66,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第六話 夏の終わり 雨 喪失

 

朝からラッカは、オールドホームの各部屋を見て歩いている。自分の部屋を探しているのだが、なかなかいい部屋が見つからない。その後中庭で建物の図面を眺めていると、ラッカは思わず寒気を感じる。ふと上を見つめると、そこにはクウがいる。

 

「クウ~!」

「おはよう、そんなとこで何やってんの?」

「クウこそどうしたの、こんなに早く」

 

 

一、クウからのプレゼント

 

ゲストルームで、ラッカはクウのジャケットを譲ってもらう。

「良かった、ラッカに丁度の大きさで」

「いいの? もらっちゃって」

「クウには大きすぎるし、もうすぐ冬が来るから…」

 

クウの話だと、この街の冬は突然訪れるのだという。だから最初の年を迎える者は、みんな風邪を引くらしい。

 

「これ、何?」

「それね、…そろそろ自分の部屋を探そうかなって、ここはみんなの部屋だから、居心地が良すぎて、ここにいると楽する癖がついちゃいそうで…」

「えらい、ラッカももう一人前だね」

「いい先輩のおかげ」二人は笑いながら、会話を続ける。

 

鏡の前で、クウのジャケットを合わせているラッカに「いい部屋見つかった?」と尋ねながら、クウはテーブルの上のラッカの地図に何かを書きこむ。

 

「あたし、もう行くね」

「えっ、もうすぐ朝ごはんだよ」

「うん、でも今日はいろいろとやることがあるんだ」

ラッカには、ドアを閉めて出ていくクウの様子がいつもと違うように感じられる。

 

 

二、時計塔の鐘

 

ヒカリ、レキ、ラッカは、クウの話をしながらいつものように食事の用意をしている。すると突然、オールドホームの時計塔の鐘の音が響き渡る。みんなが時計塔を見つめていると、カナが時計塔の窓からみんなに向かって「おーい、みんな、見てくれ!」と叫ぶ。

 

カナがみんなのところに戻ってきてからも、鐘の音は響き渡っている。ラッカが「あっ、あのさ、これ、いつまで鳴るのかな、なんて…」と言うと、カナは

「あ~、ブレーカーを落とせば止まるけど、そうすると時計も止まっちまうからな」と答える。

 

「そっ、それ意味ない」ヒカリがいうと、続けてレキが「アホか、とっとと止めに行け」と叫ぶ。カナは不満たらたらで時計塔へ向かう。

 

「あ~、あたし、手伝ってくる」そう言うとラッカはカナの後を追う。

 

 

三、クウの思い出

 

特に手伝うことも無いのだが、ラッカはカナを追って時計塔の機械室にやってくる。

 

「せっかく来てもらったけど、手伝ってもらうことはないな、服汚しちゃ悪いし…、それ、クウのだろ、ラッカにあげたってことは、クウもとうとうあきらめたか」

 

「何の話?」

カナはクウの話を始める。

 

「それ、クウがここに来て、最初に買った服なんだ、子ども扱いがイヤで、無理してみんなと同じタケの服を買ってさ、結局着れないまんま」

「いいのかな、もらっちゃって」

 

「クウはもう背伸びしなくても良くなったんだよ、きっと」

「えっ」

 

「昔のクウは、とにかくみんなの真似したがってさ、レキのスクーターいじって、電柱にぶつけたり、ヒカリのメガネかけて、目をまわして階段から落ちたり、昔は手のかかるチビだったけど、チビはチビなりに、大人になったのかもな」

 

「あたしも、頑張んなきゃ」

 

 

四、ラッカの部屋

 

引き続きラッカは部屋を探しまわるが、図面にクウが書いた「くうのおすすめ」という書き込みに気がつくと、ラッカは位置を確認して、その部屋に向かう。

 

部屋にやってきたラッカは、そっとドアを開け中に入る。

 

「なんだろう、なんか懐かしいような…」

「それはね、ここがラッカの生まれた場所だから」

 

「少しだけ覚えてる、ほんのすこしだけ」

「クウも少しだけ覚えてた、だから、そこを自分の部屋にしたんだ、ラッカはどう? 気に入った?」

 

「うん、…そうだ、どこ行ってたの? クウのためにホットケーキ作ったのにって、レキが怒ってたよ」

「へへ、レキに頼んでお弁当作ってもらった、ラッカの分も…、ハイ」

 

「あっ、ありがとう、そうか、あたしも朝ごはん食べそこねてた」

「レキが怒ってたよ」

「ははは」二人は笑う。

 

ドアの外を眺めながらクウが語り始める。

 

「心の中に、コップがあるの、きれいで透き通ったコップ、そこに小さな雫が落ちてくるの、ぽつっ、ぽつっ、ぽつって、毎日ちょっとずつ、それでね、今日、あたしのコップがいっぱいになったような、そんな気がしたんだ」

 

ラッカはクウに近寄り、触れようとするが、躊躇する。

 

「ラッカも、あたしに雫をくれたんだよ、だから、ありがとう」振り返ってそう言うと、クウはラッカの手を取る。

 

すると次の瞬間、クウは部屋の外へ走って出ていく。

 

 

五、嵐

 

黒い雲がたれこめ、風が強くなる。レキはベランダから戻ると一雨きそうだとラッカに告げる。

 

「そういやぁ、ラッカ、引越すんだって、クウが言ってたよ」

「クウ、他に何か言ってた?」

 

特に心当たりがないレキは「あっそうだ、キッチン片づけてくれたの、ラッカ?」と問いかけると、ラッカは「ううん」と否定し、恐らく「クウ」だと答える。

 

なぜか落ち着かないラッカは、お茶を入れようとキッチンに向かうレキを大声で呼び止めてしまうが「なに?」と問われて「何でもない」と答えてしまう。

 

“こういう天気の時は誰でも憂鬱になるよ、一人部屋が不安だったら、まだここにいてもいいんだよ”といったレキの気遣いの言葉に対して、ラッカは「それは平気」と答える。

 

「ねぇ、どうしてこの街には壁があるの?」

 

その質問に対してレキはこう返す。

「ここは守られてる場所なんだよ、良くないことのすべてから、あるいは、あたしたちが知るべきではないすべてから」

 

「それは…」

ラッカがさらに問いかけようとすると、激しい雷鳴と共に閃光が走る。

 

 

六、停電

 

オールドホームの電気が落ちると、レキはライトを探しに席を立つ。その間、ラッカが窓の外に目をやると、ベランダの手すりに一羽のカラスが舞い降りる。しかしカラスは一鳴きするとすぐに飛び立ってしまう。一瞬カラスと向かい合っていたラッカは何かを感じ、カラスの飛び立った方向を確認しようと部屋を出て、廊下の窓辺から外を見渡す。

 

カラスが西の森へ飛んでいくのを確認したラッカだったが、同時に森の中から強い光が空に向かって放たれていく様子も目撃する。同時にたくさんのカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 

後を追いかけてきたレキが「ラッカ」と声をかける。

 

「西の森に、鳥が…」

「ああ、カラスもびっくりしたんだろ」

「何かを知らせようとしたみたい」

「…早く部屋で体を拭きな、風邪ひくよ、あたしはチビどもを見て来るから、部屋にいて」

 

レキが部屋に戻るとヒカリ、ネム、ラッカがいる。カナは地下の発電室にいるらしい。いつもなら真っ先にこの部屋にいるはずのクウの姿が見えないことに、みんなが訝しく思っている。不安な気持ちを感じたラッカは「あたし、見てくる」といって部屋を出る。残された三人はラッカの様子を心配する。

 

「あたしは、ラッカを見てくる、カナが戻ったら、部屋にいるように言って、みんながバラバラに動くと収拾がつかない」そう言うとレキはラッカの後を追う。

 

オールドホームの入り口でラッカがクウを待っていると、そこへ遅れてレキがやってくる。どこかで雨宿りしているから大丈夫だとレキは言うが、ラッカは街へ行ったんじゃないと主張する。

 

「クウはレキにお弁当作ってって言ったんでしょ、水筒も持ってた、あれはクウなりの旅支度だったんだ」

 

「旅…、旅ってどこへ」

「たぶん、西の森」

「まさか…」

 

 

七、空に向かう光

 

「西の森に、クウが!」カナが合流する。

 

「立ち聞きしたわけじゃないぜ、発電機のヒューズが飛んでたから、時計塔のやつを使おうと思って…、それより」

「ああ、かもしれないって話…、クウの帰りが遅いから」

 

「でも、もし本当だとしたら、それって…」

「カナ! まだ決まったわけじゃない」

 

「…なんの話?」ラッカが不安げに尋ねる。

 

カナはラッカに、なんで西の森だと思ったのかを訪ねると、ラッカは西の森で光が空に向かって延びていくのが見えたと答える。するとレキが慌てたように本当なのかとラッカに確認する。ラッカは「たぶん…、でもすぐに雲に隠れちゃったから」と答える。

 

「うそだ、あたしは絶対信じない、信じないからな!」そういうとカナはその場から走り去る。

 

レキの話によると、灰羽は巣立ちの日が来ると壁を越えるらしい。

 

カナが慌てレインコートを持ち出す様子を見て、ヒカリとネムは何かあったのかと尋ねる。するとカナは「クウは西の森にいる、巣立ちの日が来たんだ!」と答え、再びオールドホームの入口へと向かう。

 

外へ出ようとするカナに対して、レキは道をふさぐ。暗くなってから西の森に行くことが危険であることは、レキはよく知っている。

 

「カナ、行ったって何もしてやれない」

「分ってるよ、でも、会うだけでいい、顔を見るだけでも…、レキはクウにサヨナラ言えないで平気なのかよ!」

 

「レキ、本当なの、クウは?」ネムが尋ねる。ヒカリも「間に合うなら、わたしもクウに会いたい」と続く。

 

「あたしだってそうだよ、でも、目印も無くあの森に入ったって、絶対抜けられやしない」

「目印があればいいの?」

「ラッカ…」

 

ラッカはカナに、時計塔の鐘を打ち続けることを提案すると、カナは急ぎ地下発電室へと向かう。その電力を使い、時計塔の鐘を鳴らすことでオールドホームの方向を示すことができるというわけだ。

 

「レキ、お願い、このまま何もしなかったら、わたしきっと後悔するから」

 

「で、レインコートはあと三人分、四人分?」ネムが尋ねると、レキは「分ったよ、みんなで行こう」と答える。

 

「でも約束して、壁には絶対触らないって」

 

 

八、西の森

 

「西の森の奥に、古い遺跡の跡地があって、巣立ちの日がきた灰羽は、そこに導かれて、壁を越えるっていわれている、巣立ちの日は、誰に、いつ訪れるか分らない、ただ、ある日、ふっといなくなってしまう、なぜそんなことが起きるのか、理由は誰も知らない、巣だっていく灰羽は、決してそのことを話さない、それに昔、繭が生まれない年が続いたせいで、巣立ちの日自体がもう何年もなかった、そう、何年もなかった、だから、いつか誰かがこんな形で分れるかもしれないってこと、忘れかけていたのかもしれない」

 

遺跡を目の前にして、ラッカが祭壇のようなところにかけ寄る。するとラッカは光を失った光輪を見つける。

 

ネム、ヒカリ、カナ、ラッカが祈りを捧げていると、少し離れたところで、レキが空を見上げながらそっと呟く。

 

「みんな、あたしを置いて行っちゃうんだな」

 

 

第六話 まとめ クウの旅立ち

 

今回は、ラッカが今後のために自室を探すところから物語は始まる。ラッカがオールドホーム内の各部屋を見回るが、どの部屋も傷んでいて決めかねていると、クウがラッカの建物図面の一室に「くうのおすすめ」という印をつける。そこはラッカが生まれた部屋である。

 

それから、クウは持っていたジャケットをラッカに譲ると「やることがある」と言ってラッカと別れる。ラッカはその時のクウの様子に、何とも言えない違和感を覚える。だが、それがどのようなことを暗示しているのかは、ラッカにはその時はまだよく分からなかった。

 

その後カナの修理によって、オールドホームの時計塔の鐘が鳴り響くことになるのだが、一旦鳴らし始めると自力では止まらない。「止めに行け!」とレキに叱られるが、実はこの鐘はこの後重要な役割を果たす。方向を示す道標となるのだ。

 

 

一、コンステレーション

 

後になって考えると、物事には何とも言えない関連性が見出されることがある。例えば、オールドホームの鐘が鳴り響くというイベントがそれに当たるかもしれない。端から見れば、それは偶然以外の何物でもないし、計算によって起こったわけでもない。しかし、このタイミングで起こったことには極めて重要な意味がある。

 

カナはこの世界に生まれて、たまたまオールドホームの時計塔にあるノートを見つける。そこに書いてある修理に関する記録を見てからは、時計塔の修理に情熱を燃やし、ラッカが時計屋の職場体験をした際には、店主からオールドホームの時計塔の修理を任されることにった。

 

時計に興味を持つこと、時計屋で仕事をすること、その時計屋からオールドホームの時計の修理許可を得たこと、またクウが巣立ちの日を迎えた日に時計塔の鐘を鳴らすことが出来るようになったことなど、とんでもない偶然の積み重ねによってオールドホームの灰羽達はその日を迎えたことになる。

 

物語の中では、この鐘の音を道標とすることで、西の森にある遺跡の場所へ暗い夜道であっても訪れることが出来た。オールドホームの灰羽達にとって、この日に西の森へ行くことが出来たことは、なによりの癒しとなったのだが、そのために必要なことが、実は偶然の積み重ねによってなされたのである。

 

コンステレーション(布置)という概念については、このブログの中で何度となく触れてきたのでご理解いただけると思うが、例え偶然の積み重ねであっても、その現象はお互いに何かしらの関連があると考えることで、偶然の中に必然を見出すような考え方である。

 

そこに意味を見出し、自分を見つめ直し、関係性の中で自省することが出来るかは、人それぞれである。こうすることが正しいことであるとは言うつもりはないが、様々な事象に対して不平不満を並べるよりは、物事の関連性に意識を向けた方が幾分生きやすいのではないかと感じたりもする。

 

被害者意識から離れて、そこにある材料から自分にできることに意識を集中する。そうすることで、少しは気分が楽になるのではないだろうか。

 

 

二、クウの成長

 

クウの成長について、オールドホームの時計台に遅れてやってきたラッカに語るカナのセリフは、とても重要な示唆を与えてくれる。

 

1,「それ、クウのだろ、ラッカにあげたってことは、クウもとうとうあきらめたか」

 

2,「それ、クウがここに来て、最初に買った服なんだ、子ども扱いがイヤで、無理してみんなと同じタケの服を買ってさ、結局着れないまんま」

 

3,「クウはもう背伸びしなくても良くなったんだよ、きっと」

 

4,「昔のクウは、とにかくみんなの真似したがってさ、レキのスクーターいじって、電柱にぶつけたり、ヒカリのメガネかけて、目をまわして階段から落ちたり、昔は手のかかるチビだったけど、チビはチビなりに、大人になったのかもな」

 

昔とは違うクウの変化を、カナはカナなりに認めていることが窺われる。そしてそれを裏付けるように、ラッカはクウから霊感のある言葉を受け取っている。

 

A,「心の中に、コップがあるの、きれいで透き通ったコップ、そこに小さな雫が落ちてくるの、ぽつっ、ぽつっ、ぽつって、毎日ちょっとずつ、それでね、今日、あたしのコップがいっぱいになったような、そんな気がしたんだ」

 

B,「ラッカも、あたしに雫をくれたんだよ、だから、ありがとう」

 

クウにとって、何かが自分を満たしているという感覚なのだろうか。クウが何を感じたのかは詳しく語られることはないが、クウにとって機が熟した瞬間、あるいはこの世界での課題をこなし、次のステップへと進むべき時を迎えた瞬間であると理解できるのではないだろうか。

 

それは例えば、ラッカという年上の後輩を迎えたことで、クウにその時が訪れたのかもしれない。カナの言葉を借りれば、背伸びをしないでありのままの自分を受け入れることができたということなのだろう。それがクウの課題の一つだったのかもしれない。

 

 

三、残された者たち

 

第六話で一番強調されているのは、クウが巣立っていった事実をオールドホームの灰羽達が確認する場面だろう。いつの世も、残された者たちの悲しみは強烈である。一定期間寝食を共に過ごしてきただけに、その喪失感は家族を失ったものと違いがないだろう。実際、オールドホームの灰羽達はほぼ家族の形を有していたように感じられる。

 

ラッカの誕生で、オールドホームの灰羽達は活力を得ることになったのだが、クウの旅立ちで、疑似家族の中に一時的な不協和音が生まれる。中でも、一番クウに近い感性を持っているラッカの喪失感は大きなものがある。

 

次回以降クウを失ったオールドホームの灰羽達が、どのようにしてその問題に取り組んでいくのか、物語はその核心部へと進んでいく。特にラッカがこの精神的危機をどう乗り越えていくのかが、この物語の大きなテーマとなっていく。引き続きラッカとその仲間たちの様子を見ていきたい。

 

では。