73,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第十三話 レキの世界 祈り 終章

 

年越しのパーティーを終え、オールドホームの灰羽達はゲストルームで眠りについている。レキは一人、子供の布団を掛け直すと「さようなら」と言って部屋から出ていく。ドアが閉まる音に気づいたラッカは目を覚まし、そっとレキの後を追う。

 

 

一、『アトリエ』

 

ラッカはレキの部屋に入り、明かりをつけようとするが、スイッチが見当たらない。ラッカは、レキからもらったライターのことを思い出すと、ポケットから取り出し火をつける。

 

ベッドがある部屋にもレキの姿は無く、ラッカは『アトリエ』の扉を開けて中へ入るが、その瞬間ライターの火が消えてしまう。もう一度火をつけあたりを見回すと、そこには一面にレキの夢の世界が描かれている。

 

ラッカは、その殺伐とした世界観に圧倒されながらも、窓辺にレキの姿を見つける。そっと近づいていくと、レキが話始める。

 

「ラッカ、なぜここに」

「ごめんなさい、勝手に入って」

 

「ふふっ、ラッカは、最後までラッカだね」

「レキ、これは…」

 

「これが、あたしの繭の夢、あたしはこの道を歩いていた、風が冷たくて、涙で濡れたほっぺたが、チクチク傷んだのを覚えている、遠くで何かの音がする、でも疲れて何も考えられない、あたしは、石ころになりたかった、痛みも悲しみも感じない、ただの、石ころに…」

 

レキは窓を開ける。それに呼応してラッカはライターを消す。ラッカはさらに数歩近づき、レキに話しかける。

 

灰羽連盟から預かってきたの、レキの、本当の名前」

「いらない、きっとその中には、何の救いもない」

 

「レキ、だとしても、レキはもうこの悪い夢を終わらせなきゃダメなの」

レキはゆっくりと振り返り、ラッカから小箱を受け取る。中を開けるとそこには手紙が入っている。

 

『レキという名の少女の物語を語ろう、その者は悲運に見舞われ、悲しみを分け合うはずの相手さえも失った、己の価値を見失い、自らを小石に例えてレキと(礫)呼んだ、だがその名は、引き裂かれたるものの意を表してレキ(轢)という…』

 

レキの表情は凍りつき、小箱を落としてしまう。その様子を見ていたラッカは小箱を拾い上げると、真の名が書かれた札に『轢』の文字を見つける。

 

「そんな…」

 

レキは激しく動揺し、両手をついて床に崩れ落ちる。

 

「そうか、引き裂かれたるもの…、そうだ、轢かれたんだ、これは道じゃない、何かを運ぶ、鉄のわだち、あたしはここで、自分を捨てたんだ」

レキの羽が黒くなる。

 

「あたしはね、ラッカ、ずっと、良い灰羽であり続ければ、いつかこの罪悪感から逃れられると思ってた、お笑い草だ、あたしにとって、この街は牢獄だったんだ、壁が意味するのは、死だ、ここは死によって隔てられているんだ、そしてこの部屋は…、この部屋は、繭だ、この暗い夢から、あたしはとうとう抜け出すことが出来なかった、ありもしない救いを求めて、七年間も、ずっと…」

 

レキは踊るかのようにくるくる回ると、その場に倒れこんでしまう。

 

「誰かを信じる度に、必ず裏切られた、だからいつか、信じるのを止めた、傷つかないですむように、あたしはただの、石ころになった、皮肉なもんだね、心を閉ざして親切に振舞えば、みんなあたしを良い灰羽だと言う、あたしの心の中は、こんなにも、暗く、汚れているのに」

 

「嘘だよ、レキはいつだってやさしかった、私、信じてる!」

 

「ラッカ、ラッカは気づかなかったんだね、あたしが、どれだけラッカのことを嫉んでいたか…、同じ罪憑きなのに、ラッカだけ許された、みんな、あたしを置いて行ってしまう、クウが巣立った時だって、あたしは、心のどこかでクウを嫉み、そんな自分を、心底軽蔑していた」

 

「嘘だ、レキは井戸に落ちた私を探しに来てくれた、ずっと看病して、薬を取って来てくれた、苦しい時、レキはいつだってそばにいてくれた!」

 

「そうだよ、どうしてだと思う!あたしはただ救いが欲しかったんだ、誰かの役に立っている時だけ、あたしは自分の罪を忘れることが出来た、そしていつか神様が来て、許しを与えてくれるんじゃないかって、そればかり考えていた」

 

「やめて、やめて」

「ラッカ、あたしにとって、ラッカはラッカでなくても良かったんだ」

「やめて!」

 

レキはラッカに詰め寄りながら言葉を続ける。

 

「ラッカの繭を見つけたとき、あたしは掛けをした、この灰羽があたしを信じてくれたら、あたしは許されるって、無理やり自分に言い聞かせた、だからあたしは優しく振舞った、繭から生まれたのが誰かなんて、関係なかった、全部、嘘だった、あたしは自分が救われればそれでよかった、ラッカがあたしを信じたのが間違いだった、分かったら出て行って、出ていけ!」

 

アトリエのドアまで追い詰められたラッカは、レキの真剣な顔を見つめた後、

涙を流しながら部屋を出ていく。

 

 

二、救いを求めるレキ

 

アトリエに一人残ったレキは、遠くに列車の汽笛を聞く。

「あの音がここまで来たら、あたしは消えるんだね」

 

レキの本当の心を語る小さなレキがうなづく。

「ラッカはレキを助けに来たのに」

「あたしには、救われる資格なんてない」

 

「あたしは、助けてって言うこともできないの」

そう言うと小さいレキは、どんどん変色していく。

 

「誰かを信じるのが、そんなに怖いの」

小さいレキは、土へと帰っていく。

 

レキは、小さいレキの様子に顔を背けながら、苦しい心情を吐露する。

「裏切られるのは、もう嫌なんだ、夢の中でも、この街でも、どれだけ願っても、一度も救いは訪れなかったじゃないか」

 

「だって、レキは、一度も助けてっても言わなかった、ずっと、待ってたのに」

「怖かったんだ、もし心から助けを求めて、誰も返事をしてくれなかったら、本当に、独りぼっちだとしたら」

 

小さいレキが、その姿を失いかけたとき、レキはその姿に駆け寄り抱きしめる。しかし小さいレキは姿を消し、遠くに聞こえた列車の汽笛が、さっきより近づいてくる。レキが振り返るとアトリエの壁に列車の姿が現れる。

 

 

三、ラッカの決断

 

一方ラッカは、レキの言葉に衝撃を受けて、ドアのすぐ後ろでうずくまる。

「何も知らなければ良かった、知らなければ、レキのこと、好きでいられた」

 

ラッカは、窓から吹き込む風に促されて顔を上げる。するとそこにはイーゼルの上にレキの絵があり、掛けてあった白いカバーの一部が風ではだける。ラッカはその絵に近づき、カバーを取り払う。クラモリの絵である。

 

ラッカはその絵を見ながら「あたし、レキを信じたい、だけど、だけど…」と呟く。ふと絵の背後に、ノートがあることに気づき、ラッカはそっと手を伸ばす。

 

そのノートは日記のようで、レキの心情が綴られている。

 

『クラモリ、ごめんなさい、私は許されなかった』

『年少組が作った雪だるま。まったくよくこんなに皆の特徴を捉えているもんだ。特にネムは傑作』

『カナがついに時計塔の時計を直した。ここ数日ずっとこもって作業していたけど ほんとに直してしまうなんて大したもんだ。でも鳴りやまないってのが難だけど…』

 

ラッカは、自分の繭をレキが見つけた日の記述を見つける。

 

『繭を見つけた。嬉しい。嬉しい。これはきっと特別な事だ。神様が私に遣わしてくれたんだ。うんと優しくしてあげよう。ずっと一緒にいてあげよう。今度こそ、私はクラモリみたいに、良い灰羽になるんだ。』

 

ラッカはふと、繭の中で聞いた『声の記憶』を思い出す。

「そうだ、私、繭の中でレキを…」

 

『聞こえますか、私の名前はレキ、繭を見つけたのは初めてだから、嬉しくて、ドキドキしています、灰羽は、名前や過去をなくしてしまうから、最初は寂しかったり、不安になったりすると思うけど、あたしがいつも一緒にいるから、何があっても、あなたを守るから、だから、あたしの最後の希望を、あなたに託すことを許して』

 

「私は、最初から、レキに守られていたんだ、レキ、私は、レキを救う鳥になるんだ」

 

ラッカは、アトリエのドアに再び手をかけ、クラモリの絵を一瞥したのち、そのドアを勢いよく開ける。

 

 

四、救いを拒むレキ

 

ラッカがドアを開けると、風が吹き荒れるレキの夢の世界が現れる。遠くに汽笛の音が聞こえる。「レキ!」と声を上げて名前を呼ぶが、汽笛の音だけが帰ってくる。ラッカが、足元の線路のその先に目を向けると、レキが横たわっている。急いで近づこうとすると、誰かがラッカの手を掴む。

 

ラッカが振り返ると、そこにはもう一人の小さいレキの姿がある。ラッカはその手を振り切り、レキの元へと行こうとするが、小さいレキは手を放そうとしない。

 

「放して!」

「レキには何も聞こえない」

「どうして…、レキ、レキ!」

 

線路の先のレキは、ゆっくり体を起こす。

 

「「レキはここで消えることを選んだ」

「違う、レキは私に救いを求めてた」

 

ラッカは振り返って、レキに向かって叫ぶ。

「レキ、レキ!私を呼んで、私が必要だって言って!」

 

近づく列車の前で、レキはその場を離れることができない。列車はさらに近づいてくる。涙を浮かべたレキは、ラッカの名前を呼ぶ。

 

 

“ラッカ…、助けて”

 

 

その瞬間、ラッカの手を掴んでいた小さいレキは、ガラスが砕けるようにその姿を消してゆく。ふとラッカは、手の中にある「轢」の札が割れているのに気がつく。

 

汽笛の音が迫る。身動きができないレキに駆け寄り、ラッカはぎりぎりのタイミングで列車からレキの身を守る。

 

 

どれぐらいの時間が過ぎたのだろうか。レキはふっと目を覚まし、倒れているラッカを見つけると、近づいて声をかける。

「ラッカ、ラッカ、ラッカ!」

 

ラッカはゆっくり目を開け、レキの顔を見ながら「レキ、良かった」と答える。

レキは涙を流し「ラッカ、ありがとう」と感謝の気持ちを伝える。

 

二人は寄り添い、一緒の時間を過ごす。すると、ぽつりとレキが呟く。

「あたしは、許されたんだろうか…」

 

長い沈黙の後、ラッカは手の中にある“札”の変化に気づく。

「あっ、これ、割れたはずなのに…、あっ、名前が…」

二人はラッカの手の中にある札に注目する。

 

『もしも、鳥が、お前に救いをもたらしたら、レキ(轢)という名は消え、石くれのレキ(礫)が、真の名となるであろう、そうなることを信じ、あらかじめ、レキという名の、新たな物語を、ここに記す』

 

 

五、旅立ち

 

オールドホームの前で、ラッカとレキが最後の挨拶を交わす。

「いつか、また会えるよね」

「うん、そう信じてる」

「あたしも信じる」

 

「目を閉じて」

「えっ」

「巣立ちの日を迎えた灰羽は、ふっといなくなるしきたりだからね」

「最後まで、レキはレキだね」

 

ラッカは目を閉じる。レキの足音が遠ざかる。

 

『その者は、険しき道を選び、弱者をいたわることで呪いをすすいだ、その神聖は、救いを得んがためのかりそめのものであったが、今やその者の本質となった、灰羽が巣立つとき、踏み石となる古い階段がある、レキとは、その踏み石であり、弱者の導き手となるものである』

 

明け方、ネムがラッカの傍らにやってくる。

 

「レキは無事に?」と言うネムの言葉に、ラッカは頷く。するとネムは「良かった」と呟く。ヒカリとカナも駆け寄ってくる。

 

カナ:「レキ!」

ヒカリ:「寂しいけど、良かったんだよね」

ネム:「そう、祝福があったんだから」

 

一方廃工場では、ヒョウコがぼうっと空を見ている。ミドリがそっと近づき「西の空、すごいよ、見に来ないの」と告げると、ヒョウコは白い鈴の実を手に「いいよ、返事はもう、もらってんだから」と答える。

 

すかさずミドリは「どうだかね」と応じる。続けて「ケーキ食べる」と問いかけると、ヒョウコは「いらねえ、甘いんだろ、どうせ…」と答える。

 

「レモンのスフレだよ、レキの手作り」

ヒョウコはハッとして、ミドリの方を振り返る。

 

「いらねえってば…」

「もうとん(でもなく)…、にぶい奴」

 

ミドリは、ヒョウコの光輪の上にスフレを置き「レモンは何色でしょう?」と言い残すと、その場を立ち去る。

 

 

<ラッカのモノローグ>

<その日の夕方、みんなで森に行きました、みんな、心のどこかで分かっていたみたいで、笑顔でお別れを言うことが出来ました、礼拝堂でお祈りして、オールドホームに戻り、いつもより、一人少ない食卓で、夕飯を食べました、レキは、私たちに沢山の絵を残してくれていました、レキが自分の暗い夢の絵の他に、こんなに明るく美しい絵も描いていたのだと知って、少しホッとしました、その絵を見ていると、本当にレキは、この街が、そして、オールドホームが好きだったんだなと思いました…>

 

ネムが空を見上げる…

 

<もうすぐ冬が終わります、春になったら、新しい繭が生まれてくるのでしょうか、今度は、私が頼りになる先輩にならなくては、と思います>

 

 

ラッカはコードリールを引っ張りながら、懐中電灯をかざしつつ、薄暗がりの中のオールドホームの廊下を歩いている。ふと気になって、通過した部屋に戻り、中を見回すと、そこに小さな繭を見つける。ラッカが喜んでいると、その繭の隣に、さらに小さな繭が生まれてくる。

 

「あっ、双子だ、大変大変」そう言うと、ラッカは勢いよく走り出す。

 

“私はレキのこと、忘れない”

 

 

 

 

第十三話 まとめ

 

 

ドアの閉まる音を聞いて、ラッカはレキがゲストルームを出ていったことに気づく。ラッカはその後を追うように、そっとレキの部屋に入るが、周りが暗くてレキの姿を確認できない。レキから「入らないで」といわれているアトリエのドアをゆっくり開けると、ラッカは恐る恐るその中へ入っていく。

 

「ラッカ、なぜここに」というレキの問いに「ごめんなさい、勝手に入って」とラッカは答える。その言葉に対してレキは「ふふっ、ラッカは、最後までラッカだね」と応じる。

 

このやり取りは、ラッカとレキの「相手に対する距離の取り方」の違いを確認する上で興味深い。ラッカは心の思うままにレキを心配し、力になりたいとレキのアトリエに入ってしまう。お節介とまでは言わないが、他者の心の中にグイグイと入っていこうとする気質があるようだ。

 

それに対してレキは、他者との間にはどんなに仲良くなっても、明確な境界線を置く。他人の心にはむやみに立ち入らないことを心がけているようだが、逆に言えば、自分の心の中にもやたらに入って欲しくないとの意思表示でもあるだろう。良く言えば大人の対応だが、その考えがレキの心を破綻へと追いやっている。

 

 

一、罪悪感

 

アトリエに入ったラッカは、灰羽連盟の話師から渡された真の名が書かれている札の入った小箱をレキに渡す。そこには「轢」の文字が書かれていて、レキはショックでその場に崩れ落ちる。

 

「そうか、引き裂かれたるもの…、そうだ、轢かれたんだ、これは道じゃない、何かを運ぶ、鉄のわだち、あたしはここで、自分を捨てたんだ」

 

レキはその後、ラッカに対して自分がどのような考えをもって接していたかという話をする。

 

「あたしはね、ラッカ、ずっと、良い灰羽であり続ければ、いつかこの罪悪感から逃れられると思ってた」

 

さて、ここで言う罪悪感とはどのようなものなのだろうか。まずレキのセリフ「自分を捨てたんだ」から想像できるように、自らを引き裂いてしまうような行動をとってしまったことが考えられる。理由は何であれ、これがレキの原罪であろう。

 

かつての自分の行為に対して激しい絶望を感じながらも、レキは救われるために人を信じようとした。しかし、レキの言葉を借りれば「裏切られるのは、もう嫌なんだ」ということだ。他者を信じることが出来ないまま、レキは時間を費やしてしまったのである。

 

「誰かを信じる度に、必ず裏切られた、だからいつか、信じるのを止めた、傷つかないですむように、あたしはただの、石ころになった、皮肉なもんだね、心を閉ざして親切に振舞えば、みんなあたしを良い灰羽だと言う、あたしの心の中は、こんなにも、暗く、汚れているのに」

 

この街に転生する前の世界では、激しい葛藤に支配されていたのかもしれないが、オールドホームでの生活は以前とは違っていて、レキにはやり直すチャンスがあったはずだ。しかしレキはその機会を手にすることはできなかった。

 

レキはこの世界でもヒョウコを巻き込んだ事件を引き起こしてしまう。これは前世での葛藤を引きずった出来事といえるかもしれない。レキがずっと罪憑きのままなのは、前世の課題に取り組むことなく、人を信じることが出来なかったからではないだろうか。

 

「ラッカ、ラッカは気づかなかったんだね、あたしが、どれだけラッカのことを妬んででいたか…、同じ罪憑きなのに、ラッカだけ許された、みんな、あたしを置いて行ってしまう、クウが巣立った時だって、あたしは、心のどこかでクウを妬み、そんな自分を、心底軽蔑していた」

 

「嘘だ、レキは井戸に落ちた私を探しに来てくれた、ずっと看病して、薬を取って来てくれた、苦しい時、レキはいつだってそばにいてくれた!」

 

「そうだよ、どうしてだと思う!あたしはただ救いが欲しかったんだ、誰かの役に立っている時だけ、あたしは自分の罪を忘れることが出来た、そしていつか神様が来て、許しを与えてくれるんじゃないかって、そればかり考えていた…、ラッカ、あたしにとって、ラッカはラッカでなくても良かったんだ」

 

「やめて!」

 

このあたりの会話は聞くのが辛くなるのだが、確かにレキの本心を語っているようにみえる。救いだけが欲しいというレキの気持ちは分かるが、そう都合よく望んだことが実現できるわけもない。レキは取り組むべき課題である「罪悪感」に向き合っていなかったということなのだろう。

 

 

二、自由な子供(Free Child)

 

アトリエの中で列車の汽笛が聞こえ始めるころ、救いを求める小さなレキが登場する。彼女のセリフは以下の通りだ。

 

「ラッカはレキを助けに来たのに」

 

「あたしは、助けてって言うこともできないの」

 

「誰かを信じるのが、そんなに怖いの」

 

「だって、レキは、一度も助けてっても言わなかった、ずっと、待ってたのに」

 

以前にも取り上げた「交流分析」という理論を思い出していただきたい。この中で「自由な子供」と「適応的な子供」という二つの概念が登場した。自由な子供とは、本来の子供が持っているような、自由な喜怒哀楽の感情を素直に表現できる資質といえばいいだろうか。

 

つまり救いを求める小さなレキが「自由な子供」という立場を象徴しているのである。小さなレキの言葉は「ラッカはレキを助けに来たのに(なぜ拒否する)」、「あたしは、(なぜ)助けてって言うこともできないの」、「(なぜ)誰かを信じるのが、そんなに怖いの」、「だって、レキは、一度も助けてっても言わなかった、ずっと、待ってたのに(なぜ言わなかった)」というように「なぜ」が一つのキーワードとなっている。

 

「なぜ」レキは行動することが出来ないのか。物語の中でははっきりと表現されていないが『本当の自分を表現することに葛藤がある』からではないだろうか。

 

 

三、適応的な子供(Adapted Child)

 

それに対して、適応的な子供とはどういった存在なのだろうか。適応的とは臨機応変に対処しているかのような、いい印象を与えるかもしれないが、子供は力のある大人に抵抗できるわけもなく、親の態度に合わせることしかできない。逆らえば、命が途絶えることも覚悟しなくてはならない。

 

適応的とは、親の性格に合わせて確実に生き抜く力である。例えば世話好きな親ならば甘えたりすり寄ったりすることで、より多くの利益を得ることが出来るかもしれないが、放任的な親の場合、より速い時期から自立することを考えなければならないだろう。

 

 

四、二人の小さなレキ

 

救いを求める小さなレキに対して、もう一人の少女が登場する。救いを拒む小さなレキである。もうお分かりだと思うが、救いを拒む小さなレキが適応的な子供というわけなのだが、では適応的な子供がなぜ救いを拒否する小さなレキなのだろうか。

 

実はこの物語の中では、レキがなぜ人を信じられないのかという大きなきっかけなどは全く触れられていない。語られるのは。せいぜいヒョウコと壁を越えようとした出来事ぐらいである。そもそもその性質はこの街に生まれる前の話なのだから当然である。しかし以前のレキがどのような幼少時代を過ごしてきたのか、交流分析の中で少し説明が出来そうなのでここで試みてみたい。

 

例えば、辛い裏切りにあった場合(愛情に深く関わっている場合が多い)や、がっかりする出来事に遭遇した場合、誰しももう同じような目に遭いたくないと考えるだろう。特に人を信頼して裏切られた場合には、二度と信頼しないと心に強く思うものだ。

 

幼少の頃の強い決断はその後の人生を支配する。人を信頼しようと思ったら「それは危険な行為だ!」と警告してくれるので、裏切りから逃れることができるだろう。ただし、その時は自分を守るという役割を果たすことができるが、いつまでも同じ方略が通用するわけではない。いずれ破綻するかもしれないことを、胆に銘じておかなければならない。

 

幼少期に強く決断したことは、その時の自分を強力に守ることが出来るのだが、成人してからは、かつての考えがその後の人生を妨害することもある。

 

人を信頼してはならないという信念を強く持ってしまうと、職場での人間関係や恋愛のパートナー獲得が難しくなってしまうことが予想される。そもそも人間関係とは、相互の信頼によって築かれていることはご存じのとおりである。

 

 

五、再決断

 

一時はレキに追い出されたラッカだが、気持ちを持ち直して再びアトリエに戻ってくる。しかし救いを拒否する小さなレキがラッカの邪魔をする。結果としてレキはラッカに救いを求めることが出来たのだが、レキは放っておいてもラッカに助けを求めることが出来たのだろうか。信頼する気持ちを表明することが出来たのだろうか。

 

クライアントとカウンセラーの関係については、幾度となくお話してきた。実はラッカとレキの関係をカウンセリング的な関係としてみてみると、分かりやすいのではないかと思う。すなわちレキをクライアント、ラッカをカウンセラーとして考える視点である。

 

当初はラッカが一方的にレキの世話になっていたのだが、途中からはラッカがレキの心配をするようになる。特にラッカが罪憑きを克服したあたりから、レキの心に思いを寄せるようになっている。ラッカが自分の苦しみに対して、一つの答えを出せるようになったことが大きな要因と思われる。

 

カウンセラーは一方的にカウンセリングを行うわけではない。クライアントとの時間を共有し、ともに変化していくことを受け入れるものなのである。ラッカは思うがままにレキの身を案じ、その行く末に思いを巡らせる。そしてお節介といえるほどに、レキの世界に関わりを持とうとする。

 

その結果、レキとラッカはともに変化することとなった。ラッカは自身の支えとなった鳥のようにレキに寄り添うことを決心し、レキはラッカに対して心の底から信頼する心をもって、助けを求めることが出来るようなった。

 

「レキ、レキ!私を呼んで、私が必要だって言って!」というラッカの言葉は、レキに新たな勇気を与えたのである。その言葉があったからこそ、レキは「ラッカだからこそ信頼していいのだ(人は信頼していいのだ)」という再決断を行うことができたのであろう。レキが自分の課題に一つの答えを出した瞬間である。

 

 

六、コンステレーション

 

ラッカは「心を開き人に尽くす」ことに対して一つの教訓を得た。また、レキは他者に対して「信頼していいんだ」という再決断を行った。そのように見てみると、それぞれの課題のためにお互いの存在が必要だったといえるだろう。偶然この街で出会ったラッカとレキなのだが、ここではコンステレーションという考え方によって、二人の出会いの意味が読み解けてくるのではないだろうか。

 

空の星々は自然科学的に存在しているが、基本的にそれ以上の関連は無い。しかし地球上のある地点から見ると、星座という一連の意味を構成することが知られている。もちろん人間の想像力が作り出したわけだが…。

 

ラッカとレキもこの街でともに暮らすうちに、ある一定の関係性を得たことだろう。それはあたかも星座の中に何らかの意味を見出す行為と似ている。出会いは偶然であるけれど、その関りに意味を見出すことがコンステレーション(布置)ということなのである。

 

例えばこれを読んでいるあなたと私との関係も単なる偶然なのだが、そこに何らかの意味を見出すことが出来れば、コンステレーションと言うことが出来るかもしれない。その関りがあなたにとって何か意義深いものとなれば、筆者としてはこの上なく幸せなのであるけれど…。全十三話にお付き合いいただき、心より感謝申し上げたい。

 

 

さて、次回は編集後記を投稿する。

 

では。

 

 

 

72,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第十二話 鈴の実 過ぎ越しの祭 融和

 

レキが部屋から眠そうな様子で出てくる。続いてラッカも出てくる。ゲストルームのテーブルに忘れられたレキのライターを持って、レキを起こしに来たラッカは、彼女にライターを渡そうとする。しかしレキは「ラッカにあげる、もう必要ないから」と言ってゲストルームへと向かう。

 

作業服姿で現れたレキに対して、ヒカリは「何、その恰好、すぐに着替えて、手を洗って」と指示する。するとレキは「やれやれ、最近ヒカリ、しっかりしてきたな」とぼやく。ネムは「今日、鈴の実の市が立つ日よ、忘れてないわよね」とレキに念を押す。

 

ラッカ:「鈴の実って?」

ヒカリ:「過ぎ越しのお祭りに必要なの」

 

 

一、鈴の実の市

 

オールドホームの五人は鈴の実の市へと向かう。「殻が厚くて、振ると固い音がするのがいい実なのよ、…それはありがとうの実、お世話になった人にあげるの」とラッカが手に取ったエンジの実についてヒカリが説明する。ラッカがその音を聞いていると「楽しそうだね」と言って、レキがラッカに話しかける。

 

「気持ちのいい音、これは、感謝を表すものなの」

「色によって違うんだ、感謝とかお詫びとか、身近な人にこれを贈って、一年の区切りをつける」

 

レキとラッカがいるところに、たまたまミドリとヒョウコもやってきて鉢合わせする。レキがヒョウコの元へ近づくと、ミドリが「なによ」と警戒する。

 

ミドリ:「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」

レキ:「あたし一人の問題のために、みんなに迷惑かけて、悪かったと思う、あたしは、よそ者だったの」

 

そう言うと、レキはヒョウコに白い鈴の実を渡す。

 

ミドリ:「レキ」

ヒョウコ:「祭りは来週だぜ」

レキ:「時間が無いんだ、もう、会えないかもしれないから」

 

言い終わると、レキはすぐにその場から立ち去る。ヒョウコ、ミドリ、そしてラッカはその姿を見送る。

 

 

二、レキの過去

 

ラッカは、ヒョウコ、ミドリと一緒に橋の上で語り合う。

 

ヒョウコ:「五年前の土砂降りの日に、ここでレキに出会った、真っ黒な羽で、ずぶ濡れになって、泣きながら歩いてた、捨てられた猫みたいでさ、助けなきゃって思った」

ミドリ:「笑っちゃうわよね」

 

ヒョウコ:「うるせぇ、とにかくその日から、レキはうちらの仲間になったんだ」

ミドリ:「あんたを連れて、すぐ出て行っちゃったけどね」

 

ヒョウコ:「あの頃レキは、壁の向こうに行っちまった仲間に会いたがって、いつも泣いてた、何とかしてやりたくてさ」

ミドリ:「このバカは、レキを連れて壁を登ろうとしたの、壁にくさびを打ってね…、ヒョウコはもう助からないと思った、なのにレキはキズ一つ無くて、それが許せなかった」

 

ヒョウコ:「レキのせいじゃない、俺がやったことだ」

ミドリ:「とにかく、レキは勝手なのよ」

 

ヒョウコ:「一番レキになついてたくせに」

ミドリ:「うるさいわね!」

 

ラッカ:「私、レキの力になりたいの、無事に祝福を受けられるように」

ミドリ:「余計なお節介よ、レキは人に助けを求めるたちじゃない」

 

ラッカ:「違う!みんな気づかないだけ、レキは辛くても、笑顔でいるから」

 

ヒョウコは、レキにもらった鈴の実を宙に投げてキャッチすると「やってやるよ、こいつの返事をしなきゃなんねえし」と答える。

 

ミドリ:「ヒョウコ、南地区へは入れないのよ、分かってる」

ヒョウコ:「頭を使うんだよ、頭を」

ミドリ:「あんたが」

 

 

三、真の名

 

朝、オールドホームの一日が始まる。ゲストルームにいつものメンバーが集まるが、そこにレキの姿は無い。

 

ラッカ:「どうすればいいんだろう」

ネム:「自分にできることをすればいいのよ、後は、レキを信じましょ」

 

レキは自室で、自分の羽の斑点を薬草から作った薬で染めている。視線の先には、自分が描いたクラモリの絵がある。

 

「もう少ししたら、私は、みんなに忘れられて、消えてしまうんだ」そう言うと、クラモリの絵の傍らに近づく。

 

「どこで間違えたんだろう」

 

 

一方ラッカは、仕事をしながらレキのことを考えている。

「私がレキのためにできることって何だろう」

 

ラッカは、回廊の札の中になんらかの規則性を見つけ、その文字と指の形が似ていることに気づく。

 

仕事を終え、寺院の中庭にいる話師の元を訪れ、ラッカは手話を使ってみる。すると話師は「それをどこで?話してなさい、許可する」とラッカに話しかける。

 

「光箔を生む札のそばで、クウの気配を感じたんです、あれは、クウの札なんですね」

「だが、お前たちが付けた“空”という文字ではない、同じ響きを持つもう一つの名前だ」

「もう一つの名前」

 

「それは灰羽として定まった者の証だ、時期が来れば、壁に下げた札の名が真の名へと書き換えられる、…おぉ、そうだな、今はいい機会なのかもしれん」

 

話師はそう言うと、小さな木箱をラッカに渡す。

 

「これは壁の札を模して我々が作ったものだ」

 

受け取ったラッカは、その箱の蓋を開ける。するとそこには『絡果』の文字が…。

 

「その名の由来が分かるか」と話師が問う。

 

「私が木の実のようの殻に閉じこもっていたから」

「そして、この地で芽吹き、他者との繋がりを得たからだ、故にそれが、お前の真の名となる」

 

「レキ!レキは」

「「レキは己の真の名を知らない、レキは私の言葉を聞こうとはしない」

 

「何故」

「五年前レキは、病にかかった灰羽の少年を連れてきた」

 

「知ってます、壁にくさびを打って、登ろうとしたんです」

「それは重い罪だ、私は自警団を呼ぶしかなかった、レキは罪を負い、自らを罪の輪に閉じ込めてしまった」

 

「レキは、ずっと自分を責めてます、どうしてレキだけ許されないんですか」

「お前はなぜ許されたと思う」

 

「私は、自分を許した訳じゃ…」

「そうだな、だれも自分で自分を許すことはできない、だが、お前には鳥がいた、お前を信じ、寄り添うものが…」

 

「罪を知るものに罪はない…、一人では同じ場所を回り続けてしまうけど、でも、隣に誰かがいるなら…」ラッカはレキの姿を思い浮かべる。

 

話師はラッカに「祭りの後で、レキに渡しなさい」と言って、もう一つの小箱を渡す。「行け」と言われ、ラッカは挨拶を返すと、小走りにオールドホームへと帰ってゆく。

注)ここで渡される小箱にある札には『礫』」と書かれている。

 

 

四、過ぎ越しの祭り

 

朝、レキとヒカリが台所で料理をしている。レキは台所を使って夜の料理の仕込みをしたいらしいが、ヒカリのお菓子作りに時間が取られている。

 

レキはゲストルームのベランダに出て、そこからの景色を眺めている。

「過ぎ越しの祭りか…、ラッカ、あたしは今日は街に行かない、わがまま言ってごめん、でも、今日は、今日だけはここにいたいんだ、ここで暮らしたことを、決して忘れないように」

 

「うん、はじめてここから外を見たときね、知らない世界に来たんだって、ちょっと怖かった、でも、今はここが私の一番安心できる場所、ここには、いつもレキがいるから」

 

「ありがと、もし、あたしのこと忘れても、この部屋のことは忘れないでほしい」

「忘れないよ、忘れられるわけないじゃない、だって、レキといた時間は、私の思い出のすべてなんだから」

 

オールドホームの灰羽達は、過ぎ越しの祭りへと出かける。

ラッカ:「賑やかだね」

カナ:「最初の鐘が鳴りだしたら静かになるよ、過ぎ越しの時は、静かに過ごすものだから」

 

ラッカ:「そうなの」

ヒカリ:「そのためにこれがあるのよ、言葉ではなく、気持ちを伝えるために」

そう言うと、ヒカリは鈴の実を鳴らす。

 

「で、鐘の音が変わって、最後に…、おっと」

「最後に…?」

「お楽しみ、言葉じゃ説明できないもの」

 

それぞれが鈴の実を大切な人々へ渡す。

寮母、エリカ、パン屋のご夫婦、古着屋の店主、クウが働いていたカフェのマスター、時計屋の主人。

雪が降り、そして夜が深まっていく。

 

 

四、黄色の花火

 

ラッカは廃工場でミドリと落ち合う。以前ヒョウコが「やってやるよ、こいつの返事をしなきゃなんねえし」と言っているように、彼らには何か計画があるらしい。ミドリは「過ぎ越しの直前に余興があるの、レキは街に来てるんでしょ」とラッカに尋ねる。

 

しかし、ラッカは「ううん、今日はオールドホームに残るって」と答えると、ミドリが「何、なんで、お祭りなのに」と慌てる。すると街の時計塔の鐘の音が響き渡る。

 

「あぁ、鐘の音が、もう、時間が無いじゃない」

「待って、どうしたの」

「あんたに頼まれたことをするの」

 

ラッカとミドリはオールドホームへと走る。先に着いたミドリは、ラッカからレキの部屋の場所を聞くが「間に合わない、レキ! レキ! 会いに来たのよ、窓を開けて!」と叫んだ後、レキの部屋へ向かおうとする。遅く着いたラッカは、中庭に落ちていたレンガを両手に持ち、それを竪樋(たてどい)めがけて突進する。

 

鈍い音が響き渡る。すると程なくレキが窓を開ける。

「ラッカ…、ミドリ!どうして!」

「説明は後、廃工場の方を見て!」

 

…大きな打ち上げ花火が、一つまた一つと上がっていく。

『これが答えよ、ヒョウコと、あたしのね…』

「あれがヒョウコの返事だってさ」

 

「黄色ってどんな意味?」

「あたしはバカですって意味だよ…、ったく」

 

ミドリは、レキがヒョウコに渡した鈴の実を手に持ち、それをじっと見つめ「さよなら、そしてありがとう、か…」と呟くと、その場にしゃがみ込み涙を流す。その様子を見ていたラッカは、そっとその場を離れ、中庭の出入口に向かう。ふと振り返ると、部屋から下りてきたレキが、ミドリに声をかけている様子が見える。やがてミドリがレキにしがみついている様子を見て、ラッカの顔が笑顔に変わる。

 

ラッカが中庭から出ようとすると、オールドホームの灰羽達が帰ってくる。

カナ:「「あっ、ラッカ!」

ヒカリ:「早かったね、見た、さっきの花火」

 

ラッカ:「あと少しだけここにいて」

カナ:「えっ、えぇ」

ネム:「なぁに?」

ラッカ:「いいから」

 

そう言うと、ラッカはみんなを外に連れ出す。

 

カナ:「鐘が止んだ、今年も終わりか」

ラッカ;「そうだ、最後に何が起こるの?」

ヒカリ:「街の壁が、この一年受け止めてきたすべての人の想いを空に返すの」

 

ラッカ:「想い」

ヒカリ:「耳をすませて」

 

街を取り囲む壁全体が青白く光り始める。

 

 

注)「鈴の実」の色の意味   Wikiより

赤い実=お世話になりました(感謝)

緑の実=おめでとう(祝意

茶の実=ごめんなさい(謝罪)

白い実=ありがとう、さようなら(感謝、惜別)

黄の実=好きです(好意)

 

 

第十二話 まとめ

 

 

一、鈴の実の市と過ぎ越しの祭り

 

第十二話では、鈴の実の市と過ぎ越しの祭りが取り上げられている。鈴の実の市とは、過ぎ越しの祭りのときに、贈り物として使用される鈴の実を取引するための市のことをいう。祭りの際には、それぞれが思い思いの鈴の実を贈りあうのだが、鈴の実の色に意味があり、言葉に頼ることなく気持ちを伝えることができるらしい。

 

では「過ぎ越しの祭り」とはどのようなイベントなのだろうか。何とも印象的な名称だが、調べてみると由来は旧約遺書の「出エジプト記」の中にあるらしいことが分かる。

 

かつてエジプト内に虐げられていた下層の人々がいた。彼らは神に選ばれた指導者モーセによってエジプトを脱出する。しかし時の権力者であるファラオがそれを阻止しようとしたため、神はエジプトに十の災いをもたらす。

 

十番目の災いとは、人だけでなく家畜も含めて「すべての初子を撃つ」というもので、神はモーセにその災いから逃れる方法を伝える。つまり二本の門柱と、かもいに子羊の血をつけることで、災いが「過ぎ越す」というのである。

 

西暦では概ね3月末から4月頃に行われる、ユダヤ教にとって重要なお祭り(記念日)となっているようだが、本編では年越しのお祭りとして描かれている。難を逃れ、新しい世界へと向かう記念日として、日本人の私たちには「過ぎ越し」と「年越し」は、あまり違和感がないかもしれない。宗教的な意味合いより、区切りを付けるイベントとして割と自然に受け入れられるかもしれない。

 

さて「祭りは来週だぜ」とヒョウコが言うように、この第十二話では鈴の実の市から過ぎ越しの祭りまでの数日間が描かれている。映像からも分かるように、まさに年末年始の慌ただしさが伝わってくる。ここでも私たちの生活をリアルに写し取っているようだ。

 

ところで「鈴の実」について、ここでもう一度触れておきたい。鈴の実は過ぎ越しの祭りに必要な小物で、言葉を用いずに気持ちを伝えるツールとして登場する。用土に混ぜ込む成分によっていくつかの色の実となり、色によってその意味するところが違う。意味については、本編最後に(注)としてWikiから引用しているので、そちらで確認願いたい。

 

それぞれが気持ちに合う鈴の実を大切な人にプレゼントすることで、一年の区切りをつける。レキはヒョウコに白い実を渡す。『ありがとう、さようなら』である。レキに残された時間が、あとわずかであることが象徴的に示される。

 

 

二、レキとミドリ、そしてヒョウコ

 

レキは罪憑きとしてこの街に生まれた。ネムと共にクラモリの保護の元、二年余りを過ごす。しかしクラモリに巣立ちの日が来て、彼女は二人の元から旅立ってしまう。罪憑きであったレキは、クラモリに対して依存する気持ちが強く、彼女が去ってしまったことで、裏切られたと強く感じて心が不安定になってしまう。

 

丁度その頃、レキはヒョウコと出会う。壁を越えた仲間(クラモリ)を慕って泣いて過ごすレキのために、ヒョウコは壁を越えようとする。しかし壁にくさびを打ち込むという罪を犯したヒョウコは病気になり、話師は自警団に通報せざるを得なくなる。それ以降、ヒョウコとレキはお互いの居住エリアに入ることが禁止される。

 

それから五年ほどの月日が経って、ラッカが生まれたと思われるのだが、当然その間にカナ、ヒカリ、クウが誕生していることになる。クラモリ以降、クウが壁を越えるまで、他の灰羽が壁を越えたのか詳しく語られることはないが、レキは自身の七年間に対して、どのような区切りをつけようとしているのだろうか。

 

 

レキは自分に起こることが何となく分かっている。祝福を拒否し、この街で誰とも関わらず静かに死んでいく、そんな未来をイメージしているかのようだ。一体何がレキの心を頑なにしているのだろうか…。

 

ラッカやミドリ、ヒョウコもレキの時間が残り少ないことに気がつき始めている。彼らは彼らなりにレキに対する思いがあって、ふっと消えてしまう灰羽であるからこそ、自分の気持ちを伝えておきたいと考えているようだ。淡々とした彼らの時間が静かに終焉の時を迎えようとしている。

 

やがて訪れる永遠の別れを前にして、レキとラッカはどのような関わり合いを持とうとしているのだろうか。次回最終話を前に、過ぎ越しの祭りを楽しむ灰羽達と共に、物語の中の少しセンチメンタルな場面を味わってみたい。

 

 

 

71,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第十一話 別離 心の闇 かけがえのないもの

 

ラッカのモノローグ

『冬が深まるにつれて、いろんなことが変わってしまった、クウの旅立ち、罪憑きという病、鳥の死、私は繭の夢を取り戻し、仕事を得た、だけどレキは、罪憑きの呪いを受けたまま、取り戻すことのできない夢を、ただ探し続けている』

 

年少組のダイが廃工場へ行く日、オールドホームの中庭でみんなが彼を見送る。レキが「ダイ!元気でな」と言うと、ダイは「あったりまえだ」と言いながら、元気に駆け出す。

 

ラッカがダイを連れて街中を歩いていると、ダイは暑苦しそうにマフラーの首元を緩める。「熱いの?」とラッカが尋ねると「レキがさぁ、風邪ひくからって無理やり着せんだもん」と答える。

 

「レキと離れてさみしくない」

「平気に決まってんじゃん、たったの半月だし、でもさぁ、レキは平気じゃないのかな、なんか元気無いんだ、ぼーっとしてさ」

 

「さみしいのかもね、レキも」

「調子狂っちゃうんだよな、そんな遠くに行くわけでもないのにさ」

 

「あぁ」ラッカは声にならない声を上げる。

 

 

一、廃工場とミドリ

 

ラッカとダイは、フェンスに空いた穴から敷地の中に入り、工場へと向かう。途中、爆竹で手荒に迎えられるが、その音を聞いたミドリたち女子三人が、ラッカたちの元に駆け寄る。ミドリたちは、ラッカが持ってきたお菓子の入った籠を見ると「うわぁ、ありがとう」「かえって悪いみたいね」「これ、あなたが作ったの」と声をかける。

 

「ううん、これはヒカリが…」女の子たちの会話が始まる。すると廃工場から降りてきたヒョウコは、ダイにスケートボードを渡しながら「やってみ」と声をかける。ヒョウコとダイは男同士、スケボーに興じる。

 

ミドリが「怒ってる、ヒョウコのこと」と尋ねると、ラッカは「ううん、まさか」と答える。それを聞いてミドリは「良かった」と言ってホッとする。

 

彼女たちとの会話から、ラッカはオールドホームと廃工場とは「例のごたごた」のせいで縁遠くなったらしいことを知る。詳しいことは分からないが、ラッカはダイを引き渡すと、廃工場を後にする。

 

ラッカが歩いていると、ミドリが慌てた様子で後を追いかけてくる。

「ねぇ、待ってよ、うっかりしてた、これ、レキに渡して、借りてたの…、相変わらずよね、レキのお節介は、あのさ、本当に何も知らないの」

「えっ…、えっと、前に、ここでレキとあなたたちが言い争っているのを見たの、噂を聞いたの、レキは廃工場のヒョウコ、さんと…」

 

「ふん、駆け落ちしたってんでしょ、笑わせないでよ」

「違うの」

 

「レキがヒョウコを巻き込んだのよ、自分の我がままでさ、ヒョウコは、危うく死ぬとこだったんだから」

「レキは、レキはそんなひどいことはしない」

 

「あなたはレキのこと、何もわかってないのよ、何も…」

 

 

二、回廊の幻影

 

ラッカのモノローグ

『レキが誰かを傷つけるなんて…、レキはどんな時も優しかった、自分が辛くても、いつも周りに心を配って…、だけど、わたしはそのことにずっと気づけなかった、クウが行ってしまった時も、私が罪憑きになった時も、本当はレキの方が苦しんでいたんだ、なのに私、いつもレキに頼ってばかりいて…』

 

壁の中の回廊で仕事をしているとき、ラッカはレキのことについて思いを巡らせるが、うっかり小舟から手を放してしまう。慌てたラッカは、流れゆく小舟を追いかけ何とか飛び乗ることに成功する。

 

小舟はそのまま流れてゆき、やがてその先にある札の前にたどり着く。ラッカはそこに書かれている文字を辿ると、見慣れた文字が書いてあるように感じる。同時に、どこからともなく人の笑い声のような幻聴が聞こえてくる。

 

仕事を終え、寺院の中庭にやってくると、ラッカは話師に仕事が終わったことを伝える。すると話師は「レキが迎えに来ていた、お前を心配しているようだ」と告げる。

 

寺院からの帰り道、話師とラッカはレキのことについて会話を交わす。

 

「レキは、最近少し神経質になっているみたいです」

「レキは、自分に巣立ちの日が訪れないことを気に病んでいる、同時に巣立ちの日が訪れなければいいとも思っている」

 

「私も、苦しむレキを見るのはつらいです、でもレキには行ってほしくない」

「レキはまだ迷っている…、ラッカ、お前には鳥が訪れ、記憶のかけらを埋めることができたが、レキにはそれが無い、自分一人で、自分の心の闇と向き合わねばならない、それはつらい試練だ」

 

「レキはずっと、自分の夢の情景を描いていました、私も一度見せてもらったけど、何が描かれているのか、分かりませんでした、レキにも、よく、分からないみたい」

「レキにはもう、それほど時間は残されていない」

 

ラッカがハッとして立ち止まると、前を歩く話師も立ち止まる。振り返りながら話師が続ける。

 

「それがいつになるかは分からない、だが、この冬が明けるころには結論が出ているはずだ、その時、レキに迷いが残っているなら、レキはここに留まるだろう」

「留まることなんてできるんですか」

 

「ごく稀にそうなるものもある、だが、そのものは、もう灰羽とは呼ばれない、羽と光輪を失い、人とも灰羽とも交わることなく暮らし、やがて老いて死ぬ、それは静かで平穏だが、孤独な生活だ、私は、いや灰羽連盟灰羽達が無事に巣立つことを願う、だが今のレキは私を拒んでいる、私の言葉はいつも、レキの心を頑なにしてしまう」

 

「私、レキの力になりたい、レキはずっと苦しんでいたのに、それを隠して私を助けてくれた、だから、今度は、私がレキを助けなきゃ」

 

「レキを救うということは、レキに別れを告げるということだ、レキがこの地を去れば、二度とまみえることはないかもしれない、その覚悟はあるか」

 

 

寺院から帰ってきたラッカはレキと出会い、ミドリから預かった傘を渡す。レキのスクーターでオールドホームに向かう途中、ラッカはレキに話しかける。

 

「友達?」

「友達だった、昔はね、何かひどいこと言われた?」

 

「うっ、ううん、何も」

「怒らないでやって、憎まれ口叩くけど、本当はいい子なんだ…、もう五年か…、やれやれ、意地っ張り同士、とうとう仲直りできなかったなぁ」

 

「…レキ、あたし頑張るから」

「頑張りな、何か辛気臭い仕事だけど、やっぱ働いてこそ、一人前の灰羽だからね」

 

 

三、空っぽの笑顔

 

オールドホームの朝、ネムは風邪をひいて、欠勤の知らせをスクーターを持っているレキに頼もうと考えていたが、レキはここ最近絵を描くことに集中しているらしく、みんなと顔を合わせていない。代わりにカナに頼もうとするが、すでに時間ぎりぎりのようである。

 

ラッカが「私行くよ、時間あるし」と名乗りを上げると、ネムは「ほんと、悪いわね」と感謝を伝える。するとラッカは「平気、カナが乗せてくれるから」と付け加える。

 

ラッカは図書館の責任者へネムのことを伝えると、そこでたまたまお腹の大きいスミカと出会う。ネムが欠勤であることを告げると「あら残念」と応じる。

 

その後図書館の展示物を見ながらスミカが「はぁ、本の化石か」と声を上げると、「本当は何なのかわからないけど、昔、西の森の奥に遺跡があって、その石の中に、これが埋まってたんだって、まるで何かの力で石に変えられたみたいでしょ」

 

「何て書いてあるんですか」

「分からない、ほら、模様みたいなものが彫ってあるでしょう、文字とも原始の絵画ともいわれているけど、もし絵だとしたら、人の“手”かな」

 

図書館を後にしたラッカは、川辺でスケボーの練習をしているヒョウコとダイの様子を見ているレキの姿を見かける。思わずレキの名前を呼ぼうとしたが、一瞬「あなたはレキのこと、何も分かってないのよ」というミドリの言葉が頭をよぎる。しかしラッカは勇気をもってレキに声をかける。

 

ラッカは、レキとオールドホームに帰る途中、他愛のない会話に笑うレキの様子を見て苦しい気持ちになる。

『空っぽの笑顔を張り付けて、私たちは歩く、どんな時でもレキは優しい、誰にも心配かけたくないから、誰にも頼りたくないから、レキは笑う、どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう、私はずっと、レキの一番近くにいたのに』

 

「明日が来なければいいのに」

「何、突然」

 

「今日の次は今日なの、次の日も、その次の日も、ずっと今日ならいいのに、そしたらずっと、レキといられる」

「永遠なんて、ありえないよ、何もかもが、いつかは終わる、だからいいんだ、今が今しかないから、この瞬間が、こんなにも、大事なんだ」

 

「うん、そっか、そうだね」

 

灰羽寺院へ行く分かれ道で、ラッカはレキと別れる。

 

「あぁ、仕事か、頑張りな」

「レキも」

 

ラッカは寺院に向かって走り出すが、やがて彼女の眼には涙が溢れ出す。

「泣いちゃダメだ、私がレキを助けるんだ、笑え、ラッカ、笑え」

 

レキはオールドホームに帰ると、ゲストルームのベッドで寝ているネムの額に、水で濡らしたタオルを置き直す。するとレキはベッドに寄り添い、ネムの手を取り、寝ている彼女に話しかける。

 

ネム、長い間ありがとう、もしいつか、クラモリに会ったら伝えて、ごめんなさい、ありがとうって、あたしは、そっちへは、行けそうもないから」

 

そういうと、レキはゲストルームのドアを閉め、部屋を去る。

その音を聞いてネムはうっすらと目を開け「レキ」と呟く。

 

「もう、終わりにしよう」

そういうと、レキは自室のアトリエの中に消えていく。

 

 

第十一話 まとめ

 

 

一、助力者

 

灰羽達の住まいがオールドホーム以外にもあることは、何度となく説明されていたが、今回は年少組のダイを二週間程里帰りさせるために、ラッカが付き添いをして廃工場を訪れる。そこではミドリやヒョウコを中心とした、もう一つのコミュニティーが営まれている。

 

廃工場から帰る途中、ラッカはミドリと二人きりで話す機会があり、そこでレキの人物像ついてミドリから思いもよらない言葉を聞く。詳しい出来事までは聞かされなかったが、ラッカはレキが自分の本心を隠し、何かに苦しんでいることを察する。

 

『レキが誰かを傷つけるなんて…』

ここでラッカは、レキが誰にも言えないような深い苦悩を心の奥に抱えていることを理解する。近くにいただけに、気づけなかった自分を恥ずかしいとさえ感じているようだ。

 

「私の言葉はいつも、レキの心を頑なにしてしまう」という話師の言葉に「私、レキの力になりたい、レキはずっと苦しんでいたのに、それを隠して私を助けてくれた、だから、今度は、私がレキを助けなきゃ」と答える。

 

ラッカはここで、自分に助力してくれた鳥のように、今度はレキが旅立つために彼女の鳥となることを心に決める。ラッカがこの街で「人のために尽くそう」と考え始めた瞬間である。

 

 

二、罪憑きであることの意味

 

クラモリと別れ、クウと別れ、話師からは「お前が灰羽としてここにいられるのはあとわずかだ、心構えをしておくがいい」と諭される。罪憑きに苦しんだラッカは自らの力で罪憑きを克服し、本来なら旅立ちの日を迎えられるネムが、自分よりもレキのことを気にかけているという話師の話を聞いて、レキの心は荒んでいく。

 

『空っぽの笑顔を張り付けて、私たちは歩く、どんな時でもレキは優しい、誰にも心配かけたくないから、誰にも頼りたくないから、レキは笑う、どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう、私はずっと、レキの一番近くにいたのに』

 

レキが何かに苦しんでいることに気づいたラッカは「明日が来なければいいのに」続けて「今日の次は今日なの、次の日も、その次の日も、ずっと今日ならいいのに、そしたらずっと、“レキといられる”」とレキに伝える。

 

ラッカは心に感じた自分の本心を告げているが、レキは「永遠なんて、ありえないよ、何もかもが、いつかは終わる、だからいいんだ、今が今しかないから、この瞬間が、こんなにも、大事なんだ」と答えるが“ラッカといつまでもいたい、ラッカは大切な人だ”とは答えない。

 

この後ラッカが泣いたのは、レキが自分の心を深く閉ざしているのを感じたからではないだろうか。ラッカはきっと“ラッカは一緒にいたい大切な人だ”と答えて欲しかったに違いない。ラッカとレキの間には、まだまだ遠い距離があるようだ。

 

風邪をひいて寝込んでいるネムに対しても「ネム、長い間ありがとう、もしいつか、クラモリに会ったら伝えて、ごめんなさい、ありがとうって、あたしは、そっちへは、行けそうもないから」と言って、あきらめの心情を吐露している。

 

「もう、終わりにしよう」というセリフからは、レキが自分の心を永遠に閉ざす決心をしたようにも見える。レキは何処へ行こうとしているのだろうか。

 

 

 

70,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第十話 クラモリ 廃工場の灰羽達 ラッカの仕事

 

一、クラモリの思い出

 

レキはかつての記憶をたどる。

 

~レキは誰にも見守られることなく、一人でこの世界に生まれてきた。その時羽は血にまみれ、黒い模様に覆われていた。ネムに見つけられたレキは、やがてクラモリに保護された。

 

~クラモリはレキに光輪を授けると「元気になって良かった、私はクラモリ、ほらネム、挨拶は…」とネムに挨拶を促すが、ネムはそれを受け入れられなかった。オールドホームになじめないレキを、クラモリは気にかけた。

 

~程なく、クラモリはレキを連れて灰羽連盟の話師と対面した。話師に促されて、繭の夢についてレキが「あたしは、気づいたら、石ころだらけの道にいて、真っ暗で…」と語ると、話師が「それだけか」尋ねた。

 

~クラモリは思わず「治りますか」と言葉を放ってしまった。すると話師は「薬の処方を教えよう」とクラモリに答え「これからはレキと名乗りなさい、小石という意味だ」とレキに告げた。

 

~レキもラッカと同じように、自分の羽の黒い部分をハサミで切り落としていた。しかし、それをクラモリに見つかって叱られていた。「そばにいるから、私がそばにいるから…」そう言ってクラモリはレキを抱きしめた。

 

~薬の元となる野草を取りに、森へ向かったクラモリは帰りの途中、オールドホームのすぐ近くで倒れてしまった。その様子に気づいたネムとレキは、クラモリをベッドに寝かせ看病をする。

 

「あたしの、羽の薬を取りに行くって…」

「クラモリは体が弱いの、一人で森に行くなんて、無理なのよ、クラモリが死んじゃったら、あなたのせいだから」

 

~その夜、レキは夕食のためにパンを買ってきた。「食べ物買ってきた、お腹、減ってるかなって思って…」というレキの言葉にネムは「一緒に作ろう…、さっきはごめんね…」と答える。レキとネムは一緒にクラモリのそばで過ごした。

 

レキ:「いいのかな、ここ、あたしには広すぎるかも…」

クラモリ:「じゃ~、ゲストルームってことにしない、それでレキはここに住んで、新しく来た灰羽の世話をするの、それがレキの仕事」

 

レキ:「いいの…」

ネム:「いいんじゃない、手が空いてるときは、子供たちの世話をしてもいいし」

 

レキ:「あたし、頑張るよ」

クラモリ:「レキももう一人前だね」

 

…そんなことをぼんやりと思い出すと、レキは「クラモリ、消えないで、そばにいるって、約束したのに…」と呟く。その後、煙草に火をつけようとするが、思いのほか時間がたってしまったことに気づき、レキは慌ててラッカの元に戻る。

 

 

二、抗議

 

ラッカの看病をしていたカナから、ラッカの熱が引かないことを知ったレキは「すぐ戻る」と言って出かける。レキはスクーターを走らせ、灰羽連盟の寺院を訪れると、話師に詰め寄る。

 

「熱を出すと分かっていて、どうしてラッカを放り出すような真似を…」

「オールドホームにはお前がいるのでな、何かあればヒョウコの時のように、またお前がここに来るだろうと思った」

 

「ヒョウコの話なんていい、ラッカを治して、壁を汚したわけでもないのに、あんな…」

「壁は絶対だ、私にはどうすることもできない」

 

「壁は、良い灰羽を守るんじゃないの、ラッカは、もう罪憑きじゃないはずだ」

「例え良き灰羽であっても、壁に触れれば罰を受ける、確かにラッカは試練を乗り越えたが…」

 

「やっぱり、そうなんだ」

「ラッカには鳥という助力者がいた、いずれ、罪の輪から抜け出す道も見出すだろう」

 

「ラッカにも、あたしと同じ謎掛けを…、ラッカは、答えを見つけたの…」

「それは分からん、だが、鳥が許しを与え、故に罪憑きではなくなった」

 

「そう」

「お前が灰羽としてここにいられるのはあとわずかだ、心構えをしておくがいい」

 

「罪憑きには巣立ちの日は来ないんだろ、あたしはここにいるよ、チビどもの世話もあるし」

「それを決めるのはお前ではない、巣立つことができないまま時が来た灰羽がどうなるか、お前も知っているはずだ、お前はお前の試練に打ち勝つしかない、巣立ちの日は、良き灰羽の元に平等に訪れるものだ」

 

「どこが平等だ、クウは一番幼かったのに」

「だが壁を恐れていなかったし、自分が壁を越えれば、みなもすぐにやってくると思っていた、クウは皆の手本になることが夢だった」

 

「なぜ分かる?」

「私は何も知らない、お前が心の底で思っていることを口にしただけだ」

 

「じゃ、ネムは、ネムはいい灰羽だ、祝福されて巣立って行くのがふさわしい」

ネムはお前の巣立ちを見届けたいと思っている、決して口には出さないが、自分よりお前の身を案じている」

 

「あたしが、ネムの重荷になっていると…」

「そうではない、それはネムの問題で、お前の責任ではない…、だが、そういうことだ」

 

「もう行け、ラッカが待っている、必要な薬草は勝手に摘んでいけ、種類は分かっているはずだ…、お前は常にラッカの支えとなった、お前の振る舞いは正しい、だから、先へ行くラッカを妬んではいけない」

「妬む、あたしが、ふざけるな!」

 

オールドホームに戻ったレキは、薬草を煎じてラッカに飲ませる。苦い薬を飲むラッカの様子を見守りながら、ヒカリが「良くなるといいね」と言ってラッカを励ます。

 

 

三、壁に触れた咎による罰

 

オールドホームの入り口に、連盟からラッカへの通知が掲示される。

灰羽ラッカ、本日中に、灰羽連盟寺院へ来るように申し渡す、壁に触れた咎により、罰を与える」

 

レキは行かなくていいと主張するが、ラッカは「杖を返しに行くって約束したの、平気だよ、熱も引いたし、それに、何だか、羽が軽くなったみたい、レキの薬が効いたんだよ、ありがとう、みんなも心配かけてごめんね」と答える。ラッカはみんなに手を振り、一人灰羽連盟寺院へと向かう。

 

ラッカは寺院につくと、内部の深い場所へと案内される。途中、厚手のローブを着させられると、さらに奥へと導かれる。最後の鉄の扉を開けると、そこには水路に沿った回廊がある。

 

「ここは…」

「壁の中だ」

 

壁の中の水路を、小舟に乗って進んでいくと、そこにはいくつもの札(位牌)があり、その札の周りには光る箔が錆にように付着している。

 

「これは光箔という、お前たちの光輪の元になるものだ、お前はこの回廊を巡り箔を集め錆びた札を清めて廻る、それがこの街でのお前に仕事となる、重要な役目だ、できるか?」

「ひっ、一人でですか?」

 

話師が「怖いのか」と尋ねると、ラッカは首を横に振り「やります」と答える。

 

「後で迎えに来よう、何があってもそのローブを脱いではならない、もし何かが見えたり聞こえたとしても恐れることはない、それが何であれ、ローブを身に着けた者に触れることはできない」

 

「なっ、何か出るんですか?」

 

残されたラッカは、一人回廊の清掃を始め、札に付着した光箔を集める。

 

 

四、スープのワビ

 

雪の中、ヒョウコはミドリと一緒にオールドホームがある南地区へと向かう。訳があって、南地区へ入れないヒョウコは、ミドリに頼みごとをしている。するとそこで偶然二人はレキと出会う。

 

ミドリはレキに近づくと「あんたの所に変なクセッ毛の子がいるでしょ、ヒョウコがこれ渡してって」と言って手提げバックを渡す。「何これ」とレキが中を見ようとすると「あっ、開けちゃダメ!とにかく、黙って渡せばいいのよ」と声を荒げる。

 

別れ際、レキは「ミドリ、これ、風邪ひくよ」と言って傘を渡す。するとミドリは「レキ、たばこ止めなさいよ、バカみたいよ」と応じる。ミドリが「帰るわよ」と声をかけると、ヒョウコとレキは指を立ていがみ合う。

 

するとそこへラッカがやって来て「どうしたの」とレキに声をかける。レキは慌てて振り返ると「ごめん、迎えに行くつもりだったのに、バカに捕まって…、あぁ、そのバカが、これラッカにって…、あっ、そうだ、罰って、何だった、ひどいことされなかった」

 

「えぇっと、寺院の掃除、私の仕事だって」

「掃除! あ~ぁ、世の中バカばっかりだ」

 

オールドホームに戻ってバックの中を確認すると、オールドホームにいる全員分のお菓子が入っている。ラッカが中にあった手紙を見ると「スープのワビ」と書いてある。

 

ヒカリ:「ねぇ、なんかお返し考えなきゃ」

カナ:「いいんじゃねえの、お詫びって言ってんだから」

ヒカリ:「そんなのダメだよ」

 

ネム:「レキ、どうする」

レキ:「どうするって、あたしは別に…」

ネム:「それに、そろそろダイが廃工場に帰るんでしょ、挨拶しておいた方がいいんじゃない」

 

ラッカ:「何の話」

ネム:「廃工場では、面倒見られないから、小さい子はうちで預かってたの、で、年に何回か里帰りするわけ」

ラッカ:「そうなんだ」

 

レキ:「あたしは、廃工場には…」

ネム:「分かってる、挨拶は私たちで行くから」

ヒカリ:「あっ、あたし行きたい」

 

ネム:「言っとくけど、あそこの男の子たちはがさつよ」

ヒカリ:「え~」

カナ:「確かに」

 

ラッカ:「私行く」

ヒカリ:「じゃ、私、お菓子作る」

ネム:「それでいい?」

 

レキ:「任せるよ」

 

話はまとまり、それぞれが自分の部屋に帰っていく中、レキはネムに話しかける。

ネム、あたしのことなら、心配いらない、あたしは、一人でも大丈夫だから」

「何、何の話?」

 

「あたしは、ネムの足手まといにはなりたくないんだ」

「レキ、どうしたの」

 

レキは一人、足早にその場から去る。

「レキ!」

 

 

第十話 まとめ

 

 

今までレキの絵の中だけに登場していた、クラモリという人物のエピソードが描写される。レキ、ネムにとっては姉あるいは母親のような存在(レキの言葉を借りれば先生)だったこと、またレキにとっては「そばにいるから、私がそばにいるから…」と言って自分を温かく包み込んでくれる存在だったことが示される。

 

しかし「クラモリ、消えないで、そばにいるって、約束したのに…」というレキのセリフから、クラモリに巣立ちの日が来て、言葉を交わすことなく分かれてしまったことが示唆される。

 

回想から我に返ったレキは、ラッカの状態を確認した後灰羽寺院に向かう。

 

 

一、レキの課題

 

寺院に着いたレキはラッカの件で話師に抗議するが、逆にレキ自身の身の振り方を諭される。話師が語った重要なセリフは以下の通りだ。

 

1,「お前が灰羽としてここにいられるのはあとわずかだ、心構えをしておくがいい」

 

2,「ネムはお前の巣立ちを見届けたいと思っている、決して口には出さないが、自分よりお前の身を案じている」

 

3,「お前は常にラッカの支えとなった、お前の振る舞いは正しい、だから、先へ行くラッカを妬んではいけない」

 

特に第3のセリフに対して、レキは激しく苛立つ。レキ自身が感じていない、あるいは感じたくない感情の一つ、妬みについての指摘である。

 

さて、レキは本当にラッカに対して妬む気持ちがあるのだろうか。話師がレキの内面に対して意識を向けるように促したことは事実であろうが、その意識の先に妬みの感情があったのかというと定かではない。

 

妬みという感情は、自分が望んでもできないことを他人が成し遂げたときに生まれてくるものだ。特にその内容が、自分にとって避けられないほど重要であった場合に、その感情は激しくなる。

 

レキに妬みがあるならば、それは自分がまだ罪憑きから許されていないのに、ラッカがわずかの期間にその難問を克服したことに対して、うらやましいと感じているということだ。確かにそのような感情があったのかもしれないが、それよりも「取り残された」という感情の方が強いのではないだろうか。

 

クラモリが何も言わずに消えてしまったことは、レキの心に「取り残された」という感情を強く抱かせただろうし、幼いクウが壁を越えたこともレキにとっては「取り残された」という感情がより強く意識させられた出来事であったに違いない。

 

話師はあえて“妬み”という強い言葉を選んでレキに語りかけている。それはレキに対して「自身をもっと見つめよ」というメッセージだったのではないだろうか。これ以降、物語の奔流がラッカからレキの物語へと大きく移り変わっていくように感じられる。レキに残された時間は少ない。話師は容赦なく、期限付きの課題を投げかけるのである。

 

 

二、壁の中

 

オールドホームの灰羽達の看護によって、ラッカは体調を回復する。しかしラッカは壁に触れた罪により、灰羽連盟から処罰のために呼び出される。ラッカに与えられた処罰とは、壁に中の札(位牌のようなもの)の清掃であるが、罰というよりもラッカに与えられた仕事といった方がいいもしれない。

 

オールドホームの灰羽達は、どちらかというと街の一員としての仕事を担っている。レキは子供の世話をしているし、ネムは図書館、ヒカリはパン屋、カナは時計屋というように、一市民としての務めを果たしている。しかしラッカに与えられた仕事は、かなり特殊な仕事といえるだろう。

 

以前、井戸の底は自力で行けるこの街で一番深い場所と書いたが、壁の中はそれよりもさらに深遠で特別な場所ではないだろうか。また、会話する相手のいない場所でもある。ラッカに与えられた仕事の特殊性を考えると、話師はラッカに、さらに何かを期待しているかのようである。

 

光箔は灰羽だけに必要なものだ。その光箔を集め、札を清める仕事の意味は、やがて生まれてくる灰羽のための準備をすることであり、街の中で仕事をすることとは根本から違う。街の中での仕事が“魂の修行”という意味合いがあるのなら、ラッカの仕事はその段階を飛び越えたことを示しているのかもしれない。

 

灰羽を導く「リーダー養成コースへの編入」とでもいえば分かりやすいだろうか。ラッカという人物に備わっている「気質」を、話師は理解しているかのようである。

 

では、今回はこの辺で…。

 

 

 

 

69,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第九話 井戸 再生 謎掛け

 

日が暮れて雪が吹き荒れる中、オールドホームの灰羽達がラッカを探している。

ヒカリ:「雪、ひどくならないといいけど…」

レキ:「大丈夫、きっとすぐ止むよ…、ラッカ…」

 

 

一、井戸の中

 

井戸に落ちたラッカの心には、様々な体験の記憶と言葉たちがこだまする。

「夢の中で、誰かが守ってくれた気がして…、私を守ってくれた誰か、お父さん、お母さん、わからないよ…」

 

すると井戸の近くに人影が現れる。トーガである。しかしラッカがいる場所からは認識できない。

 

「誰、あの、どなたですか、梯子が折れて登れないんです、私は街はずれのオールドホームに住んでいる灰羽のラッカといいます、街の方ですか…」

 

人影は、ふっとその場を離れる。ラッカは慌てて「待って、登れないんです、助けて!」と叫ぶ。ラッカは、改めて井戸の底から這いあがろうとするが登ることができない。

 

「助けて~!」

 

程なく、再び人影が現れるが今度は二人いる。一人は水桶にランタンを入れてラッカの元に降ろすと、もう一人は梯子を降りてくる。降りてきたトーガは手話を用いてラッカに語りかけるが、ラッカはその手話がわからない。彼は後ろを向くとその場にしゃがんで、自分の肩をポンと叩く。肩に足をかけて登れというジェスチャーである。

 

ラッカはサンダルを脱ぎ捨て、トーガの肩に足をかけると梯子を登り井戸の外に出る。井戸の上のトーガが水桶に入ったランタンを巻き上げ、もう一人のトーガが梯子を登りきると、ラッカは二人に礼を述べる。

 

「あっ、ありがとうございました、助かりました…」すると二人は何も言わず、その場を立ち去ろうとするので、ラッカは思わず「あっ」と声を上げる。

 

「待って、クウという灰羽の女の子が壁を越えたんです、私の友達なんです、ご存じありませんか」

 

一瞬二人のトーガは立ち止まり、顔を見合わせる。

 

「ごめんなさい、話しちゃいけないのは、わかってるんです、だけどクウは友達なの、私は壁の向こうのこと、何も知らないから心配なんです、クウは無事ですか」

 

トーガは何もなかったように歩き出す。ラッカは後を追いかけるが、足を取られて転んでしまう。

 

「話せないなら、せめてクウを見たならうなずいてください、それぐらい、いいでしょ…」

 

その場に取り残されたラッカは、暗い夜の道を素足で歩き始める。しばらく森をさ迷った後、やがてラッカは壁のすぐ前に出てしまう。するとどこからか聞こえてくる楽しげな声の幻覚に誘われるように、ラッカは壁に近づきつい耳をあてようとしてその壁に触れてしまう。

 

「冷たい!」

 

 

二、話師

 

「何をしている、壁に触れてはならない、この森に入るなと言われなかったか」

ふっと現れた話師がラッカに語りかけるが、ラッカは足をくじいてふらついてしまう。

 

「足をくじいているのか」という話師の問いに、ラッカはゆっくりうなずく。すると話師は「これを使いなさい」と言って、杖を貸し与える。

 

「オールドホームの灰羽だな、名前はラッカ、事情は後で聞く、歩けないならここにいなさい、人を呼んでこよう」歩き出した話師に「平気です」とラッカは話しかける。

 

二人はゆっくりと森の出口に向かって歩き始める。

 

「井戸から助けられたことは止むを得んが、トーガとは接触してはならない、それは話師の資格を持つ者にしか許されていない」

 

「クウが、友達が壁を越えたんです、それでトーガなら、何か知ってるんじゃないかと思って…、そうだ、クウの声を聴いたんです、壁の中から」

 

「それはお前の心が生んだ幻だ、巣立った仲間を思うお前の気持ちを、壁が鏡のようにお前に見せたに過ぎない…、壁を越えたものは、外で暮らす準備が整ったと認められたものだ、だから心配はいらない…、それよりもなぜ井戸を調べようと…」

 

「井戸の底で鳥が死んでいるのを見つけたんです」

 

「それが危険を冒して井戸に降りた理由なのか」

 

ラッカは歩みを止めて話師の問いかけに答える。

「私、この街に来てからずっと、鳥が、私のことを呼んでいた気がしてたんです、うまく言えないけど、あの鳥は、私のせいで死んでしまったような気がして…」

 

話師も立ち止まる。

「鳥は壁を超えることを許されている唯一の生き物だ、故に、忘れてしまったものを運んでくるといわれる」

 

話師はラッカの方を向くと「鳥の躯(むくろ)を見たとき、お前は恐れを感じたか」と問う。

 

「いいえ」

 

「ならばその躯は、お前が知るべきことを知ったことの証、使命を果たしたことを誇りに思って、お前に躯を見せたのだ」

 

話師はラッカに背を向け歩き出し「悲しむことはない」と告げる。しかしラッカはその場を動くことが出来ず、杖を手放してしまう。杖が倒れた音を聞いて、話師は再び振り返る。

 

「鳥が私に伝えてくれたのは、私が繭の中で見た夢の本当の意味なんです、井戸の底で夢を見ました、あの鳥は、私が知っていた誰かなんです、あたしのこと心配してくれてた、なのに私、それを分かろうともしないで…」

 

ラッカは両手で顔を覆うと肩を揺らし悲しむ。

 

「思い出せない誰かのことを、なぜそれほどまでに悲しむ」

 

「分からない、でも私、誰かを傷つけてしまった…」

 

話師は杖を拾うとラッカに持たせ、近くの木の根に腰を下すように促す。

「座りなさい、そしてゆっくりと話しなさい、それはとても大事なことだからだ」

 

 

三、謎掛け

 

「ここじゃない、どこか知らない場所で、私はずっと独りぼっちなんだと思い込んでいました、自分がいなくなっても、誰も気にもしてくれないって、だから私、消えてしまいたいと思ったんです、そしたら空の上にいる夢を見て、でも思い出したんです、夢の中に鳥がいました、鳥の姿になって、私を呼び戻そうとしていた、私は独りぼっちじゃなかった、なのに…私…」

 

「そんな風に考えることではない、お前の羽と光輪は、この世界で償うべき罪が無いことの証だ」

 

「でも私は、私の羽は…」

 

「…罪憑きか…、薬で羽黒を染めて罪の気をかすませているな、その方法を誰に聞いた」

 

ラッカは口ごもる。

 

「そうか」

 

「罪憑きって何なんですか、私は罪人なんですか、私が見た夢は、本当のことなんですか」

 

「それを確かめる術はない、繭の夢の中で失ったものは取り戻せない、誰かを傷つけたとしても、その者と再びまみえることはない」

 

「私、どうすれば…、私が罪人で、本当はここにいちゃいけないのなら、どこか、私のいるべきところへ連れて行ってください、ここは、この街は私には幸せ過ぎます、みんなやさしくて、誰からも大事にされて…、いたたまれないんです、もし私の見た夢が本当のことなら、私帰りたい、帰って謝らなきゃ」

 

話師はラッカの頭を優しくなでる。

 

「罪を知る者に罪はない、これは罪の輪という謎かけだ、考えてみなさい、罪を知る者に罪はない、では汝に問う、汝は罪びとなりや」

 

「私は、繭の夢がもし本当ならば、やはり罪人だと思います」

 

「では、お前は罪を知る者か」

 

「だとしたら、私の罪は消えるのですか」

 

「ならばもう一度問う、罪を知る者に罪はない、汝は罪びとなりや」

 

「罪が無いと思ったら、今度は罪人になってしまう」

 

「恐らくそれが、罪に憑かれるということなのであろう、罪の在りかを求めて同じ輪の中を回り続け、いつか出口を見失う」

 

「どう答えたればいいんですか」

 

「考えなさい、答えは、自分で見つけなければならない、さあ…」

 

話師に促されて歩き出したラッカは、やがて街との境までたどり着く。

「私がついてやれるのはここまでだ、杖を貸すから、気をつけて帰りなさい」

 

「また会ってくれますか」

「杖を返してもらわなければならないからな」

 

森の中へ戻っていく話師に向かってラッカは「ありがとうございました」と礼を述べる。

 

 

四、罪憑き

 

ラッカは街に向かってゆっくり降りていく。すると程なくスクーターに乗ったレキがラッカを見つける。レキは駆け寄ると「ラッカ、ラッカ、良かった」と言ってラッカを抱きしめる。「痛い、レキ痛いよ」とラッカは答える。

 

ラッカが森の中で井戸に落ちたことをレキに伝えていると、遠くからネム、カナ、ヒカリが声をかけてくる。それにこたえてラッカが杖を振っているのを見て、レキが「それっ」と言ってラッカに尋ねる。ラッカは森の中で話師と出会ったことを伝える。

 

話師に対してあまりいい感情を持っていないレキは、ラッカの手足が異常に冷たいことに気づき「もしかして、壁に触った?」と尋ねる。ラッカが「うん」と答えると、レキの表情が変わる。

 

レキが急いでラッカを連れ帰ろうとする様子を見たカナは「何だよ、血相変えて」と尋ねる。「ラッカが、壁に触った」とレキが答えるとカナも驚く。

 

倒れたスクーターを起こしてレキとラッカを待っていたヒカリは「何、どうしたの、一体どうしたの」と尋ねるが、レキは何も言わずスクーターを走らせ一足先にオールドホームへ向かう。

 

オールドホームに到着すると、レキはラッカをベッドに寝かせ、介抱するための準備を始める。

「壁は危険なんだ、特に西の森や、沼のあたりの壁は…、危ないってあれほど言ったのに…」

 

「ごめんなさい」

 

ベッドの横で介抱を始めようとすると、ラッカは疲れ切って眠ってしまう。レキはラッカの身の回りの世話をして、片方となった羽袋を外すと、そこには罪憑きの黒い斑点はもうなくなっている。

 

「消えてる、薬のせいじゃない、なんで…」

 

するとそこへ、ネムたちが帰ってくる。

「ラッカ、平気」

「眠ったの」

 

レキはカナに街へ行って解熱剤を買ってくるよう頼む。ヒカリはラッカが冷え切っていることをレキに告げるが、レキは「多分、夜中過ぎには熱を出す」と言って一人で考え事をしている。

 

ヒカリは「レキ、どうして分かるの、ねえ」と言って、レキを問いただそうとするが、ネムが気を利かせて「レキ、寮母のおばさんに見つかったって知らせた」と尋ねると、ヒカリを連れて「子供たちの見回りもしないとね」と言って、その場を離れる。

 

「ありがとう、お願い」

 

レキがラッカの身の回りの世話をしていると、不意にラッカが目を覚ます。少し言葉を交した後、ラッカが「何か、羽の生えた夜みたい」と言うと、「そういや、そうだね」と応じる。

 

「いつもレキが看病してくれる」

「お節介なんだ、昔からそう」

 

「レキの手、あったかい」

「あんたの手が冷たいんだよ、凍りつきそう」

 

「体がどんどん軽くなって、私、ちゃんとここにいる?」

「大丈夫、ちゃんとここにいるよ」

 

「私、消えたくない」

「消えたりしない、大丈夫だから」

 

「ここにいたいの、私どこにも行きたくない、ここにいて、いいよね」

「もちろん、ラッカは、ここにいていいんだよ、ラッカは祝福された灰羽なんだから」

 

「レキは、ずっと私を助けてくれた」

ラッカはまた、ふと眠りにつく。

 

「ラッカ、ラッカには…、もう…」

 

 

五、看病

 

ネムとヒカリが部屋に戻ってくると、レキは煙草をくわえる。ラッカの状態が今は安定しているが、しばらくすると熱を出すかもしれないということをレキがネムに説明していると、ヒカリが「レキ! レキは物知りだし、一人で何でもできるのかもしれないけど、けどね、全部背負い込むことはないと思うの、手伝えることは何でも言って、仲間なんだから…」と堰を切ったように話しかける。

 

「うん、悪かった、交代で看病しよう、しばらく見ててもらえる」レキが応じると、「もちろん」とヒカリが笑顔で答える。

 

「ありがとう、すこし仮眠する、何かあったら呼んで」そう言うと、レキは煙草に火をつけ部屋を出ていく。

 

自室に戻ると、レキは置物に向かって話しかける。

「ラッカも、あたしの助けはいらないってさ…、落ち込むことはないさ、良かったじゃないか、ラッカが罪憑きじゃなくなって」

 

そう言うと、レキはアトリエのドアを開け「一人になるのは慣れている、この七年間、ずっとその繰り返しだったじゃないか…」とつぶやき、ゆっくりと部屋の中に消える。

 

 

第九話 まとめ

 

 

一、語らないトーガ

 

井戸の底でカラスの遺骸を埋葬したラッカは、自分自身が井戸から出られなくなってしまう。するとそこへ、どこからともなくトーガが現れる。彼らは一言も話すことなく、ラッカを助けた後姿を消す。ではトーガとは一体、どのような存在なのであろうか。

 

以前グリの街は、灰羽という存在をただ支えるための街に過ぎず、街の人々は灰羽と深く関わることはないと指摘した。トーガは街の外界との連絡役であり、街の人々よりさらに灰羽とは縁遠い存在である。グリの街はトーガによって支えられているのである。

 

第七話のまとめ「二、グリの街 もう一つの見方」のところで、グリア細胞についてお話したことを覚えておられるだろう。灰羽神経細胞、グリの街をグリア細胞に当てはめることが出来るのではないかということだが、そう考えると、トーガはグリの街を支えるエネルギー供給者といえるだろう。

 

トーガの役割は、グリの街とそこに住む灰羽の生活を守ることである。しかし、その理由は、レキの言葉を借りれば「誰も知らない」ということなのだろう。つまりトーガは物言わぬエネルギー供給者であり、それ以上の役割は与えられていないのである。

 

 

二、話師とは

 

では、話師とはどのような存在なのだろうか。トーガと意思疎通できる唯一の存在ということになっているのだが、彼らは手話を使ってコミュニケーションをとっている。その手話を知る者は、話師以外この街にはいない。

 

深層心理学的に言えば、話師はまさに賢者と言えるだろう。現実的な知恵やヒントは与えるが、そこから先は自力での解決を促す。見守ると同時に突き放すのである。

 

よく語られる例え話にこんなものがある。魚を捕るためには釣り道具が必要だが、いつでも賢者が貸し与えては、人は賢者に依存することになる。しかし釣り道具の作り方を覚えれば、人は賢者に頼らなくても自力で魚を得ることが出来る。ちょっとしたヒントを元に、自力で解決できる能力を身についけることが大切だ、ということだ。話師はそういう視点を持って灰羽達に向き合っているといえるだろう。

 

 

三、謎掛け

 

「罪を知るものに罪はない、これは罪の輪という謎掛けだ、考えてみなさい、罪を知るものに罪はない、では汝に問う、汝は罪びとなりや」

 

さて、みなさんはこの問いに何と答えるだろう。本編の中でも「謎掛け」と呼んでいるように、そもそもこの問いに対する答えがあるのだろうか。

 

精神的な辛さを抱える人の特徴に、考え方の偏りがあると言われている。例えば仕事や学業でうまく行かなかったとしよう。多くの人は「確かに少し怠けていたかもしれない」と思うかもしれないが、同時に他の理由も考えられるだろう。「家族の問題で時間を忙殺された」「体調がすぐれない」「とても深い悩みがあって集中できない」などである。何か他に理由を求めることが出来れば、精神的にはかなり楽になるだろう。

 

しかし、うまくいかなかった理由が、すべて自分にあると考えるとどうなるだろう。「家族の問題を解決できないのは自分にその能力がないからだ」「体調がすぐれないのは、自分の体調管理が悪いせいだ」「悩みに気を取られてしまうのは自分の精神力が弱いからだ」などである。

 

自分を省みることは大切なことであるが、すべての問題が自分にあると考えると辛くなるものだ。「私は何をやってもダメなんです…」。こういった考えは、当人を不健康にしてしまう。ダメな一面は否定しないが、他にも何か理由が思いつかないだろうか。

 

「何をやってもダメなんです」に対応するには「何をやってもダメではない」ことを一つひとつ見つけるしかないだろう。自分に対する全否定から脱却するには、全否定することが不合理であることを証明すればいい。一つでも見つけられれば全否定できなくなる。つまり、何かいい点を『自分の力で発見する』ということだ。

 

例えば目の前の人に「あなたは今の問題を解決しようとそのお話をされました。ダメな人が取るべき行動ではなく、これはあなたが前向きな判断のできる人であることを示していると思うのです」などと伝えれば、本人は反論しづらくなるだろう。

 

認知療法では「全か無か思考」というものを想定している。先の例で言うと「すべてがダメなのか、あるいはすべてが良いのか」という両極端な思考パターンといえば分かりやすいだろう。

 

すべてがダメ、すべてが良いなどという人はいないし、そのような状況など、この世には存在しないということすらも考えられなくなるというのは、実に辛いものだ。両極端な考え方をしている間は、この「罪の輪」から抜け出すことはできないのである。

 

全か無か、0か100か、白か黒か、上か下か。誰もがはっきりした答えを欲しているが、実はそのようなものなど殆どない。世の中にはその中間的なもので満ち溢れている。有るような、でも無いようなもの、20や54、89といった中間的な数値であったり、黒に近いグレー、多少見上げるような高さといった、はっきりしないレベルのもので満ちているといえるだろう。

 

罪の輪の謎掛けの場合、どのような回答が考えられるだろうか。答えはそれぞれが出していただきたいので、ここでその例を挙げることは差し控えるが、ここまで読んでいただいた方なら、自ずと導き出せるのではないかと思う。当然ながら、答えが一つではないことはご想像いただけるものと思う。

 

さて、今回はこの辺で終わりにしたい。

 

…では。

 

 

 

68,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第八話 鳥

 

一、形見分け

 

朝、ラッカは老人の樹の染料を洗面所で洗い流す。しばらくするとカナがドアをノックする。

 

「ラッカ、起きた、みんな、クウの部屋にいるから」

「うっ、うん、今行く」

 

ラッカがクウの部屋のドアを開けると、ヒカリが「気に入ってくれた」と羽袋について訊ねてくる。ラッカは「うん」と答えて、みんながいるクウの部屋に入る。

 

ネム:「みんな少しずつ、思い出になるものを分けてもらうの」

レキ:「ラッカは、ベッドでいい?他になにか…」

 

「あれ…」

そう言うと、ラッカはカエルの置物セットをもらう。レキはベッドをラッカの部屋に運ぶ。

 

レキがラッカに話しかけても、ラッカはどこか上の空である。ソファーに腰掛け「羽の具合はどう」と明るく話しかけるが、ラッカの声は暗い。

 

「ずっとこんな風に、薬を使ったり、羽を隠さないといけないの」

「冬は、壁の力が弱まるから、悪いものの影響を受けやすいんだ、だから冬の間は…」

 

「うん…、灰羽ってなんなんだろう、壁も、この街も灰羽のためにあるんだってみんな言う、でも、灰羽は突然生まれて、突然消えてしまう、あたし、自分がどうして灰羽になったのか分らない、何も思い出せないままここに来て、何も出来ないまま、いつか消えてしまうんだとしたら、わたしに、何の意味があるの?」

 

レキはタバコに火をつけた後、ラッカに話しかける。

「あたしもね、昔、同じことを思った、意味は、きっとあるよ、それを見つけられたら、きっと…」

 

 

二、年少組の冬支度

 

レキとラッカは、年少組の子供達を伴って街へ買い物に出かける。途中、風車が並ぶ草原に差し掛かるとレキが語りかける。

 

「この景色も、もう見納めだね、もうすぐ雪が降る、そうしたら、一面真っ白になるよ、雲の中にいるみたいに、真っ白、そうなる前に、冬支度しないとね」

 

「うん…、雲の中か…、繭の中で見た夢も、雲の中みたいだった」

「あぁ、空の夢だもんね」

 

「うん、あのね、わたしも、そこから先、覚えてないの、わたし、そこで、とても大切な何かに出会った気がするの…、時々、何かを思い出しそうになるんだけど、怖いの、まるで…」

 

「あんまり先行くなよ~」レキは大声で子供たちに呼びかける。

 

「あたしがそばにいるよ、…あたしはクラモリを失ったせいで、道を踏み外しちゃったけど、何があってもきっと、ラッカのそばにいるから…」

 

そう言うと、レキは子供たちの後を追いかけラッカの傍らから走り去る。残されたラッカがふと上を見上げると、電線に二羽のカラスを見つける。じっと見つめられているように感じたラッカは、急いでレキの後を追う。

 

年少組の子供達と街にやってきたのは、冬に備えてコートを購入するためである。店主の話によると、同じデザインのコートを子供の数だけ(10着)用意するのは大変だったらしい。しかし、その子に合わせて裾丈の調整が必要であり、寸法を取るのも大仕事である。

 

三、店主とラッカ

 

店主とレキが子供の寸法取りをしている間、ラッカは自身の冬服を選んでいる。ふと店主が現れて「街には慣れた?」とラッカに尋ねる。続けて「こっちの冬、早いんでびっくりしたでしょ」

 

ラッカは一着選ぶと店主に渡す。「靴も合わせようか」そう言うと店主は「これなんかどう?」と言って、一対のブーツをラッカに提示する。ラッカが躊躇していると「遠慮は無し、灰羽はいつも元気に、ニコニコしててくんなきゃ」と言う。

 

「どうして?」

「どうしてって…、なんていうかな、ガキの頃からおふくろに、灰羽は天の祝福を受けた者って教わってきたからさ、縁起物って言ったら失礼か、ハハハ」

 

「あたし、祝福なんて…」

「あぁ、そんなの気にすんなって、街の人間で、勝手に思い込んでるだけだからさ」

 

「でも、わたし、手帖、あと一枚しか…」

「あぁ、だからブーツは、そうだな、年越しのプレゼントって…、まだ早いか、ハハハ、…まっ、何があったのか知らないけど、そのうち風向きも変わるさ」

 

「だめなんです、わたし、出来損ないの、灰羽だから」

「えぇ?」

 

 

四、女性客と紳士

 

店のドアが開き、カップルが入ってくる。店主が男性客の相手をしていると、女性客がラッカの存在に気づき「灰羽ちゃんだ!」と言って、ラッカの近くに寄ってくる。

 

ひとしきりラッカの周りで様子を見ていた女性客は、ラッカの光輪に触れる。遠慮のない女性の行動に対して、ラッカは「触らないで!」と言い残し、店を出て走り去ってしまう。

 

一目散にラッカは街中を駆け抜けるが、途中転んでしまう。近くにいた紳士が「また派手に転んだね、お嬢さん」と言って手を差し伸べる。紳士がラッカの羽袋を拾うと、はらりと黒い斑点のある羽が一枚落ちる。何とも言えぬ罪の意識からラッカは礼を言うことも出来ず、羽袋を掴むと再び走り去る。

 

風車のある草原にたどり着いたラッカは、風車のすぐそばまでやってきてぽつりとささやく。「わたしの居場所なんて、どこにもない」そう言うと、声をあげて涙にくれる。

 

「あたしなんて、いなくなっちゃえば、いいんだ」

 

 

五、カラスと西の森

 

カラスの声が聞こえてラッカが振り返ると、そこに一羽のカラスがいる。「あたしを呼んでる」ラッカが呟く。カラスが飛び立つ方向を見て「あっちは西の森」そう言うと、ラッカは導かれるようにカラスの後を追う。

 

薄暗い森に入ると間もなく、オールドホームの鐘の音が聞こえてくる。ラッカはさらに奥へと進んで行く。しばらく進むと、その先でカラスが待っていたかのように一鳴きする。さらに森の奥へと飛んでいく。「やっぱり、呼んでるんだ」そういうとラッカはさらに奥へと進んで行く。するとやがて古びた井戸の前に出る。

 

「空気が、違うみたい」

 

数羽のカラスが見守る中、ラッカはそっと井戸の中を覗く。「なんだろう…、これを見せたかったの、そのために、わたしを呼んだの」一瞬躊躇するが、ラッカはその井戸の中へと入っていく。

 

 

六、井戸

 

ラッカは井戸の内側に突き出している鉄のはしごを下りていくが、錆びている下層の足場が砕けて、井戸の底に落ちてしまう。

 

(ドアの音や歩く音、そして水が流れる音あるいは雨の音が聞こえる)

『わたしなんて、いなくなっちゃえばいいんだ』

 

ラッカは落ちていく夢を見る。

『いつか、どこかで見た、夢、でも、寒い…』

手を広げるとそこにはカラスの黒い羽がある。

『そうだ、あの時』

 

落ちていくラッカを助けるかのように、カラスが服の裾をくわえている様子を思い出して『無理だよ、でも、ありがとう』と呟く。

 

ラッカは井戸の底へと落ちていくイメージの中で、意識を取り戻す。起き上がり、ぼうっとしながら手を広げると、そこには井戸の底の土がある。はっとして手の先を見ると、そこには一羽のカラスの遺骸がある。

 

井戸から出られなくなったラッカは、怖いはずなのに「あなたが、わたしを呼んだの」と語りかける。

 

「鳥の姿をしてるけど、ずっと昔、どこかでわたし、あなたを知っていた気がする」

 

 

七、埋葬

 

レキはオールドホームに戻ると、ラッカが帰宅していないことを知り不安になる。話し合いの結果、みんなは夜中になって慌てるより、探しに行くことにする。

 

ネム:「まさかラッカがこのまま家出しちゃうなんて、考えてたりしないわよね」

レキ:「ラッカは、あたしほどバカじゃないさ、でも、似てるんだ」

ネム:「あの時と…、あっ、ごめん」

レキ:「いいってば、行こう」

 

ラッカは、埋葬の為の穴を掘り、カラスの遺骸に話しかける。

「ごめんね、こんなことしかしてあげられなくて…、わたし、自分の名前も思い出せないの、灰羽はみんなそうなんだって、だからわたし、あなたが誰なのか思い出せない、ただ、大切な誰かとしか…、わたし、いつも一人ぼっちで、自分がいなくても、誰も悲しんだりしないって、思ってた、だから、消えてしまいたいって、思った、でも、あなたはそばにいてくれた、鳥になって、壁を越えて、わたしが、一人じゃなかったんだって、伝えようとしてくれたんだね…、あっ、あぁ」

 

ラッカが上を見上げると雪が降っている。

 

「わたし…」

 

 

第八話 まとめ 鳥について

 

第七話までは三つのタイトルが併存していたのだが、今回は「鳥」だけになっている。ストーリー全体が鳥に収斂(しゅうれん)されていく様子が分かるだろう。この物語では鳥が重要な役割を担っているのはご存じの通りだが、その意味するところは視聴する人によって様々だ。鳥が何を象徴しているのか、ここではその一端を紐解いてみたい。

 

第八話でも、ラッカはクウを失った悲しみを引きずっている。オールドホームの灰羽達は、ラッカのためにクウの持ち物の「形見分け」の機会を設けて、そこでラッカのためにベッドを割り当てることにする。

 

「他に何か…」というレキの声に促され、ラッカはカエルの置物セットを譲り受ける。カエルの置物セットは、クウがオールドホームのみんなを家族に見立てて名前を付けたもので、ラッカの名前もそこに書いてある。ラッカとクウが姉妹のように表現されているその置物は、クウとの思い出を投影できる大切なものであったに違いない。

 

 

一、灰羽とは

 

その後ラッカは、悶々とした苦悩の中からレキに対して疑問を投げがける。

 

「ずっとこんな風に、薬を使ったり、羽を隠さないといけないの」

「冬は、壁の力が弱まるから、悪いものの影響を受けやすいんだ、だから冬の間は…」

 

「うん…、灰羽ってなんなんだろう、壁も、この街も灰羽のためにあるんだってみんな言う、でも、灰羽は突然生まれて、突然消えてしまう、あたし、自分がどうして灰羽になったのか分らない、何も思い出せないままここに来て、何も出来ないまま、いつか消えてしまうんだとしたら、わたしに、何の意味があるの?」

 

「あたしもね、昔、同じことを思った、意味は、きっとあるよ、それを見つけられたら、きっと…」

 

レキ自身も答えを見つけられずにいるのである。その答えを見つけることが、灰羽としてこの世界に生きるということなのかもしれない。ラッカと共に、オールドホームの灰羽達みんなが抱えているとても大きな課題といえよう。

 

 

二、三つの出来事

 

1,天の祝福を受けた者

 

ラッカはレキと共に年少組の子供たちのために、街の古着屋へおそろいのコートを仕立てに行くことになる。そこで、古着屋の主人からこんなことを言われる。

 

灰羽はいつも元気に、ニコニコしててくんなきゃ」

 

「どうして?」というラッカの問いに、店主は「どうしてって…、なんていうかな、ガキの頃からおふくろに、灰羽は天の祝福を受けた者って教わってきたからさ、縁起物って言ったら失礼か、ハハハ」と答える。

 

 

2,灰羽ちゃんだ!

 

次は古着屋にやってきたカップルとのエピソードである。若い女性客がラッカの存在に気づき「灰羽ちゃんだ!」と言って、ラッカの近くに寄ってくる。ひとしきりラッカの様子を見ていた女性客は、最後にはラッカの光輪に触れる。するとその瞬間、ラッカはたまらず「触らないで!」と言って、古着屋から急ぎ足で出て行ってしまう。ラッカの気持ちが切れてしまった瞬間であろう。

 

 

3,紳士

 

女性客から逃げるように駆け出した後、ラッカは路上で大きく転んでしまう。近くにいた紳士が手を差し伸べるのだが、羽袋からはらりと黒い斑点のある羽が一枚落ちるのを見たラッカは、何とも言えぬ罪の意識に苛まれる。ラッカは礼を言うことも出来ず、羽袋を掴むと逃げるようにその場から走り去る。

 

さて、これら三つの場面を、みなさまはどのような心持でご覧になっただろうか。本来なら、それぞれあまり気にするようなことではいないように思われるのだが、ラッカは何か自分が悪いことでもしてしまったかような気分で、人々の視線から逃れようとしているように見える。

 

店主の言葉は、この街の住人の言葉(例えば店主の母親)を代弁しているに過ぎないし、若い女性も同じような言葉を聞いて育ったのだろう。紳士に至っては、ただ手助けをしたに過ぎない。ラッカにとって、自分を卑下するようなことなど何も無いにも関わらず、ラッカは何かから逃れようとしているかのようである。

 

 

三、いなくなっちゃえば、いいんだ

 

風車のある風の丘にたどり着いたラッカは「わたしの居場所なんて、どこにもない…、あたしなんて、いなくなっちゃえば、いいんだ」そう言うと、声をあげて涙にくれる。そんな時に鳥が現れる。ラッカは鳥に導かれ、西の森の井戸へと向かう。

 

鳥はなぜラッカを井戸へ呼び寄せたのか。井戸の中へ入っていくことに、どのような意味があるのだろうか。ラッカが井戸の底で鳥の骨を見つけたとき「あなたが、わたしを呼んだの…、鳥の姿をしてるけど、ずっと昔、どこかでわたし、あなたを知っていた気がする」と言っているように、鳥は誰かを暗示しているのだろうか。

 

深層心理学的には、下層世界への降下のイメージは、より深い部分にある自分の心への接触と考えられている。鳥が誰かを暗示しているというより、鳥が象徴する自分自身でも気づかなかった自分の別の側面との遭遇、と考える方が分かりやすいかもしれない。

 

物語冒頭のラッカの夢(落下のイメージ)をもう一度繰り返すように、井戸へと降下して行く場面の表現はきわめて重層的で、この街への転生と同じように井戸の中への探索もまた必然であったことが推察される。この街へ転生し、井戸の中でカラスを葬ることがラッカに要請されていたとも考えられよう。

 

ラッカにとってこの井戸は大切な場所であり、来なくてはならない場所である。自力で到達できる最も低い場所である井戸の底で、ラッカはもう一人の自分と出会い、ある種の「決着」をつける必要があったのかもしれない。この場所はそのために用意されているのではないだろうか。

 

 

四、埋葬が意味すること

 

さて、灰羽の羽が黒くなることを罪憑きといった。恐らく黒くなるという表面的なことではなく、そうなってしまう心のあり様が問われているのであろう。罪憑きとは心の病(停滞状態)である。

 

「三、いなくなっちゃえば、いいんだ」で触れたように、もし井戸の底のカラスがラッカの多面的側面の一つを象徴しているような存在であった場合、罪憑きという心理的危機が埋葬(処理)されたことになり、ラッカの罪が許されたと考えることもできそうだ。

 

かつては強力に自分を支えてくれた一つの手法(一側面)であったものが、自身の成長を経てもう不要になった場合、あるいは自分を苦しめるような手法となってしまった場合、新しい手法を獲得しなければならない。

 

例えば、自分が思っていることを素直に表現できる人がいる反面、どうしても言いたいことが言えない人もいる。幼少のころから自分の言うことに理解を示し、受け止めてくれる存在がいた場合、その人は言いたいことを表現することに抵抗は感じられないだろう。

 

だが、口にした言葉が否定され、罵倒され、嘲笑されるような体験を重ねた者は、どのような方略を身に付けるだろう。きっと「真実を語るな、語れば攻撃される」と考え、自分自身を守るために真実を語らない方略を選択するのではないだろうか。

 

場の雰囲気を読み、当たり障りのない言葉を選ぶことで、自分を攻撃の対象から回避させることができる。そうすることで幼い自分の心を守ることができるだろう。しかし大人になると、いつまでもそうことから逃げ続けることができなくなる。

 

誰しも傷つきたくはないが、全身でぶつかっていかないと、新しい方略はなかなか獲得するのが難しい。中途半端な取り組みでは身につかないものだ。実はここで取り上げた例えは、物語の核心的なテーマから連想した。すこし先の話になるのだが、どこか心に留めていただければと思う。

 

さて、少し話が逸れてしまったので話を戻そう。ラッカはカラスに懐かしさを覚え、以前に出会った親しい人々の面影を追想しているのだが、本編ではそれが誰なのか、あえて象徴的表現を避けているように感じられる。親なのか、大事な友達なのかは全く分からない。

 

カラスが誰なのかを想像することは自由なのだが、それではあまりに対象が広すぎるような気がするのは筆者だけではないだろう。それよりも、自分の中の「何か」と考えた方が理解しやすい気がする。

 

つまり自らの殻に閉じこもり、自分の思い込みの世界に飲み込まれているラッカに対して、かつての親友(ここでは鳥となったもう一人の自分であり、ラッカを助けてきた人生方略でもある)が、今の姿(無用となった不必要な方略)を見せることで、象徴的に自分が取り組むべき課題(新たな方略の獲得)を伝えていると理解することもできよう。

 

先にも述べたように、自分が生きる上で必要だった考え方、すなわち気持ちが落ち込んだ時は自分の殻に閉じこもり、他者からの援助を拒絶することで精神的な平安を保ってきた幼児的方略が、もはや自己成長には役に立たなくなってしまった、あるいはむしろ妨げとなり、自分を苦しめる元凶となってしまったと考えると、その古い考え方は変更されなくてはならない。

 

カラスは自分自身の遺骸を見せることで、不要となった自分を葬ることを求めてきたのかもしれない。そしてラッカは無意識にそれを受け入れ、かつての方略に別れを告げた。この井戸は、ラッカがその儀式を行うために用意された特別な場所であると考えることもできるだろう。

 

 

五、最後に

 

はっきりとは分からないが、井戸に水が満たされている時期の様子が描かれているのはご確認いただけるだろう。ドアの音、水の音、ラッカとこの井戸、あるいは水との関りが水面の映像と音によって表現されている。ひょっとするとラッカは、井戸あるいは水と深い関りがあるのかもしれない。

 

いずれにしても、ラッカはここでカラスを埋葬することができた。一つの決着をつけられたのかもしれないが、最下部の梯子が折れてしまっているために、井戸から脱出することができない。暗くなり雪も降り始めて途方に暮れる。もう一つの試練の時が訪れるのである。

 

では、この続きは第九話の中で。

 

 

 

67,心理学で読み解くアニメの世界

          心理学で読み解くアニメの世界

              「灰羽連盟

 

 

第七話 傷跡 病 冬の到来

 

西の森から帰る途中、ラッカは体を震わせている。

 

「ラッカ…」カナが語りかける。

「ラッカ、いつまでも泣いてたら、クウだって安心して旅立てないよ」ネムが言葉をかける。

「ラッカ、きっとまた会えるよ、そう信じよう、クウは私たちより少し、先に行っただけなんだって」ヒカリもやさしくラッカに語りかける。

 

「行こう」そういうとレキは、ラッカの手を取り、先を急ぐ。

 

 

一、クウの部屋

 

『ベッドを探さなきゃ、冬が来たよ、クウ…、泣いちゃ、ダメなんだ』

ラッカがベッド代わりの長椅子から起き上がる時、黒いシミの付いた羽が一つ落ちる。

 

ラッカはクウの部屋にやってくる。

『おはよう、クウ』

 

ラッカはクウの部屋を掃除する。

『あれからもう、一月も経つんだね、グリの街にもとうとう冬が来たよ、でも、クウが教えてくれたから、風邪引かなかったよ、クウは元気、クウの今いる所って、どんな所、グリの街みたいに、いい人ばっかりだといいね、オールドホームのみんなは、みんな元気にやってるよ、あたしは…』

 

ラッカは顔を押さえて悲しむ。

『ごめん、あたしみんなみたいにクウを祝ってあげられない、だってあたし、もっとクウと一緒にいたかったもの、一緒に買い物したり、ご飯を食べたり、たくさん話がしたかった、クウに教えてもらいたいこと、まだいっぱいあったのに…』

 

ラッカは、窓辺に置いてあるカエルの置物に目を留める。オールドホームのみんなの名前が書いてあるその置物の中から、ラッカの名前が書いてあるカエルの置物を軽くはじく。

 

自分の部屋に戻ったラッカは、洗面台で手を洗いながら、鏡に映った自分の姿を見つめる。すると、羽に黒いシミがあるのを見つけて驚き、その羽を一つだけそっと抜く。

 

 

二、外食

 

ラッカは、街の料理店で豆のスープを注文する。すると店主がラッカに話しかけてくる。

 

「そうだ、最近坊主を見ないなぁ、知らない? 君よりかちょい背の低い、元気な坊主」

「…クウ」

 

「あ~、そうそう、そんな名前、あっ、女の子か、坊主坊主言って悪かったな、あやまっといてよ」

「クウは、もう行ってしまったんです」

 

「えっ、じゃぁ、もういないの」

ラッカはうなずく。

 

「へ~、あぁ、灰羽ってのは、そういうもんらしいね、そうか、あっ、テイクアウトだよね」

灰羽手帳で支払いをしようとするが、店主は“おごり”といってサービスしてくれる。

 

『街の人にとっては、クウがいなくなったのは、たいしたことじゃないんだ、きっとクウがいたことだって、すぐに忘れてしまう、クウ、クウはそれでも平気?』

 

ベンチでスープを食べているラッカの元へ、スケボーに乗ったヒョウコが話しかける。

 

「俺、東地区の…」

「ヒョコさん?」

「ヒョウコだよヒョウコ、氷に湖」

 

「あのさ、ひと月ぐらい前の嵐の日にさ、西の森が光ったの知ってるか」

ヒョウコの話によると、灰羽が壁を越える時、そういうことがあるらしいのだが、自分たちの仲間はみんないるので、オールドホームの誰かではないかという話になっているという。

 

「もしかして、…レキか?」

ラッカは首を横に振る。

 

「な~んだ、良かった」

「いいわけないでしょ、友達がいなくなったのに」

 

いたたまれなくなって立ち上がったラッカは、その時テイクアウトのスープを服にこぼしてしまう。その場を走り去るラッカに驚いたヒョウコは、彼女の後ろ姿をただ見送ることしかできない。

 

夕暮れのオールドホームに戻って、ラッカが玄関先の名札を見ると、やはりそこにクウの名札は無い。クウの名札がかかっていた場所をじっと見つめていると、近くの木に止まっていたカラスが何かを告げるように鳴き声をあげる。ラッカはカラスが自分を見つめているように感じるが、程なくカラスは飛び立っていく。

 

 

三、ラッカの不安

 

オールドホームでみんなが食事の用意をしていると、ネムがラッカのことをみんなに尋ねる。ヒカリの話によると、ラッカは最近みんなと食事をしていないらしい。またカナによると、ラッカは一人で街に食べに出ているらしいことが告げられる。

 

クウがいなくなって一番落ち込んでいたから、一人でいたいのかもしれないと、カナも知っていることをみんなに話す。すると、それらの話を聞いてネムは、ラッカがクウの部屋の掃除をしていることを、改めてみんなに告げる。

 

「あぁ、あれ、ラッカか」カナが答える。

「カナもクウの部屋に行ったの」レキが尋ねる。

「一度だけ…」

 

カナは、クウいなくなったことを十分理解しているようだが、ラッカはクウのことを忘れることができないでいる。そのことは、みんな良く分っている。

 

「何か力になれたらいいんだけど…、そうだ、あのね…」そういうと、ヒカリは何かを思いつく。

 

一方ラッカは、汚してしまった服をどうしたものかと思案している。洗面台で自分の姿を眺めていると、朝より大きい黒い斑点が羽にあることに気づき、思わず近くにあったハサミで切ってしまう。

 

翌日、ヒカリがラッカの部屋を訪ねる。

「久しぶりにさ、みんなでご飯食べようと思って…」

「うん、でもわたし…、支度できたら行く、先に行ってて」

 

しばらくすると、みんなのいるゲストルームにラッカがやってくる。その姿を見て、みんなホッとする。ヒカリのアイデアは、みんなで羽袋を作ろうというものだった。ヒカリはラッカの羽の寸法を取ろうと、ラッカの羽に目をやる。

 

「あれ、どうしたの、羽、痛んでるよ、ちゃんと手入れしてる?」

「あっ、あんまり」

「でしょ、だめだよ、女の子なんだから」

 

その様子を見ていたレキが、慌ててラッカの羽の状態を確認する。すると、みるみる黒い斑点が現れてくる。

 

「ラッカ、これ…」

「あの、ソファーが固くて、寝てるときに痛めちゃったのかも」

 

ヒカリが「あっ、そうだ、クウの部屋のベット使ったらどうかな」と提案すると、ネムも「クウなら、きっといいって言うと思うよ」とヒカリに賛同する。

 

「それはそうかもしれないけど…」ラッカが躊躇している間に、ラッカの羽に黒い斑点が現れ大きくなっていく。レキは「ラッカ!」と言いながら彼女に近寄るが、ラッカは怯えるようにその場から走り去る。

 

「どうしよう、わたし悪いこと言っちゃったみたい」

不安なヒカリに「いや、ヒカリが悪いんじゃない」と言い残すと、レキはラッカの後を追いかける。

 

「ラッカ、開けるよ」そう言いながら、レキはラッカの部屋に入る。ラッカが自分の羽に現れた黒い斑点を、ハサミで切り落としている様子が見て取れたので、レキはゆっくりとラッカに近づく。

 

「なんてこと…」

「来ないで!」

 

レキは、ハサミに手を伸ばそうとしているラッカを強く抱きしめるが、ラッカの羽の黒い斑点は、さらに広がっていく。叫ぶラッカの手元から、レキはそっとハサミを取り上げる。

 

「大丈夫」

「どんどん増えてく…、こわい」

 

「大丈夫だから」

「わたし、病気なの…」

 

「違う、病気なんかじゃない、ラッカは、ラッカは何も悪くないから」

 

 

四、罪憑き

 

レキは自分の部屋で、老人の樹(雪鱗木)から取った染料をラッカの羽に処方する。黒い斑点の治療効果があるわけではないが、目立たなくするらしい。壁の近くにだけ生えていること、でも壁に近づいてはいけないことをラッカに伝える。

 

「レキ、どうしてそんな特別な薬持ってるの、そんなこと、どこで知ったの」

返事が無かったので、ラッカはレキの方を振り向く。するとレキはゆっくり話し始める。

 

「この街は灰羽のためにあるんだ、壁は灰羽を守るためにあり、いい灰羽は、この街で幸せに暮らし、時期が来たら壁を越える、でも時々、街の祝福を受けられない灰羽が生まれる、その灰羽は、繭の夢を正しく思い出すことも出来ず、巣立ちの日も訪れない、祝福の無い灰羽にとって、壁は逃げ場を奪う檻になる、そういう灰羽を、罪憑きという」

 

「あたし…」

 

「ラッカは違う…、あたしがラッカの繭を見つけて、あたしが羽から血を洗い落とした、ラッカの羽は、きれいな灰色だった、ラッカはいい灰羽だよ、あたしとは違う」

 

ラッカは体を向き直して「レキ、レキだって何も…」と語りかける。

 

「あたしの背中を破って生えてきたのは、黒い斑の羽だった、あたしは最初から罪憑きだったんだ、わたしは繭の夢をうまく思い出せなかった、黒い羽のせいで、みんなあたしを怖がった、ネムでさえ、最初はわたしを避けてた、クラモリがいてくれなかったら、あたしはずっと一人ぼっちだったと思う」

 

「クラモリ?」

レキはすっと立ち上がり、クラモリの絵を見せる。

「あぁ、きれいなひと」

 

「うん、チビどもの親代わりで、わたしとネムのいい先生だった、体が弱いのに、あたしのために、薬を森の奥に取りに行ってくれた、ゲストルームだって、あたしとネムと三人で暮らせるようにって、クラモリが用意してくれた部屋なんだ、クラモリは、わたしを怖がらなかった、いつもそばにいてくれた、同情じゃなくて、ただ、いてくれたんだ」

 

「いい人だったんだね、でも、わたし、レキもいい灰羽だと思うよ」

 

「あたしは罪人なんだよ、五年前にクラモリは行ってしまった、その頃、巣立ちの日なんて知らなかったから、あたしは見捨てられたと思った、ネムは心配して、図書館で古い言い伝えを調べて、巣立ちの日のことを教えてくれた、でも、あたしは信じなかった、周りが見えなくなってたんだね、いろんなものを憎み、ネムにもひどいことを随分言った気がする、あたしは、オールドホームを逃げ出した、逃げた先でも同じような間違いを繰り返した、最後には自警団に捕まって、灰羽連盟から、罰を受けた、でもラッカは、罰を受けるようなことは何もしていない、だから、これは何かの間違いで、きっとすぐに良くなるよ」

 

「レキは、繭の夢を覚えていないの」

 

「不完全なんだ、思い出そうとして、ずっと絵に描いてる、この街に来てから、ずっと悪い夢を見るんだ、とても寒い夜で、赤い月が浮かんでいる、あたしは一人ぼっちで、石ころだらけの道を歩いている、そこで良くないことが起こる、思い出せないけど、とても恐ろしい何か…、わたしは悲鳴を上げて目を覚ます、ずっとその繰り返し、あたしには何も分らない、どうしていい灰羽と、呪われた灰羽がいるのか、どうしてわたしが罪憑きとして生まれてきたのか」

 

 

五、羽袋

 

翌日、ラッカの部屋のドアノブに羽袋が掛かっている。手に取ると、そこには手紙が添えられている。

 

“ごめんね”

 

『わたしはずっと、この街は楽園なのだと思っていた、でも、みんなこんなにも優しく、誰かのために精一杯生きているのに、悲しいことは起こる、呪いを受け、苦しむ者もいる、灰羽って、なんだろう』

 

 

第七話 まとめ 罪憑き

 

第七話では、冒頭からクウを失った悲しみに、自分自身を見失っているラッカの様子が事細かに描かれている。西の森から帰る途中、ラッカが体を震わせている様子に始まり、クウの部屋を掃除して気分を紛らわしている様子などは、見ていて心が痛い。ちなみに、とても短いのだが、ラッカがクウの部屋でカエルの置物を観察する場面がある。少し意識して見てみると面白いことに気づく。

 

ひげを生やしてシルクハットを被ったカエルに「れき」、卒業帽(モルタルボードハット)を被り、鞄を持っているカエルに「ひかり」、エプロン姿のカエルに「ねむ」、お気楽そうに寝転んでいるカエルには「かな」、そしてリボンを付けて体を伸ばしているカエルに「くう」、カエルらしくちょこんと座っている方には「らっか」と書かれている。

 

ここでは、クウなりの見立てによる家族の形が表現されている。クウにとって、ラッカは同じリボンを着けた姉妹であり、とても近い関係にあると考えているようだ。同じように、ラッカもとても近い存在としてクウを見ていたのだろう。それだけに、二度と会えないと思われる旅立ちの日が突然やってきたことが、口惜しかったに違いない。

 

その後ラッカは、おもむろに「らっか」と書かれたカエルを指先で転がしてしまう。自己否定してしまう瞬間であるとも考えられる。

 

実はカエルを転がすより先に、ラッカの羽が黒く表現されている場面がある。ラッカ自身のモノローグにあるように、概ね一か月ほど悲しみに暮れて、一人内にこもった生活をしていたようだが、カエルの置物を転がした当日の朝には、すでにラッカの羽に斑点ができ始めている。罪憑きという状態がそうさせたのかもしれない。

 

いずれにしろ、カエルを転がしてからラッカは自分の羽の斑点をかなり認識するようになっている。

 

 

一、罪憑き

 

では、罪憑きとは何なのだろう。レキの言葉を借りれば以下のようなことだろう。

 

「この街は灰羽のためにあるんだ、壁は灰羽を守るためにあり、いい灰羽は、この街で幸せに暮らし、時期が来たら壁を越える、でも時々、街の祝福を受けられない灰羽が生まれる、その灰羽は、繭の夢を正しく思い出すことも出来ず、巣立ちの日も訪れない、祝福の無い灰羽にとって、壁は逃げ場を奪う檻になる、そういう灰羽を、罪憑きという」

 

その後レキは、自分は生まれながらの罪憑きであることを告白する。そしてレキを守ってくれたクラモリという人物のことを話す。

 

「…、クラモリは、わたしを怖がらなかった、いつもそばにいてくれた、同情じゃなくて、ただ、いてくれたんだ」

 

クラモリという人物はどのような行動をし、レキやネムにどのような影響を与えたのだろうか。「罪憑き」という何とも忌まわしい名称ではあるが、この現象は今まさに始まったばかりなので、この先改めて検討することになる。この物語の中心的テーマの一つと考えられる。

 

 

二、グリの街 もう一つの見方

 

グリの街について、第五話でグリという音から日本語検索でいくつかの単語を元に、その意味について考えてみた。つまりグリ(guri)という綴りからイメージできる言葉たちを検討したのだが、実は海外向けの英語字幕では「the town of Glie」と表現されている。つまり「guri」ではなく、「Glie」なのである。

 

では「Glie」とはどのような意味があるのだろうか。これも検索をかけると、フランス語、イタリア語で神経膠(しんけいこう)、英語ではこのような綴りではなく「Glia」という単語が同じ意味を持っているらしいことが分かる。ではこの「Glie 、Glia」が意味する「神経膠」とは何なのだろうか。

 

心理学を学ぶと人体の脳についても学ぶのだが、その構造については認知神経科学、あるいは生理学といった分野でさらに詳しく学ぶことになる。この中で例えば神経細胞、軸索(じくさく)、樹状突起(じゅじょうとっき)などといった用語とともに「グリア細胞」という単語も登場する。このグリア細胞のグリアという名称こそ、グリの街の名前の由来ではないかと思っている。

 

ではここで、先の用語も踏まえて脳の構造について簡単に触れておきたい。まず、脳が神経細胞からできていることは想像に難くないだろう。人体が刺激を受けると、その情報は樹状突起から細胞体へと送られる。細胞体はその情報を他の細胞へ伝えるかどうかを判断し、伝える場合は軸索(長さに幅があり数ミリから数10㎝程度のものもある)を通して次の細胞へと送ることになる。この一連の機能を包括しているのが神経細胞ニューロン)である。

 

しかし脳は神経細胞だけで構成されているわけではない。数の上ではその10倍程あるとされるグリア細胞とともに存在している。グリア細胞神経細胞の周りを取り囲み、適切な位置、機能が得られるよう、神経細胞を支える重要な役割を持つ。またエネルギーの供給や不要な物質の取り込みなども行っている。

 

つまりグリア細胞で構成された脳の中で、神経細胞がアリの巣のようにネットワークを形成していると言えば分かりやすいかもしれない。グリア細胞神経細胞を支え、エネルギーを供給し、生命維持のために大変重要な機能を果たしていることになる。

 

神経膠の膠とは「にかわ」という意味があり、動物の骨や内臓、皮などを煮詰めたゼラチン状の物質を乾かしたものである。神経細胞をある位置に「固定」するという表現から、この膠という言葉が用いられているようだが、確かになるほどと感心させられる。ちなみに接着剤のことを英語でグルーと言ったりもするのだが、お察しの通り語源はグリアからきている。

 

さて、ここまで説明してくると、何となく分かっていただけるのではないだろうか。グリの街とは、あたかも人の脳のように大事な神経細胞を支え、エネルギーを供給しているグリア細胞のようである。言ってみれば神経細胞のために“ただ存在している”のである。

 

グリア細胞をグリの街とそこで暮らす人々に重ね合わせると、灰羽は自ずと神経細胞に対応する存在として浮かび上がってくるのではないだろうか。

 

“グリの街は灰羽を支えるためにあり、灰羽はその役目を果たすためにいる”

 

第五話のまとめでも紹介した「ハイバネ大辞典」に、地名については“諸説存在”とあり、それを調べることはあまり意味のないことなのかもしれないが、グリの街という名称についてあれこれ思いを巡らせてみると、単純だがそういった一文が頭に浮かんでくる。

 

グリの街は、灰羽が何らかの課題あるいは義務を果たすために用意されたゆりかごなのかもしれない。だがその役割が何なのかは、灰羽それぞれが見つけなくてはならない。そのヒントとなるのが夢に由来する名前であり、灰羽達は名前の課題を見出していくことになるのだろう。

 

以上、英語字幕の「Glie」という単語から検索を重ね、つらつらと思うところを書いてみた。次回、ラッカは「罪憑き」という課題に、さらに深く取り組むことになる。引き続きラッカの様子を見つめていく。

 

では。