングを外すが…。

 

「あなたとの思い出なんかいらない、全部いらない、あなたごと全部、なくなってしまえばいい、あなたなんて助けなければ良かった、あなたのことなんて振り返らなければ良かった、あなたの死なんて憐れまなければよかった、あなたなんて、あなたなんて死んでしまえばいいのよ、あなたなんて、あなたなんて、あなたなんて、さよなら、セレナ」

 

エステルは最後の魔力を振り絞り、セレナを処刑する。その時、夕方六時の鐘が鳴る。

 

 

七、忘却

 

気がつくと二人は十年後の世界に戻っている。

 

エステルさん」

「イレイナさんだっけ…、あたし何を…、これは?…」

 

「覚えていないんですか…、セレナさんのこと…」

「だれ?…」

 

「記憶を代償に、魔力を…」

「その人は、あたしにとって何だったの?」

 

「何でもありません、今は、もう…」

「ふぅん、そっか…」

 

エステルの言葉を聞いて、イレイナは彼女の部屋を飛び出す。

 

 

八、夕暮れの広場

 

「止められなかった、彼女を二度も、その手で、親友を…、あたしはただの旅人、ただの魔女、未熟で…、何もできないで…」

 

イレイナは一人、広場のベンチで涙を流す。

 

 

物語の考察

 

さて、今回も暗い話である。シリーズの中でも飛びぬけてダークな物語であり、子供が観たら確実にトラウマとなることだろう。それでもこの回は制作され、放映されている。作者にとっては、なんとしても表現したかった内容が詰め込まれているということなのだと考えれば、その内容を吟味することで作者の心的世界をもう少し詳しく知ることができるだろう。

 

また、その世界観に対する視聴者側の受け止め方からは、視聴者自身の内的世界と、その中にある「自分にとって許せない思い」が何なのかを“改めて、あるいは思わず”確認することができるかもしれない。例えばセレナ、エステル共に許される復讐の範囲などは、人によってかなりの違いが出てくるだろう。

 

ひどい目に遭ったのだから、両親を殺すことは許されると考えるのか。やはり人殺しは犯罪なので、警察へ訴え出るか…などなど。各自が考える解決策をどこかの掲示板に書き込むかもしれない。それが、それぞれの考えならお互いに共有することもできるだろう。だが物語に腹を立て、勢いその作者への中傷となってしまうと、冷静な意見交換もできなくなってしまう。それが炎上というものの一つの形なのかもしれないが…。

 

 

一、エステルの目的

 

さてここで、この物語の主人公エステルの目的について少し考えてみたい。先ずは何より、エステルにはセレナを自分の手で処刑してしまったという自責の念がある。この自責の念は、かつて二人が仲良しだったといういい思い出があったことに由来していると考えられるだろう。

 

さいころから二人は仲良しで、エステルはセレナがいい子だったと固く信じているのである。従って、セレナが殺人鬼になる『きっかけ』を取り除けば、セレナの人生は大きく変わるだろうとエステルは考えた。

 

このような理由からエステルは時間を遡る魔法を学び、実際にその魔法を発動することになる。この時同行者イレイナが、十年後の世界は「ずいぶんと違ったものになっているのでは?」と指摘すると、エステルは面白いことを答えている。

 

『過去に干渉したところで、わたしがセレナを殺した未来は変わらないんだ、つまり、わたしたちが戻るのは、元々いた世界だけど、殺人鬼が生まれなかったこの世界は、全く違う時間軸となって存在することになるの』

 

つまり十年前の世界の変化に関係なく、十年後のセレナは殺人鬼のままであるという。十年前の世界の変化によって新しく生まれた時間軸の先では、もしかしたらセレナは殺人鬼とはならなかったかもしれない…、というのである。

 

何とも心もとない答えである。二人が帰る元の世界では、引き続きセレナは殺人鬼のままなのである。イレイナが、思わず「それって意味があるんですか?」と聞きたくなるのもよく分るだろう。エステルは自分でも言っているように「こうすることで私の気が晴れるもの、あの子が救われた未来がどこかにあるって思えるだけでも、十分でしょ」と考えているのである。

 

さて、このように見てくると、エステルの目的は自分自身ができなかったことを“やり直そう”とするのではなく、誰か(ここではセレナ)の人生を“変えよう”としているように感じられるのだがいかがだろう。他者の人生を変えることなどできるのであろうか? これは大きな命題である。

 

もちろん自分の行動が何らかの影響を与え、結果として他者の行動に変化をもたらすことはあるかもしれない。しかしその変化を受け入れるかどうかは、当人の考え方によるだろう。やはり受け入れがたいと感じられれば、従来の行動パターンに戻ることになる。

 

一時的に意識を変えることができるかもしれないが、なるほどその通りだと納得しなければ、新たな人生を手に入れることができるかどうかは分らない。どんなに合理的で画期的な提案であっても、受け入れるだけの精神状態でなければ、徒労に終わるしかない。自分の力で相手の意識や生き方を変えることなど、不可能とまでは言わないが、極めて困難なことなのである。

 

 

二、怒りのコントロール

 

イレイナのセリフに「魔女相手に強盗が勝てるはずがない」というものがある。しかしエステルは、セレナとの戦い(争い事)において不覚にも刃物で刺されてしまう。エステルは、セレナがそのような事をするわけがないと油断したのである。

 

しかしセレナにとってエステルは、気にかける必要の無い、その他大勢の中の一人でしかなかった。それはセレナのセリフ「あたしに親友なんていませんが…」という一言に、よく表わされている。

 

親友と思っていたエステルにとって、この一言は大変つらいものであっただろう。また、それに続く“殺人への欲求”を口にするセレナに対して、嫌悪や憎悪といった激しい感情を抱き、復讐心が彼女を捉えることになる。

 

『許さない、許さない、セレナ、わたしを、ずっとだましていたの、友達だと思っていたのに、友達だと思っていたのに、あなたがきっといい子に戻れると思っていたのに、ずっとずっとずっと、わたしをだましてたの、ねぇ! この悪魔』

 

この時エステルは“友達だと思ってた”、“いい子に戻れると思ってた”のに、“だましていた”と理解した。裏切られたと感じたのである。セレナに刺されたとはいうものの、エステルはこの時魔女という圧倒的優位にあった。にも関わらず、エステルは感情に押し流されるように、セレナを私的に処刑してしまう。

 

十年後の元の世界では、王の命令とはいえ合法的な処刑であって、非難されるようなことではなかった。しかしここでのエステルは、私的な憎しみに駆られて冷静さを失っている。怒りに心が奪われているのである。

 

 

三、思い込みという罪

 

この物語が成立するためには、強盗事件を体験する前のセレナが、いい子であったという前提が必要である。小さいころエステルとセレナの写真が示しているように、彼女たちの幼少期は幸せな時期でなければならなかったのである。だが、実際はそうではなかった。

 

また、目的のところでも書いたが、エステルは確固たる見通しがあって時間魔法を発動したわけでもない。きっと過去に戻れば、事件を回避し、セレナは別の時間軸で幸せに暮らしていけるに違いないと、勝手に思い込んでいるに過ぎないのである。無謀な挑戦といえるだろう。だがエステルはその計画を実行する。

 

思い込みとは恐ろしいものである…。

 

ここで思い込みを実感できるような、簡単なテストを用意してみた。『ドクター・スミス問題』と言われているとても有名なものなので、知っている人も多いと思うが読んでみてほしい。

 

 

『ドクター・スミスは、アメリカの一流病院に勤める有能な外科医である。ドクター・スミスが夜勤をしていたある日、緊急外来の要請が舞い込み、その対処をすることとなった。父親と息子が一緒にドライブをしている時、父親のハンドル操作の過ちから車が大破、父親は即死、息子は重体との報告だ。しばらくすると、重体の息子が病室に運ばれてきた。その顔を見てドクター・スミスはあっと驚き、茫然自失となった。その子供はドクター・スミスの息子だったのだ。』

 

さて、この子供とドクター・スミスとの関係はどのようなものだろうか?

…というものである。しばらくこの答えを考えていただきたい。

 

いかかがだろうか?

 

 

人は無意識的に様々な思い込みをしている。他愛のない思い込みなら笑って許されることもあろうが、時にはその思い込みによって、決定的に他者を傷つけることもある。特に力のある者が思い込みによって行動すると、取り返しのつかないことが起こったりする。

 

言うまでもないことだが、一番怖いのは政治家の思い込みである。世界を破滅へと向かわせるだけの強力な力があるのだから、一般市民はたまったもんじゃない。よくよく国の行く末を考えてもらいたいものだ。

 

さて、エステルに話を戻そう。エステルは魔法使いである。イレイナが言っているように「魔女相手に強盗が勝てるはずがない」のである。それほどに魔法使いは特別な存在であるし、尊敬もされている。特異な力を持っているのである。エステルを政治家と同列に考える必要はないが、大きな力を発揮できる点を捉えれば、全く共通性が無いとも言い切れないだろう。

 

国王は人を動かし処刑もできる。一方エステルは、時間を遡り過去へとアクセスもできる。驚異的な力である。自ずとその力の使い方には、細心の注意が必要となる。エステルにその資格があるのか、今のところ若干疑わしい気がするのだが、みなさんはいかが感じられるだろうか。

 

 

四、代償

 

最後に、物語のラストについてすこし触れておきたい。第四話の「民なき国の王女」のところでもそうなのだが、今回の物語の中でもしっかり説明されていることがある。それは強力な魔法を発動する時、それ相応の代償となるエネルギーが必要であるということだ。

 

「民なき国の王女」では、父王に呪いをかけるにあたり、術者の記憶が失われるという代償を払うことが求められた。一方今回のエステルは、過去へ遡るにあたり、それ相応の“自身の血液”がエネルギーとして求められている。言ってみれば、身を切る代償が求められているのである。魔法はそれほど、実施者にその責任を負わせているとも言えよう。

 

王女は知恵を働かせ、恨みを成就するため記憶を失った自分へメッセージを残していた。しかしエステルは、記憶を代償とすることなど考えていなかった。現場で想定外の出来事に振り回され、我を忘れて魔力を使い果たしてしまったのである(ひょっとして承知の上での行為だったかもしれないのだが)。その結果、記憶を魔力のエネルギーとして消費してしまったと考えることができるだろう。

 

「あなたとの思い出なんかいらない、全部いらない、あなたごと全部、なくなってしまえばいい」というエステルのセリフにあるように、彼女の無意識は記憶を代償とすることを、半ば承知していたのかもしれない。

 

大きな魔法、つまり絶大な影響力を発揮する時、その影響力の大きさから心的負担を軽減するために記憶を失ってしまうということは、当人の精神的安定のために、むしろ必要なことだったのかもしれない。これは、留めておくにはあまりにも強烈なエネルギーであるので、それを圧縮し、心の外へ押し出してしまうようなことと似ている。

 

解離性障害といわれるものの中でも健忘、特にある特定のことだけが思い出せなくなるものを選択的健忘というが、エステルはまさにこの健忘によって、しばらくは心の平穏を保つことができるだろう。しかし思い出してしまった時は、今と同じ苦しみを再び経験することになる。それはあまりにも過酷なことだ。

 

イレイナは過去での出来事を詳細に告げることなく、エステルの元から走り去る。深く関わらず、旅人としての自由を求めて旅を続けるイレイナにとって、その選択は極めて正しかったといえるだろう。イレイナの目的は、ただ旅を続けることなのである。

 

 

おわりに

 

さて、56から59の投稿まで「魔女の旅々」の中でもダークな雰囲気を醸し出している炎上回を三つ(四話)取り上げてきた。一応付け加えておくが、全体のストーリーは明るく楽しいものも多く、イレイナの成長を見届ける物語となっている。

 

作者自身が「暗い話も書きたかった」というように、13回シリーズの中でも、なるほど暗い話の割合が多い。実は他にもダークな物語があるのだが、ここでは取り上げなかった。是非ご自身で検討を試みてほしい。

 

今回取り上げたのは、それらの中でも飛び切りダークなもの四つである。これらは特にペルソナ、つまり対外的な側面を越えて、より深く心の内面をえぐるかのような語り口だったのではないだろうか。

 

不安、誘惑、無邪気、恥辱、支配、絶望、独裁、復讐、破壊、憎悪、憤怒、殺人…。いかがだろう、挙げてみるとなかなかネガティブな言葉たちである。しかしこれらの要素を、この物語を通じて見事に表現しているといえる。

 

このように見てみると、白石定規なる作者は、語るのがはばかられるようなネガティブな感情の渦を、見事に表現のできる稀代のストーリーテラーなのかもしれない。もちろん好き嫌いは当然あるのだが…。

 

以上、思うところをいろいろ書いてみた。楽しんでいただけたのなら幸いである。

 

 

ところで、ドクター・スミス問題の回答なのだが、お分かりいただけたであろうか。答えは簡単で“ドクター・スミスは女医”なのである。従って死亡した父親は夫ということになる。「有能な外科医」という言葉から、無意識に“ドクター・スミスは男性である”というバイアスがかかってしまったのではないだろうか。

 

別にこのバイアスが良い・悪いの問題ではない。人には様々な形で強烈な思い込み(バイアス)が存在するものだ。ご自身の思い込みについて、理解を深めていただけたら本望である。

 

では、また。

 

Midnight Walker

 

 

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現在コロナ感染が終息しつつある。今後しばらくは対面型の勉強会を企画していて、しばらくそちらの方に力を入れていくことになると思うので、こちらへの投稿は少し間隔があくかもしれない。

 

次回は、20年ぐらい前のアニメ作品全13話の投稿を用意している。投稿可能な状態になったら週一のペースで投稿していくので、それまで今しばらくお待ちいただきたい。

 

では。