46、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

              「妄想代理人

 

 

第六話 直撃の不安

 

大風9号が近づく関東地方。女の子がカバンを持って街中に佇む。

 

 

一、老婆の証言

 

猪狩と馬庭が老婆の小屋で、鷺月子事件について事情聴取をしている。

 

「孫に会いたいな…、長いこと会ってないな…」老婆がボソッと呟く。続けて、

「てて親の勤める会社が潰れてな…、家族もバラバラになって、帰りたくても帰る家が無い」

 

猪狩がタバコをくわえようと口元に持っていくと、老婆はそのタバコをじっと見つめる。猪狩は老婆に最後のタバコを渡す。猪狩はマッチに火をつけて、老婆に差し出す。

 

一服すると老婆は「きっとあの子も同じさ、ねぇ、叔母の家に預けられたが、すぐに家出したらしい、今頃どうしてるかな…」と続ける。

 

重なるように、女の子が町を彷徨っている様子が描かれる。すると彼女の傍らを鯛良優一、牛山尚吾が駆け抜ける。

 

二人の少年が彼女の昔の記憶を呼び起こしたのかもしれない。彼女が小さいころ、男の子にいじめられた時に、警察官のお父さん(蛭川)に助けてもらったことを思い出す。

 

「妙子(タエコ)」

「お父さん!」

 

学校からの帰り道、妙子と父親との楽しい思い出が語られる。

 

老婆の証言は続く。

「ほんに、てて親子でなぁ、どこ行くのにも、お父さん、お父さんて、そりゃそりゃ、もう…」

 

「あのなぁ、俺たちが聞きたいのは、そんな話じゃないんだよ、事件の夜…」

「係長…」

「黙ってろ!事件の夜、あんたは何を見た、何を聞いたんだ~!」

 

猪狩は畳みかけるように老婆を問い詰め、両肩をつかみ彼女を揺さぶる。すると老婆は答え始める。

 

「誰もいなかったさ、一人だったさ、ずっとあのへんてこな女、一人だったさ」

「なに…」

 

 

二、昔の記憶

 

女の子はゲームセンターで、マロミグッズのUFOキャッチャーをしている。彼女は、同じようなゲームで遊んでいた小さいころの記憶を回想をする。

 

その頃、両親は家を買おうとしているようだったが、自分はこの家で満足していることを伝えていた。

 

台風が迫る公園で、女の子の携帯が鳴る。

 

「よく掛けてこれたね」大粒の雨が降り始める。

「聴きたくない、そんな話、嘘!信じられない、いや、そこはあたしの家じゃない、そんな家、無くなっちゃえばいい!」

 

同じころ、老婆の証言から新事実が判明する。

 

「狐塚はいったい…」

「野郎はとんだ食わせ物だぜ、影法師の、そのまた影法師って訳だ」

模倣犯!ちくしょう、署に戻ってもう一回叩いてみますか」

「いや、先ずは外堀から埋める、またぞろ煙に巻かれちゃかなわんからな」

 

 

三、事情聴取、再び

 

月子:「なん、ですか」

 

女の子にとっての特別な日の思い出が語られる。新築の家への引っ越しも終わり、学校から帰宅した女の子は、そっと父親のパソコンを操作し、父への感謝のサプライズメッセージを用意する。

 

ふと、モニター内のアイコンが気になり、そのアイコンをクリックすると、見慣れた風景が映し出される。彼女はさらに詳しくそのアイコンを調べてみると、彼女の部屋の様子が映し出されていることに気がつく。

 

震えるほどの衝撃を覚えた彼女は、自分の部屋のカメラを見つけ、それを破壊する。

 

月子への聴取は続く。

 

「本当に犯人以外の誰にも会わなかった」

「会いません」

 

「あなたが襲われた駐車場の排水口に落ちていました、見覚えは、実は事件の夜、あなたを見たという人物から話を聞くことができましてね」

 

女の子は携帯の相手(父親)に対して「覚えてる、あたしが子供の頃、楽しかったよね、全部壊してあげる、あんたの幸せ、全部無かったことにしてやる」と吐き捨てる。

 

水量の増した川にかかる橋から身を投げようとするが、その先に自分の姿と重なる老婆を見出だし思い直す。女の子は老婆を追いかけようとするが、彼女は一瞬のうちに川下へと流されていく。

 

女の子はその場に座り込んでしまうが、すぐに携帯が鳴る。彼女は携帯を壊そうとするがそうすることができない。

 

「助けてよ、あたし、どうしたらいいのよ」

 

月子への聴取が続く。

 

「あの夜も、途方に暮れてたまま、家路についた、そして…、だが婆さんは消えたわけじゃなかった、婆さんのネグラは、あの駐車場の近くだったんですよ、一部始終を見ていたそうですよ、婆さん、あなたは強迫観念から逃れようとした、すべてを忘れてしまいたくなったあなたは、駐車場でこいつを見つけ、自分で自分の足を傷つけたんだ!」

 

「忘れたい、なにもかも、空っぽになりたい」

 

月子と妙子はほぼ同期した状態で、失神する。

 

猪狩と馬庭は、目の前で失神した月子を待機室へと運ぶ。

 

 

四、台風一過

 

蛭川の新築の家は、台風による土砂崩れで倒壊してしまう。病院では柴崎という女性が老婆を見舞う。「みどりか…」の声に彼女は涙ぐむ。

 

同じころ蛭川も、娘妙子の病室で彼女に付き添っている。やがて彼女は目を覚ます。

 

「妙子、お前の言う通りになったよ、お家、無くなっちゃったよ」

 

妙子はにっこり笑って体を起こす。

 

「あのぉ、どなたですか?」妙子は笑っている。

 

蛭川は言葉を失う。

 

 

第六話 まとめ

 

一、蛭川妙子(ヒルカワタエコ)

 

第六話では新たな主人公妙子と、鷺月子事件の目撃者である老婆の物語が同時進行してゆく。また、月子の事件がどのようなものだったのかについて、一つの結論が出されることになる。ここでは先ず、新たな主人公蛭川妙子について考えてみたい。

 

警察官である蛭川が家を新築していることは、第四話で詳しく語られている。妙子はその娘である。老婆の話と同時進行していくので間違いやすいのであるが、妙子と老婆は別家族である。

 

さて、妙子は父親に対して特別な愛情を感じながら育っている。父親大好きな子供なのである。しかし父親のパソコンの中のアイコンをクリックすることで、新築された家の妙子の部屋に隠しカメラがあることを、彼女は偶然知ってしまう。驚愕のあまり、激しい衝撃を受け彼女は家を出る。

 

心配で掛けてきた父からの携帯に「よく掛けてこれたね」と冷たく対応し「そこはあたしの家じゃない、そんな家、無くなっちゃえばいい!」と言い放つ。愛情が深い分、その反動は大きい。妙子の精神は愛と憎悪がせめぎ合う激しい葛藤に苦しみ、そこからの解放を求めて彼女は濁流に身を投げようとする。

 

川面に突き出した木の柱に引っかかる人の姿に自分を見た彼女は、一瞬身投げをためらう。やがて流れていくその人物の姿を見つめ、気持ちが萎えてその場にへたり込んでしまう。そしてギリギリまでに追いつめられた妙子は、少年バットに襲われることになる。

 

妙子が追いつめられる様子を見続けるのは辛いものだ。彼女の葛藤は本当の意味での晴天の霹靂であり、全く予期できないことである。父親の「ゆすりたかり」とは次元が違う。だが彼女も少年バットに襲われることになる。その結果妙子は記憶を失ってしまうのであるが、これは妙子を「解放」することともいえるのではないだろうか。

 

病院で目覚めた妙子は、今までの事件の被害者と比べると、その後の結果が重篤であるといえる。記憶の喪失は重い症状である。いわゆる解離性健忘といわれる状態なのだが、これは解離性障害の一形態で、先に述べた解離性同一障害では同一性に障害が起こるのに対して、解離性健忘では生活史全般を忘れる全般性健忘、特定のことだけを忘れる限局性健忘などがあり、妙子の場合全般性健忘といわれるような状態ではないだろうか。一般には直前の数時間から数日の健忘が多いようだが、彼女の症状がどれくらい続くものなのかはここでは不明である。

 

記憶を取り戻すことが大切なのは言うまでもないが、妙子の場合、自分を守るために辛い記憶を意識の外に押し出しているのであって、当然、記憶が戻ることで辛い現実に直面しなければならない。本来ならその際には精神的動揺や苦痛な体験の受容などといった様々な配慮が必要ことなのだが、現在の妙子にとっては、この健忘状態はむしろ必要なことといえるのではないだろうか。

 

 

二、心的リアリティ

 

第六話は大きく二つの物語が同時進行している。先に挙げた妙子の物語と老婆の物語である。第五話で話題となったように、老婆の証言から月子の事件の詳細が明らかとなるのだが、再聴取により追いつめられた月子は妙子とほぼ同時期に意識を失う。その原因はもちろん少年バットにあるのだが、月子の場合は心的リアリティ、つまりイメージそのものが彼女にとっての「真実」であることがよく伝わってくる。

 

ちなみに「心的リアリティ」とはフロイトが提唱した考えで、他人にとって認識できないことであっても、本人がそれを真実だと信じ込むことで、それは本人にとっての現実となることをいう。つまり妄想であっても本人にとっては「実際に起こったこと」というわけだ。認知症の方たちとの会話の中でそれを実感することがよくあると思う。彼らの妄想は、本人にしてみれば「すべてが現実」なのである。

 

 

三、老婆

 

さて、台風が過ぎ去った後老婆は病室で目覚め、孫のみどりが彼女の元を訪れる。蛭川の家族と老婆の家族とが対比され交錯する印象的な場面だ。第六話では、この老婆の証言と共に彼女の人生が断片的に語られる。最初はミステリアスな印象の老婆だが、恵まれない境遇が明らかとなり、孫との再会にはホットさせられる。

 

老婆は本編に重要な意味を与える存在なのだが、本筋からはかなり関わり合いが遠いような気がする。葛藤という点においては老婆もそれなりの葛藤を抱えているのだろうが、月子から妙子までのものと比べるとかなり異質な印象だ。というよりも、老婆には少年バットを引き寄せる要素が見当たらない。

 

そもそも、逃げてしまいたいような強烈な葛藤が少年バットを呼んでしまうのであって、老婆は葛藤で自分を追い込んでいるわけではない。困難な状況ではあるが、決して追いつめられてはいない。むしろ老婆は穏やかに今の運命を受け入れているように感じられる。

 

老婆の生活は辛いけれど平安なものであり、その点でいうと老婆のポジションはかなり特異なのかもしれない。月子や優一、晴美や妙子のように葛藤を招き入れるような生き方からは最も遠くにいて、何も無理をしてはいない。その生き方が被害者たちとは違うのであろう。

 

では、今回はこのあたりで。

 

 


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