73,心理学で読み解くアニメの世界
心理学で読み解くアニメの世界
「灰羽連盟」
第十三話 レキの世界 祈り 終章
年越しのパーティーを終え、オールドホームの灰羽達はゲストルームで眠りについている。レキは一人、子供の布団を掛け直すと「さようなら」と言って部屋から出ていく。ドアが閉まる音に気づいたラッカは目を覚まし、そっとレキの後を追う。
一、『アトリエ』
ラッカはレキの部屋に入り、明かりをつけようとするが、スイッチが見当たらない。ラッカは、レキからもらったライターのことを思い出すと、ポケットから取り出し火をつける。
ベッドがある部屋にもレキの姿は無く、ラッカは『アトリエ』の扉を開けて中へ入るが、その瞬間ライターの火が消えてしまう。もう一度火をつけあたりを見回すと、そこには一面にレキの夢の世界が描かれている。
ラッカは、その殺伐とした世界観に圧倒されながらも、窓辺にレキの姿を見つける。そっと近づいていくと、レキが話始める。
「ラッカ、なぜここに」
「ごめんなさい、勝手に入って」
「ふふっ、ラッカは、最後までラッカだね」
「レキ、これは…」
「これが、あたしの繭の夢、あたしはこの道を歩いていた、風が冷たくて、涙で濡れたほっぺたが、チクチク傷んだのを覚えている、遠くで何かの音がする、でも疲れて何も考えられない、あたしは、石ころになりたかった、痛みも悲しみも感じない、ただの、石ころに…」
レキは窓を開ける。それに呼応してラッカはライターを消す。ラッカはさらに数歩近づき、レキに話しかける。
「灰羽連盟から預かってきたの、レキの、本当の名前」
「いらない、きっとその中には、何の救いもない」
「レキ、だとしても、レキはもうこの悪い夢を終わらせなきゃダメなの」
レキはゆっくりと振り返り、ラッカから小箱を受け取る。中を開けるとそこには手紙が入っている。
『レキという名の少女の物語を語ろう、その者は悲運に見舞われ、悲しみを分け合うはずの相手さえも失った、己の価値を見失い、自らを小石に例えてレキと(礫)呼んだ、だがその名は、引き裂かれたるものの意を表してレキ(轢)という…』
レキの表情は凍りつき、小箱を落としてしまう。その様子を見ていたラッカは小箱を拾い上げると、真の名が書かれた札に『轢』の文字を見つける。
「そんな…」
レキは激しく動揺し、両手をついて床に崩れ落ちる。
「そうか、引き裂かれたるもの…、そうだ、轢かれたんだ、これは道じゃない、何かを運ぶ、鉄のわだち、あたしはここで、自分を捨てたんだ」
レキの羽が黒くなる。
「あたしはね、ラッカ、ずっと、良い灰羽であり続ければ、いつかこの罪悪感から逃れられると思ってた、お笑い草だ、あたしにとって、この街は牢獄だったんだ、壁が意味するのは、死だ、ここは死によって隔てられているんだ、そしてこの部屋は…、この部屋は、繭だ、この暗い夢から、あたしはとうとう抜け出すことが出来なかった、ありもしない救いを求めて、七年間も、ずっと…」
レキは踊るかのようにくるくる回ると、その場に倒れこんでしまう。
「誰かを信じる度に、必ず裏切られた、だからいつか、信じるのを止めた、傷つかないですむように、あたしはただの、石ころになった、皮肉なもんだね、心を閉ざして親切に振舞えば、みんなあたしを良い灰羽だと言う、あたしの心の中は、こんなにも、暗く、汚れているのに」
「嘘だよ、レキはいつだってやさしかった、私、信じてる!」
「ラッカ、ラッカは気づかなかったんだね、あたしが、どれだけラッカのことを嫉んでいたか…、同じ罪憑きなのに、ラッカだけ許された、みんな、あたしを置いて行ってしまう、クウが巣立った時だって、あたしは、心のどこかでクウを嫉み、そんな自分を、心底軽蔑していた」
「嘘だ、レキは井戸に落ちた私を探しに来てくれた、ずっと看病して、薬を取って来てくれた、苦しい時、レキはいつだってそばにいてくれた!」
「そうだよ、どうしてだと思う!あたしはただ救いが欲しかったんだ、誰かの役に立っている時だけ、あたしは自分の罪を忘れることが出来た、そしていつか神様が来て、許しを与えてくれるんじゃないかって、そればかり考えていた」
「やめて、やめて」
「ラッカ、あたしにとって、ラッカはラッカでなくても良かったんだ」
「やめて!」
レキはラッカに詰め寄りながら言葉を続ける。
「ラッカの繭を見つけたとき、あたしは掛けをした、この灰羽があたしを信じてくれたら、あたしは許されるって、無理やり自分に言い聞かせた、だからあたしは優しく振舞った、繭から生まれたのが誰かなんて、関係なかった、全部、嘘だった、あたしは自分が救われればそれでよかった、ラッカがあたしを信じたのが間違いだった、分かったら出て行って、出ていけ!」
アトリエのドアまで追い詰められたラッカは、レキの真剣な顔を見つめた後、
涙を流しながら部屋を出ていく。
二、救いを求めるレキ
アトリエに一人残ったレキは、遠くに列車の汽笛を聞く。
「あの音がここまで来たら、あたしは消えるんだね」
レキの本当の心を語る小さなレキがうなづく。
「ラッカはレキを助けに来たのに」
「あたしには、救われる資格なんてない」
「あたしは、助けてって言うこともできないの」
そう言うと小さいレキは、どんどん変色していく。
「誰かを信じるのが、そんなに怖いの」
小さいレキは、土へと帰っていく。
レキは、小さいレキの様子に顔を背けながら、苦しい心情を吐露する。
「裏切られるのは、もう嫌なんだ、夢の中でも、この街でも、どれだけ願っても、一度も救いは訪れなかったじゃないか」
「だって、レキは、一度も助けてっても言わなかった、ずっと、待ってたのに」
「怖かったんだ、もし心から助けを求めて、誰も返事をしてくれなかったら、本当に、独りぼっちだとしたら」
小さいレキが、その姿を失いかけたとき、レキはその姿に駆け寄り抱きしめる。しかし小さいレキは姿を消し、遠くに聞こえた列車の汽笛が、さっきより近づいてくる。レキが振り返るとアトリエの壁に列車の姿が現れる。
三、ラッカの決断
一方ラッカは、レキの言葉に衝撃を受けて、ドアのすぐ後ろでうずくまる。
「何も知らなければ良かった、知らなければ、レキのこと、好きでいられた」
ラッカは、窓から吹き込む風に促されて顔を上げる。するとそこにはイーゼルの上にレキの絵があり、掛けてあった白いカバーの一部が風ではだける。ラッカはその絵に近づき、カバーを取り払う。クラモリの絵である。
ラッカはその絵を見ながら「あたし、レキを信じたい、だけど、だけど…」と呟く。ふと絵の背後に、ノートがあることに気づき、ラッカはそっと手を伸ばす。
そのノートは日記のようで、レキの心情が綴られている。
『クラモリ、ごめんなさい、私は許されなかった』
『年少組が作った雪だるま。まったくよくこんなに皆の特徴を捉えているもんだ。特にネムは傑作』
『カナがついに時計塔の時計を直した。ここ数日ずっとこもって作業していたけど ほんとに直してしまうなんて大したもんだ。でも鳴りやまないってのが難だけど…』
ラッカは、自分の繭をレキが見つけた日の記述を見つける。
『繭を見つけた。嬉しい。嬉しい。これはきっと特別な事だ。神様が私に遣わしてくれたんだ。うんと優しくしてあげよう。ずっと一緒にいてあげよう。今度こそ、私はクラモリみたいに、良い灰羽になるんだ。』
ラッカはふと、繭の中で聞いた『声の記憶』を思い出す。
「そうだ、私、繭の中でレキを…」
『聞こえますか、私の名前はレキ、繭を見つけたのは初めてだから、嬉しくて、ドキドキしています、灰羽は、名前や過去をなくしてしまうから、最初は寂しかったり、不安になったりすると思うけど、あたしがいつも一緒にいるから、何があっても、あなたを守るから、だから、あたしの最後の希望を、あなたに託すことを許して』
「私は、最初から、レキに守られていたんだ、レキ、私は、レキを救う鳥になるんだ」
ラッカは、アトリエのドアに再び手をかけ、クラモリの絵を一瞥したのち、そのドアを勢いよく開ける。
四、救いを拒むレキ
ラッカがドアを開けると、風が吹き荒れるレキの夢の世界が現れる。遠くに汽笛の音が聞こえる。「レキ!」と声を上げて名前を呼ぶが、汽笛の音だけが帰ってくる。ラッカが、足元の線路のその先に目を向けると、レキが横たわっている。急いで近づこうとすると、誰かがラッカの手を掴む。
ラッカが振り返ると、そこにはもう一人の小さいレキの姿がある。ラッカはその手を振り切り、レキの元へと行こうとするが、小さいレキは手を放そうとしない。
「放して!」
「レキには何も聞こえない」
「どうして…、レキ、レキ!」
線路の先のレキは、ゆっくり体を起こす。
「「レキはここで消えることを選んだ」
「違う、レキは私に救いを求めてた」
ラッカは振り返って、レキに向かって叫ぶ。
「レキ、レキ!私を呼んで、私が必要だって言って!」
近づく列車の前で、レキはその場を離れることができない。列車はさらに近づいてくる。涙を浮かべたレキは、ラッカの名前を呼ぶ。
“ラッカ…、助けて”
その瞬間、ラッカの手を掴んでいた小さいレキは、ガラスが砕けるようにその姿を消してゆく。ふとラッカは、手の中にある「轢」の札が割れているのに気がつく。
汽笛の音が迫る。身動きができないレキに駆け寄り、ラッカはぎりぎりのタイミングで列車からレキの身を守る。
どれぐらいの時間が過ぎたのだろうか。レキはふっと目を覚まし、倒れているラッカを見つけると、近づいて声をかける。
「ラッカ、ラッカ、ラッカ!」
ラッカはゆっくり目を開け、レキの顔を見ながら「レキ、良かった」と答える。
レキは涙を流し「ラッカ、ありがとう」と感謝の気持ちを伝える。
二人は寄り添い、一緒の時間を過ごす。すると、ぽつりとレキが呟く。
「あたしは、許されたんだろうか…」
長い沈黙の後、ラッカは手の中にある“札”の変化に気づく。
「あっ、これ、割れたはずなのに…、あっ、名前が…」
二人はラッカの手の中にある札に注目する。
『もしも、鳥が、お前に救いをもたらしたら、レキ(轢)という名は消え、石くれのレキ(礫)が、真の名となるであろう、そうなることを信じ、あらかじめ、レキという名の、新たな物語を、ここに記す』
五、旅立ち
オールドホームの前で、ラッカとレキが最後の挨拶を交わす。
「いつか、また会えるよね」
「うん、そう信じてる」
「あたしも信じる」
「目を閉じて」
「えっ」
「巣立ちの日を迎えた灰羽は、ふっといなくなるしきたりだからね」
「最後まで、レキはレキだね」
ラッカは目を閉じる。レキの足音が遠ざかる。
『その者は、険しき道を選び、弱者をいたわることで呪いをすすいだ、その神聖は、救いを得んがためのかりそめのものであったが、今やその者の本質となった、灰羽が巣立つとき、踏み石となる古い階段がある、レキとは、その踏み石であり、弱者の導き手となるものである』
明け方、ネムがラッカの傍らにやってくる。
「レキは無事に?」と言うネムの言葉に、ラッカは頷く。するとネムは「良かった」と呟く。ヒカリとカナも駆け寄ってくる。
カナ:「レキ!」
ヒカリ:「寂しいけど、良かったんだよね」
ネム:「そう、祝福があったんだから」
一方廃工場では、ヒョウコがぼうっと空を見ている。ミドリがそっと近づき「西の空、すごいよ、見に来ないの」と告げると、ヒョウコは白い鈴の実を手に「いいよ、返事はもう、もらってんだから」と答える。
すかさずミドリは「どうだかね」と応じる。続けて「ケーキ食べる」と問いかけると、ヒョウコは「いらねえ、甘いんだろ、どうせ…」と答える。
「レモンのスフレだよ、レキの手作り」
ヒョウコはハッとして、ミドリの方を振り返る。
「いらねえってば…」
「もうとん(でもなく)…、にぶい奴」
ミドリは、ヒョウコの光輪の上にスフレを置き「レモンは何色でしょう?」と言い残すと、その場を立ち去る。
<ラッカのモノローグ>
<その日の夕方、みんなで森に行きました、みんな、心のどこかで分かっていたみたいで、笑顔でお別れを言うことが出来ました、礼拝堂でお祈りして、オールドホームに戻り、いつもより、一人少ない食卓で、夕飯を食べました、レキは、私たちに沢山の絵を残してくれていました、レキが自分の暗い夢の絵の他に、こんなに明るく美しい絵も描いていたのだと知って、少しホッとしました、その絵を見ていると、本当にレキは、この街が、そして、オールドホームが好きだったんだなと思いました…>
…ネムが空を見上げる…
<もうすぐ冬が終わります、春になったら、新しい繭が生まれてくるのでしょうか、今度は、私が頼りになる先輩にならなくては、と思います>
ラッカはコードリールを引っ張りながら、懐中電灯をかざしつつ、薄暗がりの中のオールドホームの廊下を歩いている。ふと気になって、通過した部屋に戻り、中を見回すと、そこに小さな繭を見つける。ラッカが喜んでいると、その繭の隣に、さらに小さな繭が生まれてくる。
「あっ、双子だ、大変大変」そう言うと、ラッカは勢いよく走り出す。
“私はレキのこと、忘れない”
完
第十三話 まとめ
ドアの閉まる音を聞いて、ラッカはレキがゲストルームを出ていったことに気づく。ラッカはその後を追うように、そっとレキの部屋に入るが、周りが暗くてレキの姿を確認できない。レキから「入らないで」といわれているアトリエのドアをゆっくり開けると、ラッカは恐る恐るその中へ入っていく。
「ラッカ、なぜここに」というレキの問いに「ごめんなさい、勝手に入って」とラッカは答える。その言葉に対してレキは「ふふっ、ラッカは、最後までラッカだね」と応じる。
このやり取りは、ラッカとレキの「相手に対する距離の取り方」の違いを確認する上で興味深い。ラッカは心の思うままにレキを心配し、力になりたいとレキのアトリエに入ってしまう。お節介とまでは言わないが、他者の心の中にグイグイと入っていこうとする気質があるようだ。
それに対してレキは、他者との間にはどんなに仲良くなっても、明確な境界線を置く。他人の心にはむやみに立ち入らないことを心がけているようだが、逆に言えば、自分の心の中にもやたらに入って欲しくないとの意思表示でもあるだろう。良く言えば大人の対応だが、その考えがレキの心を破綻へと追いやっている。
一、罪悪感
アトリエに入ったラッカは、灰羽連盟の話師から渡された真の名が書かれている札の入った小箱をレキに渡す。そこには「轢」の文字が書かれていて、レキはショックでその場に崩れ落ちる。
「そうか、引き裂かれたるもの…、そうだ、轢かれたんだ、これは道じゃない、何かを運ぶ、鉄のわだち、あたしはここで、自分を捨てたんだ」
レキはその後、ラッカに対して自分がどのような考えをもって接していたかという話をする。
「あたしはね、ラッカ、ずっと、良い灰羽であり続ければ、いつかこの罪悪感から逃れられると思ってた」
さて、ここで言う罪悪感とはどのようなものなのだろうか。まずレキのセリフ「自分を捨てたんだ」から想像できるように、自らを引き裂いてしまうような行動をとってしまったことが考えられる。理由は何であれ、これがレキの原罪であろう。
かつての自分の行為に対して激しい絶望を感じながらも、レキは救われるために人を信じようとした。しかし、レキの言葉を借りれば「裏切られるのは、もう嫌なんだ」ということだ。他者を信じることが出来ないまま、レキは時間を費やしてしまったのである。
「誰かを信じる度に、必ず裏切られた、だからいつか、信じるのを止めた、傷つかないですむように、あたしはただの、石ころになった、皮肉なもんだね、心を閉ざして親切に振舞えば、みんなあたしを良い灰羽だと言う、あたしの心の中は、こんなにも、暗く、汚れているのに」
この街に転生する前の世界では、激しい葛藤に支配されていたのかもしれないが、オールドホームでの生活は以前とは違っていて、レキにはやり直すチャンスがあったはずだ。しかしレキはその機会を手にすることはできなかった。
レキはこの世界でもヒョウコを巻き込んだ事件を引き起こしてしまう。これは前世での葛藤を引きずった出来事といえるかもしれない。レキがずっと罪憑きのままなのは、前世の課題に取り組むことなく、人を信じることが出来なかったからではないだろうか。
「ラッカ、ラッカは気づかなかったんだね、あたしが、どれだけラッカのことを妬んででいたか…、同じ罪憑きなのに、ラッカだけ許された、みんな、あたしを置いて行ってしまう、クウが巣立った時だって、あたしは、心のどこかでクウを妬み、そんな自分を、心底軽蔑していた」
「嘘だ、レキは井戸に落ちた私を探しに来てくれた、ずっと看病して、薬を取って来てくれた、苦しい時、レキはいつだってそばにいてくれた!」
「そうだよ、どうしてだと思う!あたしはただ救いが欲しかったんだ、誰かの役に立っている時だけ、あたしは自分の罪を忘れることが出来た、そしていつか神様が来て、許しを与えてくれるんじゃないかって、そればかり考えていた…、ラッカ、あたしにとって、ラッカはラッカでなくても良かったんだ」
「やめて!」
このあたりの会話は聞くのが辛くなるのだが、確かにレキの本心を語っているようにみえる。救いだけが欲しいというレキの気持ちは分かるが、そう都合よく望んだことが実現できるわけもない。レキは取り組むべき課題である「罪悪感」に向き合っていなかったということなのだろう。
二、自由な子供(Free Child)
アトリエの中で列車の汽笛が聞こえ始めるころ、救いを求める小さなレキが登場する。彼女のセリフは以下の通りだ。
「ラッカはレキを助けに来たのに」
「あたしは、助けてって言うこともできないの」
「誰かを信じるのが、そんなに怖いの」
「だって、レキは、一度も助けてっても言わなかった、ずっと、待ってたのに」
以前にも取り上げた「交流分析」という理論を思い出していただきたい。この中で「自由な子供」と「適応的な子供」という二つの概念が登場した。自由な子供とは、本来の子供が持っているような、自由な喜怒哀楽の感情を素直に表現できる資質といえばいいだろうか。
つまり救いを求める小さなレキが「自由な子供」という立場を象徴しているのである。小さなレキの言葉は「ラッカはレキを助けに来たのに(なぜ拒否する)」、「あたしは、(なぜ)助けてって言うこともできないの」、「(なぜ)誰かを信じるのが、そんなに怖いの」、「だって、レキは、一度も助けてっても言わなかった、ずっと、待ってたのに(なぜ言わなかった)」というように「なぜ」が一つのキーワードとなっている。
「なぜ」レキは行動することが出来ないのか。物語の中でははっきりと表現されていないが『本当の自分を表現することに葛藤がある』からではないだろうか。
三、適応的な子供(Adapted Child)
それに対して、適応的な子供とはどういった存在なのだろうか。適応的とは臨機応変に対処しているかのような、いい印象を与えるかもしれないが、子供は力のある大人に抵抗できるわけもなく、親の態度に合わせることしかできない。逆らえば、命が途絶えることも覚悟しなくてはならない。
適応的とは、親の性格に合わせて確実に生き抜く力である。例えば世話好きな親ならば甘えたりすり寄ったりすることで、より多くの利益を得ることが出来るかもしれないが、放任的な親の場合、より速い時期から自立することを考えなければならないだろう。
四、二人の小さなレキ
救いを求める小さなレキに対して、もう一人の少女が登場する。救いを拒む小さなレキである。もうお分かりだと思うが、救いを拒む小さなレキが適応的な子供というわけなのだが、では適応的な子供がなぜ救いを拒否する小さなレキなのだろうか。
実はこの物語の中では、レキがなぜ人を信じられないのかという大きなきっかけなどは全く触れられていない。語られるのは。せいぜいヒョウコと壁を越えようとした出来事ぐらいである。そもそもその性質はこの街に生まれる前の話なのだから当然である。しかし以前のレキがどのような幼少時代を過ごしてきたのか、交流分析の中で少し説明が出来そうなのでここで試みてみたい。
例えば、辛い裏切りにあった場合(愛情に深く関わっている場合が多い)や、がっかりする出来事に遭遇した場合、誰しももう同じような目に遭いたくないと考えるだろう。特に人を信頼して裏切られた場合には、二度と信頼しないと心に強く思うものだ。
幼少の頃の強い決断はその後の人生を支配する。人を信頼しようと思ったら「それは危険な行為だ!」と警告してくれるので、裏切りから逃れることができるだろう。ただし、その時は自分を守るという役割を果たすことができるが、いつまでも同じ方略が通用するわけではない。いずれ破綻するかもしれないことを、胆に銘じておかなければならない。
幼少期に強く決断したことは、その時の自分を強力に守ることが出来るのだが、成人してからは、かつての考えがその後の人生を妨害することもある。
人を信頼してはならないという信念を強く持ってしまうと、職場での人間関係や恋愛のパートナー獲得が難しくなってしまうことが予想される。そもそも人間関係とは、相互の信頼によって築かれていることはご存じのとおりである。
五、再決断
一時はレキに追い出されたラッカだが、気持ちを持ち直して再びアトリエに戻ってくる。しかし救いを拒否する小さなレキがラッカの邪魔をする。結果としてレキはラッカに救いを求めることが出来たのだが、レキは放っておいてもラッカに助けを求めることが出来たのだろうか。信頼する気持ちを表明することが出来たのだろうか。
クライアントとカウンセラーの関係については、幾度となくお話してきた。実はラッカとレキの関係をカウンセリング的な関係としてみてみると、分かりやすいのではないかと思う。すなわちレキをクライアント、ラッカをカウンセラーとして考える視点である。
当初はラッカが一方的にレキの世話になっていたのだが、途中からはラッカがレキの心配をするようになる。特にラッカが罪憑きを克服したあたりから、レキの心に思いを寄せるようになっている。ラッカが自分の苦しみに対して、一つの答えを出せるようになったことが大きな要因と思われる。
カウンセラーは一方的にカウンセリングを行うわけではない。クライアントとの時間を共有し、ともに変化していくことを受け入れるものなのである。ラッカは思うがままにレキの身を案じ、その行く末に思いを巡らせる。そしてお節介といえるほどに、レキの世界に関わりを持とうとする。
その結果、レキとラッカはともに変化することとなった。ラッカは自身の支えとなった鳥のようにレキに寄り添うことを決心し、レキはラッカに対して心の底から信頼する心をもって、助けを求めることが出来るようなった。
「レキ、レキ!私を呼んで、私が必要だって言って!」というラッカの言葉は、レキに新たな勇気を与えたのである。その言葉があったからこそ、レキは「ラッカだからこそ信頼していいのだ(人は信頼していいのだ)」という再決断を行うことができたのであろう。レキが自分の課題に一つの答えを出した瞬間である。
ラッカは「心を開き人に尽くす」ことに対して一つの教訓を得た。また、レキは他者に対して「信頼していいんだ」という再決断を行った。そのように見てみると、それぞれの課題のためにお互いの存在が必要だったといえるだろう。偶然この街で出会ったラッカとレキなのだが、ここではコンステレーションという考え方によって、二人の出会いの意味が読み解けてくるのではないだろうか。
空の星々は自然科学的に存在しているが、基本的にそれ以上の関連は無い。しかし地球上のある地点から見ると、星座という一連の意味を構成することが知られている。もちろん人間の想像力が作り出したわけだが…。
ラッカとレキもこの街でともに暮らすうちに、ある一定の関係性を得たことだろう。それはあたかも星座の中に何らかの意味を見出す行為と似ている。出会いは偶然であるけれど、その関りに意味を見出すことがコンステレーション(布置)ということなのである。
例えばこれを読んでいるあなたと私との関係も単なる偶然なのだが、そこに何らかの意味を見出すことが出来れば、コンステレーションと言うことが出来るかもしれない。その関りがあなたにとって何か意義深いものとなれば、筆者としてはこの上なく幸せなのであるけれど…。全十三話にお付き合いいただき、心より感謝申し上げたい。
さて、次回は編集後記を投稿する。
では。