64,心理学で読み解くアニメの世界
心理学で読み解くアニメの世界
「灰羽連盟」
第四話 ゴミの日 時計塔 壁を越える鳥
<ラッカの夢の中>
何もない世界。薄暗い空間にカラスが一羽舞い降りる。
『鳥だ、わたし、どこかで…』ラッカはそう言うと、鳥に近づこうとする。その時どこからか、鐘のような音が聞こえてくる。そしてその音は何度も繰り返し聞こえてくる。
一、焼却炉
バケツの底を叩いて、カナはラッカを起こす。
「おーきーろー(起きろ)」
「あー、なに、なに! あっ、カナ」
「今日、あたしの仕事手伝うって言ったじゃん」そう言いながら、カナは朝6時34分にラッカを起こす。
ベランダに置いてある鳥のエサを見つけたカナは「だめだよ、カラスが集まってきちゃう、ただでさえゴミを散らかされて困っているのに」と言って、そのエサをゴミ箱に入れてしまう。
「そうだゴミ!ラッカ!キッチンのゴミ出しちゃおう!」そう言うとカナは、ゴミを持ってホームの片隅にある焼却炉へと向かう。
カナは、焼却炉辺りにいるカラスを追い払うが、カラスはその場から離れない。カラスが焼却炉のドアの開け方を覚えていることに感心するラッカに「感心することか…、こんなに散らかしやがって」とカナは応じる。
カナはカラスの餌付けに反対である。ラッカの「あのさ、カラスの欲しがりそうなものだけ、別にしたらどうかな」という問いに対しても「そんな風に餌付けしてさ、街の外で生きていけなくなっちゃったらどうすんのさ、カラスには、カラスのルールがあるんだ、甘やかしちゃイカン」と答える。そしてカナは焼却炉にマッチで火を入れる。
「鳥はさ、この世界で唯一、壁を越えることを許されている特別な生き物なんだ、もし私たちが鳥にエサをやって、何の苦労も無く暮らせる場所を作っちゃったら、鳥は街に住みついて、多分二度と飛ばない、それは幸せかもしれないけど、可哀そうだ」
「うん」
カナがポケットから取り出した懐中時計を見て、ラッカが尋ねる。
「その時計どうしたの」
「へへぇ、いいだろう、そこの物置でほこりかぶってたの見つけて直したんだ」
「自分で?すごい!」
カナの話によると、今度大物に挑戦するらしい。その大物というのはオールドホームにある大型時計の機構部分のようで、昔誰かが修理したようなのだが、ほぼ出来上がっていて、もう少し手を入れれば完成するという。
「あ~、そうだ、仕事!」カナとラッカは慌てて仕事場へ向かう。
二、時計塔
カナが働いている時計屋に着くと、店のドアが閉まっているので、二人は裏の入り口から入る。すると店主が現れて“七分遅刻だ”と指摘する。二人は上の階の掃除を任される。
「灰羽はどうして働くのかな」
「義務だよ、義務」
「そうじゃなくて…」
「あたしたちはさ、この街ですごく守られてるじゃん、それってイヤじゃない?なんていうか、半人前扱いで…、だから借りを作らないように働くんじゃない」
「そっか、カナらしいな」
レキやヒカリやカナは、自分のやりたいことを見つけて仕事をしているが、ラッカはまだどうしたらいいか分らなくて、自信を失っている。
カナは「…そうだ、上に行かない」とラッカに声をかける。
カナはラッカを最上階のベランダへ誘う。そこは時計塔の機械室からさらに上へ行ったところにある。
「いい眺めだろ」
「うん」
「ここが一番高い場所だから、ここが平気なら、あとは怖もんなし」
「ううん、平気…、じゃないかも…」
「下を見るからだよ、遠くを見な」
「遠く、遠く…、一番遠くは…、壁」
「そうだね、この街はすり鉢状で、ここがその中心だから、壁の方が高いのかも」
「あの壁の向こうは、何かあるのかな」
「知るもんか、灰羽は近づくこともできないんだ、トーガの他は誰も街に入ってこないし、街の人間も外には出られない、もし出たら、二度とは帰ってこれない決まりになっている」
「あっ、鳥だ」
「うん」
「鳥が壁を越えていく」
「鳥はさ、忘れ物を運ぶんだって」
「忘れ物?」
「あたしたちが繭に入ったときに、忘れちゃった何か、なんか、そういう言い伝え、鳥は壁のこっちと向こうを行き来するから、そんな風に言われてんじゃねえの」
「ラッカ、平気になった」
「わっ、平気だ」
「じゃぁ、怖いもんなしだな」
仕事が終わりカナは店主と会話する。「今日は…、もういい」そう言うと店主はカナに道具箱を渡す。
「なに、これ?」
「遅刻した罰だ、おめえんとこの時計塔の修理な、あれぇ、おまえがやれ」
「いいの?」
「あぁ、わしらあんまり、灰羽の生活に関わり過ぎちゃいけねえからな」
カナは喜んで店主に抱きつくと、急いで店の外に出る。
「待って!…、今日はいろいろありがとうございました」そう言うラッカに「なぁ、カナはどっかに行っちまうつもりなんかな」と店主は尋ねる。
「いえ、わたしはカナの代わりに働きに来たわけじゃなくて、わたし新入りだからみんなが働いているのを見学させてもらってるんです、カナはここ、大好きだと思いますよ」
「そうか、いやぁ、あんたらそんな羽なんて付いてるから、ある日ふっと、どっか飛んで行っちまいそうな気がしてな」
「この羽、偉そうに付いてるだけで、全然飛べないんですよ」
「そうか、ならえぇ」
三、帰り道
街からの帰り道、ラッカが運転する自転車の後ろにカナが乗っている。
「今日はありがとうね」
「あぁ、参考になった?」
「いろいろ発見があったよ、人は見かけによらないって」
「河の匂いがする」
「うん」
「いつか、どこかでこんな風景を見たような気がする」
「まだそんなこと言ってる、分るけどね、そういうの、なんか思い出したりする?」
「ううん、不思議だね、言葉とか、自転車の漕ぎ方とか、そんなことは覚えているのに…」
「どうした?」
「こういう気分の時、わたしは歌を歌ってた気がするんだ、だから、なにか歌を思い出せばいいのにって…」
翌日、カナとカラスの攻防は続く。
「ガンバって」
「今のはわたしへの応援じゃないな…」
「そんなことないよ…、どっちもガンバレ」
「あぁ、なんだそりゃ」
第四話 まとめ カナの物語
一話から三話までの間に、この物語の独特の世界観が淡々と描かれてきた。街は基本的に閉ざされていて、そこに灰羽といわれる特別な人々がいること、そして、いくつかの“してはいけないこと”があり、灰羽はこの街の片隅に、あたかも住まわせてもらっているかのように、淡々と日々を過ごしている。ここまで、そんな灰羽達の日常が描かれていた。
四話以降は、今後の物語を繰り広げる各キャラクターについて紹介されることになる。主な登場人物は今のところラッカ、レキ、クウ、カナ、ヒカリ、ネムの六人であるが、ラッカとレキを中心に物語が進んでいくため、その他のクウ、カナ、ヒカリ、ネムの人物紹介が必要になるだろう。
ただ、職場紹介という点で言うと、第三話でレキが保母さんのように年少組の世話をすることを彼女自身は仕事と認識していて、その手伝いをする形でラッカが職場体験をしている。
また、ヒカリは灰羽が働ける街で唯一のパン屋で仕事をしているところが紹介されていて、ラッカとクウが年少組の子供たちのためにパンケーキを買いに訪れている。レキ、ヒカリを共に深く掘り下げているわけではないが、それぞれの仕事を日常の一コマとして描いている点は、キャラクター紹介の一部と考えていいかもしれない。
一、カナというキャラクター
第四話ではカナの物語が全編を通して語られている。カナという人物について、仕事や人との関わり方といった、彼女の気質についてみていきたい。
カナの性格を一言でいえば「竹を割ったような性格」といえるのではないだろうか。多くの人にはご理解いただけると思うが、物怖じしない、思ったことは遠慮なく口にするタイプであり、あっけらかんとしていて、発言内容はとても明快である。はっきりしすぎて、少し浮いているところもあるが、概ねオールドホームでは受け入れられているといえるだろう。
1,働くことについて
「灰羽はどうして働くのかな」というラッカの疑問に対して、カナはこう答えている。「義務だよ、義務」続けて「あたしたちはさ、この街ですごく守られてるじゃん、それってイヤじゃない?なんていうか、半人前扱いで…、だから借りを作らないように働くんじゃない」
カナはこの街で、灰羽が特別に守られた存在であることを理解している。だからこそ、それに見合う程度に仕事をする必要があると感じているのではないだろうか。“ギブアンドテイク”つまりお互い様と言えば分かりやすいだろう。
2,この街について
ラッカが思わず「あの壁の向こうは、何かあるのかな」と疑問を口にしたとき、カナは「知るもんか、灰羽は近づくこともできないんだ、トーガの他は誰も街に入ってこないし、街の人間も外には出られない、もし出たら、二度とは帰ってこれない決まりになっている」と答えている。
心のどこかでは疑問に感じているのかもしれないが、カナはどこまでもストレートに表現する。“知るもんか、そんなこと知ってどうする”とでも言おうとしているようだ。
3,鳥について
朝、カナは以下のようなことを言っている。
「鳥はさ、この世界で唯一、壁を越えることを許されている特別な生き物なんだ、もし私たちが鳥にエサをやって、何の苦労も無く暮らせる場所を作っちゃったら、鳥は街に住み着いて、多分二度と飛ばない、それは幸せかもしれないけど、可哀そうだ」
単純にカラスが嫌いという考えもあるだろうが、カナはカナなりに、カラスのことについて思いやる気持ちを持っている。目の前の生き物に食べ物を与えたいという単純な親切心も理解できるが、カナは生き物が自立できることが重要で、餌付けはそのチャンスを奪ってしまうものであると考えている。
それに対してラッカは、少しでも自然状態のカラスに生活のための餌を多く提供したいと考えている。餌のない不毛な大地なら分からなくもないが、少なくともこの世界では、カラスは餌に困ってはいないように見える。
自然が厳しいから、少しでも多く餌をやりたいう考えと、餌を与えることで、自然環境での生活力を奪ってしまうという考え方が明確に対比されている。どちらが正しいかはあまり意味が無くて、どちらもそれなりに重要なのだ。
この世界の環境を考えると、あまり餌付けは必要ないかもしれないのだが、ラッカはなぜかカラスに特別な感情を持っていて、カラスの生活に何らかの援助をしたいと考えているようだ。
また、時計塔から遠くの壁を見ていたラッカが「鳥が壁を越えていく」と呟くと、カナは「鳥はさ、忘れ物を運ぶんだって」と答え、鳥についてかつて聞いた話をラッカに語りかける。
「鳥はさ、忘れ物を運ぶんだって」続けて「あたしたちが繭に入ったときに、忘れちゃった何か、なんか、そういう言い伝え、鳥は壁のこっちと向こうを行き来するから、そんな風に言われてんじゃねえの」
カナはただ言い伝えをそのまま理解しているようだ。それ以上でもそれ以下でもない。分からないものは分からないまま、自分にできる仕事をして、この世界の“何か”に役立てばそれでいいと思っているようだ。ある意味達観しているのかもしれない。
ラッカとカナの対比は、ちょうど水と油のように感じられる。ビーカーに水と油を入れると水は下、油は上の方へと分離する。科学の実験で体験的に知られているようなことである。
しかし料理の世界では、水(お湯)と油を熱すると白濁(乳化)することも知られている。水と油は完全に対立関係にあるわけではない。ある一定の条件においては統合され、絶妙なハーモニーを奏でることもある。
オールドホームの一人ひとりがどのような役割を持ち、どのように関わっていくのかは現時点ではよく分からないが、そこには作者なりの意味を持たせたに違いない。意図した本来の意味とは違うかもしれないが、この先のストーリーから生まれる彼女たちのハーモニーに、引き続き耳を傾けてみたい。
では。