22、心理学で読み解くアニメの世界

          ユング心理学で読むアニメの世界

            「宇宙よりも遠い場所

 

 

STAGE 02 歌舞伎町フリーマントル

 

<プロローグ>

 

広島県の呉港にやってきたキマリとシラセ。二人はそこで、南極観測船の航路計画について話をする。基本的に、一般人は隊員になれないことになっているのだが、その年は民間の観測隊が参加するらしい。

 

DEARお母さん…、シラセの中ではお母さんは生きている。

 

 

一、高校行ってない16才

 

登校早々、南極への資金稼ぎのために、キマリはバイト雑誌を眺めている。親友のめぐっちゃんと南極観測隊の話をしていると、民間の観測隊について良からぬ噂があるらしいことを知る。

 

めぐっちゃんは民間観測隊が計画を実行できるのか、仮に実行されたとしても女子高生が参加できるのかを疑っている。

 

放課後、キマリはシラセと落ち合う。計画の実行に向けた資金を獲得するためにバイト先を探しているが、キマリはなかなか見つけらない。めぐっちゃんに言われたように、南極行きが本当に可能なのか、キマリはもう少し確証が欲しいと感じている。

 

シラセが言う確証は「小淵沢貴子の娘だから」なのだが、キマリはそれだけで観測船に乗れるのか不安になっている。するとシラセは「今度ちゃんと説明するから」と言って、準備を進めるよう促す。この時キマリは、コンビニのバイトの張り紙を見つける。

 

コンビニのバイトを始めたキマリ。するとそこで、バイトの先輩三宅日向(みあけひなた・以下ヒナタ)と出会う。以前から、シラセとキマリのことが気になっていたヒナタは、一緒に南極に行きたいと申し出る。

 

茂林寺(モリンジ・ぶんぶく茶釜で有名なお寺)でシラセは、危険だし長期間だし、お金もかかることをヒナタに伝えるが、ヒナタは「バイトでお金貯めてるし、学校行ってないし」平気であるという。

 

「中にはいるんだよ、高校行ってない16才だって」

 

新しい仲間、ヒナタが合流する。ヒナタもキマリと同じように、この時期に何かしておきたいと考えている。

 

三人で南極を目指すことになり、シラセは温めていた作戦をここで二人に伝え、次の日曜日に実行することを宣言する。

 

打ち合わせを終え、シラセと別れた二人は作戦について話し合う。

「どう思う、この作戦」

「さあ、なかなか難しそうだとは思うけどね」

「だよね」

 

「でも、あの子私らよりは南極のこと知ってるだろうし、やってみるしかないんじゃない、“引き返せるうちは旅ではない、引き返せなくなった時に、初めてそれは旅になるのだ”って言うし」(ヒナタの名言1)

 

「うわー、なにそれ、名言っぽい、誰の言葉?」

「わたし」

「なんだ」

 

 

二、夜の新宿・歌舞伎町

 

三人は夜の新宿歌舞伎町にやってくる。目的は「南極観測隊員親睦会」に参加している観測隊員を一人誘い出すことになっているらしいが…、そう簡単に行くわけもなく、シラセを良く知る二人の女性隊員、前川かなえ(まえかわかなえ・以下カナエ)と鮫島弓子(さめじまゆみこ・以下ユミコ)に見つかってしまう。

 

シラセたちは一目散に逃げだすが、女性隊員はシラセと話をしようと彼女たちを追いかける。必死なシラセたちもやがて力尽きて、彼女たちは女性観測隊員に捕まってしまう。

 

茶店ルノアールに場所を移し、彼女たちは話をする。カナエはシラセを連れて行くことはできないと言うが、シラセは「お母さんが待ってる!」と言って百万円をテーブルに置く。

 

「資金、困っているんですよね、私たちをそのお金で、スポンサーにしてください、連れて行ってくれたら、そのお金、あげますから」

 

しかし、カナエはそのお金を突き返す。

 

三人は群馬へ帰る電車に揺られている。と、突然ヒナタがシラセのリーダー解任要求を提案する。キマリも賛同し、シラセはリーダーを解任され、今後はみんなの合議(?)によって進められることになる(ようだ)。

 

その電車にはもう一人乗っている。

 

 

STAGE 02 まとめ

 

 

一、三宅日向

 

ここでは、新たな登場人物として“三宅日向”という16才の女の子が登場する。ヒナタはキマリやシラセと同じ学年で、本来なら高校二年生である。しかし本人が言うように“高校行っていない16才”なのである。このことについては、後のストーリーの中で詳しく語られるので、改めてそこで触れてみたい。

 

ヒナタはSTAGE 01にも少し登場している。キマリとめぐっちゃんが、南極やシラセのことについて話している場面であったり、またキマリがシラセと広島に行ってからは、二人が南極について真剣に話している様子を、ヒナタはレジをしながら何となく見聞きしている。

 

ヒナタにとっての転機は何といってもキマリのバイトだろう。お客様として対面したことのあるキマリがバイトの後輩になることで、何となく気になっていた南極の話題がはっきりする。キマリと同じように、大学受験までの間に何か特別な事をやっておきたいと考えていたヒナタにとっては、ワクワクするような話が一気に現実のものとなった。

 

この後ヒナタにスポットを当てて、その人となりについて語られる場面がいくつか登場するので、その都度ヒナタについて取り上げたいと思うが、ここではヒナタが時々見せる名言クリエーターとしての側面に注目してみたい。

 

先ずはこの回で、ヒナタは“引き返せるうちは旅ではない、引き返せなくなった時に、初めてそれは旅になるのだ”と述べている。なかなか味のある言葉ではないだろうか。この後の話でも、ヒナタはいくつもの名言を口にする。

 

 

二、紀行文

 

ところで話は変わるが、文芸作品の中に紀行文というジャンルがある。いわゆる旅行記である。そういったジャンルでふと頭に浮かぶのは、例えば松尾芭蕉奥の細道伊勢物語にある東下りの一節ではないだろうか。

 

奥の細道は俳句を読むために東北地方へと旅立った松尾芭蕉の旅と俳句の記録であるし、東下りは関東へと流された在原業平(アリワラノナリヒラ・いわゆる英雄)の貴種流離譚(キシュリュウリタン)といわれている。奥の細道では俳句が、東下りでは和歌が文章あるいは物語の重要な地位を占めているのである。

 

「よりもい」が持つ大きな特徴は、南極へ行くことが最重要テーマである紀行物語という点だろう。先ずは必死になって南極への切符を手に入れるのだが、一旦ツアーが始まると、一直線に目的地まで突き進んでいく。

 

もちろん、心理的な葛藤は様々なところに散りばめられているが、内面的な成熟とツアーにおけるイベントは、実はあまり関わりを持ってはいない。むしろ、次から次へと片づけなければならないイベントが起こってくるので、登場人物達はその仕事を黙々とこなすのである。

 

紀行物語は、目的としているツアーそれ自体や風景、イベントなどを淡々と書き記した単調なものになりやすいのではないだろうか。そもそも、その目的地やツアーに関心が無ければ、物語の世界に入ろうと思わないかもしれない。

 

ヒナタが“俳句”や“和歌”を詠むと、とてつもない違和感に襲われるだろうが“聞いたことないけど、言われてみれば確かにそうかな”と感じられる“名言”なら、むしろ物語を引き立てる効果が期待できる気もする。

 

ヒナタの名言は、各エピソードの要点や、取り組むべき課題などをサラリと表現しているようだ。ちょうど、古典の紀行文に和歌や俳句が効果的に用いられているのと似たようなイメージかもしれない。短文(名言)は簡略化されているからこそ、聴き手の想像力をかき立てるのである。

 

それともう一つ、作者がヒナタに与えた役回りについて述べておきたい。それは“全体を見回すことのできるグループの中心的役割”である。すなわち、プロジェクトを強力に推進する“ファシリテーター(調整役)”としての役割である。

 

主人公四人にはそれぞれの役割があるが、ここでは先ず『ファシリテーター』という名称だけ挙げておきたい。このあとSTAGE 06のまとめのところで、そのあたりについて改めて記述してみる。

 

 

三、連続するアドバンス

 

さて、アドバンスが連続する作品に「レイダース・失われたアーク」という作品がある。ご存知の方も多いと思うが、この作品では主人公の気持ちなどお構いなしに、次から次へと命を懸けたアクションが繰り広げられ、見ている私たちを釘付けにする。しかし、心が大きく成長することを重要視しているわけではない。

 

一旦動き出した歯車は、本人の計画や予測を越えて動き続けるのである。つまり、登場人物の気持ちが十分満たされて、自然と前へ進むのではなく、あれよあれよという間に進んでしまい、いつの間にか気がついたらその場にいた、という感じをイメージすれれば理解しやすいだろう。

 

もちろんアドバンスが続く間であっても、登場人物の気持ちが少しずつ変化することはあるのだが、むしろ目まぐるしく変化する環境にどう対処するかという、現実検討力や対応力が試されることになる。

 

「よりもい」の四人は、これから様々な出来事に遭遇する。その出来事は彼女たちを試し、鍛えるものでもある。一人だったら途方に暮れてしまうような問題であっても、仲間とだったらくぐり抜けることもできるだろう。時に助け合い、時にケンカしながら目的のために七転八倒する姿が、このアニメの魅力の一つといえるだろう。

 

そういった意味で「よりもい」はアドバンスが連続しているといえる。しかしシラセ一人にフォーカスすると、必ずしもそうとは言えないところもある。前回取り上げた「色づく世界の明日から」は、全編を使って瞳美のエクステンドが描かれ、最後にアドバンスすることで物語が集結している。

 

今回はどちらかというとアドバンスが優位に展開されているが、シラセにとっては、他に三人の準主役がいることで、少し複雑になっている。つまり彼女たちにとってはアドバンスであっても、シラセにとってはエクステンドの一部に過ぎないという点なのだが、このあたりのことはSTAGE 08で、旅の目的の違いについて少し触れることにする。

 

 

四、お母さんが待ってる!

 

最後に、この回で一番印象的な場面である、シラセのセリフ「お母さんが待ってる!」について一言だけ触れたい。

 

キマリは、南極から帰ってこない母貴子を探しに行くためにシラセが南極へ行こうとしていることを知っている。棚ぼた式に南極行きの仲間になったヒナタは、そのあたり、あまり実感が無いのかもしれないが、シラセのこのセリフで二人は改めてシラセの想いを実感することになる。

 

シラセがやろうとしていること…。これを深く掘り下げようとすると、実はかなり重いテーマとなる。

 

はっきりしているのは、母貴子はもう戻ることはないということ、そして、その所在を求めて南極へ行くということは、遺品を探し、最後の地を確認し、その死を受け入れることである。

 

この先何度か、シラセが過去の自分を思い出す場面が登場するので気にして欲しい。母が行方不明となった知らせに接したシラセは、どのような反応をしているのか…。

 

そのあたりについてはSTAGE 12でもう少し詳しく触れたいと思うのだが、臨床心理学ではこの“大切な人の死を受け入れる過程”を特に『喪(も)の仕事』と呼んで重要視している。

 

ここでは“喪の仕事”という言葉だけを記しておくことにする。