72,心理学で読み解くアニメの世界
心理学で読み解くアニメの世界
「灰羽連盟」
第十二話 鈴の実 過ぎ越しの祭 融和
レキが部屋から眠そうな様子で出てくる。続いてラッカも出てくる。ゲストルームのテーブルに忘れられたレキのライターを持って、レキを起こしに来たラッカは、彼女にライターを渡そうとする。しかしレキは「ラッカにあげる、もう必要ないから」と言ってゲストルームへと向かう。
作業服姿で現れたレキに対して、ヒカリは「何、その恰好、すぐに着替えて、手を洗って」と指示する。するとレキは「やれやれ、最近ヒカリ、しっかりしてきたな」とぼやく。ネムは「今日、鈴の実の市が立つ日よ、忘れてないわよね」とレキに念を押す。
ラッカ:「鈴の実って?」
ヒカリ:「過ぎ越しのお祭りに必要なの」
一、鈴の実の市
オールドホームの五人は鈴の実の市へと向かう。「殻が厚くて、振ると固い音がするのがいい実なのよ、…それはありがとうの実、お世話になった人にあげるの」とラッカが手に取ったエンジの実についてヒカリが説明する。ラッカがその音を聞いていると「楽しそうだね」と言って、レキがラッカに話しかける。
「気持ちのいい音、これは、感謝を表すものなの」
「色によって違うんだ、感謝とかお詫びとか、身近な人にこれを贈って、一年の区切りをつける」
レキとラッカがいるところに、たまたまミドリとヒョウコもやってきて鉢合わせする。レキがヒョウコの元へ近づくと、ミドリが「なによ」と警戒する。
ミドリ:「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」
レキ:「あたし一人の問題のために、みんなに迷惑かけて、悪かったと思う、あたしは、よそ者だったの」
そう言うと、レキはヒョウコに白い鈴の実を渡す。
ミドリ:「レキ」
ヒョウコ:「祭りは来週だぜ」
レキ:「時間が無いんだ、もう、会えないかもしれないから」
言い終わると、レキはすぐにその場から立ち去る。ヒョウコ、ミドリ、そしてラッカはその姿を見送る。
二、レキの過去
ラッカは、ヒョウコ、ミドリと一緒に橋の上で語り合う。
ヒョウコ:「五年前の土砂降りの日に、ここでレキに出会った、真っ黒な羽で、ずぶ濡れになって、泣きながら歩いてた、捨てられた猫みたいでさ、助けなきゃって思った」
ミドリ:「笑っちゃうわよね」
ヒョウコ:「うるせぇ、とにかくその日から、レキはうちらの仲間になったんだ」
ミドリ:「あんたを連れて、すぐ出て行っちゃったけどね」
ヒョウコ:「あの頃レキは、壁の向こうに行っちまった仲間に会いたがって、いつも泣いてた、何とかしてやりたくてさ」
ミドリ:「このバカは、レキを連れて壁を登ろうとしたの、壁にくさびを打ってね…、ヒョウコはもう助からないと思った、なのにレキはキズ一つ無くて、それが許せなかった」
ヒョウコ:「レキのせいじゃない、俺がやったことだ」
ミドリ:「とにかく、レキは勝手なのよ」
ヒョウコ:「一番レキになついてたくせに」
ミドリ:「うるさいわね!」
ラッカ:「私、レキの力になりたいの、無事に祝福を受けられるように」
ミドリ:「余計なお節介よ、レキは人に助けを求めるたちじゃない」
ラッカ:「違う!みんな気づかないだけ、レキは辛くても、笑顔でいるから」
ヒョウコは、レキにもらった鈴の実を宙に投げてキャッチすると「やってやるよ、こいつの返事をしなきゃなんねえし」と答える。
ミドリ:「ヒョウコ、南地区へは入れないのよ、分かってる」
ヒョウコ:「頭を使うんだよ、頭を」
ミドリ:「あんたが」
三、真の名
朝、オールドホームの一日が始まる。ゲストルームにいつものメンバーが集まるが、そこにレキの姿は無い。
ラッカ:「どうすればいいんだろう」
ネム:「自分にできることをすればいいのよ、後は、レキを信じましょ」
レキは自室で、自分の羽の斑点を薬草から作った薬で染めている。視線の先には、自分が描いたクラモリの絵がある。
「もう少ししたら、私は、みんなに忘れられて、消えてしまうんだ」そう言うと、クラモリの絵の傍らに近づく。
「どこで間違えたんだろう」
一方ラッカは、仕事をしながらレキのことを考えている。
「私がレキのためにできることって何だろう」
ラッカは、回廊の札の中になんらかの規則性を見つけ、その文字と指の形が似ていることに気づく。
仕事を終え、寺院の中庭にいる話師の元を訪れ、ラッカは手話を使ってみる。すると話師は「それをどこで?話してなさい、許可する」とラッカに話しかける。
「光箔を生む札のそばで、クウの気配を感じたんです、あれは、クウの札なんですね」
「だが、お前たちが付けた“空”という文字ではない、同じ響きを持つもう一つの名前だ」
「もう一つの名前」
「それは灰羽として定まった者の証だ、時期が来れば、壁に下げた札の名が真の名へと書き換えられる、…おぉ、そうだな、今はいい機会なのかもしれん」
話師はそう言うと、小さな木箱をラッカに渡す。
「これは壁の札を模して我々が作ったものだ」
受け取ったラッカは、その箱の蓋を開ける。するとそこには『絡果』の文字が…。
「その名の由来が分かるか」と話師が問う。
「私が木の実のようの殻に閉じこもっていたから」
「そして、この地で芽吹き、他者との繋がりを得たからだ、故にそれが、お前の真の名となる」
「レキ!レキは」
「「レキは己の真の名を知らない、レキは私の言葉を聞こうとはしない」
「何故」
「五年前レキは、病にかかった灰羽の少年を連れてきた」
「知ってます、壁にくさびを打って、登ろうとしたんです」
「それは重い罪だ、私は自警団を呼ぶしかなかった、レキは罪を負い、自らを罪の輪に閉じ込めてしまった」
「レキは、ずっと自分を責めてます、どうしてレキだけ許されないんですか」
「お前はなぜ許されたと思う」
「私は、自分を許した訳じゃ…」
「そうだな、だれも自分で自分を許すことはできない、だが、お前には鳥がいた、お前を信じ、寄り添うものが…」
「罪を知るものに罪はない…、一人では同じ場所を回り続けてしまうけど、でも、隣に誰かがいるなら…」ラッカはレキの姿を思い浮かべる。
話師はラッカに「祭りの後で、レキに渡しなさい」と言って、もう一つの小箱を渡す。「行け」と言われ、ラッカは挨拶を返すと、小走りにオールドホームへと帰ってゆく。
注)ここで渡される小箱にある札には『礫』」と書かれている。
四、過ぎ越しの祭り
朝、レキとヒカリが台所で料理をしている。レキは台所を使って夜の料理の仕込みをしたいらしいが、ヒカリのお菓子作りに時間が取られている。
レキはゲストルームのベランダに出て、そこからの景色を眺めている。
「過ぎ越しの祭りか…、ラッカ、あたしは今日は街に行かない、わがまま言ってごめん、でも、今日は、今日だけはここにいたいんだ、ここで暮らしたことを、決して忘れないように」
「うん、はじめてここから外を見たときね、知らない世界に来たんだって、ちょっと怖かった、でも、今はここが私の一番安心できる場所、ここには、いつもレキがいるから」
「ありがと、もし、あたしのこと忘れても、この部屋のことは忘れないでほしい」
「忘れないよ、忘れられるわけないじゃない、だって、レキといた時間は、私の思い出のすべてなんだから」
オールドホームの灰羽達は、過ぎ越しの祭りへと出かける。
ラッカ:「賑やかだね」
カナ:「最初の鐘が鳴りだしたら静かになるよ、過ぎ越しの時は、静かに過ごすものだから」
ラッカ:「そうなの」
ヒカリ:「そのためにこれがあるのよ、言葉ではなく、気持ちを伝えるために」
そう言うと、ヒカリは鈴の実を鳴らす。
「で、鐘の音が変わって、最後に…、おっと」
「最後に…?」
「お楽しみ、言葉じゃ説明できないもの」
それぞれが鈴の実を大切な人々へ渡す。
寮母、エリカ、パン屋のご夫婦、古着屋の店主、クウが働いていたカフェのマスター、時計屋の主人。
雪が降り、そして夜が深まっていく。
四、黄色の花火
ラッカは廃工場でミドリと落ち合う。以前ヒョウコが「やってやるよ、こいつの返事をしなきゃなんねえし」と言っているように、彼らには何か計画があるらしい。ミドリは「過ぎ越しの直前に余興があるの、レキは街に来てるんでしょ」とラッカに尋ねる。
しかし、ラッカは「ううん、今日はオールドホームに残るって」と答えると、ミドリが「何、なんで、お祭りなのに」と慌てる。すると街の時計塔の鐘の音が響き渡る。
「あぁ、鐘の音が、もう、時間が無いじゃない」
「待って、どうしたの」
「あんたに頼まれたことをするの」
ラッカとミドリはオールドホームへと走る。先に着いたミドリは、ラッカからレキの部屋の場所を聞くが「間に合わない、レキ! レキ! 会いに来たのよ、窓を開けて!」と叫んだ後、レキの部屋へ向かおうとする。遅く着いたラッカは、中庭に落ちていたレンガを両手に持ち、それを竪樋(たてどい)めがけて突進する。
鈍い音が響き渡る。すると程なくレキが窓を開ける。
「ラッカ…、ミドリ!どうして!」
「説明は後、廃工場の方を見て!」
…大きな打ち上げ花火が、一つまた一つと上がっていく。
『これが答えよ、ヒョウコと、あたしのね…』
「あれがヒョウコの返事だってさ」
「黄色ってどんな意味?」
「あたしはバカですって意味だよ…、ったく」
ミドリは、レキがヒョウコに渡した鈴の実を手に持ち、それをじっと見つめ「さよなら、そしてありがとう、か…」と呟くと、その場にしゃがみ込み涙を流す。その様子を見ていたラッカは、そっとその場を離れ、中庭の出入口に向かう。ふと振り返ると、部屋から下りてきたレキが、ミドリに声をかけている様子が見える。やがてミドリがレキにしがみついている様子を見て、ラッカの顔が笑顔に変わる。
ラッカが中庭から出ようとすると、オールドホームの灰羽達が帰ってくる。
カナ:「「あっ、ラッカ!」
ヒカリ:「早かったね、見た、さっきの花火」
ラッカ:「あと少しだけここにいて」
カナ:「えっ、えぇ」
ネム:「なぁに?」
ラッカ:「いいから」
そう言うと、ラッカはみんなを外に連れ出す。
カナ:「鐘が止んだ、今年も終わりか」
ラッカ;「そうだ、最後に何が起こるの?」
ヒカリ:「街の壁が、この一年受け止めてきたすべての人の想いを空に返すの」
ラッカ:「想い」
ヒカリ:「耳をすませて」
街を取り囲む壁全体が青白く光り始める。
注)「鈴の実」の色の意味 Wikiより
赤い実=お世話になりました(感謝)
緑の実=おめでとう(祝意)
茶の実=ごめんなさい(謝罪)
白い実=ありがとう、さようなら(感謝、惜別)
黄の実=好きです(好意)
第十二話 まとめ
一、鈴の実の市と過ぎ越しの祭り
第十二話では、鈴の実の市と過ぎ越しの祭りが取り上げられている。鈴の実の市とは、過ぎ越しの祭りのときに、贈り物として使用される鈴の実を取引するための市のことをいう。祭りの際には、それぞれが思い思いの鈴の実を贈りあうのだが、鈴の実の色に意味があり、言葉に頼ることなく気持ちを伝えることができるらしい。
では「過ぎ越しの祭り」とはどのようなイベントなのだろうか。何とも印象的な名称だが、調べてみると由来は旧約遺書の「出エジプト記」の中にあるらしいことが分かる。
かつてエジプト内に虐げられていた下層の人々がいた。彼らは神に選ばれた指導者モーセによってエジプトを脱出する。しかし時の権力者であるファラオがそれを阻止しようとしたため、神はエジプトに十の災いをもたらす。
十番目の災いとは、人だけでなく家畜も含めて「すべての初子を撃つ」というもので、神はモーセにその災いから逃れる方法を伝える。つまり二本の門柱と、かもいに子羊の血をつけることで、災いが「過ぎ越す」というのである。
西暦では概ね3月末から4月頃に行われる、ユダヤ教にとって重要なお祭り(記念日)となっているようだが、本編では年越しのお祭りとして描かれている。難を逃れ、新しい世界へと向かう記念日として、日本人の私たちには「過ぎ越し」と「年越し」は、あまり違和感がないかもしれない。宗教的な意味合いより、区切りを付けるイベントとして割と自然に受け入れられるかもしれない。
さて「祭りは来週だぜ」とヒョウコが言うように、この第十二話では鈴の実の市から過ぎ越しの祭りまでの数日間が描かれている。映像からも分かるように、まさに年末年始の慌ただしさが伝わってくる。ここでも私たちの生活をリアルに写し取っているようだ。
ところで「鈴の実」について、ここでもう一度触れておきたい。鈴の実は過ぎ越しの祭りに必要な小物で、言葉を用いずに気持ちを伝えるツールとして登場する。用土に混ぜ込む成分によっていくつかの色の実となり、色によってその意味するところが違う。意味については、本編最後に(注)としてWikiから引用しているので、そちらで確認願いたい。
それぞれが気持ちに合う鈴の実を大切な人にプレゼントすることで、一年の区切りをつける。レキはヒョウコに白い実を渡す。『ありがとう、さようなら』である。レキに残された時間が、あとわずかであることが象徴的に示される。
二、レキとミドリ、そしてヒョウコ
レキは罪憑きとしてこの街に生まれた。ネムと共にクラモリの保護の元、二年余りを過ごす。しかしクラモリに巣立ちの日が来て、彼女は二人の元から旅立ってしまう。罪憑きであったレキは、クラモリに対して依存する気持ちが強く、彼女が去ってしまったことで、裏切られたと強く感じて心が不安定になってしまう。
丁度その頃、レキはヒョウコと出会う。壁を越えた仲間(クラモリ)を慕って泣いて過ごすレキのために、ヒョウコは壁を越えようとする。しかし壁にくさびを打ち込むという罪を犯したヒョウコは病気になり、話師は自警団に通報せざるを得なくなる。それ以降、ヒョウコとレキはお互いの居住エリアに入ることが禁止される。
それから五年ほどの月日が経って、ラッカが生まれたと思われるのだが、当然その間にカナ、ヒカリ、クウが誕生していることになる。クラモリ以降、クウが壁を越えるまで、他の灰羽が壁を越えたのか詳しく語られることはないが、レキは自身の七年間に対して、どのような区切りをつけようとしているのだろうか。
レキは自分に起こることが何となく分かっている。祝福を拒否し、この街で誰とも関わらず静かに死んでいく、そんな未来をイメージしているかのようだ。一体何がレキの心を頑なにしているのだろうか…。
ラッカやミドリ、ヒョウコもレキの時間が残り少ないことに気がつき始めている。彼らは彼らなりにレキに対する思いがあって、ふっと消えてしまう灰羽であるからこそ、自分の気持ちを伝えておきたいと考えているようだ。淡々とした彼らの時間が静かに終焉の時を迎えようとしている。
やがて訪れる永遠の別れを前にして、レキとラッカはどのような関わり合いを持とうとしているのだろうか。次回最終話を前に、過ぎ越しの祭りを楽しむ灰羽達と共に、物語の中の少しセンチメンタルな場面を味わってみたい。